夜遅くに非通知からの電話に、千冬は眉を顰めながらも通信に応じた。
「誰だ?」
『もすもすひねもす~? 愛しの束さんだよ~』
挨拶を聞いただけで、千冬は通信を切ろうと携帯を耳元から離した。
『待って待って! 束さんはちーちゃんの悩みの種を取り除いてあげようって提案をしたいだけだよ』
「悩みの種は貴様の妹だ! それをどうにかすると言うのか、お前は」
『今度のトーナメントにいっくんを参加させれば良いんだよ! そうすればいっくんは更識の妹の方以外には勝てるでしょ? そうなれば箒ちゃんもいっくんの実力を認めると思うんだよね~』
「貴様の事だ、どうせ碌でもない事を企てているんだろ」
『そんな事無いよ~。束さんは、みんながハッピーになる事を考えてるんだよ』
「悪いが今回はお前の計画には乗らん。白騎士の時に懲りたからな」
『残念だな~。いっくんの寝顔の写真があるんだけどな~』
束は隠し撮り(盗撮ともいう)した写真を餌に千冬に協力を煽る。だが白騎士事件の際に千冬は、束に協力した所為で一夏を失った過去があるのだ。魅力的な提案に喰いつかずに冷静に再度断りを入れた。
「貴様の隠し撮り写真などいらん。それに、一組の代表は四月一日だ。今更一夏に変更は出来ない」
『そっか……じゃあ別の方法を考えなきゃね』
「いっそのこと貴様が引き取ってくれても良いんだぞ?」
『いっくんを?』
「バカ箒をだ! 誰が貴様なぞに一夏をくれてやるか!」
『箒ちゃんなんて貰っても研究は捗らないしな~。言っちゃ悪いけど、箒ちゃんって単細胞じゃない? いっくん並みの頭脳かちーちゃんたち並みの操縦技術があるなら良いけどさ、箒ちゃんにそんなもの望めないじゃない? それに、束さんのテストパイロットはまーちゃんで事が足りてるから』
「……私が言うのもなんだが、お前、実の妹に酷い言い種だな」
束の偽りの無い本音を聞いて、さすがの千冬も少し引いていた。それくらい束の言葉は辛辣だったのだ。
『だいたいいっくんにケチを付けるなんて、妹じゃ無かったらその瞬間に蒸発させてるところだよ』
「お前が言うと洒落に聞こえん」
『まぁ、そういうわけでこっちでも箒ちゃん対策は考えてみるよ。だからちーちゃんたちも頑張って箒ちゃんを更生してあげてね。バイビー』
言いたい事だけ言って通信を切った束に、千冬は頭を抑えて首を左右に振った。
「やれやれ、あの大天災でも妹の事はそう簡単に片付かないのか……本当に殺したい気分だな」
物騒な事を呟きながら、千冬は冷蔵庫の中にあるビール缶を手に取り、そして飲んだ。校内――しかも学生寮の寮長室に何故ビールが存在するのか。それは織斑姉妹の生活場所だからで説明が付くのだった。
生徒会役員として本格的に始動した一夏は、生徒会室に溜まっている書類の山を見て呆然とした。更識の屋敷でもこれ程の量の書類を見た事が無かったからだ。
「いったい何日分溜めたらこれ程溜まるんですか?」
「これで今日一日よ。今年は専用機持ちが多く入学したし、なにより一夏君が入学したからね。各国から色々と抗議やらなんやらの書類がいっぱい来るのよ」
「ですが、それは職員室で処理するものなのでは?」
「当事者が処理する方が早いと、轡木先生が仰られたそうです」
「校長が……」
抗議の殆どが更識関係――もっといえば一夏関係のものなのだ。職員室で処理するより確かに生徒会で処理した方が早いし都合が良い。だがそれにも限度と言うものがあるだろうと一夏は思っていたのだった。
「とりあえず、こっちの山を一夏君お願いね。殆ど一夏君に関する書類だと思うから」
「残りの殆どは代表であるお嬢様や、候補生の方々にその国の製品を使ってほしいとかですからね」
「嘆願書は学園にではなく個人に出すべきだと思いますが……」
文句を言いながらも、一夏と虚は書類の山を素早く崩して行く。一方の刀奈は、二人には劣るが確実に書類を片付けていく。
「やっぱり一夏君や虚ちゃんは早いわね……私の倍くらい終わってるじゃない」
「お嬢様だって、普通の人から見れば十分早いですよ」
「俺と虚さんは屋敷でも書類整理とか色々やってましたから」
実は更識家当主の一夏と、更識企業の企業代表として多くの書類にサインをしてきた虚からしてみれば、この程度の作業は造作も無い事なのだ。刀奈も元当主候補として沢山の書類に目を通し、そして判断をしてきた経験を持っている為に、普通の女子高生とは比べ物にならないくらいの処理速度を有しているのだ。
「ところで、俺は本音も生徒会役員だと聞いていたんですが」
「本音なら今日は簪ちゃんと美紀ちゃんの訓練に付き添ってるわ。ペアとしての訓練だから、マドカちゃんも一緒にね」
「なるほど……確かにペア代表候補ですからね、あの二人は」
「それに、本音がいたところでこの量は無理ですよ。普通の仕事なら出来ない事も無いですが、この量を見ただけであの子は逃げ出します」
「それにも納得です」
刀奈と虚から聞かされた事情に納得がいった一夏は、素早く書類を処理していく。途中で気になった書類があったので手が止まったが、それ以外は全く無駄の無い動きで仕事を終わらせた一夏たちは、最終下校時間前に書類の山を片付け終え、生徒会室で一服してからそれぞれの部屋に戻った。
「あの書類……男性操縦者の受け入れ要請だったな……少し調べておこう」
フランスから来ていた書類が気になっていた一夏は、尊直通のアドレスに暗号メールを送り調べてもらう事にしたのだった。もし本当に男性操縦者が現れたなら、自分に向けられる注目の何割かはそちらに移るだろうし、もし虚偽の申請だったら、それなりの対処をする為に、一夏はIS学園生徒会副会長として、更識家当主楯無として動いたのだ。
普通なら学園が気付けよ……