ソードアート・オンライン~黒の剣士と絶剣~ リメイク版 作:舞翼
教会の扉から出た後、俺たちは転移結晶を持ったのを確認してから、戦闘服を身に纏い武装した。
俺、ユウキ、ユイは、ユリエールの先導に従って足早に街路を進んでいる。 ちなみに、ユイは、ユウキと手を繋いで歩を進めている。
俺は、前を歩くユリエールに声を掛けた。
「あ、そう言えば肝心なこと聞いていなかったな。 問題のダンジョンってのは何層にあるんだ?」
「ここです」
ユリエールの答えは簡素だった。
「「ここ?」」
俺とユウキは、疑問符を浮かべた。
「はじまりの街の……中央部の地下に、大きなダンジョンがあるんです。 シンカーは……多分、その一番奥に……」
「マジかよ。 ベータテストの時にはそんなのなかったぞ。不覚だ……」
俺は呻くように言った。
「そのダンジョンの入り口は、黒鉄宮――つまり軍の本拠地の地下にあるんです。 恐らく、上層攻略の進み具合によって開放されるタイプのダンジョンなんでしょうね。 発見されたのはキバオウが実権を握ってからの事で、彼はそこを自分の派閥で独占しようと計画しました。……もちろん、私たちに秘密にして」
「なるほどな、未踏破のダンジョンには一度しか出現しないレアアイテムも多いからな。 さぞかし儲かったろう」
「それが、そうでも無かったんです」
ユリエールの口調が、僅かに痛快といった色合を帯びる。
「基部フロアにあるにしては、そのダンジョンの難易度が恐ろしく高くて……。 基本配置のモンスターだけでも、六十層相当位のレベルがありました。 キバオウ自身が率いた先遣隊は、モンスターに追い回されて、命からがら転移脱出する羽目になったそうです。 使いまくったクリスタルのせいで大赤字だったとか」
「ははは、なるほどな」
俺の笑い声に応じたユリエールだが、すぐに沈んだ表情を見せた。
「でも、今はそのことがシンカー救出を難しくしています。 キバオウが使った回廊結晶は、モンスターから逃げ回りながら相当奥まで入り込んだ所でマークしたものらしくて……。 シンカーが居るのはそのマーク拠点の先なのです。 レベル的には、一対一なら私でもどうにか倒せなくもないモンスターなんですが、連戦はとても無理です。――ですが……鬼神のお二人ならば……」
「まぁ六十層位なら……なんとかなる、よね」
ユウキさん。 何故後半は疑問形?
ユリエールが不安がってしまうので、俺が言葉を被せよう。
「そうだな。 てか、七十層レベルのModを二人で撃破してたし、楽勝だろ」
六十層ダンジョン攻略に必要なマージンはレベル70だが、俺たちのレベルは90を超えている。 これならば、ユイを守りながらでもダンジョンを突破出来るだろう。
だが、ユリエールは気がかりそうな表情のまま、言葉を続けた。
「……それと、もう一つだけ気がかりな事があるんです。 先遣隊に参加していたプレイヤーから聞いたんですが、ダンジョンの奥で……、巨大なモンスター、ボス級の奴を見たと……」
俺たちは顔を見合わせる。
「六十層のボスって、どんなボスだっけ」
「えーと、確か……石でできた鎧武者みたいな奴だっけか?つーか、『さっきのソードスキル、オーバーキルだよね!』ってアスナに指摘されたろ」
この事柄は、俺とユウキで、HPが数ドットしか残っていなかったボスに上位ソードスキルで止めを刺したのだ。
ユウキは苦笑する。
「そうだったね。 ボクも姉ちゃんに指摘されたんだった」
俺たちは、ユリエールに頷きかける。
「数十分もあれば撃退できる」
「だから、気を確かに持って下さい」
「そうですか、良かった!」
ようやく口許を緩めたユリエールは、何か眩しい物でも見るように目を細めながら言葉を続けた。
「そうかぁ……。 お二方は、ずっとボス戦を経験しているんでしたね……。 すいません、貴重な時間を割いていただいて……」
「気にするな、今は休暇中だから問題ない」
俺は手を振りながら答えた。
話をしている内に、前方の街並みの向こうに黒光りする巨大な建築物が姿を現し始めた。 はじまりの街最大の施設、《黒鉄宮》だ。 正門を入ってすぐの広間にはプレイヤー全員の名簿である《生命の碑》が設置され、そこまでは誰でも入れるが、奥に続く敷地の大部分は軍が占拠してしまっている。
ユリエールは宮殿の正門には向かわず裏手に回った。 高い城壁と、それを取り巻く深い堀が侵入者を拒むようにどこまでも続いている。 人通りはまったくない。
数分歩き続けた後、ユリエールが立ち止ったのは、道から堀の水面近くまで階段が降りている場所だった。 覗き込むと、石壁に暗い通路がぽっかりと口を開けている。
「ここから宮殿の下水道に入り、ダンジョンの入り口を目指します。 ちょっと暗くて狭いんですが……」
ユリエールはそこで言葉を切り、気がかりそうな視線をちらりとユウキと手を繋いでいるユイに向けた。
すると、ユイは心外そうに顔を顰め、
「ユイ、こわくないよ!」
そう主張した。
その様子に、俺たちは思わず微笑を洩らしてしまう。 ユリエールには、ユイの事は『一緒に暮らしている』としか説明していない。
彼女もそれ以上のことは聞こうとしなかったが、流石にダンジョンに伴うのは不安なのだろう。
「大丈夫ですよ、ボクたちが着いてますから」
「そうだな。 それに、将来はいい剣士になる」
俺とユウキが顔を見合わせ笑い合うと、ユリエールは大きく頷いた。
「では、行きましょう!」
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「ぬおおおおお」
俺は右手に装備した《エリュシデータ》でモンスターを切り裂き、
「りゃあああああ」
左手に装備した《ダークリパルサー》でモンスターを吹き飛ばす。
俺は、久々の戦闘に嬉々として、二刀流全方位攻撃《エンドリボルバー》を連発し、モンスターを蹂躙し続ける。
ユイの手を引くユウキと、金属鞭を握ったユリエールは出る幕が全くない。
ユウキは溜息を吐き『悪い癖が出ちゃったよ』と呆れた感じで、ユリエールは目と口を丸くしていた。
「パパー、がんばれー」
「おう! 任せろ!」
俺はユイの声援により、更に気合が入る。
全身をヌラヌラした皮膚で覆った巨大なカエル型モンスターや、黒光りするハサミを持ったザリガニ型モンスターなどで構成される敵集団が出現する度に、左右の剣でちぎっては投げ、ちぎっては投げで蹂躙し続けた。
「あれ? 終わった?」
どうやら、今のモンスター群で狩り終わってしまったらしい。
鞘に剣の刀身を収め、ユウキたち元に戻ったと同時に、ユリエールが申し訳なさそうに肩を竦める。
「な……なんだか、すいません。任せっぱなしで……」
「気にしないでくれ。 久しぶりの戦闘で楽しいし」
「……やっぱり、ボクとキリトって、戦闘狂なのかな?」
確かに、ユウキもヌシ釣りの時、かなり楽しそうに戦闘してたしなぁ。
まあこれは置いといて、
「ユリエールさん。 シンカーさんの位置まで、後どれくらいですか?」
ユウキがユリエールに問いかけた。
ユリエールは、右手を振ってマップを表示させると、シンカーの現在位置を示すフレンドマーカーの光点を示した。 このダンジョンのマップが無いため、光点までの道は空白だが、もう全体の七割を詰めている。
「シンカーの位置は、数日間動いていません。 多分安全エリアに居るんだと思います。 そこまで到達できれば、後は転移結晶で離脱できますから……。すみません、もう少しだけお願いします」
ユリエールに頭を下げられ、俺は慌てて手を振った。
「い、いや、好きでやっているんだし、アイテムも出るし……」
「へぇ、どんなアイテムなの?」
ユウキがそう聞いてきたので、俺は『おう』と返事を返し、俺は手早くウインドウを操作し、赤黒い肉塊を出現させた。
グロテスクなその質感に、ユウキの顔を引き攣らせる。
「……何それ」
「カエルの肉! ゲテモノほど旨いって言うからな、後で料理してくれよ」
「……う、うーん。……ぎりぎり……いけ……る……かなぁ」
「ま、マジか!」
俺は声を上げる。
ダメ元で頼んだが、OKが出るとは。 まあでも、かなりの葛藤があったらしいけど。 んじゃま、いっちょ頑張りますか。
「じゃあ、行こうか」
俺はそう言ってから、最奥に向かって歩を進めた。
ダンジョンに入ってから暫くは水中生物型が主だったモンスター群は、階段を降りる程にゾンビやゴーストといった系統に変化した。 だが、俺は携える二刀は、現れる敵を瞬時に屠り続けた。
マップに表示される現在位置。 シンカーが居るとおぼしき安全エリアに着実な速度で近づき続けた。 そして遂に、暖かな光が洩れる通路が目に入った。
「あっ、安全地帯だ!」
ユウキが叫ぶと同時に、俺は索敵スキルを使用した。
「奥にプレイヤーが一人居る。 グリーンだ」
「シンカー」
もう我慢が出来ないという風に一声叫んだユリエールが、金属鎧を鳴らして走り始めた。 剣を両手に掲げた俺と、ユイの手を引くユウキも慌ててその後を追う。
右に湾曲した通路の明かり目指して数秒間走ると、やがて前方に大きな十字路とその先にある小部屋が目に入った。
部屋は眩い程の光に満ち、その入り口に一人の男が立っている。 逆光のせいで顔はよく見えないが、おそらくシンカーだろう。 男は、こちらに向かって激しく両腕を振り回している。
「ユリエ――――ル!」
こちらの姿を確認した途端、男が大声でユリエールの名を呼んだ。 ユリエールは左手を振り、走る速度を速める。
「シンカ―――!」
涙混じりのその声に被さるように、男が叫んだ。
「来ちゃだめだ――っ! その通路には……っ!」
俺とユウキは、それを聞いて走る速度を緩めたが、ユリエールには聞こえていない。 部屋に向かって一直線に駆け寄って行く。
――その時。
部屋の数メートル手前で、通路と直角に交わっている道の右側死角部分に、不意に黄色いカーソルが出現した。
表示された名前は《The Fatal-scythe》。
《運命の鎌》という意味であろう固有名とそれ飾る定冠詞。 ボスモンスターの証だ。
「ダメ――! ユリエールさん、戻って!」
ユウキは叫んだ。 黄色いカーソルはゆっくりと左に動き、十字路に近づいて来る。 このままでは、出会い頭にユリエールと衝突する。 もう、数秒もない。
俺は敏捷力を最大に活かしてユリエールの背後まで移動し、背後から右手でユリエールの体を抱きかかえ、左手に握っていた《ダークリバルサー》の刀身を思い切り床に突き立てた。 そして、凄まじい金属音と共に急制動をかけ、十字路のぎりぎり手前で停止した。
俺とユリエールの直前を大きな鎌を携えた黒い影が横切った。黒い影は左の通路に飛び込むと一度停止し、体の向きをゆっくりと変え再び突進して来る。
俺はユリエールを離してから、床に突き立てた《ダークリパルサー》を抜き、左の通路に飛び込んだ。 ユウキは呆然と倒れるユリエールの体を起こし、ユイをユリエールに預けてから叫んだ。
「この子と一緒に安全地帯に退避してください!」
ユリエールが蒼白な顔で頷き、ユイを抱き上げて安全地帯に向かうのを確認してから、ユウキは腰の鞘から《黒紫剣》を抜剣し、左の通路に飛び込んだ。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
俺たちはボスモンスターと対峙していた。
ボスは、身長三メートルはあろうかという、ぼろぼろの黒いローブを身に纏った人型だ。
フードの奥と、袖口から覗く腕には、漆黒の闇が纏わりつき蠢いている。 暗く沈む顔の奥には生々しい血管の浮いた眼球が嵌まり、俺たちを見下ろしている。 右手に握るのは長大な黒い大鎌。 凶悪に湾曲した刃からは、赤い雫が垂れ落ちている。 それは死神の姿そのものだ。
俺は、ユウキに言葉を掛ける。
「……ユウキ、今すぐ安全エリアの三人を連れて、クリスタルで脱出しろ」
「え……?」
「……こいつ、やばい。 俺の識別スキルでもデータが見えない。 強さ的には多分90層クラスだ……」
アインクラッドで一番レベルが高い俺が識別できないのだ……。 こいつはやばすぎる。
死神は徐々に空中を移動し、こちらに近づいて来る。
「俺が時間を稼ぐ、早く逃げろ!」
最終的離脱手段である転移結晶も、万能のアイテムでは無い。
クリスタルを握り、転移先を指定してから、実際にテレポートの時間が完了するまで、数秒間のタイムラグが発生する。
その間にモンスターの攻撃を受けると転移がキャンセルしてしまうのだ。 なので、時間を稼ぐ殿が必要になる。――これは、俺の役目だ。
「……ユリエールさん、ユイちゃんを頼みます!」
ユウキがそう叫ぶと、凍りついた表情でユリエールが首を縦に振る。
「バカ! 早く逃げろ!」
「な!? バカじゃないからね!」
「じゃあ、アホ!」
「あ、アホじゃないもん!」
俺は内心で呆れていた。 死ぬかもしれない場面なのに、こんな掛け合いができるなんてな……。
俺は『敵わないなぁ』と思いながら溜息を吐いた。
「……死ぬなよ」
「もちろん。 まだ結婚してないしね!」
「お前なぁ……」
それから戦闘が開始された。
死神の鎌を紙一重で回避し、ソードスキルを繰り出すが、全くダメージが与えられていない。また、二人だという事は、スイッチが封じられ、HPを回復させる事が不可能な事を意味していた。
この死神は学習するのか、俺たちの動きを捉え始めいた。 徐々に鎌が掠るようになり、HPがジワジワを削られていく。
――そして、動きを完全に捉えられたユウキに、大鎌が命を狩り取ろうと迫る。 鎌の一撃を、一人で防ぐのは不可能だ。
「させるかッ!」
俺は瞬時にユウキの前に立ち、咄嗟に二刀を十字に交差させた。 ユウキも、二刀と合わせる。 そして、死神は大鎌を俺たちの頭上めがけて振り下ろしてきた。凄まじい衝撃音と同時に、俺たちバラバラに吹き飛ばされ、床に落下する。
朦朧とした意識のまま、HPを確認すと、俺たちのHPバーはレッドゾーンに割り込んでいた。そしてこれは、次の一撃には耐えられない事を意味している。 立ち上がろうと思うが、体が動かない。
――と、思ったその時。
小さな足音が耳元から聞こえてきた。
視線を向けると、細い手足。 長い黒髪。 背後の安全地帯に居たはずのユイの姿だ。
「ばかっ! はやく逃げろ!」
「ユイちゃん、行っちゃダメ!」
俺たちは、必死に上体を起こそうしながら叫んだ。
死神は再び重々しいモーションで大鎌を振りかぶる。 この攻撃を受けてしまえば、ユイのHPは確実に消し飛んでしまう。 しかし次の瞬間、信じられない事が起こった。
「だいじょうぶだよ、パパ、ママ」
言葉と同時に、ユイの体がふらりと宙に浮いた。
見えない羽根を羽ばたかせた様に移動し、死神の目の前で止まった。 あまりにも小さな右手を、そっと宙に掲げる。
死神の大鎌が容赦なくユイに向けて振り下ろされたが、その寸前、紫色の障壁に阻まれ大音響と共に弾き返された。 ユイの掌の前には、システムタグが浮かび上がり表示された。【Immortal Object】、不死存在――プレイヤーが持つはずの無い属性。
直後、ユイの右手を中心に紅蓮の炎が巻き起こった。 紅蓮の炎が凝縮し、巨大へ姿を変えていく。 そして巨剣は、ユイの身長を上回る長さを備えている。
死神は大鎌を前方に掲げ、防御の姿勢を取った。 そしてユイは、躊躇せず、炎の刀身を死神に向けて振り降ろす。 死神が携える大鎌と、ユイが振り降ろした炎の巨剣が衝突し、炎の刃は、死神の持つ大鎌にじわじわと食い込んでいく。
やがて――、
死神の大鎌が真っ二つ断ち割れた。
炎の刀身は、死神の顔の中心に叩きつけられ、死神は断末魔を響かせながら消滅した。 その真ん中に、ユイが俯いて立ち尽くしている。
俺たちはようやく力が戻った体を動かし、剣の刀身を支えにして立ち上がり、ゆっくりとユイに向かって歩み寄った。
「ユイ……」
「ユイ……ちゃん……」
俺とユウキは、ユイに呼びかけたが、ユイは音もなく振り向いた。
小さな唇は微笑んでいたが、大きな漆黒の瞳にはいっぱいの涙が溜まっていた。 そしてユイは、俺とユウキを見上げたまま、静かに言った。
「パパ……ママ……。 ぜんぶ、思い出したよ……」
あ、アインクラッド編も残す所数話ですね。
ご都合主義満載の小説ですが、今後ともよろしくです!!
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