暗部の一夏君   作:猫林13世

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交渉、なのだろうか……


一夏と交渉

 教室に入って来た男子生徒を一目見て、一夏は立ち上がりその少年の前へ移動した。

 

「えっと、なにかな?」

 

「貴方は男子なのですか? それとも女子なのですか?」

 

「見ての通りだよ。僕は男だよ」

 

「そうですか……見る人が見れば、貴女が女だとすぐにバレると思わなかったのですか? 男子と女子とでは骨格から何から全て違うんですから」

 

 

 一夏が視線を向けた先では、織斑姉妹と碧がコクコクと頷いている。つまり彼――いや、彼女は女なのだ。

 

「それでは交渉しましょうか。デュノア社のご息女・シャルロット・デュノアさん」

 

「何でその名前を……」

 

「まぁそれは置いておきましょう。貴女は我々更識企業とデュノア社が交わした契約内容を知っていますか?」

 

 

 一夏の質問に、シャルロットは首を横に振った。つまり知らないのだ。

 

「そうですか……では、更識企業がデュノア社に技術提供した事は?」

 

 

 次の質問には、シャルロットは首を縦に振った。

 

「そうですか。では、契約内容をお教えしましょう。まず一つ、デュノア社は更識企業に対し、反逆ないしは反逆と取られるような行動はしない。二つ、技術提供する代わりにデュノア社は更識企業とフランス政府との橋渡しを担当する。あぁ、貴女の専用機がフランス所属では無くデュノア社所属なのは、私が交渉したからです」

 

 

 一夏が平然と言ってのけた事実に、シャルロットは驚きの表情を見せた。

 

「なんですか、知らなかったんですか? まぁ良いでしょう。三つ、開発した専用機のデータを更識企業に公開する事。アップデートなどのデータも含まれます。そして四つ、以上の事を守る限り、更識企業はデュノア社に対して技術提供を惜しまないものとする。これが更識企業とデュノア社が交わした契約です」

 

 

 そこまで話して、一夏の瞳に獰猛な光が宿っている事にシャルロットは気が付いた。

 

「さて、契約には当然違約内容も明記されています。一つ、反逆ないしは反逆行為と思われる行動をデュノア社が取った場合は、更識企業は全力でデュノア社を潰しにかかる。二つ、未然にその行為が防げたとしても、一つ目と同様の処置を取る場合がある」

 

 

 そこまで言って、一夏はシャルロットを見据えた。

 

「今回は二つ目に該当しますね。貴女の目的は、男装して私に近づき、男性操縦者のデータと更識製のISのデータを盗み出す事。これは更識企業に対する反逆行為と取られても仕方ない行為ですよね?」

 

「………」

 

「無言は肯定を受け止めます。さて、貴女には三つの選択肢が与えられます。どれを選んでも私は構いません」

 

「三つ?」

 

 

 一夏の言葉を待つように、シャルロットは俯いていた顔を上げた。

 

「ええ、三つです。まず一つ目、我々更識が調べ上げたこの事を嘘だと言い切り、また自分が男子だと偽り続けてデュノア社と共に破滅の道を歩む」

 

「……二つ目は?」

 

「自分が女子で、更識に対してスパイ行為をするつもりだったと認め大人しくフランスへ帰る。この場合は更識からデュノア社に対して報復する事はありません。ただし、貴女のこの先の人生がどうなるかは知りませんがね」

 

 

 表情が明るくなりかけたシャルロットだったが、一夏が続けざまに言ったセリフに顔を青ざめる。おそらくは一夏が想像した通りの出来事が彼女の人生に降り注ぐのだろうと一夏は勝手に解釈した。

 

「さて、三つ目ですが……個人的には貴女にはこの選択肢を選んでもらいたいですね。貴女はデュノア社に言われただけで、まだ何もしていないのですから」

 

「どういう――」

 

 

 そこで、一夏はシャルロットの耳元に自分の口を近づけた。

 

「正妻の子では無い、という理由だけで貴女の人生を無茶苦茶にする権利は、たとえ父親であろうが正妻であろうが存在しないんですよ。だから、貴女には自由になってもらいたいんです」

 

「自由に?」

 

「さて三つ目ですが」

 

 

 そこで一夏は耳元から離れ、クラスメイト全員に聞こえるように声を出した。

 

「貴方がスパイであることを認め、そして更識に協力するか」

 

「協力?」

 

「ええ、協力です。貴女は反逆の証拠そのものですから。貴女の証言で、更識はデュノア社に干渉する事が出来る。そうなれば情報も全て筒抜けです。いくら証拠を消そうが関係ありません。更識は裏組織ですから。そして証拠が出てきた場合、更識企業はデュノア社を併合、現経営陣は全員クビとなります」

 

「……あんまり良い選択とは思えないんだけど?」

 

 

 一夏の話を聞いて、シャルロットは顔を顰め首を傾げる。だが、一夏の話はまだ半分だった。

 

「従業員には罪はありませんし、併合した会社でそのまま働いてもらいます。そしてシャルロット・デュノアさん、貴女にはその会社のトップとして働いてもらいたいと考えています。もちろん学園を卒業するまでは、形だけのトップですが、その間に更識から派遣した人間が基盤を作っておきますので、卒業後はその企業のトップとして活躍してくだされば貴女には罪を問いません」

 

「そんな事が――」

 

「出来ますよ。そしてフランス政府にも介入させません。もし口を挿もうとしたら、フランスにあるIS企業の凄腕の技術者を更識が引き抜き、フランスの技術進歩を停滞させると脅せば良い。もしくは全企業を潰した後に更識がフランスから撤退すれば、フランスのIS産業は壊滅しますからね」

 

「……随分と黒い事を言うね、君」

 

「開発・営業は私の担当ですので。それで、どの選択肢を選びますか?」

 

 

 笑顔で問いかける一夏に、シャルロットは苦笑い気味な笑みを浮かべて答えた。

 

「三つめを選ぶよ。僕はスパイで、君たちに反逆するつもりだった」

 

 

 その返事を聞いて、一夏は笑顔で頷いたのだった。




前回の後書き、自分も勘違いしてましたが、「一夏と付き合える」と「専用機を貰える」のどっちが魅力的かって意味でしたね……

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