一夏がISのコアを造る事が出来る。その事は瞬く間に更識で働く全ての大人に伝わった。そしてすぐに当主・楯無はこの事を外部に漏れ出る事を恐れ緘口令を敷いた。
事の重大性を理解している大人たちは、楯無の命令に従ったが、何がどう大変なのか分かっていない子供たちは、無邪気に一夏がコアを造った事に感心していた。
「一夏君って凄いのね」
「まさか一夏さんがISの核たるコアを製造出来るとは」
「お父さんがお友達には言うなって言ってたけど、屋敷の中なら喋っても良いんだよね?」
「そうじゃない~? 小父様が外のお友達って言ったんだから、屋敷内の私たちなら問題ないでしょ」
「でも、一夏さんの立場を考えると、屋敷の中でもあんまり喋らない方が良いと思うけど……」
「大丈夫だって。めったに友達なんて来ないんだし……あれ? 私たちってあんまり外に友達っていないかもしれないわね……」
自分で言っておきながら、刀奈は少しショックを受けた。虚や簪も同様に、自分たちには友達がいない、もしくは少ないと改めて自覚しショックを受けてしまう。だが本音と美紀はその事には意識を割かず、一夏の事をずっと撫でていた。
「おりむ~って凄いんだね~」
「一夏さんがコアを造れるのなら、更識の未来は安泰ですね」
「えへへ~」
一夏自身も、それほど大それたことをしたなどと言う意識は無いので、本音と美紀に褒められてまんざらでもなさそうに笑っている。
「失礼します。一夏さん、ご当主様がお呼びです」
「一夏君だけ?」
「同伴者は特に言われておりません。一夏さんが一人で来られるのでしたら、出来る限りお一人でお願いしたいのですが……」
部屋に一夏を迎えに来た碧の言葉を聞いて、一夏は咄嗟に刀奈の手を取る。楯無が自分に危害を加えないと言う事は一夏も理解しているが、やはり大人の男に対して自分一人と言うのは心許ないのだ。
「……分かりました。では刀奈お嬢様と一夏さんのお二人でご当主様の部屋へ向かってください」
「碧さんは?」
「私は……別の任務がありますので」
これから何が話されるのか、何となく勘づいている碧は、当主の部屋への付き添いを辞して別の場所へ向かった。だが何の話か全く分からない刀奈と一夏は、碧の態度は道が分からないからだと勝手に解釈して当主の部屋へと向かった。
「何の用事なんだろうね?」
「分からないけど、小父さんは僕をいじめたりしないから大丈夫だよね?」
「当たり前よ! 私と簪ちゃんのお父さんなんだから」
それが何の根拠にもなっていない事に、刀奈も一夏も気づいていない。父親である前に暗部組織の当主なのだから、場合によっては一夏に危害を加える可能性だってあるのだが、まだそんな汚い大人の世界に染まっていない子供二人にとって、楯無は優しい父親・小父さんなのだ。
無論楯無も、自分の娘やその友人に手を掛けるなどと言う行為はしたくないと思っているし、実際にそのような場面に直面したとしてもそのような指示は出さないと心に決めているのだが。
「お父さん、一夏君を連れてきたわよ」
「……入りなさい」
少し答えるまでに間があったのは、楯無は刀奈が同伴してくる事を考えていなかったからだ。もちろん可能性は考えていたのだが、楯無の中ではその確率は低かったのだ。
「小父さん、僕に話ってなに?」
「ああ……篠ノ之束が君の事を狙っているようだ」
「篠ノ之博士が? でも、何で一夏君を狙うの?」
「……元々一夏君と篠ノ乃束の間に面識はあった。その事は刀奈も知っているな」
「うん。一夏君のお姉さんの織斑千冬さん・千夏さんのお友達でしょ?」
「そうだ。そして……どこから情報を仕入れたのかは分からないが、篠ノ之束は一夏君がコアを造れる事を知っているようだ」
「誰かが喋っちゃったのかな?」
刀奈の疑問に、楯無は小さく首を横に振る。
「それは分からないが、更識の人間が情報を外に漏らした可能性は限りなくゼロだ。そうなると、篠ノ之束は何かしらの方法で一夏君を監視している可能性が出てくるのだ」
「監視って……更識の屋敷に侵入するなんて不可能だし、外から覗きこめる程、この屋敷の塀は低く無いよね」
「だから分からないと言っているのだ。もしかしたら監視衛星でも使っているのかもしれないが、一高校生がそのようなものを使えるとは思えないのだ……」
自分の常識の範囲に束がいない事を理解している楯無だが、何処まで常識外れなのか測れない以上、様々な可能性を考えなければならないのだ。それでも、監視衛星など簡単に造れるはずも、使えるはずも無いと常識の範囲で考えてしまうのだ。
「とにかく、一夏君は変なお姉さんに声を掛けられたらすぐに逃げるんだ。最悪近くにいる大人に助けを求めるように」
「……でも、僕は大人には話しかけられないし」
「ではこの防犯ブザーを鳴らすと良い。すぐに更識の人間が君の許に駆け付ける」
「碧お姉ちゃん?」
「そうだな。学校の時間で無ければ小鳥遊が君の側に駆け寄ってくれるだろう」
碧も高校生であり、彼女自身も学校があるのだ。四六時中一夏の側にいる事は出来ない。だが一夏が自分から近づける大人――小学生から見れば、高校生は立派な大人だ――は碧だけであり、それ以外の人間は、更識の従者だろうと怖がられてしまうのだ。
「無論、君に危害が加えられそうな場合は、ブザーが鳴らなくても大人が駆け付けるから安心してくれ。それから、篠ノ乃束の妹である箒に連れて行かれそうになった場合も、大声で助けを呼ぶんだ。良いね?」
「うん、分かった」
一夏の返事に満足して、楯無は笑みを浮かべて一夏の頭を撫でる。この笑顔を護る為に、楯無は必死になろうと決心したのだった。
そのほかにも色々危ないんですけどね……