ソードアート・オンライン~黒の剣士と絶剣~ リメイク版   作:舞翼

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久しぶりの更新です。
SAO編も後僅かになりました(^O^)


第34話≪アインクラッド解放軍≫

第一層 ~教会~

 

「ミナ、パンひとつ取って!」

 

「ほら、余所見しているとこぼすよ!」

 

「あーっ、先生ー! ジンが目玉焼き取ったー!」

 

「かわりにニンジンやったろー!」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「これは……、すごいな……」

 

「……ボクはこれくらい賑やかな方が好きだな」

 

 俺たちは、眼前で繰り広げられる、戦場さながらの朝食風景に、呆然としてしまった。

 はじまりの街、教会の一階広間。 巨大な長テーブル二つに所狭しと並べられた大皿に載る、卵やソーセージ、野菜サラダを、二十数人の子供たちが盛大に騒ぎながらパクついている。

 

「でも、楽しそうだな」

 

「だね」

 

 俺とユウキ、サーシャは、少し離れた丸テーブルに座り、微笑しながらお茶を口許に運んだ。

 

「毎日こうなんですよ。 いくら静かにって言っても聞かなくて」

 

 そう言いながら、子供たちを見るサーシャの目は心底愛おしそうに細められている。

 

「子供、好きなんですね」

 

 ユウキがサーシャに言うと、サーシャは照れたように笑った。

 

「向こうでは、大学で教職課程取っていたんです。 ほら、学級崩壊とか長いこと問題になっていたじゃないですか。 子供たちを私が導いてあげるんだーって、燃えてて。 でもここに来て、あの子たちと暮らし始めたら、何もかも見ると聞くでは大違いで……。 むしろ私が頼って、支えられている部分のほうが大きいと思います。 でも、それでいいって言うか……。 それが自然なことに思えるんです」

 

「何となく解る気がします」

 

 ユウキは頷いて、隣の椅子に座り、食事をしてるユイの頭をそっと撫でた。 ユイの存在がもたらす温かさは驚く程だ。 目に見えない羽根で包み、また包まれるような、静かな安らぎを感じる。

 昨日、謎の発作を起こし倒れたユイは、幸い数分で目を覚ました。 だが、すぐに長距離を移動させたり、転移ゲートを使わせる気にはならなかった。

 また、サーシャの熱心な誘いもあり、教会の空き部屋を一晩借りることにした。

 今朝からはユイの調子も良いようで、俺たちは安心したのだが、しかし基本的な状況は変わっていない。 微かに戻ったユイの記憶によれば、はじまりの街に来たことは無いようだった。

 そもそも、保護者と暮らしていた様子すら無いのだ。という事は、ユイの記憶障害、幼児退行といった症状もまるで不明で判らないのだ。 これ以上何をしていいかも思いつかない。――もしかしたら、これ以上出来る事が無いのかもしれない。

 だが、そうなった場合は、俺たちはユイと一緒に過ごそうと思う。 休暇が終わり、前線に戻る事があったとしても、何らかの方法は存在するはずだ。――これは、昨夜にユウキと決めた事柄なのだ。

 俺はカップを置き、話し始めた。

 

「サーシャさん……」

 

「はい?」

 

「……軍のことなんですが。 俺が知っている限りじゃ、あの連中は専横(せんおう)が過ぎることはあっても治安維持には熱心だった。 でも昨日見た奴等はまるで犯罪者だった……。 いつから、ああなんです?」

 

 サーシャは口許を引き締めると、答えた。

 

「軍の方針が変更されたのは、半年くらい前ですね……。 徴税と称して恐喝まがいの行為を始めた人たちと、それを逆に取り締まる人たちがいて。 軍のメンバー同士で対立している場面も何度も見ました。 噂じゃ、上のほうで権力争いか何かあったみたいで……」

 

 何かの派閥があるのか? まあでも、軍は千人以上の巨大集団だ。 一枚岩ではないだろう。 奴は、この状況を知ってて放置してるのか?

 だが、奴が攻略組を動かす事はないだろう。≪笑う棺桶(ラフィン・コフィン)≫討伐作戦の指揮等は、君たちに任せる。の一言だけ。となると、俺たちだけでできる事はたかが知れてしまう。

 俺が考え込んでいた時、ユウキが口を開いた。

 

「誰か来るよ」

 

 俺も索敵スキルを使用し、

 

「ああ、間違いなく一人こちらに近づいて来ているな」

 

「え……。 またお客様かしら……」

 

 サーシャの言葉に重なるように、教会内に音高くノックの音が響いた。

 教会の扉を開けた先に佇むのは、長身の女性プレイヤーだった。

 銀色の長い髪をポニーテールに束ね、怜悧(れいり)という言葉がよく似合う、鋭く整った顔立ちをしているプレイヤーだった。

 鉄灰色のケープに隠されているが、女性プレイヤーが身に纏う濃緑色の上着と大腿部(だいたいぶ)がゆったりとしたズボン、ステンレススチール風に鈍く輝く金属鎧は、間違いなく《軍》のユニフォームだ。

 右腰にはショートソード、左腰にはグルグルと巻かれた黒革にウィップが吊るされている。

 女性の身なりに気付いた子供たちも一斉に押し黙り、瞳に警戒の色を浮かべて動きを止めている。 だが、サーシャは子供たちに笑いかけると、安心させるように言った。

 

「みんな、この方は大丈夫よ。 食事を続けなさい」

 

 サーシャの言葉により子供たちは、ほっとしたように肩の力を抜き、食事を続けた。

 礼をして歩いてきた女性プレイヤーは、俺たちが座っている丸テーブルまで歩を進め、サーシャに椅子を勧められると一礼して腰をかけた。

 俺とユウキは、いきなりの事で事情が呑み込めていない。

 

「ええと、この方はユリエールさん」

 

 ユリエールと紹介された鞭使いは、真っ直ぐな視線を向かいに座る俺たちに向け、頭を下げて口を開いた。

 

「初めまして、ユリエールです。 ギルドALFに所属しています」

 

「「ALF?」」

 

 初めて聞くギルド名に、俺とユウキは首を傾げた。

 

「あ、すみません。“アインクラッド解放軍”の略称です。 正式名はどうも苦手で……」

 

 女性の声は、落ち着いた艶やかなアルトだった。

 

「……失礼ですが、鬼神、で合ってますか?」

 

「……ああ、そうだ」

 

「……やっぱり、戦場に出てる人の前ではすぐにバレちゃうね」

 

 そう言って、俺たちは肩を落とした。

 

「……連中が軽くあしらわれるわけだ」

 

 連中、というのが昨日の暴行恐喝集団のことだと悟った俺たちは、警戒心を強めた。

 

「つまり、昨日の件で抗議に来たの」

 

「とんでもない。 その逆です、よくやってくれたとお礼を言いたいくらい」

 

 事情が掴めず沈黙すると、ユリエールは姿勢を正した。

 

「今日は、お二方にお願いがあって来たんのです」

 

「「お願い……?」」

 

 ユリエールは、銀色の髪を揺らして頷いた。

 

「はい。 最初から説明します。軍というのは、昔からそんな名前だったわけじゃないんです……。 軍の名前がALFになったのは、嘗てのサブリーダーで現在の実質的支配者、キバオウという男が実権を握ってからのことです。 最初はMTDという名前で……、聞いたこと、ありませんか?」

 

 ユウキは首を傾げていたが、俺が即答した。

 

「《MMOトゥデイ》の略だろう。 SAO開始当時の、日本最大のネットワーク総合情報サイトだ。 ギルドを結成したのは、そこの管理者だったはずだ。 名前は……シンカー」

 

 その名前を口にした時、ユリエールの顔が僅かに歪んだ。

 

「彼は……決して今のような、独善的な組織を作ろうとしたわけじゃないんです。 情報とか、食料とかの資源をなるべく多くのプレイヤーで均等に分かち合おうとしただけで……」

 

 危険を極力減らした上で安定した収入を得て、それを均等に分配しようという思想自体は間違っていない。 だが、MMORPGの本質はリソースの奪い合いであり、SAOのような異常かつ極限的状態のゲームになっても変わらない。

 故に、理想を実現する為には、組織の現実的な規模と強力なリーダーシップが必要だった。 だが、軍は大きくなりすぎた。 得たアイテムの秘匿が横行し、粛清、反発が相次ぎ、リーダーは徐々に指揮権を失っていった。

 

「そこに台頭してきたのがキバオウという男です」

 

 キバオウって奴は、第1層ボス攻略会議の時に暴れた尖がり頭の事だ。

 

「彼は、シンカーが放任主義なのをいいことに、同調する幹部プレイヤー達と体制の強化を打ち出して、ギルドの名前をアインクラッド解放軍に変更させました。 更に公認の方針として犯罪者狩りと効率のいいフィールドの独占を推進したのです。 それまで、一応は他のギルドとの友好も考え狩場のマナーを守ってきたんですが、数の力で長時間の独占を続けることでギルドの収入は激増し、キバオウ一派の権力はどんどん強力なものとなっていきました。 シンカーはほとんど飾り物状態で……。 キバオウ派のプレイヤーは調子に乗って、街区圏内でも《徴税》と称して恐喝まがいの行為すら始めたのです。 昨日、あなた方が痛い目に遭わせたのは、そんな連中の急先鋒だった奴等です」

 

 ユリエールは一息つくと、サーシャの淹れたお茶を含み、続けた。

 

「ですが、キバオウ派にも弱みはありました。 それは、資財の蓄積だけに現を抜かせて、ゲーム攻略をないがしろにし続けたことです。 本末転倒だろう、と言う声が末端のプレイヤーの間で大きくなって……。 その不満を抑えるため、最近キバオウは無茶な博打に出ました。 配下の中で、ハイレベルプレイヤー十数人による攻略パーティーを組んで、最前線のボス攻略に送り出したんです」

 

 俺たちは顔を見合わせた。 74層迷宮区フロアボス《ザ・グリームアイズ》に挑み、無残に散った軍のプレイヤーたち。

 コーバッツを攻略に向かわせたのは、尖がり頭だという事になる。

 

「いかにハイレベルと言っても、もともと我々は、攻略組の皆さんに比べれば力不足は否めません。……結果、パーティーは敗退、隊長は死亡という最悪の結果になり、キバオウはその無謀さを強く糾弾されたのです。 もう少しで彼を追放できる所まで行ったのですが……」

 

 ユリエールは強く唇を噛んだ。

 

「三日前、追い詰められたキバオウは、シンカーを罠に掛けるという強硬策に出ました。……シンカーをダンジョンの最奥に置き去りにしたんです。 シンカーは、キバオウの『丸腰で話し合おう』という言葉を信じてしまい、……転移結晶も持っていかなかったんです……」

 

「転移結晶を持っていかなかった!?」

 

 俺は、アホか。とも言いそうになったが、途中で止める事に成功した。

 

「それで、シンカーさんは!?」

 

 ユウキはユリエールに問いかけた。

 

「彼は、まだ生きています。《生命の碑》の彼の名前はまだ無事なので、どうやら安全地帯までは辿り着けたようです」

 

 俺たちは胸をなで下ろした。

 

「ただ、場所がかなりハイレベルなダンジョンの奥なので、身動きが取れないようで……。 ご存知のとおりダンジョンにはメッセージを送れませんし、中からはギルドの倉庫(ストレージ)にアクセスできませんから、転移結晶を届けることもできないのです」

 

 出口を死地のど真ん中に設定した回廊結晶を使う殺人は《ポータルPK》というメジャーな手法で、当然シンカーも知っていたはずだ。 反目していたとは言え、同じギルド仲間、サブリーダーがそこまでするとは思わなかったのだろう。

 ユリエールは『いい人過ぎたんです』と呟き、続ける。

 

「……ギルドリーダーの証である《約定のスクロール》を操作できるのは、シンカーとキバオウだけ、このままシンカーが戻らなければ、ギルドの人事や会計までもがキバオウの好いようにされてしまいます。 シンカーが罠に落ちるのを防げなかったのは彼の副官である私の責任、私は彼を救出に行かなければなりません。 ですが、彼が幽閉されたダンジョンは、とても私のレベルでは突破できませんし、《軍》の助力は当てにできません。 そんなところに、恐ろしく強い二人組が街に現れたという話を聞きつけ、いてもたってもいられずにこうしてお願いに来た次第です。 キリトさん、ユウキさん」

 

 ユリエールは深々と頭を下げ、言った。

 

「お会いしたばかりで厚顔極まると思いでしょうが、どうか、私と一緒にシンカーを救出に行って下さいませんか」

 

 悲しいことだが、SAO内では他人の言うことを簡単に信じることは出来ない。 今回の事にしても、俺たちを圏外に誘き出し、危害を加えようとする陰謀である可能性は捨てきれない。 同じくユウキも沈黙してるという事は、俺と同じ事を考えているのだろう。

 

「……いや、力を貸すのは構わない。 だが、話の裏付けがないと厳しいかもな」

 

「それは、当然ですよね……」

 

 ユリエールは、僅かに俯いた。

 

「無理なお願いだって事は、私にも解ってます……。 でも、黒鉄宮の《生命の碑》にシンカーの名前に、いつ横線が刻まれる思うと、もうおかしくなりそうで……」

 

 確かに、助けたい気持はある。 俺もユウキも、大切な人の為に自暴自棄になった経験があるのだから。

 ――その時だった。 今まで沈黙してたユイが、ふとカップから顔を上げた。

 

「だいじょうぶだよ、パパ、ママ。 その人、うそついていないよ」

 

 俺とユウキは呆気に取られ、ユイをまじまじと見つめた。

 また、昨日までの言葉のたどたどしさが嘘のような立派な日本語である。

 

「ユ……ユイちゃん、そんなこと、判るの……?」

 

 ユウキがユイの顔を覗き込んで問いかけると、頷いた。

 

「うん。……うまく……言えないけど、わかる……」

 

 俺はユイの頭に右手掌を置き、くしゃくしゃと撫でてあげた。

 

「そうだな、疑って後悔するよりは信じて後悔しようか。 きっと何とかなるよ」

 

「……もう、キリトは相変わらずなんだから」

 

 そう言って、ユウキは苦笑し、ユリエールに言った。

 

「シンカーさん救出に手を貸します」

 

「ありがとう……。 ありがとうございます……」

 

 ユリエールは、瞳に涙を溜めながら、深々と頭を下げた。

 

「ごめんね、ユイちゃん。 これからママとパパは、お出かけするからお留守番していてね」

 

 ユウキがユイの頭を撫でて言った。だが――、

 

「いやだ! パパとママと一緒に行く!」

 

 ユイが足をバタバタさせて言ってきた。

 お、おお。 これが反抗期ってやつか。

 

「いいか、ユイ。 これから遊びに行く場所は危ないんだ。 だから、サーシャさんたちと、良い子にお留守番だ」

 

「やだやだやだ! 一緒にいく!」

 

 ユイは、首を左右に振り出した。

 結果、俺たちは折れてしまい、ユイを連れてダンジョンに向かうことになった――。




今回は、ほぼ説明会でしたね。動き出すのは次回になりそうです。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

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