暗部の一夏君   作:猫林13世

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無事なのが奇跡だと思うな、あの攻撃をそのままだとしたら……


大怪我

 今までで一番早いのではないかと思われる速度で一夏に駆け寄った簪と美紀は、一夏の姿を確認して驚愕する。

 

「頭から血が出てる……」

 

「下手に動かさない方が良いよね? とりあえず先生たちに報告しなきゃ……」

 

 

 オープン・チャネルを使えば良いのだが、今の二人にそのような冷静な判断は期待できない。目の前に意識を失い、頭から血を流している一夏がいるのだ。この状況で冷静な判断が出来る人間など、更識所属には存在しないだろう。

 

『更識、四月一日、状況を報告しろ』

 

 

 プライベート・チャネルから織斑千冬の声が聞こえたのをきっかけに、簪と美紀は冷静さを取り戻した。

 

「侵入してきたISは停止させました」

 

「篠ノ之さんを庇った一夏さんは……」

 

『一夏がどうした?』

 

 

 言い淀んだ美紀に、千冬が促すように声をかける。だがその声はやけに硬い感じを与えるものだった。

 

「闇鴉が解除され、あの高さから転落。意識を失い頭から血を流しています。至急担架をお願いします」

 

『分かった! 千夏、小鳥遊、すぐに医療班をアリーナに向かわせろ! 私は件の戦犯である姉妹を問い詰める』

 

 

 千冬の激を聞いた簪と美紀は、これ以上自分たちに出来る事は無いと判断して、一夏の周りで見守る事にした。

 

「簪ちゃん……一夏さん、大丈夫だよね?」

 

「分からない……あのビームを喰らったんだとしたら、相当なダメージを一夏が負っていてもおかしくない」

 

「そんな……」

 

 

 闇鴉を纏った状態でならISの絶対防御がある程度操縦者へのダメージ貫通を抑えてくれる。それが完全ではない事は簪も美紀も知っているが、解除さえされなければ操縦者が重傷を負う可能性は少ないのだ。

 だが今の一夏は闇鴉を纏っていない。つまりSEがゼロになり強制解除されたのか、もしくは一夏が自分の意思で解除したかのどちらかという事だ。だが後者である可能性は限りなくゼロに等しい。つまりあの攻撃は残っていたSEをゼロにしてもあまりあるダメージ量だったという事になる。

 

『かんちゃん、美紀ちゃん、避難誘導終わったよ』

 

『兄さまは! 兄さまはご無事ですか!?』

 

 

 再びプライベート・チャネルが開き、今度は本音と美紀の声が聞こえてきた。

 

「無事……とは言えないかも。もうすぐ救護班が一夏を運び出してくれるから」

 

「本音ちゃん、マドカちゃん、篠ノ之さんは何故二人の監視をかいくぐれたの?」

 

 

 避難と同時に二人に任された最重要任務である、篠ノ之箒の監視。二人の監視をかいくぐれる程の気配遮断が箒にあるとは美紀も思えなかったのだ。

 

『いっちーがアリーナに入るって報告を受けて、一安心した隙を突かれたとしか……』

 

『気を抜いたつもりは無かったのですが、あの篠ノ之の力量を正確に測れなかったようです……』

 

「そっか……とりあえず篠ノ之さんは織斑千冬さんが捕えに行ったから……あっ、救護班が来たから一旦切るね」

 

 

 プライベート・チャネルを切り、簪と美紀は運ばれていく一夏の側に付き添う。だが途中で千夏と碧に止められ、侵入してきたISについての聴取をする事になってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保健室に運び込まれた一夏の許に、刀奈、虚、簪、本音、美紀、碧が駆けつけた時には、鈴、エイミィ、セシリア、静寐が一夏の側にいた。

 

「遅かったわね」

 

「織斑先生に色々聞かれてたから……それで、一夏の容体は?」

 

 

 焦る気持ちを抑えながら簪が鈴に問う。刀奈と虚は顔面を蒼白にしており、その瞬間を見ていた簪と美紀が一番冷静という、少し訳が分からない感じに陥っている。

 

「とりあえず一命は取り留めたらしいわよ。でも、油断は出来ないって」

 

「本当なら集中治療室にでも入ってる程の怪我らしいけど……」

 

「なに?」

 

 

 言い淀んだ静寐に、刀奈が問いかける。その声は震えているが、それでも一夏の事を知りたいという意思が込められた言葉だった。

 

「専用機の能力――かは分かりませんが、一夏君の回復力は普通の人より高いようでして……頭の傷以外はほぼ治ってるそうです」

 

 

 静寐の言葉に目を見開いた更識所属の六人は、確認すべく一夏に近づき、そして驚愕した。

 

「嘘っ……さっき見た時は全身傷だらけだったのに……」

 

「本当に治ってます……」

 

「ですけど、頭の傷だけは治らなかったようですわね。ここが一番痛いでしょうに」

 

 

 心配するように呟いたセシリアに、他の人間が驚いた視線を向ける。

 

「な、なんですの?」

 

「いや……初対面の時のセッシーからは考えられない言葉が出てきたから……」

 

「わ、私だって反省してますし、一夏さんの事を心配しますわ!」

 

「あんまり大声を出さない方が良いわよ、オルコットさん。一夏さんが目を覚ましてしまうかもしれないから」

 

「……申し訳ありません、小鳥遊先生」

 

 

 この中で唯一の大人である碧がセシリアを窘め、そして全員の声量を落とさせた。

 

「とりあえず私たちがここにいても出来る事はありません。そろそろ部屋に戻らないと寮長に怒られますよ」

 

「……そうですね。明日の朝、また一夏君のお見舞いに来ましょう」

 

 

 少しずつ冷静さを取り戻した刀奈がそう言うと、残りのメンバーも名残惜しそうながらも保健室から部屋へと戻って行く。残された刀奈と碧は、もう一度一夏の寝顔を見てから保健室を後にした。

 

「碧さん……」

 

「何でしょうか?」

 

「私、あの侵入してきたISと篠ノ之さんを絶対に許さない」

 

「ええ、私もです」

 

 

 本来どのような目的で送り込まれたのか分からないが、あのISが原因で一夏は大けがを負ったのだ。理由がどうあれあのISの所有者に、刀奈と碧は怒りを覚えたのだった。




セシリア(の心)が綺麗になった気がする……

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