本音とマドカは焦っていた。しっかりと監視していたはずなのに、何時の間にか篠ノ之箒がマイクを使い大声で一夏に声をかけていたからだ。
「マドマド、何で篠ノ之さんがあそこに!?」
「分かりません。確かに気配は探っていたんですが……小鳥遊先生からオープン・チャネルで兄さまが救援に向かわれたと聞かされて、ホッと一安心してしまった隙を突かれたのかもしれません」
周りの迷惑を考えない事を除けば、篠ノ之箒という女子はかなり腕が立つ部類の人種だ。相手の隙を突く事など造作もないだろう。
「とりあえずいっちーに頼まれた避難を完了させて、それから篠ノ之さんの事は考えよう」
「そうですね。ロックも解除され、避難も順調に進んでいます。焦って不安を煽る事は避けましょう」
意外と冷静な本音に救われた形のマドカだったが、生徒の避難は順調に行えているので、それも相まって冷静さを取り戻したのだった。
「二人とも、篠ノ之さんは何がしたかったのかしら」
「シズシズ、そんなの私にも分からないよ」
「し、シズシズ? それって私の事かしら」
「うん、そうだよ! 静寐だからシズシズ」
こんなタイミングでも不思議な渾名を真顔で言う本音に、話しかけてきた静寐の顔が引きつる。それでも時間を無駄にしない辺り、彼女も普通の女子高生では無いのだろう。
「あの大声の所為で、侵入してきたISが篠ノ之さんの存在に気付いたようよ。一夏君が彼女を助ける義理は無いでしょうけども、優しい一夏君が目の前で殺されそうになってる人を見捨てるとは思えないんだけど……二人はどう思う?」
まだ一夏との付き合いが短い静寐でもそう思うのだから、付き合いの長い更識所属の人間がそう思わないわけが無い。本音とマドカは一夏に頼まれた事を放り出してでも一夏の救援に向かいたかったのだが、そんな事をすれば余計な混乱を招きかねないと理解した本音が、逸る気持ちを抑えて誘導に専念した。
「本音、行かないんですか!?」
「いっちーに頼まれた事をやらないと。終わらせてからいかないといっちーに怒られるし、みんなに余計な不安を与えちゃうから」
「……分かりました。私も兄さまに任された事を遂行します。静寐さんも急いで避難してください」
自分より下に思っていた本音の冷静な判断に、マドカは素直に従う事にした。意外な面を見た気分だったマドカだったが、それは同時に本音を侮っていた自分を恥じるいいきっかけになったのだった。
箒の檄をピットで聞いていた簪と美紀は、舌打ちしたくなるくらい箒の事が邪魔に思えていた。あの大声の所為で、侵入してきたISのターゲットが一夏から箒に変更になったことは、モニター越しでも分かるくらいの経験を二人は持っているから。
「美紀、後どのくらいで終わる?」
「少なくとも後二,三分はかかります。今の状態でも動けますが、完全に回復させてから来るように一夏さんに言われてますし……」
「もどかしい。この二、三分の所為で一夏がいなくなるかもしれないと思うと、一夏の言い付けでも破りたくなる……でも、破ったら怒られるし……」
逸る気持ちを抑えながらも、もどかしさにイライラを募らせる簪、その横では美紀が心配そうにモニターを眺めている。
「一夏さん、篠ノ之さんに攻撃がいかないように動いてますね。やっぱり優しい人です」
「うん……あんな人、見捨てても誰も怒らないのに……」
「あの辺りに攻撃されたら、避難中の他の生徒にも被害が出るから仕方なく、でしょうけどもね」
いくら一夏が攻撃を捌く事を得意にしていても、何時までも捌き切れるわけではない。闇鴉のSEだって無尽蔵にあるわけではないので、簪と美紀はモニターと自分たちの専用機のSEを交互に見てはため息を吐きたくなっていた。
「後一分……一夏、頑張って」
「本当に余計な事しかしないんですね、篠ノ之さんって……」
「今更じゃない? 小学校の頃の話を碧さんから聞いたじゃない? あれも相当だよ」
「ですね」
記憶を失った一夏に対して箒がとった数々の迷惑行動を思い出し、簪と美紀は改めて篠ノ之箒に対して怒りを募らせた。
「終わった、行くよ、美紀!」
「分かりました! 金九尾、もう少しお願いしますね」
ピットから飛び出した二人が見たものは、レーザー光線にやられる一夏の姿だった。
「「一夏(さん)っ!」」
篠ノ之箒を庇っていたのが原因で、一夏はあの攻撃を避ける事が出来なかった。普段の一夏ならあんな分かりきった攻撃を喰らうはずが無いのだが、何時まで経ってもその場から動かない篠ノ之箒の所為で、一夏はやられてしまった。
「美紀、速攻で終わらせるよ」
「もちろんです」
『わたしたちも力を貸します』
『一夏お兄ちゃんに傷を負わせた罪、存分に味わってもらわないと!』
二人と共に怒りをあらわにした専用機二機、光白孤と金九尾は未だかつてないエネルギーを放ち乱入機へと突っ込んでいく。
「私は右側を」
「では私は左側を」
怒りに身を任せていても簪と美紀は冷静さを失っていなかった。しっかりと声を掛けあい、そして同時に乱入機へ攻撃を喰らわせる。
『行きます!』
『これが、お兄ちゃんがボクたちに積んだ隠し技だ!』
二機が同時に光だし、そして乱入機に向けて高エネルギー攻撃を放つ。操縦者二人が見たそれは、この姉妹機が出せる全力の攻撃、単一仕様能力に迫る程の威力だった。
「これで、終わり?」
「ISの反応ありません。倒したと思われます」
モニターでISの反応を調べていた美紀からそう聞かされ、簪は意識を少しだけ爆心地に向けておいて、残りの全てを一夏に向けた。
「一夏っ!」
「一夏さん!」
二人同時に駆け寄った先では、闇鴉が解除され倒れ込む一夏がそこにいたのだった……
能力の説明もいずれちゃんとします。