一時間目が終わり、一夏の周りには人だかりが出来ていた。もちろん、最前線には美紀とマドカと本音が守るようにいるのだが。
「更識君、あの転校生と知り合いなの?」
「小学校が一緒だったんだ。まぁ悪友の一人かな」
「あっ、じゃああの人が一夏さんが言っていた『鈴さん』ですか?」
「ああ。凰鈴音、候補生になれるかもとは聞いていたが、本当になっていたとはな」
しみじみと語る一夏に、クラスメイトは不思議そうな視線を向けた。
「ん? 何か」
「いや、更識君でもそんな顔するんだなと思って」
「どんな顔?」
「嬉しそうな、懐かしそうな」
「実際再会は嬉しいし、会うのも久しぶりだから懐かしくも思うさ」
小学校を卒業してから互いに忙しくなりろくに会う事が叶わないまま鈴は中国に帰ってしまった。そして始めから鈴も入学しているものだと思っていた一夏は、受験者の中に鈴の名前が無かったのが少しショックだったのだ。だから余計に再会が嬉しいのだろう。
「じゃあ、凰さんは更識君の幼馴染なんだね」
「そうなるのか? 出会いが小学五年だから微妙ではあるが」
「一夏の幼馴染は私だけだ!」
人垣の向こう側から聞こえてきた声に、一夏は若干顔をひきつらせた。だが今回は一夏だけでは無く、クラスメイト全員が顔をひきつらせている。
「篠ノ之さん、あんまり大声を出さないで。五月蠅いから」
「だがっ!」
「更識君はどういうわけか篠ノ之さんを避けてるみたいだし、あんまりしつこいと余計に嫌われちゃうわよ」
「なっ!? どういう事だ一夏! 何故幼馴染の私を避ける!」
箒を宥めている女子は、一夏が箒に対して恐怖心を抱いているのを知っている様な口ぶりで話しているのが一夏には気になった。
「あの人確か……鷹月静寐さん?」
「一夏さん、どうかしました?」
「いや……ちょっとゴメン」
人垣を掻きわけて一夏は鷹月に近づいて行く。それは同時に箒に近づく事でもあるのだが、今の一夏は恐怖心より先に探究心が勝っているので震えだす事は無かった。
「鷹月さん、少し良いかな?」
「ええ。私も更識君とお話ししたかったし」
「じゃあ次の休み時間、屋上で」
「邪魔が入らない場所で、って事?」
「そっちの方が落ち着いて話せるでしょ」
何やら含みのある事を言い合う二人に、クラスメイト全員が興味を抱いたのは当たり前の事なのかもしれない。だが、屋上の監視は美紀、マドカ、本音に加えて碧も担当するので盗み聞きをする事は不可能だった。
そして屋上では、一夏が一人で静寐と対峙していた。
「何故俺が篠ノ之に対して恐怖心を抱いていると?」
「食堂で見ちゃったの。篠ノ之さんが逃げかえった後、更識君は更識さんたちに囲まれて食堂から出ていくのを」
「そうか……入学式で刀奈さんが言った事、覚えてるか?」
「昔色々あったって事?」
「そうだ。記憶を失った俺に対して、篠ノ之は心配してくれた周りの友人たちを蹴散らし、そして自分だけに興味を抱くように仕向けた。だが、その方法は暴力に訴えたもので、記憶を失ったばかりの俺には恐怖の対象でしか無かったんだ。そのトラウマがまだ若干残ってるんだ」
「そう、そんな事が……この事は内緒にしておいた方が良いのよね?」
「そうしてくれると助かる」
話が分かる相手で助かったと、一夏は内心ホッとしていた。だが、静寐の顔が若干悪い事を考えているようにも見えて、一夏は緊張感を残したまま話を続けた。
「鷹月さんは何故その事を他の人に話す前に俺に?」
「だって、折角更識君と直接、一対一で話せるチャンスでしょ? そのチャンスをふいにするのはもったいないもの」
「そんなもんか……」
「それから、黙ってあげる代わりに、君の事『一夏君』って呼んでも良いかな?」
まさかこれが静寐の企んでいた事なのかと一瞬怯んだが、別に実害は無いので一夏は認める旨を静寐に告げた。
「それから、私の事も静寐で良いわよ。私だけ名前で呼んでるのに一夏君だけ苗字だと、何だか篠ノ之さんと同列みたいだからさ」
「別に貴女に恐怖心を抱く事は無いですが、分かりました静寐さん」
「さんもイイって。普通に『静寐』で」
「分かった、静寐」
「うん、これで私と一夏君はお友達だね。困った事があったら何でも言ってね」
笑顔でそう言いながら静寐は屋上から教室へと戻って行った。出入り口で待っている更識関係者に一礼して、特に何も無かった様に教室へと戻っている静寐は、一夏から見て頼もしい感じがしていた。
「俺も戻るか」
「良かったね一夏さん。お友達が増えて」
「少ないですけど、俺にだって友達はいますよ、碧さん」
苦笑いで碧のからかいに対応し、一夏は美紀とマドカと本音と一緒に教室に戻る事にした。
「兄さまのご友人という事であれば、私も後でご挨拶をしなくてはいけませんね」
「いっちーのお友達か~。後でリンリンも紹介してね」
「リンリンって本音ちゃん、もう渾名つけたの?」
「本人の前でその呼び方はやめてやるんだな。小学校の頃散々からかわれた渾名だから」
中国でリンリンという渾名がつき、そのまま暫く鈴はパンダと呼ばれる事になったのだ。その事が今でも鈴のトラウマで、その名前で呼ばれると暴走してしまうのだ。
「ほぇ、リンリンにもトラウマがあったんだね~」
「普通大小の違いはあれど誰にもトラウマなんてあると思うんだが……本音にはなさそうだな」
一夏の零したセリフに、美紀とマドカが大きく頷いて同意した。その事が不思議で、本音は首を傾げながら教室に戻るのだった。
あえて「男」と言わせたのは、セシリアのものだと勘違いさせる為のミスリードです。