昼休みを迎え、一夏たちは再び食堂を訪れた。成り行きで白式が人型になれる事をバラしたので、昼は白式も一緒に行動している。
「あら? 今日は白式ちゃんも一緒なんだね」
「お嬢様、口にものを入れた状態で喋るのはお行儀が悪いですよ」
普段は学年ごとに食堂も別れているのだが、別段立ち入り禁止というわけではない。なので昼食は刀奈と虚も一緒に摂る事にしたのだ。
「さっきの授業でISにも個性がある、という事を説明する為に人型になってもらいましたので、そのまま行動してもらっています」
「へへー、一夏様のお役に立ったの」
一夏に褒めてもらい胸を張る白式を、微笑ましく眺める一同。白式はこの中では共通の妹のような扱いなのだ。
「それにしても、一夏君の注目度は高すぎるわよ。さっきから羨む視線が何本も……」
「仕方ありませんよ。私とお嬢様は学年が違うんですから」
「ところで一夏、生徒会に入るって本当?」
「選考から外れるなら、それでもいいかなと思ってな」
「あー……その事なんだけど」
気まずそうに刀奈が視線を逸らしたのを見て、一夏は何となく刀奈が言いたい事を理解したのだった。
「千冬さんと千夏さんにその事を話したら、『せめて選考戦が終わってからにしろ!』って怒られちゃった……」
「よっぽど兄さまの戦いが見たいのでしょうね」
「迷惑な話だ……」
織斑姉妹を説得するのは、一夏ですら困難だ。説得する労力と諦めて選考戦に参加する事を天秤に掛け、一夏は諦める事にしたのだった。
「それにしても、あのせっしーとか言う子、いっちーの事をバカにし過ぎだと思うんだよね。皆で懲らしめるのはどうかな~?」
「本音ちゃんがやる気なら、私もやるよ。一夏さんの事をバカにした事を後悔させてあげるんだから」
「兄さまの為に、私も頑張ります!」
「……オルコットさん、南無」
この三人を本気にさせた事に対して、一夏はセシリアに同情した。自業自得ではあるのだろうが、この三人相手に戦わなければいけないと思うと、一夏もさすがに可哀想だと思うのだった。
「三人が懲らしめても態度を改めなかったら、私と虚ちゃんも戦ってあげるわよ」
「後輩を正しい道に導くのも先輩の務めですから。そして、生徒会の仕事でもあります」
「……一夏様、あのオルコットとか言う候補生、死ぬんじゃないですかね?」
「……さすがに死にはしないとは思うぞ」
「なんなら私もその人を懲らしめるよ?」
「もうやめてあげてください」
簪も参戦の意を表明したのに対して、一夏はさすがにやり過ぎだと判断したのだった。
「ちょっといいか」
「……何か用でしょうか、篠ノ之さん」
丁度一段落したタイミングで一夏に声を掛けてきた箒。その声だけで一夏の緊張感が高まっていると、箒以外全員が理解した。もちろん白式や本音も。
「お前、自分の事を強く無いとか言ったな」
「ええ、事実ですので」
「男がそのような弱気でどうする! 私が鍛えてやるから剣道場に来い!」
「ISに剣道は関係ないと思うのですが……」
少しずつ、一夏の幼児退行が始まっているのが刀奈たちには分かった。このままではトラウマが発動し、最悪泣きだしてしまうかもしれない。そう判断して、箒には早々に退場願うべきだと、刀奈と虚、簪と美紀の間でアイコンタクトで会話し決定した。
「篠ノ之さん、一夏の稽古には私たちが付き合うから」
「無関係の篠ノ之さんはあんまり一夏さんに関わらないでください」
「なっ!? 無関係ではない! 私は一夏の幼馴染だ!」
「そう思ってるのは貴女だけよ、篠ノ之箒ちゃん」
「一夏さんは貴女の事を単なる知り合いとしか思っていません。あんまりしつこく一夏さんに付きまとうようでしたら、こちらとしても対処を考えるしかないのですが」
「あ、貴女たち上級生まで口を挿むのですか! これは幼馴染である私と一夏の問題です!」
「入学式で言ったでしょ? 『あんまり私の義弟を苛めないで』って。もし苛めるのなら、それなりに覚悟しての事でしょうね?」
刀奈が纏う空気が変わったのに、さすがの箒も後ずさる。良く見れば虚や簪、美紀が纏っている空気も冷たいものに変わっているのだ。
「い、一夏! お前はどうしたいんだ!」
「俺は、刀奈さんたちと訓練する。だから篠ノ之さんは大人しくしてて」
「くっ……」
若干幼児退行している事に気づけず、箒はその場を後にした――というか、現実を受け容れられずに逃げ出した。
「よしよし、いっちーは良く耐えたね~」
「もう怖い女はいませんよ、兄さま」
小刻みに震えている一夏を、本音とマドカが慰める。やはり一夏にとって篠ノ之箒という存在は恐ろしいものなのだ。
「美紀ちゃん、一夏君を部屋に連れて行ってあげて。後で私たちも行くから」
「分かりました。一夏さん、行きましょう」
「う、うん……」
「本音と簪ちゃんも、一夏君に付き添ってあげて。片付けは私たちがしておくから」
「分かった」
「いっちー、大丈夫?」
周りの目を遮るように、三人で一夏を囲い食堂から移動する。一夏のトラウマを周りに知られるのは、色々とマズイと判断した刀奈は、即座に一夏を食堂から移動させ、人目のつかない自室で落ち着かせる事にしたのだ。
「虚ちゃん、マドカちゃん、白式ちゃん、速攻で片付けて一夏君の部屋に行くわよ」
「分かりました」
「兄さま……」
「一夏さま……」
トレイを返却口に運び、片付け残しが無いかを確認した刀奈たちは、物凄い速度で食堂を後にした。
「な、なんだったのでしょう、あの男の感じ……」
そんな一連の出来事を目撃していた少女は、一夏の事が気になってしまうのだった。
またしてもモップさんが役に立った……のか?