暗部の一夏君   作:猫林13世

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あの噂はこう変わる……


新たなる問題

 とりあえず日常生活には支障が出ない程度には回復した一夏は、すぐさま保健室から自室へと移動し、例の件の報告書を読みこんでいた。

 

「一夏さん、いくら日常生活には支障が無いとはいえ、それ程頭を使えば痛みますよ」

 

「別に頭は使って無いさ。報告書を頭に詰め込んでいるだけだ」

 

「ですから、それが頭を使ってると言っているんですよ。少しは周りを――具体的には私を頼ってくれても良いんじゃないですか?」

 

 

 闇鴉が少しつまらなそうにそう言うと、一夏は視線を資料から闇鴉に向けた。その表情は若干苦笑い気味だ。

 

「そうは言ってもな……この『シャルル・デュノア』が転校してくるのは来週だ。それまでに更識が調べ上げたこの情報を頭にインプットして、交渉の際にイニシアティブを取れるようにしないとな」

 

「一夏さんなら絶対にイニシアティブを取れるでしょうに。むしろ取れない相手など存在するのですか?」

 

 

 闇鴉の問いかけに、一夏はより一層苦い笑いを浮かべる。

 

「とりあえず明日から授業に復帰するから、自由に使える時間は限られるからな。だから多少無理をしてでもこの内容を頭に詰め込んでおこうと思ってるんだよ。闇鴉や他の人に心配をかけてるのは申し訳ないとは思ってるが、これも更識の為なんだよ」

 

「分かっています。ですが、本当に無理だけは止めてください。あのような事がもう一度起これば、刀奈さんや虚さん、簪さん以下更識所属の我々が悲しむという事をお忘れないように」

 

「分かってるさ。闇鴉が見せてくれたみんなの顔……あんな顔をさせたらダメだろ」

 

 

 一夏が気を失っている間、お見舞いに来た全員の顔を記録していた闇鴉は、その顔を一夏に見せたのだ。どれだけ心配されているかを自覚させる為と、二度と無理をさせない為の戒めとして見せたのだが、思いのほか効果があったのだった。

 

「さてと」

 

 

 資料を全部頭に詰め込み終わったのか、一夏は資料をシュレッダーに掛け解読不能になるまで細かくする。

 

「良いのですか?」

 

「全部頭に入ったし、元データは更識にあるからな。いざとなればそのデータを引っ張ってくればいいだけだ」

 

「規格外にも程がありますよ……コピー用紙百枚近かったんですよ?」

 

 

 報告書は一夏がブロックを強化した回線を通して送られてきた。無論一回きりしか使えないので、ハッキングなどは不可能、そして印刷したデータも一夏以外が開こうとすれば自動的に消滅するプログラムが組まれている。

 だが闇鴉が驚いたのはそこでは無く、たった二日でそのデータを全て暗記した一夏の頭脳に関してだ。万全ではないこの状況で、美紀がいない時間だけを使っての暗記だったのにもかかわらず、一夏はそれを成し遂げたのだ。

 

「さて、明日に備えて寝るとするか」

 

「では、私は添い寝を……」

 

「ただいま」

 

 

 そのタイミングで美紀が部屋に戻って来たので、闇鴉は添い寝を諦めて待機状態に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏が復帰してから一週間、情報が確かなら今日フランスからの転校生が来るはずだと一夏は考えていた。

 

「一夏君? まだ痛むの?」

 

「いや、そうじゃないが……だが静寐、何でそんな事を思ったんだ?」

 

「いや、目を瞑って難しいような雰囲気をしてたからさ。もしかしたら痛むのかなーって」

 

「別に傷は問題無い。まぁ、横からの視線が痛いのはあるが」

 

 

 唯一箒が一夏の側にいられるのは、教室でだけなのだ。席替えも計画されたが大人しくしているなら問題ないだろうと一夏が織斑姉妹に思いとどまらせたのだった。本音を言えば、わざわざその為だけに席替えをするのが面倒だっただけなのだが。

 

「無言のプレッシャーってやつ?」

 

「突き刺さるのは勘弁願いたいがな……ところで静寐、何だか女子たちが盛り上がってるのは何だ?」

 

「ん? あぁ、ISスーツの話でしょ。何処の会社のにするかって話よ」

 

「ふーん」

 

「ちなみに一夏君のスーツは何処の?」

 

「何処って……更識製に決まってるだろ。俺は更識所属で開発部門なんだから」

 

「つまり、自分でテストしてるって事?」

 

「ぶっちゃければそうだな」

 

 

 もっとぶっちゃける事が許されるのであれば、更識に開発部門など存在しない。一夏一人で開発しているので、部門という言葉は不適切なのだ。もちろん、そこまで教えられるほど一夏と静寐の関係は深いものではない。

 

「そう言えば、噂があるんだけど」

 

「噂? どんな」

 

「今度の学年別個人トーナメントで優勝すると更識製の専用機が貰えるって噂」

 

「何だそのデマは……」

 

「やっぱりデマなんだ。ちょっとは期待してたんだけどなー」

 

「満面の笑みで残念そうに言われてもな……最初からデマだと分かってただろ」

 

「一夏さん、そろそろHRの時間です」

 

 

 急に人の姿になった闇鴉に、クラスメイト達がビックリした表情をし、そして一夏に質問の集中砲火が行われる。

 

「更識君、この美人さんは誰なの!?」

 

「あの胸、本音程ではないけど大きい……」

 

「綺麗な黒髪……羨ましいですわ」

 

「あれ? セッシーは金髪より黒髪が良かったの?」

 

 

 いくつか的外れな声も聞こえたが、一夏はとりあえず闇鴉に自己紹介をさせる事にした。

 

「一応挨拶くらいはしておけ」

 

「はい、一夏さん。初めまして、皆さん。一夏さんの専用機の闇鴉です。例の事件後にこの様に人の姿に成れるようになりました。以後お見知りおきを」

 

「はーい、皆さん。席に着いて……おや? 新しい人がここにも」

 

 

 闇鴉の自己紹介が終わったタイミングで真耶が教室に入って来た。

 

「えっと、転校生を紹介します。しかも二人ですよ」

 

 

 入ってください、の合図で教室に入って来た二人の少女――いや、少女と男子の制服を着た女子がそこにいた。




実際どっちの方が魅力的なんだろう……

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