ソードアート・オンライン~黒の剣士と絶剣~ リメイク版   作:舞翼

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ふぅ、今度も一週間以内に投稿ができたぜ。
予告通り、黒髪の少女のお話ですね。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


第32話≪眠れる森の少女≫

 ヌシ釣から数日が経過し、俺たちは変わらず休暇を楽しんだ。 街に赴いて遊んだり、買い物したりとかだ。

 そして今、俺はベットの上で上体を起こし大きく伸びをした。

 

「……よく寝たわ」

 

 隣を見やると、寝巻姿のユウキが規則正しい寝息を発てている。

 暫く寝顔を見ていたら、

 

「……うむゅ……もう、食べられないよ……」

 

「ったく、どんな夢を見てるんだか。 大体、予想はつくけど」

 

 片頬を突くと、ユウキは可愛らしい声を上げる。 それにしても、いつもの元気っ子がない代わりに、幼い少女のようである。

 それから数秒後、ユウキが僅かに身を動かし、瞼を開けた。

 

「……和人、おはよう」

 

 と言って、ユウキは微笑んだ。

 てか、リアルネームは御法度なんだけど。 まあ、この場には俺たちしか居ないから構わないけど。

 

「おはよう、よく寝てたな」

 

「うん、そうかも。 現実で、和人とボクの新婚生活の夢を見てたよ」

 

 上体を起こしたユウキは、そう言って微笑んだ。 まあ何だ、ここの生活は新婚生活の予行演習的な感じらしい。 俺も、『そうかもな』と言って、笑みを浮かべる。

 

「ご飯にしようか?」

 

「そうだな。 朝飯にしよう」

 

 という事なので、ベットから降り立った俺たちは、朝食の準備を始めた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 目玉焼き食パン、サラダにコーヒーの朝食を終え、数秒でテーブルの上を片付けると俺は一息吐く。

 

「なあ、ユウキ。 今日ちょっと行ってみたい所があるだけど」

 

「うん、いいけど」

 

 ユウキは可愛く頷いた。

 俺は右手を振ってマップを呼び出し、ある一点に指差す。

 

「よしゃ、ここなんだけどな」

 

 指差した場所は、ログハウスから少し離れた森の一角だ。

 俺は、昨日村で聞いた噂話をする。

 

「昨日の買い物の時に耳にしたんだけどな。 この辺の、森が深くなってるとこ……。 出るんだってさ」

 

「なにが?」

 

 ユウキはきょとん顔となり、俺に聞き返す。

 

「――幽霊」

 

「……う、うん、幽霊ね。 ぼ、ボク、怖くないよ。 ぜ、全然、怖くないよ」

 

 いや、何処からどう見ても怯えてる感じでしょ。 まあいいけどさ。

 とにかく、話を続ける俺。

 

「といっても、噂だけどな。 この世界で、本当の幽霊とか怖すぎだろ」

 

「そ、そうだよね。 圏内事件で幽霊の話は否定してたもんね」

 

「そういう事だな。 でもまあ、行くなら何か起きそうな所がいいだろ。 てか、そのままピクニックにもなるしな」

 

「う、うう……。 そうだけど」

 

 ユウキは肩を縮ませながら、窓の外に目を向けた。

 冬も間近なこの季節にしてはいい天気である。 ポカポカと暖かそうな陽光が、庭の芝生に降り注いでいる。 アインクラッドでは、早朝と夕方を除いて太陽を直接見る事はできないが、しかし、日中は十分な面光源ライティングによってフィールドは明るく照らされている。

 

「行こっか、その森に」

 

「よし、決まった。 んじゃ、行くか」

 

 椅子から立ち上がり、手早くハンバーガーの弁当をランチボックスに詰め、ログハウスを出た時には、午前九時になっていた。

 庭の芝生に降りた所で、俺の隣を歩いているユウキが振り向いた。

 

「ねぇねぇ、キリト。 昔みたいに肩車して」

 

「……マジで」

 

「うん、マジで」

 

 いやいや、可愛らしい笑顔で言われても。

 俺は溜息を吐いてからしゃがみ込み、背中をユウキに向けた。 そのまま、ユウキは俺の肩を跨ぐように両足を乗せる。

 

「出発進行! ほら、キリトも」

 

 俺は立ち上がると、

 

「……出発進行だ」

 

 小道を歩き、22層に点在する湖の一つに差し掛かった。 穏やかな陽気に誘われてか、朝から数人の釣り師プレイヤーが湖水に糸を垂らしている。 小道は、湖を囲む丘の上を通り、左手に見える湖畔まで距離はあるが、近づく内に俺たちに気付いたプレイヤーが此方に手を振ってきた。

 皆笑顔で、中には声を出して笑ってる者もいる。 こういう時こそ、平静に平静に。 てか、ユウキは手を振り返してるし。

 

「キリトも手を振ろうよ」

 

「……いや、俺はいいや。 ユウキを肩車する事だけで忙しいからな」

 

「も、もう。 つれないんだから」

 

 やがて道は丘を右に下り、深い森の中に続く。 杉に似た巨大な針葉樹が聳える間を縫って、ゆっくり歩く。 小鳥の囀り、小川のせせらぎが、森景色に美しく色を添えてる。

 だが、歩いて行く内に、森は殆んど暗くなっていく。 小鳥の声も、梢を抜けて届く陽光も控えめになってくる。

 

「ねぇキリト。 あとどれくらいで到着?」

 

 俺は右手を振り、マップで現在位置を確認する。

 

「もうそろそろだな。 あと、数分ってとこだ」

 

「ね、ね。 その噂話の詳細ってどんなのだったの?」

 

「好奇心旺盛なのはいいが、お前、怖がってたのにそれを聞くか?」

 

「だって、気になるもんっ」

 

 ユウキさん、頬を膨らませないで。 人差し指を両頬に押し当てたくなっちゃうからね。

 まあ要望に答えますか。

 

「ええと、一週間くらい前、木工職人(ウッドクラフト)プレイヤーがこの辺に丸太を拾いに来たんだそうだ。 この森で採取できる木材は質が良いらしくて、夢中で集めている内に暗くなっちゃって……。 慌てて帰ろうと歩き始めた所で、ちょっと離れた木の陰に。……ちらりと、白いものが」

 

「……う、うん。 そ、それでどうだったの?」

 

 かなり怖がりすぎだろ。と思ったが、俺の話は続く。

 

「モンスターかと思って慌てたけど、どうやらそうじゃない。 人間、小さい女の子に見えたって言うんだな。 長い黒い髪に、白い服。 ゆっくり、木立の向こうを歩いて行く。 モンスターでなけりゃプレイヤーだ、そう思って視線を合わせたら……――カーソルが出ない」

 

「…………ね、ねぇキリト。 あれのことかな」

 

 ユウキが指差した方に目をやると、そこには少女が立っていた。 白いワンピースを纏った幼い少女が無言で佇み、俺たちをじっと見ている。

 

「…………冗談だろ」

 

 すると、ふらりと少女の体が揺れ、少女の体は地面に崩れ落ちた。 次いで、どさり、という微かな音が届いてくる。

 

「……あれ、NPCじゃないぞ」

 

 俺は、ユウキを肩から下ろし、ユウキと共に倒れた少女へと駆け寄って行く。

 

「大丈夫かな?」

 

 ユウキは、少女の顔を覗き込みながら言った。

 俺が少女の体を抱え起こすが、少女の意識は戻っていない。 長い睫毛(まつげ)に縁どられた(まぶた)は閉じられ、両腕は力なく体の脇に投げ出されている。

 俺も少女の顔を覗き込みながら言った。

 

「うーん、消滅していない……っことは生きているって、ことだよな。 しかしこれは……、相当妙だぞ……」

 

「だよね。 触れてるのに、カーソルが出ないもんね」

 

 アインクラッドに存在する動的オブジェクトなら、プレイヤー、モンスター、NPCはターゲットにした瞬間必ずカラー・カーソルが出現する。 だが、少女からはカーソルが出現しなかったのだ。

 

「何かの、バグかな?」

 

「そうだろうな。 普通のVRMMOならGMを呼ぶってケースだけど、SAOにはGMがいないしな。 それに、プレイヤーにしては若すぎるよ」

 

 少女の年齢十歳にも満たないだろう。 ナーヴギアには建前的ながら年齢制限が設けられており、十三歳以下の子供は使用が禁じられていたはずだ。

 

「とりあえず、ログハウスに連れて帰ろう。 目を覚ませば、色々分かるかもしれないしね」

 

「たしかに、そうだな」

 

 俺は少女を横抱きにしたまま立ち上がった。 俺たちは周囲を見回したが、近くには朽ちかけた切り株が一つあるくらいで、少女がこの場にいた理由となる物は見つからなかった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 森を抜けてログハウスに辿り着いても、少女が目を覚ます事はなかった。 少女は、ユウキのベットに横たえ、毛布をかけ、俺たちは向かいの俺のベットに並んで腰を落とした。

 

「まず一つだけ確かなのは、NPCではないという事だ」

 

 システムが動かすNPCは、存在座標を一定範囲内に固定されており、プレイヤーの意思で移動させる事はできない。 手で触ったり抱きついたりすると、数秒でハラスメント警告の窓が開き、不快な衝撃と共に吹っ飛ばされるのだ。

 

「それに、何らかのクエストの開始イベントでもない。 それなら、接触した時点でクエストログ窓が更新されるはずだしな」

 

「じゃあ、やっぱり。 この子はプレイヤーで、あそこの道に迷ってたって事かな?」

 

 俺は頷いた。

 

「今の所、それが一番有力だな。 それに、クリスタルを持っていない、転移の方法を知らないんだとしたら、ログインしてから今まで《はじまりの街》にいたと思うんだ。 何で22層にいるのかは分からないけど、《はじまりの街》にならこの事を知ってるプレイヤーが……いや、親御さんがいるんじゃないか?」

 

「ボクもそう思う。 こんなに小さい子が一人でログインするとは考えられないもんね。 家族が一緒に来てるはず。……無事だといいんだけど……意識戻るよね?」

 

「そうだな。 まだ消えてないって事は、ナーヴギアとの間に信号のやり取りはあるんだ。 睡眠状態に近いと思う。 だから、きっとその内に、目を覚ます……はずだ」

 

 ユウキは立ち上がると、少女の眠るベットの前に跪き右手を伸ばした。 そっと少女の頭を撫でる。

 俺もユウキの隣に歩み寄り、腰を落とし、右手を伸ばし少女の頭に触れる。

 

「十歳はいってないよな……。 八歳くらいか」

 

「それくらいかも。 ボクたちが見た中で最年少だよ」

 

「だよな。 とりあえず、俺たちも飯にしようぜ」

 

「もう、食いしん坊さんなんだから」

 

 そう言って、ユウキは苦笑した。

 それから夕食を食べたが、外周から差し込む赤い陽光が消える時間になっても、少女は変わらず眠り続けたままだった。

 リビングのカーテンを引き、壁のランプを灯し、俺が街で聞き込み行った時に購入した何種類かの新聞に目を通したが、収穫はゼロだった。

 

「……ないな」

 

「……うん、ないね」

 

 そう言って、俺たちは肩を落とした。

 

「今日はもう寝よっか。 明日、本人が目を覚ましたら聞いて見よう」

 

「そうだな、そうするか」

 

 リビングの明かりを消し、二階の寝室に入り、もう片方のベットに俺たちは横になった。 少女が目を覚ます事を祈って。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「キリト! 起きて!」

 

 俺はユウキの声によって目を覚まし、ベットから上体を起こした。

 

「……おはよう。 どうかしたのか?」

 

「早く、こっちに来て!」

 

 隣のベットを覗き込んだ俺は、目を丸くした。 そう、歌っていたのだ。 てか、いつの間にユウキは隣のベットに移動してたんだろうか?

 取り敢えず、隣のべットに移動し腰を下ろす。

 ユウキは、腕の中の少女の体を軽く揺すり、呼びかける。

 

「ね。 起きて……。 目を覚まして」

 

 やがて、長い睫毛がかすかに震え、ゆっくり持ち上がった。 黒い瞳が、至近距離から真っ直ぐに俺の目を射た。 数度の瞬きに続いて、色の薄い唇がほんのわずかに開かれる。

 

「あ……う……」

 

 少女の声は極薄の銀器を鳴らすような、儚く美しい響きだった。 ユウキは、少女を抱いたまま体を抱き起こした。

 

「……よかった、目を覚ましたんだね。 自分がどうなったか分かる?」

 

 ユウキが少女に問いかける。

 少女は数秒のあいだ口をつぐみ、小さく首を振った。

 

「君の名前は……? ゆっくりでいいからな」

 

 今度は、俺が少女に問いかけた。

 

「……な……まえ……。 わた……しの……なまえ……」

 

 少女が首を傾げると、艶やかな黒髪が一筋頬にかかった。

 

「ゆ……い。 ゆい。 それが……なまえ……」

 

「ユイか、いい名前だ。 俺はキリトだ。 んで、こっちが」

 

「ボクはユウキだよ」

 

「き……いと。 ゆぅ……き」

 

 たどたどしく唇が動き、切れ切れの音が少女の口から発せられる。 しかし、少女の覚束ない言葉は、まるで物心ついたばかりの幼児のようだ。

 

「どうしてあの森にいたんだ?」

 

 俺が一番聞きたい疑問をユイに問いかけた。 だが、ユイは目を伏せ、黙り込んでしまった。 しばらく沈黙を続けた後、ふるふると首を動かす。

 

「わかん……ない……。 なん……にも……わかんない……」

 

 俺とユウキは、どうしようか?と顔を見合わせたが、取り敢えず朝食を摂ろうという事になった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 俺は、ユイを連れてリビングまで移動した。 ユイを椅子に座らせ、温めて甘くしたミルクを勧めると、カップを両手で抱えるようにして飲み始めた。 その様子を目の端で見ながら、離れた場所で意見交換をすることにした。

 

「……どう思う?」

 

俺は、ユウキとそう聞いた。

 

「記憶喪失なのかな。……でも、あの様子だと……」

 

「……ああ、そうだろうな。 精神にかなりのダメージを負ったんだ……」

 

「……ボク、この世界で酷い事をたくさん見てきたけど、……あれは、あまりも残酷するぎるよ……」

 

 ユウキの顔が、泣き出す寸前のように歪む。

 俺は、ユウキの体を包み込むように抱きしめる。

 

「大丈夫だ。 まだ、俺らにできる事があるはずだ。……それを精一杯やろう」

 

「……そうだよね」

 

 それから、俺たちはリビングまで移動し、椅子を移動させてから、ユイに向い合うように座った。

 俺は、明るい声でユイに話し掛けた。

 

「やぁ、ユイちゃん。……ユイって、呼んでいい?」

 

 カップから顔を上げたユイが、こくりと頷く。

 

「そうか。 じゃあ、ユイも俺のこと、キリトって呼んでくれ」

 

「き……と」

 

「キリト、だよ。 き、り、と」

 

「…………」

 

 ユイは難しい顔をして黙り込んでしまった。

 

「……きいと」

 

「ちょっと難しかったかな。 何でも、言いやすい呼び方でいいよ」

 

 再びユイは長い時間考え込んでいた。 やがて、ユイはゆっくり顔を上げると、俺の顔を見て、恐る恐る、という風に口を開いた。

 

「……パパ」

 

次いでユウキを見上げて、言う。

 

「ゆぅ……きは……ママ」

 

 本当の両親を間違えてるのか、あるいは、この世に居ない親を求めてるのか分からなかったが、ユイが俺たちを親と間違えてる事は確かだった。

 ユウキは悲しみを抑えつけ、微笑んだ。

 

「そうだよ。……ママだよ、ユイちゃん」

 

 それを聞くと、ユイは初めて笑みを浮かべた。

 

「ママ!」

 

「おいで、ユイちゃん」

 

 ユウキは椅子からユイの体を持ち上げ、しっかりと抱きながら、色々な感情が混じり合った涙を流した。 だが、この時ユウキは、何かを決心したような面持ちであった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 ホットミルクを飲み、小さな丸パンを一つ食べると、ユイは椅子の上で頭を揺らし始めた。 おそらく、眠くなってきたのだろう。

 俺は立ち上がりユイを横抱きにすると、ソファーの上に寝かせ毛布を掛けて上げる。 再び、俺は座っていた椅子まで移動し、椅子に腰を下ろした。

 

「ボク、ユイちゃんのお父さんとお母さんを探すよ」

 

「そうか。 それじゃあ、はじまりの街に行って聞き込みをしようか」

 

「うん、りょうかい」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 ユイは昼食の準備が終わる頃に目を覚ました。

 テーブルについたユイは、俺がかぶりつくマスタードたっぷりのサンドイッチに興味を示し、俺たちを慌てさせた。

 

「ユイ、これはな、すごく辛いぞ」

 

「う~……。 パパと、おんなじのがいい」

 

「そうか。 そこまでの覚悟なら俺は止めん。 何事も経験だ」

 

 俺がユイにサンドイッチを一つ差し出すと、ユイは小さな口を大きく開けてサンドイッチにかぶりついた。

 俺たちが固唾を呑んで見守る中、口をもぐもぐさせていたユイは、ごくりと喉を動かすとにっこり笑った。

 

「おいしい」

 

「中々根性のある奴だ」

 

 俺は笑いながらユイの頭をぐりぐりと撫でる。

 

「晩飯は激辛フルコースに挑戦しような」

 

「もう、調子に乗らない。 そんなもの作らないからね!」

 

 ユウキに怒られた俺は、ユイの方に振り向き、

 

「……ユイ。 パパはママに怒られてしまった」

 

「ママ、怒ったらだめ」

 

 ユウキは、うっ、と言葉を詰まらせた。 何というか、一瞬で家族攻勢ができた感じである。

 結局残りのサンドイッチは、俺とユイで全て平らげてしまい、満足そうにミルクティーを飲むユイに向かって、ユウキが言った。

 

「ユイちゃん。 午後は、パパとママとでお出かけしよう!」

 

「おでかけ?」

 

 ユイは、ユウキの言葉にきょとんとした。

 

「ユイの友達を探しに行くんだ」

 

「ともだち……って、なに?」

 

 俺たちは顔を見合わせた。

 

「お友達っていうのは、ユイちゃんのことを助けてくれる人のことだよ。 さ、準備しよう」

 

 ユウキは、優しい声音でユイに言い、ユイはこくりと頷いて立ち上がった。

 ユイの纏う白いワンピースは、短いパフスリーブで生地も薄く、初冬のこの季節に外出するのには如何にも寒そうだ。 寒いと言っても、風を引いてダメージを受ける。という事はないのだが、不快な感覚であるのには変わりない。

 ユウキは、アイテムリストをスクロールさせて次々と厚手の衣類を実体化させ、ユイに似合いそうなセーターを発見すると、そこで動きを止めた。

 通常、衣類を装備する時は、スターテスウインドウから装備フィギュアを操作する事になる。 布や液体などの柔らかいオブジェクトの再現は、SAOの苦手分野であり、衣類は独立したオブジェクトと言うより、肉体の一部として扱われるのだ。

 

「ユイ。 ウインドウ、開けるか?」

 

 ユイは、何の事か分からない。という風に首を傾げる。

 

「右手の指を振ってみるんだ。こんなふうに」

 

 俺が指を振ると、手の下に四角い窓が出現する。 それを見たユイは、覚束ない手つきで動きを真似たが、ウインドウが開く事はなかった。

 だが、ユイが左手(・・)を振った途端、手の下に紫色に発光するウインドウが表示された。

 

「でた!」

 

 嬉しそうににっこり笑うユイの頭上で、俺とユウキは呆気に取られたように顔を見合わせた。

 もう何がなんだか解らない。

 

「ユイちゃん、ちょっと見せてね」

 

 ユウキが屈み込むと、ユイのウインドウを覗き込んだ。 だが、スターテスは通常本人しか見る事ができず、そこには無地の画面が広がってるだけだ。

 

「ユイちゃん、ちょっとごめんね」

 

 ユウキはユイの右手を取ると、その人差し指を移動させ、勘で可視モードボタンがあると思われる辺りを触れた。

 狙い違わず、短い効果音と共にウインドウの表面に見慣れた画面が浮かび上がってきた。 基本的には、他人のスターテスを見るのは重大なマナー違反であるが、こういう状況だ、仕方がないだろう。

 

「な、なにこれ!?」

 

「な、なんだこれ!?」

 

 俺とユウキは、ユイのスターテス画面を見て声を上げた。

 メニューウインドウのトップ画面は、基本的に三つのエリアに分けられている。 最上部に名前の英語表示と細いHPバー、EXPバーがあり、その下の右半分に装備フィギア、左半分にコマンドボタン一覧という配置になっている。

 だが、ユイのウインドウの最上部には《Yui-MHCP001》という奇妙なネーム表示があるだけで、HPバーもEXPバーも、レベルの表示すら存在しなかった。 僅かに《アイテム》と《オプション》の二つだけが存在するだけだ。

 

「……システムのバグか?」

 

「ボクにはバグというよりは、元々こういうデザインになっている様にも見えるけど……」

 

 ユウキは、改めてユイの指を動かし、アイテム欄を開かせ、その表面にテーブルから取り上げたセーターを置くと、一瞬の光を発してアイテムウインドウに格納された。 次いでセーターをドラッグし、装備フィギュアとドロップする。

 直後、鈴の音のような効果音と共にユイの体が光の粒に包まれ、淡いピンク色のセーターがオブジェクト化させた。

 

「わあー」

 

 ユイは顔を輝かせ、両手を広げて自身の体を見下ろした。 ユウキは、更に同系色のスカートと黒タイツ、赤い靴を次々に装備させ、最後に元々着ていたワンピースをアイテム欄に戻すとウインドウを消去した。

 

「それにしても、お前ってピンク色の服持ってたのな」

 

「むっ、それはどういう事かな」

 

「い、いやー、深い意味はないんだぞ。 ユウキは、紫っていうイメージがあるからさ。 何か以外でな」

 

「そうかも。 でも、ボクはピンクも好きだよ」

 

「ん、そうか。 ピンク色の服期待してます」

 

 とまあ、いつものようにやり取りをしていたら、

 

「パパ、だっこ」

 

 ユイは屈託なく両手を伸ばし、俺は苦笑しながらユイの体を横抱きにして抱え上げた。

 

「一応、すぐに武装できるように準備しといてくれ。 街からは出ないつもりだけど……あそこは《軍》のテリトリーだからな」

 

「ん、りょうかい。 気を抜かない方がいいね」

 

 頷いて、アイテム欄を確認すると、俺たちはドアへと歩き出した。

 向かう先は、第1層である《はじまりの街》だ――。




……SAO編もやっと、やっと終わりが見えてきたよ……。
……今後どうするかまだ決まってないんですけど(-_-;)決めるの遅ッ!(←乗り突っ込み)

ま、まあ、次回は軍の徴税部隊かな?

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

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