一応セシリアには勝った一夏だが、それだけで満足してはいけないという事で、生徒会初日の仕事は刀奈との模擬戦だった。これを仕事と言えるのか一夏は疑問だったが、同じ生徒会役員の虚が何も言わないところを見ると、今日は仕事が無いのだろうなと諦めの気持ちに至ったのだった。
「それじゃあ一夏君、軽くやってみましょうか」
「刀奈さんは軽くかもしれませんけど、俺は結構本気でやらないとあっという間にやられてしまいますよ」
「大丈夫だって。一夏君の攻撃とか見てみたいし」
「何時も攻撃する前に負けますからね……」
バーチャルだろうが実戦だろうが、一夏は何時も刀奈の攻撃を捌いている間にＳＥが無くなって負けてしまうのだ。闇鴉の特性を使ったとしても、刀奈には気配でバレるし攻撃を当てる事は叶わないのだ。
「それじゃあ開始！ さぁさぁ、お姉さんの胸に飛び込んで来なさい」
「お嬢様、どことなく卑猥ですよ」
「何処がよ！」
虚にツッコミを入れている間でも、刀奈に隙は見当たらなかった。一夏はとりあえず牽制でライフルを放つ、もちろんあたる事無くその弾は消えていった。
「さすがね、一夏君。今のが当たってたら結構ダメージを喰らってたわ。的確に急所を突いてくるあたりはＩＳの事を熟知してると言わざるを得ないわよ」
「整備が主ですからね。何処を狙えば効率的にダメージを与えられるかとかは把握してます。でも、そこに当てるまでが大変なんですよね……」
普通の相手ならば、姿や弾丸を隠して当てる事が出来る。だが相手が更識所属だとそれが叶わないので、一夏は毎回どうすれば当てられるかを試すのだ。
「でも、最初の方と比べれば大分上手くなってるわよ。油断したら当たっちゃいそうなくらいに成長してるわよ」
「ＩＳ戦闘において、刀奈さんたちが油断するとは思えませんが……それに、それぞれの専用機がしっかりと気を引き締めるように言うでしょうから、油断なんてあり得ないのではないですか？」
「そうね。専用機は造り手に似てしっかりした子だから、操縦者が気を抜いていたら活を入れてくれるでしょうね」
一夏が造ったと言いそうになったが、アリーナでの訓練は誰に見られているか分からない。なので刀奈は寸でのところで一夏の名前を出さずに言い換えたのだった。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「生徒会権限とはいえ、アリーナの使用時間は短いわよね」
「正規の手続きをしてくださいよ……隙間にねじ込んだんですね」
「さぁ、最後は本気で行くわよ」
「勘弁してくださいよ……」
今までのは本気では無いと分かっていながらも、手を抜かれていたと言われて一夏はガックリと肩を落としたのだった。
ピットでＩＳスーツから制服に着替えた一夏は、刀奈と虚を待つ為にアリーナの入り口で待っていた。さすがに更衣室の前で待つのはマズイだろうという配慮だったのだが、一夏は更衣室の前で待つべきだったのかもしれない。
アリーナの入り口付近で、出来る事なら会いたくない相手と鉢合わせしてしまったのだ。
「一夏、少し良いか？」
「何でしょうか、篠ノ之さん」
会いたくない相手――篠ノ之箒が必要以上に近づいて来るので、一夏は少しずつ後ずさる。これ以上近づいたら会話が出来ないと判断した箒は、近づく事は諦めたが視線で逃げられないように一夏を捉えて離さなかった。
「お前、何であんな戦い方をしたんだ！ 篠ノ之流を修めている者なら――」
「俺は篠ノ之流剣術は修めていない。君の考えを俺に押し付けるのは止めてもらいたい」
「それが幼馴染に言うセリフか！ お前は軟弱過ぎる！ 自分が弱いだの、姿を隠しての不意打ちで勝利するなど、男のする事ではない！」
「君の頭の中の男像がどうなのかは知らないけど、不意打ちだって立派な戦術です。格上相手に真正面から挑んで勝てるなんて自惚れは持ち合わせていません。まして、格上相手だろうと無策で真正面から突っ込むような猪武者なような事をするつもりもありませんし。それから、俺の中で貴女は幼馴染では無くただの古馴染です」
幼馴染のように親しい間柄では無く、単なる知り合いである古馴染という言葉を選んだのは、一夏がいい加減にしてほしいという願いからだった。だが箒はその言葉に激昂し、近くに立てかけてあった竹箒を手に取り振りかぶった。
「一夏、貴様！」
「何してるのかしら？ 私の義弟を苛めようとするなんて、貴女死にたいのかしら？」
「お嬢様、さすがにお嬢様本人が手を汚すのは避けましょう。私に命じてくだされば私が処分しますので」
「なっ！ 一夏、貴様！ またしても女に守られるつもりか！」
「何を勘違いしてるのか知らないけど、一夏君に守ってほしいなんて言われて無いわよ、私たちは。私たち自身の判断で一夏君を守り、そして貴女のような害を取り払っているのよ。一夏君は我々更識にとって重要な人なのだから」
「次期当主候補筆頭を守るのは私たちの役目。その次期当主候補を侮辱し、あまつさえ怪我を負わせようとするなど万死に値します」
威圧感だけで箒を圧倒する刀奈と虚、その二人を一夏が優しい口調で宥めた。
「さすがに殺すのはマズイですよ。篠ノ之さん、この事は織斑姉妹に報告しておきます。学園での暴力行為は禁止だと言われているはずなのにその行動、しっかりと反省してください」
十分な距離が開いている為、トラウマがすぐ発動する事は無かったが、一夏が小刻みに震えているのを、刀奈と虚は見逃さなかった。素早く箒の傍から移動し、落ち着くまで二人で一夏を安心させる為に抱きしめていたのだった。
やっぱりモッピーはダメだな……