ソードアート・オンライン~黒の剣士と絶剣~ リメイク版   作:舞翼

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一週間以内に投稿出来ました。
現実の名前が入ったりしますが、突っ込まんといてください(-_-;)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


第31話≪新居とヌシ釣り≫

 第22層は、アインクラッドで最も人口の少ないフロアだ。その大部分は常緑樹の森林と湖に占められており、主街区も小さな村と言っていい規模だ。 フィールドにはモンスターは出現せず、自然豊かな層だ。

 俺は、その22層の森の中で小さなログハウスを購入し、そこで暮らす事になった。 小さなログハウスと言っても、並大抵の金額では済まない。 だが、俺たちには血盟騎士団からの資金提供があったので、その辺は問題なかった。

 

「うわー、綺麗だね!」

 

 ユウキは、二階の寝室の南側の窓を大きく開け、身を乗り出した。

 確かに絶景である。 外周部が間近にある為、輝く湖面と、濃緑の木々の向こうに大きく開けた空を一望することができる。

 

「いい眺めだからって外周に近づいて落ちるなよ」

 

 俺は家財道具アイテムを整理する手を休め、背後からユウキの体に手を回した。 突然の事に、ユウキが驚いたように肩を揺らしたが、俺を受け入れるように力を抜いてく。

 

「いきなり抱きついたら驚くよ」

 

 ユウキは、優しい声音でそう言った。

 また、俺の顔は僅かに赤くなっているだろう。 普段は、抱きつく。という事はしないからなぁ。

 

「お、おう。すまん」

 

 ユウキは、もう。と言い、ぷんぷんと頬を膨らませた。

 頬を撫でる風を浴びながら、無言で景色を眺めていたら、ユウキが沈黙を破る。

 

「そういえば、和人。 結婚はどうしよっか?」

 

「うーん、現実で挙げよう。 明日奈や藍子、親父たちの前でさ」

 

 SAOでの結婚もいいが、現実で挙げたい気持ちの方が強い。

 つっても、俺と木綿季は、現実で結婚できる年齢に達していないんだけど。

 

「そうだね。 SAOの結婚システムも素敵だけど、現実で皆から祝福されたいかも」

 

「だろ。 それまでは、幼馴染でいようぜ」

 

「うん、賛成。……ねぇ、和人。 頭撫でてよ」

 

「まあいいけど。 てか、木綿季は昔に戻った感じだな」

 

 双子姉妹と知り合い遊んでいく内に、妹である木綿季は、俺に甘える事が多々あったのだ。

 俺が抱擁を解き、ユウキの頭に手を乗せると、優しく撫でていく。

 ユウキは、小猫のように目を細めながら言う。 その表情は、とても愛らしい。

 

「ん、気持ちいいよ。……和人、大好きだよ」

 

「俺も大好きだぞ、ユウキの事が」

 

 そう言って、俺たちは笑い合った。

 それからは、家財家具の整理をし、引越しの作業を終わらせた。 この日は、準備等で疲れてしまった為、夜食を摂った後、俺たちは寝室のベットで眠りに就いた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 湖面に垂れた糸の先に漂うウキはぴくりともしない。 水面に乱舞する柔らかい光を眺めていると、徐々に眠気が襲ってくる。

 俺は大きく欠伸をして、竿を引き上げた。 糸の先端には銀色の針が空しく光るのみだ。 付いていたはずの餌は影も形もない。

 第22層に引っ越してから、5日が過ぎていた。 俺は食料を手に入れる為、スロットスキルから両手剣スキルを削除して、代わりに釣スキルを取得したのだ。 スキル熟練度も600を超え、大物までもいかなくてもそろそろ掛かってもいい頃合いはずなのだが。 村で購入した餌を空にする毎日である。

 

「やってられるか……。 でも、ユウキに『今日は釣って来る!』って言っちゃったんだよなぁ……」

 

 溜息を吐いてから竿を傍らに投げ出し、芝生にごろりと寝転んだ。 寝転がっていると、不意に頭の上の方から声を掛けられた。

 

「釣れますか?」

 

 仰天して飛び起き、顔を向けると、そこには一人の男性プレイヤーが立っていた。 重装備の厚着に耳覆い付きの帽子、鉄縁の眼鏡をかけ、釣り竿を携えている。 50代に近い男性プレイヤーだ。

 しかし、SAOでの高年齢プレイヤーは珍しい。 まさかとは思うが――、

 

「NPCじゃありませんよ」

 

 俺の思考を読んだように苦笑すると、ゆっくり土手を降りてきた。

 

「す、すいません。 まさかと思ったものですから……」

 

「いやいや、無理もない。 私は此処(SAO)では突出して高年齢でしょうからな」

 

 男は体を揺らして、わ、は、は。と笑う。

 ここ失礼します。と言って、俺の傍らに腰を下ろした男は、腰のポーチから餌箱を取り出すと、不器用な手つきでポップアップメニューを出し、釣り竿の針に餌を付けた。

 

「私はニシダといいます。 ここでは釣り師。 日本では東都高速線という会社の保安部長をしとりました。 名刺が無くてすみませんな」

 

 東都高速線はアーガスと提携していたネットワーク運営企業であり、SAOのサーバー群に繋がる経路を手掛けていたはずだ。

 

「俺はキリトといいます。 最近上の層から越してきました。……ニシダさんは、やはり……SAOの回線保守の……?」

 

「責任者ということになっとりました」

 

 頷いたニシダを俺は複雑な心境で見やった。 ニシダは、業務の上で事件に巻き込まれたことになるわけだ。

 

「いやあ、何もログインまでせんでいいと上には言われてたんですがな、自分の仕事はこの目で見ないと収まらない性分でして、年寄りの冷や水がとんでもない事になりましたわ」

 

 笑いながら竿を振る動作は見事なものだ。 また、話好きなのか、俺の言葉を待たず喋り続ける。

 

「私の他にも、同じような理由で此処に来てしまったいい歳の親父が、二、三十人ほど居るようですな。 大抵は最初の街で大人しくしとるようですが、私はコレが三度の飯より好きでしてね」

 

 竿をくいっと引いて見せる。

 

「良い川やら湖を探してたら、こんな所まで登ってきてしまいましたわ」

 

「な、なるほど……。 この層にはモンスターが出ませんしね」

 

 ニシダは、俺の言葉にニヤリと笑っただけで答えなかった。

 

「どうです、上の方には良いポイントがありますかな?」

 

「うーん……。 61層は全面湖、というより海で、相当な大物が釣れると思いますよ」

 

「ほうほう! それは一度行ってみませんとな」

 

 その時、垂らした糸の先で、ウキが勢いよく沈み込んだ。 間髪入れずニシダの腕が動き、釣り竿を引き上げる。

 

「うおっ、で、でかい!」

 

 慌てて身を乗り出す俺の横で、ニシダは竿を操り、水面から青く輝く大きな魚が飛び出した。 魚は暫しニシダの手許で跳ねた後、自動でアイテムウインドウに格納され、消滅する。

 

「お見事……!」

 

 『ここでの釣りはスキルの数値次第ですから』と言って、ニシダは照れたように笑った。

 

「ただ、釣れるのはいいんだが料理の方がどうもねぇ……。 煮付けや刺身で食べたいもんですが、醤油無しじゃどうにもならない」

 

「あー……っと……」

 

 俺は一瞬迷った後、口を開いた。

 ニシダになら、俺たちがいる場所が露見しても問題ないと思ったからだ。

 

「……醤油に似ている物に心当たりがありますが……」

 

「なんですとッ!」

 

 ニシダは眼鏡の奥で目を輝かせ、身を乗り出して来た。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「お帰りなさい、お客様?」

 

 ニシダを伴って帰宅した俺を、ユウキが出迎えてくれた。

 そして、首を傾げて聞いてくる。

 

「こちら、釣り師のニシダさん。 えーと――」

 

 ニシダに向き直った俺は、どう紹介していいか口籠った。

 すると、ユウキはニッコリと笑い、

 

「キリトの未来の妻、ユウキです」

 

 ユウキはそう言って、元気よく頭を下げた。

 ニシダはぽかんと開け、ユウキを見ていた。 紫を基調にしたワンピースにエプロンをしたユウキは、かなりの美少女だ。

 何度か瞬きをし、我に返ったニシダは、

 

「い、いや、これは失礼、すっかり見とれてしまった。 ニシダと申します。 厚かましくお招きにあずかりまして……」

 

 頭を掻きながら、ニシダは笑った。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 ユウキは、ニシダから受け取った大きな魚の調理をする為、キッチンに入り、俺とニシダはリビングへ移動した。

 

「とりあえず、座ってください」

 

 俺はテーブルの前にある椅子に座るように促し、俺はテーブルを挟みニシダと向かい合わせになるように座り、椅子に座ったニシダが口を開いた。

 

「驚きました。 先程の美人さんキリトさんの奥さんだったとは」

 

 ニシダさん。 正確には、未来の奥さんですよ。 まだ、幼馴染ですね。

 まあ、細かい事に突っ込むのは止そう。

 

「実を言うと、俺には勿体ないじゃなかって思う時がありますよ」

 

「そうですかな、私にはお似合いだと思いますよ」

 

 ニシダはそう言うと、キッチンの方を一瞥した。

 

「できたよー。 キリト、持ってくの手伝ってね」

 

「おう、今行く」

 

 俺は立ち上がり、キッチンから各料理をテーブルの上に並べた。 自家製醤油の香ばしい匂いが部屋中に広がり、旨そうな匂いが鼻腔を擽る。

 ユウキは俺の隣に座り、合掌してから箸を取り、俺たちは料理を口にした。

 たちまち食器は空になり、熱いお茶のカップを手にしたニシダは陶然(とうぜん)とした顔で長い溜息を吐いた。

 

「……いや、堪能しました。 ご馳走様です。 しかし、まさかこの世界に醤油があったとは……」

 

「自家製なんです。 よかったらお持ち下さい。 あ、マヨネーズもあるんです」

 

 ユウキは、キッチンから小さな瓶を持ってきてニシダに手渡した。

 恐縮するニシダに向かって、『お魚を分けていただきましたから』と言って笑う。

 

「ところで、キリトが釣ってきたお魚さんは? 今日は取ってくるって意気込んでたんだから、一匹くらいは……」

 

 ユウキは、こちらを振り向いて聞いてきた。

 俺は肩を縮めながら、

 

「……えーと……。 一匹も釣れませんでした……」

 

「え、また一匹も釣れなかったの?」

 

「……そ、そう。 俺が釣りをしていた湖の難易度が高すぎるんだよ。 うん、間違えない」

 

「いや、そうでもありませんよ。 難易度が高いのは、キリトさんが釣っていたあの湖だけです」

 

「な……」

 

 ニシダの言葉に俺は絶句した。 ユウキは、お腹を押さえて笑っているし。 いや、いいけどさ。

 

「なんでそんな設定になっているんだ……」

 

「実は、あの湖にはですね……」

 

 ニシダは声を潜めるように言い、俺たちは身を乗り出す。

 

「どうやら、主がおるんですわ」

 

「「ヌシ?」」

 

 ニシダはニヤリと笑うと、眼鏡を押し上げながら続けた。

 

「村の道具屋に、一つだけ値が張る釣り餌がありましてな。 物は試しにと使ってみたことがあるんです」

 

 俺たちは固唾を呑む。

 

「ところが、これがさっぱり釣れない。 散々あちこちで試した後、ようやくあそこ、唯一難度の高い湖で使うんだろうと思い当たりまして」

 

「大当たりと……」

 

 ニシダは深く頷くが、残念そうな顔になる。

 

「ただ、私の力では取り込めなかった。 竿ごと取られてしまいましたわ。 最後にちらりと影だけ見たんですが、大きいなんてもんじゃありませんでしたよ。 ありゃ怪物、そこらにいるのとは違う意味でモンスターですな」

 

 両腕いっぱいに広げてみせる。 あの湖で、俺が此処にはモンスターは居ないと言った時、ニシダが見せた意味深な笑顔はこういうことだったのか。

 ニシダは、そこで物は相談なんですが、と俺に視線を向けてきた。

 

「キリトさん筋力パラメーターの方に自信は……?」

 

「う、まあ、そこそこには……」

 

 筋力パラメーターならば、アインクラッドの頂点だろう。 これ、冗談抜きで。

 

「なら一緒にやりませんか! 合わせる所までは私がやります。 そこから先をお願いしたい」

 

「は、はあ、釣り竿の《スイッチ》ですか……。 できんのかなぁ、そんなこと……」

 

「やろうよ、キリト! 面白そう!」

 

 ユウキのテンションが最高潮まで上がっている。 相変わらず、好奇心旺盛の所は昔も今も変わらない。

 

「……やりますか」

 

 俺がそう言うと、ニシダは満面に笑みを浮べて、そうこなくちゃ、わ、は、は、と笑った。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 ニシダからのヌシ釣り決行の知らせが届いたのは3日後の朝のことだった。 どうやら仲間に声を掛けて回ったらしく、ギャラリーが30人来るらしい。

 

「……参ったなぁ……」

 

 此処で暮らしているのが露見したら、情報屋や剣士が押し掛けて来る可能性もある。

 ともあれ、俺は上着についているフードを被ってみる。

 

「どうだ?」

 

「うん、それなら大丈夫かも」

 

「俺はこれで大丈夫だとして、ユウキはどうするんだ?」

 

「これでどうかな?」

 

 ユウキは、長い黒髪をアップに纏めると、大きなスカーフを眼深に巻いて顔を隠した。

 さらにウインドウを操作して、だぶだぶした地味なオーバーコートを着込む。

 

「お、おお。 いいぞ、生活に疲れた農家の主婦っぽい」

 

「……それ、褒めてるの?」

 

 ユウキさん、ジト目は止めてくれ。 俺が悪かった。

 だからまあ、俺が取る行動は――、

 

「……ごめんなさい」

 

 謝るである。 俺って将来、尻に敷かれる旦那になるだようなぁ……。

 そう考えながら、俺は遠い目をした。

 ともあれ、俺とユウキは家を出た。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 湖畔にはすでに多くの人影が見える。 やや緊張しながら近づいて行くと、見覚えのある男が、聞き覚えのある笑い声と共に手を上げた。

 

「わ、は、は、晴れてよかったですなぁ!」

 

「こんにちはニシダさん」

 

「ご無沙汰してます」

 

 俺たちは、頭をぺこりと下げる。 年齢にバラつきがある集団は、ニシダが主催する釣りギルドのメンバーだという事で、俺たちの事は露見する事はないだろう。

 

「え~、それではいよいよ本日のメイン・イベントを決行します!」

 

 長大な竿を片手に進み出たニシダが大声で宣言すると、ギャラリーが大いに沸いた。 俺はニシダが持つ、竿の太い糸を視線で追い、先端にぶら下がっている物に気付いてぎょっとした。

 トカゲだ。 だが大きさが尋常ではない。 大人の二の腕位のサイズがある。 赤と黒の毒々しい模様が浮き出た表面は、新鮮さを物語る様にぬめぬめと光っている。

 

「……デカイ餌だな。 大物が釣れそうだ」

 

「……だね」

 

 俺とユウキは、顔を引き攣らせて言った。

 ニシダは湖に向き直ると、大上段に竿を構えた。 見事なフォームで竿を振ると、巨大なトカゲが宙に弧を描いて飛んでいき、やや離れた水面に盛大な水飛沫を上げて着水した。

 俺たちは固唾を呑んで水中に没した糸に注目した。 やがて釣り竿の先が、二、三度ぴくぴくと震えた。 だが、竿を持つニシダは微動だにしない。

 

「き、来ましたよ。 ニシダさん!」

 

「なんの、まだまだ!」

 

 ニシダは、細かく振動する竿の先端をじっと見据えている。

 と、その時、一際大きく竿の穂先が引き込まれた。

 

「いまだッ!」

 

 ニシダが体を仰け反らせ、全身で竿を煽った。 傍目にも判るほど糸が張り詰める。

 

「掛りました! 後はお任せしますよ!」

 

 ニシダから竿を手渡された途端、猛烈な力で糸が水中に引き込まれた。

 

「うわっ」

 

 慌てて両足で踏ん張り、竿を立て直す。

 確かに、これは通常の筋力パラメーターで釣る事は不可能だ。

 

「こ、これ、力一杯引いても大丈夫ですか?」

 

「最高級品です! 思いっきりやって下さい!」

 

 俺は竿を構え直すと、竿が中ほどから逆U字に大きくしなる。

 

「あっ! 見えたよ!」

 

 ユウキが水面を指差した。 俺は岸から離れ、体を後方に反らせているので確認することができない。

 見物人は大きくどよめくと、我先にと水際に駆け寄り、岸から急角度で深くなっている湖水を覗き込んだ。 俺は好奇心を抑えきれず、全筋力を振り絞って竿を引っ張り上げた。 だが突然、俺の眼前で湖面に身を乗り出していたギャラリーたちが揃って二、三度後退する。

 

「どうしたん……」

 

 俺の言葉が終わる前に、連中は一斉に振り向くと猛烈な勢いで走り始めた。 俺の左をユウキ、右をニシダが顔面を蒼白で駆け抜けて行く。 呆気に取られ俺が振り向こうとするとしたその時、突然両手から重さが消え、俺は後ろ向きに転がり尻餅を突いた。

 

「キリトー、逃げないのー」

 

 振り向くと、ユウキたちは岸辺の土手を駆け上がり、かなりの距離まで離れている。すると、盛大な水音が響いた。 途轍もなく嫌な予感を覚えながら俺は背後を振り向いた。

 

 ――魚が立っていた。

 そいつは、六本脚で岸辺の草を踏みしめて俺を見下ろしていた。 おそらく、全長は二メートルある。

 いや、こいつは魚じゃない。 自動で黄色いカーソルが表示されたという事は、モンスターだ。

 俺は引き攣った笑みを浮かべ、数歩後退した。 そのままくるりと後ろを向き、脱兎(だっと)の如く駆け出す。

 背後で巨大魚は轟くような雄叫びを上げると、地響きを立てながら俺を追って来た。

 敏捷度全開で空を跳ぶように駆けた俺は、数秒でユウキの傍まで到着すると、

 

「ず、ずずずるいぞ! 自分だけ逃げるなよ!」

 

「ごめんごめん。 今日は好きなご飯作ってあげるから」

 

 そう言って、ユウキは苦笑した。

 

「う、うむ。 許してしんぜよう」

 

 振り向くと、動作鈍いものの、確実に巨大魚は此方に駆け寄りつつある。

 

「おお、陸を走っている……。 肺魚なのかなぁ……」

 

「お料理にすると美味しいのかな? キリトはどう思う?」

 

「どうだろうか、食ってみないと分からん」

 

「キリトさん、ユウキさん。 そんな事言ってないで、早く逃げんと!」

 

 ニシダが慌てて叫ぶ。 数十人のギャラリーたちも、余りの事に硬直してしまったらしく、中には座り込んだまま呆然としているだけの者も少なくない。

 

「どっちが殺る?」

 

「うーん、久々に戦闘がしたいかも」

 

「この場は任せた」

 

「ん、りょうかい」

 

 ユウキは、アイテムウインドウを操作し片手剣を装備した。

 そして、スカーフと分厚いオーバーを同時に剥ぎ取った。 オーバーの下は紫を基調にしたワンピースという恰好だが、その左腰には黒光した片手剣の鞘が眩く光っている。 ユウキは右手で剣を抜き放ち、地響きを上げて殺到する巨大魚を待ち構える。

 俺の横に立っていたニシダは、ようやく思考が回復した様子で俺の右腕を掴むと大声で叫んだ。

 

「キリトさん! 奥さんが、奥さんが危ない!」

 

「いやいや、任せておいて大丈夫です」

 

 巨大魚は突進の勢いを落とさぬまま、無数の牙が並ぶ歯を開けると、ユウキを丸飲みする勢いで身を躍らせた。

 その口に向かってユウキは走り出し、剣を構え、オレンジ色のライトエフェクトが剣に纏う。

 片手剣単発重攻撃、《ヴォーパル・ストライク》。 ジェットエンジンめいたサウンドと共に一気に詰め、口から尾まで貫通させ着地した。 直後、巨大魚は膨大な光の欠片となって四散した。 一瞬遅れて巨大な破砕音が轟き、湖の水面に大きな波紋を作り出した。

 剣を鞘に収めると、ユウキは此方に歩み寄る。

 

「どうだった、久しぶりの戦闘は?」

 

「うーん、楽しかったけど。 あんまり手応えがなかったかな」

 

「そりゃそうだろ。 お前にとっては、あれは雑魚だしな」

 

「そ、そうだけどさ」

 

 俺とユウキが緊張感がないやり取りをしてると、ニシダが目をパチパチさせながら口を開く。

 

「……いや、これは驚いた……。 奥さん、ず、ずいぶんお強いんですな。 失礼ですがレベルは如何ほど……?」

 

 俺たちは顔を見合わせた。

 言っても問題はないのだが、この話題は引っ張ると危険だ。

 

「そ、そんなことよりホラ、今の魚からアイテムが出ましたよ」

 

 ユウキがウインドウを操作すると、その手の中に白銀に輝く一本の竿が出現した。 イベントモンスターから出現したという事は、かなりのレアアイテムだろう。

 

「お、おお、これは?!」

 

 ニシダが目を輝かせ、それを手に取り、周囲の参加者も一斉にどよめく。

 何とか誤魔化せたか。と思いながら俺とユウキが安堵してる時、

 

「あ……あなたたちは、攻略組最強の、鬼神、ですよね?」

 

 一人の若いプレイヤーが二、三歩進み出て来て、俺たちをまじまじと見つめた。

 

「やっぱり間違えない。 オレ、ヒースクリフさんとの決闘(デュエル)見ました。 カッコよかったです。 相棒の《絶剣》さんも可愛いです。 じかで見れるとか、感動です」

 

 うっ、あの時フードが取れたのか。 顔がバレてる。

 もちろん、ユウキも顔を隠してないので、バレてるけど。 ちなみに、男性プレイヤーにしか、俺たちの素性は露見してない。

 

「「い、いやー。 何かの見間違えじゃないかな」」

 

 そう言って、苦し紛れな言い訳を試みる。

 だが、俺とユウキは深く溜息を吐いた。

 

「……鬼神で合ってるよ。 んで、今は休暇中」

 

「……この事は内緒にしといてくれないかな」

 

 俺とユウキは、『何か書くものはあるかな?』と言って、黒ペンと色紙に似た物を受け取り、そこにサインをした。 これで手を打ってもらおうと考えたからだ。

 

「わ、わかりました。 この事は、オレの中に留めておきます」

 

「おう、頼んだわ」

 

「お願いね」

 

『は、はい。分かりました』と言って、男性プレイヤーはそそくさに、この場から離れて行った。

 それから、俺とユウキは顔を再び隠し、ニシダに向き直る。

 

「私も秘密にしときます」

 

「そうですか、助かります」

 

「ありがとう、ニシダさん」

 

「いえいえ、こんなに貴重な体験をさせてもらったんです。 キリトさんたちは休暇を楽しまないと」

 

 ニシダは笑みを浮かべた。 そして、俺とユウキは、ニシダに感謝の言葉を述べ、この場を後にした。

 こうして、ヌシ釣りというイベントが終了したのだった――。




アスナさんとランさんは、第47層《フローリア》で休暇を取ってます。休暇資金も、血盟騎士団か出てますね。

次回は、黒髪の少女かな。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

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