午後の授業が始まるまで、一夏たちは部屋に篭っていた。理由は一夏のトラウマが治まるまで皆で一夏を安心させていたのだ。
「更識君、お昼休みは何処にいたの?」
「ちょっと気分が悪くなって部屋で休んでた。もう大丈夫だから心配はしなくても良いよ」
「やっぱり女の子ばっかりで落ち着かないのかな? もし気分が悪くなったら先生に言いなよ?」
「ああ、もちろんそうするつもりだ」
トラウマの事を話すわけにもいかないので、一夏はそれっぽい嘘を吐いて誤魔化す。さすがに授業中に箒に詰め寄られる事は無いだろうけども、万が一があった場合は最悪美紀とマドカ、そして本音が何とかしてくれると言っているので一夏としては安心しているのだ。
「それでは午後の授業を始めます。更識君は体調、大丈夫なの?」
「はい、ご心配をおかけしました」
刀奈から碧に報告が行っているので、碧はまず一夏の体調を心配した。もちろん身内だけの時のようにベッタリとはいかないまでも、かなり心配してくれているのは一夏にも伝わっている。
「あっと、そうだった。授業の前に、代表選抜戦の順番が決まったので発表しておきますね。まず第一戦は更識君対オルコットさん。その後が織斑さん対オルコットさん。その次が布仏さん対オルコットさんで、その次が四月一日さん対オルコットさん――」
「お待ちください! 何故私が連戦なのでしょうか?」
「文句があるのでしたら織斑先生に仰られてください。この順番を決めたのは織斑先生ですので」
「……分かりましたわ」
「後は当日に決めるそうです」
実に理不尽な組み合わせだと思うだろうが、セシリア以外その事に異議を申し立てる人間はいなかった。それだけセシリアはクラスメイトからも良く思われていないのだ。
「では、授業を始めます」
何か言いたげだったセシリアだったが、碧の有無を言わせない雰囲気に呑まれ、そのまま着席した。自分が何に喧嘩を売ったのか、セシリアは未だに理解していないのだった。
やるからには無様に負けるわけにはいかないということで、放課後になり一夏はVTSがある部屋に簪たちを連れてトレーニングに励む事にした。
「ブルー・ティアーズのデータはあるんだよね?」
「入試の時のデータなら持ってる。だけどより詳しいデータとなると、一週間では手に入らないかな」
「セッシーよりはかんちゃんたちの方が上手く使えると思うけどね~」
「完全なデータじゃないんだから、本物のようには行かないよ」
データを打ち込みながらシステム変更をしている一夏たちの後で、本音と美紀がセシリアについて話している。二人とも既にセシリアの事など相手にならない程の実力があるために、油断を抜きにしても負けるつもりは無かった。
「刀奈お姉ちゃんや虚さんにも言われてるし、あの候補生は完膚なきまでに叩きのめさないと」
「再起不能にしたらさすがにマズイよね? イギリスに何を言われるか分からないし」
「その時は織斑姉妹が矢面に立って解決してくれるだろう。なっ、マドカ」
「そうですね。兄さまと私で頼めば、姉さまがイギリスごと消し去ってくれますよ」
美紀と簪は、実際にそうならないように祈る事にした。いくら一夏を侮辱したからといって、国一つ消し去るのはさすがにやり過ぎだと思ったからだ。気持ち的にはともかく、それを実行するとなるとさすがに躊躇いを覚える。
「それにしても……随分と杜撰な管理だな……システムデータの書き換えが頻繁に行われてる形跡があるぞ……」
「誰かが更識のデータを狙ってるって事?」
「ここ最近だから、そうかもしれないな。まぁ、メインデータにはアクセス権が無いと入れないし、更識のデータはここには入って無いからな」
システムデータの管理を一夏たちが務める事にしたので、これから先はパスワードを知らなければ誰も弄る事は出来ない。元々もそういった管理がされていたはずなのだが、パスワードの管理が杜撰だったのか誰でも比較的簡単にシステムデータにアクセスは出来たのだ。
「やはり織斑姉妹に管理を任せたのが失敗だったか……」
「対策は完璧だけど、管理が杜撰だったら意味無いもんね……」
泥棒などには強くとも、あの姉妹は物を管理する能力に欠けている。掃除などを頻繁に行わないので、何処にやったか分からなくなり、数日間部屋に無くても気づかない事があるのだ。その事知っている誰かが織斑姉妹の部屋に忍び込み、そしてVTSから更識の情報を引き出そうとしたのだろうと一夏と簪は結論付けた。
「教員の中でパスワードを教えるのは碧さんだけにしておこう。さすがに織斑姉妹に教えるのはマズイ」
「今更識所属の機体のデータも打ち込んだからね。それを知られるのは一夏的にも更識的にもマイナスだもんね」
「これが本音のパスワードで、こっちが美紀のパスワードだ。簪のはコレな」
「いっちー、私のパスはいっちーが管理してて~。多分無くすから」
「……そうだな。一括で管理しておくか。俺の部屋なら簡単には入れないし、書類とか管理する金庫があるから、そこに一緒に入れておけばいいだろ」
「とりあえず、自分でパスワードは覚えるんだよ?」
簪に言われ、美紀はすぐに自分のパスワードを覚えたのだが、本音は覚えようともせず一夏にパスワードが書かれた紙を手渡した。つまりは誰かに覚えておいてもらおうという事なのだろうと、簪は呆れたようにため息を吐いたのだった。
「一夏、お姉ちゃんと虚さんのパスワードは後で生徒会室に持って行かなきゃね」
「あの二人ならしっかりと管理出来るだろうしな」
本音の事には触れずに、一夏と簪はVTSのメインデータからログアウトして電源を落としたのだった。
いったい誰がアクセスしてたのか……