ソードアート・オンライン~黒の剣士と絶剣~ リメイク版   作:舞翼

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お待たせしました。更新です。……いやまあ、他のもあるんけどね(-_-;)


第36話≪ユイの心≫

 黒鉄宮地下迷宮最深部の安全エリアは、完全な正方形だ。 入り口は一つだけで、中央には磨かれた黒い立方体の石机が設置されている。

 俺たちは、石机にちょこんと腰を掛けていたユイを無言で見つめている。 また、ユリエールとシンカーには先に脱出してもらったので、今は三人だけだ。

 記憶が戻った、と一言を言ってから、ユイは数分間沈黙を続けていた。 その表情は何故か悲しそうだ。 言葉を掛けるのは躊躇われたが、俺は意を決して訊ねた。

 

「ユイ……。 思い出したのか……? 今までの事、全部?」

 

 ユイは暫く俯き沈黙していたが、こくりと頷いた。 泣き笑いのような表情のまま、小さく口を開く。

 

「はい……。 全部、説明します―――キリトさん、ユウキさん」

 

 ユイの丁寧な言葉を聞いた途端、何かが終わってしまったのだという、切ない確信があった。

 部屋の中に、ユイの言葉がゆっくりと流れ始めた。

 

「《ソードアート・オンライン》と言う名のこの世界は、一つの巨大なシステムによって制御されているのです。 システムの名前は《カーディナル》、それがこの世界のバランスを自らの判断に基づいて制御しているのです。 カーディナルは元々、人間のメンテナンスを必要としない存在として設計されました。 二つのコアプログラムが相互にエラー訂正を行い、更に無数の下位プログラム群によって世界の全てを調整する……。 モンスターやNPC、AI、アイテムや通貨の出現バランス、何もかもがカーディナル指揮下のプラグラム群に操作されています。――しかし、一つだけ人間の手に委ねばければならない物がありました。 プレイヤーの精神性に由来するトラブル、それだけは同じ人間でないと解決できない……。 その為に、数十人規模のスタッフが用意されるはずでした」

 

「GM……」

 

 俺がそう呟いた。

 

「ユイ、つまり君はゲームマスターなのか……? アーガスのスタッフ……?」

 

 ユイは暫し沈黙した後、ゆっくりと首を振った。

 

「……カーディナルの開発者たちは、プレイヤーのケアすらもシステムに委ねようと、あるプログラムを試作したのです。 ナーヴギアの特性を利用してプレイヤーの感情を詳細にモニタリングし、問題を抱えたプレイヤーの元を訪れて話を聞く……。《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》、MHCP試作一号、コードネーム《Yui》。 それが私です」

 

 俺たちは驚愕のあまり息を呑んだ。 言われたことを即座に理解できない。

 

「じゃあ、ユイちゃんはAI。 プログラムなの……」

 

 ユウキは、ユイに問いかけた。

 ユイは、悲しそうな笑顔のままこくりと頷いた。

 

「プレイヤーに違和感を与えないように、私には感情模倣機能が与えられています。――偽物なんです。 全部……この涙も……。 ごめんなさい、キリトさん、ユウキさん」

 

 ユイは両目からぽろぽろと涙が流れ、涙は光の粒子となり蒸発した。 ユイは言葉を続ける。

 

「……二年前。 正式サービスが始まった日、カーディナルが予定に無い命令を私に下したのです。 プレイヤーに対する一切の干渉禁止……。 それでも、私はプレイヤーのメンタル状態のモニタリングだけを続けました」

 

 その《予定に無い命令》を下したのは、SAOでのゲームマスター、茅場晶彦だ。

 ユイは、幼い顔に沈痛な表情を浮かべ言葉を続ける。

 

「――状態は、最悪と言っていいものでした……。 殆んど全てのプレイヤーは、恐怖、絶望、怒りといった負の感情に常時支配され、時として狂気に陥る人すらいました。 私はそんな人たちの心をずっと見続けてきました。 本来であれば、すぐにそのプレイヤーの元に赴き、話を聞き、問題を解決しなくてはならない……。 しかし、私はプレイヤーに接触する事はできない……。 義務だけがあり、権利のない矛盾した状況の中、私は徐々にエラーを蓄積させ、崩壊していきました……」

 

 地下迷宮区の底に、ユイの細い声が流れる。

 

「ある日、いつものようにモニターをしていると、他のプレイヤーとは大きく異なるメンタルパラメーターを持つ五人のプレイヤーに気付きました。 その中でも、二人のプレイヤーのメンタルパラメーターが突出していたのです」

 

 ユイが言う五人とは、俺、ユウキ、アスナ、ラン、今は亡きレンさんの事だろう。

 その中でも、俺とユウキのメンタルパラメーターは、飛び抜けていたらしい。 だからこそユイは、その二人が気になった。

 

「喜び、安らぎ……。 でもそれだけじゃない……。 そう思って私は、二人のモニターを続けました。 会話や行動に触れるたび、私の中に不思議な欲求が生まれました。 あの二人の傍に行きたい……。 私と話をして欲しい…。 私は毎日、二人の暮らすプレイヤーホームから一番近いシステムコンソールで実体化し、彷徨いました。 その頃には、もう私はかなり壊れてしまっていたのだと思います……」

 

「それが、あの22層の森なの…?」

 

 ユウキの言葉に、ユイはゆっくり頷いた。

 

「はい。 キリトさん、ユウキさん……。 私、とっても会いたかった……。 おかしいですよね、私、ただのプログラムなのに……」

 

 涙をいっぱいに溢れさせ、ユイは口をつぐんだ。

 そして、ユウキがゆっくり口を開いた。 それは、とても優しい声音であった。

 

「ユイちゃん。 ユイちゃんは、プログラムなんかじゃないよ。 ボクたちの大切な娘だよ」

 

 俺はユイの前まで行き、頭を撫でてあげた。

 

「ユイは俺たちの娘だよ。 ユイは、もうシステムに操られるだけのプログラムじゃない。 だから、自分の望みを言葉にできるはずだよ。 ユイの望みはなんだい?」

 

「私は……私は……」

 

 ユイは、細い腕をいっぱいに広げて伸ばしてきた。

 

「ずっと、一緒にいたいです。……パパ……ママ……」

 

 ユウキは溢れる涙を拭いもせず、ユイに駆け寄るとその小さな体をぎゅっと抱きしめた。

 

「ずっと、ずっと、一緒だよ。 ユイちゃん」

 

 だが――ユイは、ユウキの胸の中で、そっと首を振った。

 

「もう……遅いんです……」

 

「なんでだ……。 もう遅いって……」

 

 俺は、途惑った声でユイに問いかける。

 

「私が記憶を取り戻したのは……あの石に接触したせいなんです」

 

 ユイは部屋の中心に視線を向け、黒い立方体の石机を小さな手で指差した。

 

「あれは、ただのオブジェクトじゃないんです……。 GMがシステムに緊急アクセスするために設置されたコンソールなんです」

 

 直後、黒い石に突然数本の光が走り、表面に青白いキーボードが浮かび上がった。

 

「さっきのボスモンスターは、ここにプレイヤーを近づけないようにカーディナルの手によって配置されたものだと思います。 私はこのコンソールにアクセスし、《オブジェクトトレイサー》を呼び出してボスモンスターを消去しました。 その時にカーディナルのエラー訂正能力によって、破損した言語機能を復元できたのですが……。 それは同時に、今まで放置されていた私にカーディナルが注目してしまったということでもあります。 今、コアシステムが私のプログラムを走査しています。 すぐに異物という結論が出され、私は消去されてしまうでしょう。 もう……あまり時間がありません……」

 

「……嫌だよ……お別れなんて……」

 

「何とかなるはずだ! この場所から離れれば」

 

 俺たちの言葉に、ユイは黙って微笑するだけだった。

 そして、ユイの白い頬を涙が伝った。

 

「パパ、ママ、ありがとう。 これでお別れです」

 

「やだよッ! お別れなんて! ボクはユイちゃんとたくさん遊んで、たくさんの思い出を作りたいよ!」

 

 ユウキは必死に叫んだ。

 

「暗闇の中……。 いつ果てるとも知れない長い苦しみの中で、パパとママとの存在だけが私を繋ぎとめてくれた……。 パパとママの温かい心で、みんなが笑顔になれた……。 私、それがとっても嬉しかった。 お願いです、これからも……私のかわりに……みんなを助けて……喜びを分けてあげてください……」

 

 ユイの黒髪やワンピースが、その先端から朝露のように儚い光の粒子を撒き散らして消滅を始めた。 ユイの笑顔がゆっくり透き通り、重さが薄れていく。

 

「やだよ! やだよ! ユイちゃん、いかないで、いかないでよ、お願いだから!」

 

 溢れる光に包まれながら、ユイはにっこりと笑った。 消える寸前、ユイの右手が、ユウキの頬をそっと撫でる。

 

「ママ、笑って。 泣かないで」

 

 溢れる光に包まれながら、ユイはにこりと笑った。

 ひときわ眩く光が飛び散り、それが消えた時にはもう、ユウキの腕の中にはからっぽだった。

 

「うわぁぁぁぁぁ!」

 

 抑えようもなく声を上げながら、ユウキは膝を突いた。

 

「カーディナル! そう簡単に……思い通りになると思うなよ!」

 

 俺は部屋の天井を見据え絶叫し、中央の黒いコンソールに飛びついた。 表示されたままのホロキーボードを素早く叩く。

 

「キリト……何を……!?」

 

「今なら……今ならまだ、GMアカウントでシステムに割り込めるかも……俺がゲーム関係に強いのは知ってるだろ」

 

 ここから先は《黒の剣士》キリトの出番は無い。 ここからは現実世界でコンピューターに長けていた桐ケ谷和人の出番だ。

 俺は高速で必要なコマンドを立て続けに入力した。 そして、不意に黒い岩でできたコンソール全体が青白くフラッシュし、破裂音と共に後方に弾き飛ばされた。

 

「ぐわぁ! い、痛ぇ!」

 

「大丈夫!?」

 

 ユウキは、床に倒れた俺慌てて歩み寄る。

 俺は頭を振りながら上体を起こし笑みを浮かべると、右手に握っている大きな涙の形をしたクリスタルを見せた。 石の中央では、白い光が瞬いている。

 

「それは……?」

 

「……ユイが起動した管理者権限が切れる前に、ユイのプログラム本体をシステムから切り離して、オブジェクト化したんだ……。 このクリスタルはユイの心だよ」

 

 俺は涙の形をしたクリスタルを、ユウキの手の中にゆっくりと落とした。 再び床に寝転がり、目を閉じた。 そしてユウキは、クリスタルを抱きしめて言った。

 

「ユイちゃん……。 そこにいるんだね……」

 

 ユウキの両目からは、とめどなく涙が溢れ出した。

 ――パパ、ママ、がんばって……。 と、 俺たち耳の奥に、微かにそんな声が聞こえてた気がした。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 昨日までの冷え込みが嘘のような、暖かい微風が芝生を拭き抜けていた。 そして、この教会の芝生の上で大テーブルが設置され、サーシャや子供たち、軍の最高責任者のシンカーと副官のユリエールを含め、バーベキューが催され束の間の時間を楽しんだ。

 シンカーに軍の内情を聞いた所、キバオウとその配下は除名。――軍事態も解散させるという事だ。 解散させ、改めて平和的な組織を創るという事。 なので、はじまりの街にも、徐々に活気が戻ってくるであろう。

 シンカーとユリエールにはユイの事を聞かれ、俺たちは顔を見合わせ微笑した後、シンカーとユリエールを再び見やり『――――ユイは、お家に帰った』と伝えた。 その時、ユウキの首には、細いネックレスがかけてある。 光っている華奢な銀鎖の先端には、同じく銀のペンダントが下がり、その中央に大きな透明の石が輝いている。 そう――――ユイの心だ。

 

「それじゃあ、また」

 

「楽しい時間をありがとう」

 

 現在、俺たちは転移門前で、別れを惜しむサーシャ、ユリエール、シンカーと子供たちに手を振り、転移ゲートを潜り、22層へ戻った。

 俺たちは、我が家へ向かい途中で、こうも思っていた。

 ――――近い内に前線へ戻ろう。 SAOからの解放はプレイヤーの願いであり、ユイの望みなのだから。

 

「ね、キリト」

 

「ん? どした」

 

「もしゲームがクリアされて、この世界がなくなったら、ユイちゃんはどうなっちゃうの?」

 

「容量的にはぎりぎりだけど、クライアントプログラムの環境データの一部として、俺のナーヴギアのローカルメモリーに保存させるようになってる。 向こうで、ユイとして展開させるのは大変だろうけど……。 絶対展開してみせるよ。 そう、絶対な」

 

 俺が強く頷くと、ユウキは苦笑し、首にかけられたユイの心を見下ろした。 そして再び、――パパ、ママ、がんばって……。 というユイの声が微かに聞こえた気がした。

 ――――だが、俺たちは知る事になる。 これから訪れる、死神の足音を。




SAO編も、残り2、3話かな?てか、千年の黄昏のオブジェクトトレイサー(両手剣)、マジ強すぎだね(笑)

ではでは、感想お願いします!!

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