じっくりと休んでいた一夏は、ふと気になる事があったので闇鴉に尋ねた。
「あの子供の頃の俺を見せたのはお前だよな? 何のために」
「トラウマ克服のお役に立てれば、と思ったのですが」
「俺が記憶を『失った』のではなく『閉ざした』んだと知らせる事が、トラウマ克服と何の関係が……いや、記憶があるのなら、その原因が分かるのか」
「篠ノ之さんのトラウマはともかくとしても、何時までも女性に苦手意識を持たれているのは」
IS学園に入学する前は、ある程度克服出来ていたと思っていた恐怖症だったが、いざ女子のみの世界に飛び込んだら、やはり恐怖心は襲ってきたのだった。
「原因が分かったとしても、それをどうにか出来るかなんてわからないぞ? そもそもトラウマの原因が誰かなんて、子供の頃の記憶があてになるとは思えない」
「ヒントくらいにはなると思いますけどね」
そこで外に人の気配を感じた闇鴉と一夏は会話を中断して、相手の反応を待った。
『一夏さん、碧です。例の件で真耶と紫陽花を連れてきました』
「分かりました。入っても構いませんよ」
碧が丁寧に一礼して保健室に入ってくる。その姿に若干驚きを感じながらも真耶と紫陽花も碧に続いた。
「そこまでかしこまる必要はありませんよ。ここでは教師と生徒なんですから」
「いえ、私は更識にお仕えする身です。次期当主候補筆頭であられる一夏様には、本来ならあのような喋り方も出来ない身分なのですから」
「ですから、俺は昔から碧さんにお世話になってるんですから、そうかしこまられると距離が出来たみたいで寂しいんですよ」
本当は『候補』ではなく『当主』なので、ますます碧の喋り方が正しいのだが、表向き一夏はまだ楯無を継いでいないのだ。だから碧が必要以上にかしこまると逆に不自然なので一夏はこう言っているのだ。
「更識君って、実は凄い人なの?」
「俺は子供のころに誘拐され、その縁で更識の養子になっただけです。そして刀奈さんと簪が代表、ならびに候補生になったのでそのまま俺が次期当主になっただけですよ」
謙遜しながら、一夏は真耶が持っているコアに視線を向けた。先ほど束からある程度の事情は聞いているし、いくら調べても未登録である事は一夏も既に知ってる。だが、あのコアを好きにして良いと言われているので、一夏はコアの性能をとことん調べるつもりでいるのだ。
「これがあの無人機のコアです。必要な道具は一通り持ってきました」
「ありがとうございます。実は先ほど篠ノ之博士から無人機の事は聞きましたので、調べる必要は無いんですけどね」
「えっ、じゃあ何で……」
「単純に興味がありますし、何時までも無所属のコアを学園で保管していると、色々とマズイ事態になるかもしれませんからね。調べて問題が無ければ、このコアは更識で処理しますので」
「本当ですか? よかった……これ以上問題を抱え込みたく無かったんですよ」
一夏の言葉に真耶がホッと胸を撫で下ろす。その行動に思い当たる節が無い一夏は、コテンと首を傾げた。
「山田先生、何か問題でもあったんですか?」
「篠ノ之さんの処分について、日本政府と織斑姉妹が揉めてまして……」
「どのような処分を検討してるんです?」
「日本政府は、織斑姉妹の監視を付け、二週間の停学・及び反省文の提出です」
「織斑姉妹の要求は?」
「極刑です」
「………」
言い淀む事無く言い放った真耶に、一夏は呆れた視線を向ける。本当なら織斑姉妹に向けたい視線ではあるが、生憎本人がこの場にいないのでその視線は真耶に向けられたのだった。
「死傷者無しと言っても過言ではない状況で、極刑はさすがにやり過ぎでは……」
「更識君が重傷を負った事が一番の原因ですね。小鳥遊先生が何とか宥めてくれたおかげで、今は大人しいですが」
「本音を言えば、私も極刑でも構わないとは思います。ですが一夏さん本人の意思を確認しないまま刑を執行するのはどうかと思ったので」
「俺から遠ざけてくれるのであれば、IS学園に在籍していようが関係ありません。政府の罰で十分ではないでしょうか」
コアを調べながら、一夏は興味なさげに言い放った。
「じゃあ、一夏さんに近づこうとしたら校庭二十周とかでどうでしょうか?」
「『授業以外で』を付けてあげましょう。グループ分けで運悪く同じグループになる可能性だってゼロでは無いんですから」
「ですが一夏さん、篠ノ之さんと一夏さんのグループは絶対別になるように織斑姉妹が動くと思いますが」
闇鴉のツッコミに、一夏はコアを調査する手を止めた。意識の半分以上をコアに向けていた所為で、その考えに至らなかったのだろう。
「そうだな……あ、後更識所属の人間にちょっかいを出そうとするのも止めてもらいたいな。マドカが別室になった以上、篠ノ之との関係は出来る限り放棄したい」
「分かりました。後で織斑姉妹にそう伝えておきます。それから、一夏さんに面会したいというイタリア代表候補生の女の子がいるのですが、後日改めるように伝えておきましたので」
「イタリア代表候補生? アメリア=カルラさんですか?」
「そうです。一年五組のクラス代表のアメリアさんですね」
「俺に何の用だろう……まぁ、怪我が治ったら会ってみますよ」
少しエイミィの事を考えた一夏だったが、情報が少なすぎるのでこれ以上考えても結論が出無いと考えを一旦放棄してコアの調査を再開する。そのスピードは、同じ調査を行った真耶がショックを受けるくらいのものだったという。
個人的には、織斑姉妹の意見に賛同したい……