止めてください!!師匠!!   作:ホワイト・ラム

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さて、今回で長らくお送りしてきた「止めてください!!師匠!!」は一旦の終了です。
2年の間、ご愛読ありがとうございました。

とはいっても、まだまだ、出したいキャラとかありますし。
書きたい絡みもあるんですよね~

今後も、たまにですが書いていくと思います。
しかし、ひとまずラストはこの形で。


終焉!!進み続ける運命!!

大地を湿らす雨にも最初の一滴が在る様に、人にも「はじまり」の時がある。

 

――私の始まりは、いつ?――

 

薄れる意識、夢とも現実とも分からない、濃い霧の中に居るような感覚――

 

 

 

一人の美しい少女が一冊の本を読む。

これは父の本だ、勝手に読んでは怒られる。

しかし、少女はその本を読むのをやめる事は無かった――

 

「儂は仙人を目指す」

父はそう言って家を出た。

『仙人』それが何か、少女には分からなかった。

だがその『仙人』とやらは、父が母と自分を捨てる理由としては十分だったらしい。

 

ぺラッ……

 

父のいなくなった部屋。少女は父の残した仙術の本を読み漁る。

――いつか、自分も仙人へと変わり、父と再会する。

そんな事を考えながら、少女は仙人を目指した。

そして時が経ち……

少女も年頃の乙女へと変わっていった。

 

 

 

――うつくしいですなぁ――あなたは可憐だ――私と一緒になりませんか?

 

誰だったか、もう顔もひどくあやふやな男。

名家の男、金があり、権力があり、優しかった男――

何度も言い寄られ、そしていつか自身の夫となっていた男――

 

「いや、見た目はすごく良いんですけど……性格が……」

一瞬だけ、男とは別の少年の姿と声がした。

 

その後は自分でもよく覚えていない。

幸せだったのか、不幸だったのか。

何不自由のない生活を送っていたのは覚えている。

 

だが、その生活を以てしても少女の仙人へのあこがれは消えることは無かった。

 

それほどまでに父を想ったのか、それとも仙人の力に魅せられたのか。

今ではもう分からない。

だが、その男を捨てたのは覚えている。

 

竹を用意して、自身の覚えた仙術を掛ける。

 

――ああ、なぜ君は死んでしまったんだ――

 

夫が悲しんでいるのが分かる。

だが、自身はその夫の元へ帰ることは無かった。

 

「まさか死体の偽装まで出来るとは……」

まただ、また別の少年が出てきて、苦笑した。

自分はなぜかこの少年の言葉がうれしく思えた。

 

海を渡り、東極の島国へと向かう。

そこには聖人がいるらしい。

自信の仙術を教え、取り入ってみたい。

 

何時しか少女は仙女となっていた。

最早後悔は無かった、自身の心のままに進んでいくばかり。

 

――なるほど、これが道教の力なのですね。

 

聖人と言われた存在が、自身の術に驚愕する。

力を持つ者に、自身の術を教える喜び。

聖人もまた、仙女の同じように仙人へと変わるだろう。

長い時が流れ、何時しか仙女は邪仙と呼ばれる存在へと変わっていった。

だが、邪仙の心は少女の頃のまま、自身の望んだモノを欲しがり手にして、不要なものは容赦なく切り捨てる。

子供の純粋さと残酷さ、そして大人の強かさを持った邪仙へとなっていた。

 

不意に現れるのは、何度も見たさっきの少年。

泥だらけで、ボロボロの服。打ちのめされた弱者の瞳。

けっして自分が興味を抱かないであろう存在に対して自身が口を開いた。

 

「気に入ったわ……人里で暮らせないなら、私の弟子にならない?

あなたを追い出した人間たちには届かないような力を上げるわ。どう?」

その言葉に少年の瞳にわずかに光がともる。

面白い玩具を手に入れた。数日遊べれば儲けものだと思い、邪仙は彼に手をさし伸ばした。

 

少年は邪仙の手を握り返した。

邪仙は分かっていた。この少年はそうせざるを得ない事を、だから笑ってやった。

 

「いいわ、あなたは今日から私の弟子よ。私は霍 青娥、みんなには娘々ってよばせてるけどあなたは()()って呼びなさい」

 

「はい、師匠……俺は、俺の名前は――」

その時、意識に掛かっていた靄が急激に薄れていった。

 

 

 

「ここは――」

目覚めると、そこは果てない山の奥の奥。

目の前には動物の骨の仮面を被り顔を隠した影が一つ。

 

「私は死神に――」

師匠はそこで、自身に何が在ったのか思い出す。

 

「ふん、漸く走馬燈を見終わったか……

1400年も生きるとずいぶん掛かる」

酷くしわがれた老人の声、その声に師匠は聞き覚えがあった。

 

「まさか……」

 

「ふん、()()()()()()ことを目的としていたじゃと?

実に下らんな。

この仙人の成り損ないめ……!」

ゆっくりと仮面を外した死神の顔はさっき走馬燈でみた顔で――

 

「お、お父様……」

 

「お前を娘だとは思わん。

気安く呼ぶな……!」

死神は忌々し気にそう吐き捨てた。

その時、死神が何かに気が付いた。

 

「侵入者――なるほど、『コレ』の弟子とかいうガキか……!

ふん、見逃してやった物をワザワザ死にに来るとは……

まぁいい、丁度面白いモノもある」

そう言うと死神の体が変化していく、声もしわがれた老人の物から若く活力のある声と姿へと!

そして――

 

「ふん!!」

死神が、自身の手を師匠の腹に深く突き刺した。

 

「お父……さ、ま」

師匠はそのまま、倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酷く荒れた狭い道。

そっくりな顔をした二人の人間が顔を合わせる。

一人は精悍な顔つきで、腰に剣を携えた白い軍服。

旧日本軍に在ったとされる軍人用の警官、憲兵を白くしたような格好だ。

もう一人は、道士の様な中華風の服で、首には赤と青のツギハギのマフラー。

 

「なんで、なんで完良(あんた)がここに居る!!」

 

「俺は死神だ。今はこうやって、魂を運んでいる。

汚れ仕事って奴さ」

憤る善に対して、あくまでも完良が平然と答える。

 

「死神――!?

師匠を殺したのは、あんたの差し金か!!」

死神の言葉に反応して、善が完了にとびかかる!!

右手に紅い気を纏い、容赦なく殺そうとする!!

 

「まて、落ち着け――!」

すっと、音もなく腰の剣を抜く完良。

それは切っ先が丸く、派手で華美な装飾がされた西洋の権力者を処刑するために使われる剣、エクスキューショナーズソードと呼ばれるモノだった。

 

ぎりぎりギリィ!!

 

善の気を纏った拳を、完良が自身の剣で受け止める。

 

「奪うのか……あんたは!!

今の俺の生活すら奪うのか!!そんなに俺が憎いのかぁ!!」

 

「んっ!?」

鬼気迫る表情の善、完良が一瞬どよめく。

善はその隙を逃がしはしなかった。

剣を受け止める、拳を支点に完良の首筋に向かって蹴りを叩き込む!!

そう、しようとしたが――

 

「なに!?」

完良は自身の剣を離し、善の支点を崩す。

そして体制を崩した善の足をつかんで見せた。

 

「俺に触るな!!」

 

バチィ!!

 

善の足に巻き付いた紅い気が完良の手を攻撃する。

皮膚が裂け、善のズボンに血が滲む。

 

「なんでだ、なんで避けない」

尚も血を流しながら、完良は優し笑みを浮かべる。

 

「落ち着こうぜ、な?」

 

「ふざけてるのか!!」

完良のつかまれた足に向かって逆の足で挟み込む様に蹴りを放つ!!

一瞬、一瞬だけ完良は守ろうと反対の手を出すが、すぐに引っ込めた。

当然防御が無くなった完良の頭に善の蹴りが叩き込まれる。

蹴りを受けた顔に裂傷が出来、額から血が流れる。

それでもなお、完良は笑みを浮かべたままだった。

それどころか、捕まえていた善の足を離し、さらに自身の剣すら投げ捨てて見せた。

 

「どうしたんだ?もっと打って来いよ」

まるで自身の罪を受け入れた聖職者の様に、完良は両手を広げて見せた。

 

「何を考えてる……?」

その様子に善が躊躇する。

 

「そんなに俺が憎かったんだよな。

ごめんな、気が付かなかったよ。

いいんだ、好きなだけ殴れ、好きなだけ蹴れ。

だけど、だけど気が済んだら、帰るんだ。

現世へ、生きてる世界へ……お前の人生はまだまだこれから楽しい事が始まるんだろ?

死んでちゃダメだ……」

優しい笑みを浮かべて見せた。

その顔はかつて、善が完良を純粋に尊敬していた頃と全く同じ顔で……

 

「兄さん……俺は……」

善は自身の拳を開いた。

 

「いいんだ、ゆっくり話そう?俺たちには兄弟として話す時間が足りなかっただけなんだ。

だから、だから――――危ない!!」

突然、完良が善を突き飛ばした。

そこに落ちてくるのは、死神の鎌。

視線を上げると、複数の死神と思わしき集団がやって来ていた。

最初の死神の呼んだ応援だろう。

 

「まずいな、あの数は……

今更ツケが回って来たかな?」

落ちていた剣を完良が拾う。

そして、右手を虚空にかざすと黒い渦の様な物が空間に生まれる。

 

「行ってこい、お前の奥さんはきっとここにいる。

此処は俺に任せて先に行けよ」

まるで映画のキャラクターの様なセリフを吐いて、完良が善を渦の中に押しこんだ。

開いたままの渦。これは死神の一部が使う移動用の能力だ。

開いた渦はしばらくこのままで、追っていくのは非常に簡単なのだ。

だから――

 

シャン!!

 

完良が渦の前に剣で地面に一本の線を引く。

 

「何をしているんです?早くアイツを追わないと……」

 

「完良さん、なにをやってるんだ!!」

口々に死神たちが、怪訝な顔をする。

 

「悪いけどさ、アイツだけは手を出させる訳にはいかなんだよね。

来なよ。俺が相手をしてやる!!この線から先には一歩も進ませない!!」

 

パチィ!

 

完良が指を鳴らす。

コレが完良の持つ能力の発動の合図だ。

 

「ふざけやがって!!!」

 

「殺してやる!!」

 

「裏切りは許さねぇ!!」

死神すべてが殺気立つ。

そう、コレが完良の能力。

完良は「悪意を操る程度」の能力を持つ。

ヘカーティアが言っていた。

 

『貴方は有能な力が有るわよん。

けど、それに嫉妬する者がいないことに疑問を抱いた事はないの?

答えは、簡単よん。あなたは他人の悪意を操れるわ。

誰も貴方を恨まない、嫉妬しない、僻まない。

けど――』

 

「誰とも一緒に歩けない――か」

完良が死神の群れに向かって剣を振るう。

そうだ。いつだってそうだ。

自身に送られるのは、称賛の声!!

羨望のまなざし!!憧れという感情のみ!!

だが、だがお互いに歩む者はいなかった!!

並び立とうとする者は誰一人居なかった!!

 

常に努力し、誰よりの先を行く完良と歩む者は無い。

有るのは手の届かないモノに対するあこがれの視線だけ。

賞賛に囲まれ、たった一人で歩くだけだった。

 

「おらぁああああ!!!」

 

「ぐわぁあああ!!」

完良の剣が死神の群れに切り込んでいく。

何度も何度も攻撃を受けるが倒れない!!

善の去っていった道をひたすら守る!!

それが、今の完良に出来る唯一の事だった。

 

「あぐ!?」

倒したと思った死神に、足を取られる。

目の前には、別の死神の鎌が迫っていた。

 

「此処までか……最後に、やっと兄貴らしい事が出来たよな?」

善の顔が浮かぶ。

アイツだけが、完良に心をぶつけてくれた。

アイツだけが、自身に追いつこうとしていた。

 

「ありがとうな――」

鎌が完了の首に刺さる瞬間――

 

キィン!!

 

「え――?」

鎌を紅色の雷が叩き壊した!!

 

「先に行けとか、後で追うとか……

気にしすぎなんだよ!!なんで、なんで「一緒に行こう」って言えないんだよ!!

このバカが!!」

渦の中から善が飛び出し、完良の頭を殴った。

 

「善……なんで先に……」

 

「だから、先とかじゃないって!!

アンタは天才様なんだろ?

んで、俺は修業中とは言え、仙人様だよ。

一人じゃ無理でもさ、二人ならこんな数、目じゃないだろ?」

照れるように、善が完良に手を指し伸ばす。

 

「――そうだな」

善の差し出した手、完良が上から叩いた。

 

「二人!?それがなんだ!!!」

無数の死神たちが、二人を襲う。

 

「勝てる気か?俺たちは――」

 

「完全と善良であることを願われた兄弟だぜ?」

その一言は、善の名前の呪いを消す言葉だった。

兄に成ろうと願われた名は、たった今兄弟の決して破れぬ絆へ変わる!!

 

善が両手に大量の気をため込む!!

そして――

 

「そぉれぇ!!!」

それを地面に振り下ろす!!!

 

「ぐぁあああ!!」

 

「ぎゃぁあああ!!」

地面を伝わる、気の流れに大量の地面に降りていた死神が倒れる。

間一髪、飛びあがった者達も――

 

「良い的だな」

完良が剣から斬撃を飛ばす!!

 

「兄さん!!」

 

「おう、行ってこい!!」

善が飛び上がり、完良がその靴裏を剣で弾く!!

死神の腕力と仙人の能力が合わさり、善が飛んでいく。

そして――

 

「決めて来い!!」

 

「良いねぇ!!超ゴキゲンだ!!

兄弟符『AtoZ(オール)―OVER・THE・WORLD』!!」

善が全身から、紅い気を放出する。

完良が剣に力を籠め、エネルギーを纏わせる。

2種の力が間に居た死神たちを挟み込んだ!!

完良の生み出す力を善が抵抗する力で跳ね返し、さらに追撃を加える!!

その力は二人の力。しがらみを超え、生と死すら超えて合わさった二人の力!!

 

「さてと、俺はそろそろ、行くかな?」

完良が別の渦を生み出し、そこへ向かおうとする。

 

「なんだよ、もう行くのか?」

 

「盛大に死神を裏切ったからなー。

あーあ、一応公務員で安定してたのに……

ま、仕事位探すさ」

 

「私もこっちかな~。

これ以上はヤバそうだし」

ズーちゃんが懐から出て、完良についていく。

 

「また、会おうね?

約束だよ?絶対に、また会おうね?」

やけに念を入れて、ズーちゃんが完良について消えていく。

 

「ん?ああ、また今度ね」

別れを惜しみ、善が気合を入れなおす。

完良の作ったチャンスだ。無駄には出来ない。

それに帰ったらやる約束がまた増えた。

 

(今度は兄弟として、うまくやれるかな?)

そんな事を想いながら、善は完良の最初に作った渦へと消えていった。

 

 

 

 

 

「くっ……」

渦の先、完良が山の中で膝を付く。

 

「やっぱりもう……」

悲しそうに、ズーちゃんが目を伏せる。

 

「ああ、どうしても善の前で、死ぬわけにはいかなかった……

アイツは優しいから、絶対に自分を責める……」

完良がマントを脱ぐと、大きな傷があった。

戦いの最中、完良はすでに致命傷を負ってた。

腹の傷を抑え、ゆっくり立ち上がる。

 

「お互い死ぬ身か……」

ズーちゃんの体も消え始める。

彼女もまた此処までの様だった。

 

「後悔はないさ……ああ、いい人生だ……

なにも、悔いはない……

そうだろ?ウンピーちゃん……?」

完良の前、クラウンピースが立っていた。

 

「ばかだ……あんたは、本当にバカだよ……

せっかくもらったチャンスを!!

あと、ウンピーって呼ぶな!!!」

最後にふっと、笑って完良は消えた。

クラウンピースが見守る中、ズーちゃんがと完良が消えていった。

ピースの手に二つの魂が現れる。

その魂を手に彼女は何時までもグズグズと泣いていた。

完良の持っていたエクスキューショナーズソードだけが、墓標の様に地面に刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、ここ……」

完良のつなげた渦の先、そこには異様な光景が広がっていた。

錆びた大量の機械、ペンキの剥げたキャラクターに、腐ったベンチ。

そこはまるで、遊園地の廃墟だった。

いや、廃墟ではないだろう。

なぜなら――

 

『ガー!……ピぃぃぃ!!♪~♪ガがザー、ザザッー!♪~』

 

ゴォン……ガシン!!ガチャン!!ガジジン!!

錆び切ったスピーカーからはノイズ交じりに音楽が聞こえるし、今にも壊れそうな観覧車は錆びをこぼしながらもゆっくりと動いている。

 

明らかに地獄でもあの世でもない世界。

だが、この世界が何かわかりはしなかった。

完良の連れてきた場所だ、疑う事は無かった。

 

「師匠は何処だ?」

キョロキョロと善は広大な廃墟寸前の遊園地を歩き出す。

 

「ここは、私の心の風景よ」

無人の遊園地、善の声と錆びた機械音以外の音がようやく聞こえた。

 

「あ…………」

遊園地の広場、朽ちたベンチに師匠が座っていた。

 

「人は誰しも心の風景を持っているの。

あなたも私も、ここは私の心の生み出した世界よ」

師匠が軋みながら、部屋が一つ落ちた観覧車を見上げた。

 

「心の世界?」

その言葉に善は過去、紫と戦った時見せられた自身の部屋の幻を思い出した。

恐らく『コレ』もそれに近いモノだろう。

 

「善、ここまで来てしまったのね?バカな子……

もう、ここから現世へ帰る事は出来ないわ……

だから、せめて一緒に死にましょう?

けど、うれしいの。あなたがこんなに私の事を想っていてくれてたなんて……

消えるまでの間、ずっと抱きしめてあげる。こっちに来て?」

悲しそうな眼をする師匠。

そして、両手を善に向けて広げる。

善はそんな師匠に向かって走り出す。

 

「そうよ、来て。お師匠様と最後の団欒を――」

 

「騙せると本気で思ってます?」

 

「え――ぐぇ!?」

善の全力の蹴りが、師匠の顔面にめり込んだ!!

 

ミシィ!!

 

師匠の顔がひび割れる。

ひびは全身に広がって、師匠の姿が完全に割れた!!

 

「なぜ、騙せんのだ?本物を正確にコピーしたというのに……」

ひび割れた師匠の中、しわがれた声の死神がゆっくりと姿を現す。

それと同時に、広場にあった銅像が崩れ中から師匠が出てくる。

 

「善……」

 

「今度は本物の様ですね」

善が師匠に駆け寄り、無事を確認する。

 

「あなた、胸で判別してるでしょう……?」

 

「ああ、良かった。今度こそ本物だ。

師匠、迎えに来ました。さ、帰りましょう?」

何時もの師匠のしゃべり方と態度に善が安心する。

 

「帰れると思っているのか?本気で?」

死神の声が聞こえる。

しわがれた声がだんだんと若く、張りのある青年の様な声に――

 

「私の術を破ったと思うのか?

違うな、コレはただの仮面の力。

いうなれば、様子見の為の道具だ。

お前を刈るのは、私の力で刈ってやろう」

死神がゆっくりと立ち上がる。

声の様に青年の姿だ。広げた指には10指すべてに指輪。

「ここは、私が――」

 

「善!!」

善が師匠を置いて、前に出る。

先手必勝と言わんばかりに、地面を蹴り空中で体勢を変え、死神を狙う!!

 

「ははは、無知とは怖いな!!」

死神の手に、大きな火球が生成される。

空中で善に向かって投げられるが、善は抵抗する力を使い、空中で避ける。

 

「まだまだぁ!!」

 

「!? ごぱぁ!?」

再び手を振るうと、今度は水柱が生まれ善を水中に閉じ込めた!!

 

「ごぼ……び……!!」

善は両手を合わせ、大きな気の塊で水柱を吹き飛ばす!!

 

「どーした、息が上がっているぞ、若造!!」

死神が再度、両手をクロスする様に振るうと、虚空から無数の銃弾の弾が発射される!!

善が勢いよく走りながら弾丸を避け、遊園地の遊具の影に逃げ込んだ。

 

「何が――ッ!」

掠ったのか、腕から流れる血を善が抑える。

始めは炎、次は水、そして今度は弾丸の雨だ。

能力の統合性という物が全く見えない。

何かの能力だろうが、一体何なのか――

 

「げほ!?ごっほ……!?」

突如息苦しさを感じ、善がせき込む!!

息をするだけでもつらい、これは恐らく――

 

「どうかね、私の毒の味は?」

早急に、息を吸うのを控える。

丹田にある気を消費し、生命の活動を抑える。

水中での修業で会得した奴だ。

 

グラァ……

 

「!?」

遊園地の一部、壊れた鉄筋が落ちてきて善を狙う!!

 

「わぁあああああ!!」

間一髪といった所で、善が鉄筋から逃れる。

その先には死神が待ち構えていた。

 

「おお、まだ生きているのか?

普通ならもう10回は死んでいるだろうに……」

倒れる善の首をつかみ上げ、立たせる。

 

「善!!」

善の後ろ、師匠の声がする。

 

「無知な若者に、良いモノを見せてやろう」

 

「放せ――!!」

善の言葉を無視して、死神が飛び上がる。

そして錆びた観覧車の頂上へ降り立つ。

 

「見えるか!!これがお前の師匠の見てる世界だ!!!」

高い場所から、初めて遊園地の全貌を善は見た。

 

「これは――」

それはひどく広大な遊園地。

しかし、ほとんどは錆びて腐食して動かない遊具ばかり。

だが、遊園地の中心、そこでは真新しい遊具が建設され、逆に中心から離れた遊具は崩壊してもはや遊具だと分かりもしないだろう。

 

「この遊具は()()()()だ。

この邪仙にとって貴様らはただ、自分を楽しませる道具でしかない!!

所詮は一時の興味のみだ。大切にされるのは飽きるまでよ!!

分かるか?次はお前が()()なる番かもしれないぞ?」

死神が遊園地の端に、善を向ける。

そこには人を象ったメリーゴーランドがあったが、みるみるウチに劣化していく。

そして崩れ地面に嫌な音をたてながら消えていった。

 

「可哀そうな奴だ。邪仙のおもちゃにされたばかりに……

まだある寿命を捨てたな」

 

「うぐ!?」

死神の手が、善の腹に突き刺さった。

善が血を吐く。そして死神が観覧車の頂点から善を投げ捨てる。

 

「さらばだ、哀れな邪仙の玩具よ」

死神がどこか憐れんだように善に言い放った。

 

 

 

 

 

――俺は、玩具――飽きるまでの――ただの玩具――

 

善が死神に言われたことを反芻する。

考えるべきことは他にあるのに、それだけが心に響いた。

分かっている、邪仙と呼ばれた師匠はそう言う存在だと。

だけど、あえて考えない様にしていた。

何時か、何時か言われる気がしていた。

 

『もうあなたに興味はないわ。要らない』

そんな師匠のイメージに、両親の残念そうにこっちを見る顔がオーバーラップする。

 

――だめだ、戻る――

 

善の体から力が抜ける。

師匠に会う前の、無力な自分に――

 

――ああ、そんな――

 

誰もつかむハズの無い虚空に手を伸ばすが――

 

パシィ!

 

「!?」

善の手を、芳香がとった気がした。

芳香だけではない、橙も、小傘も、輝夜も、椛も、にとりも、マミゾウも、今まで出会った幻想郷の住人が善に手を伸ばした気がした。

 

そして最後に――

 

「善!!何をしてるの!!」

自分に手を指し伸ばしてくれた人が――

 

ドサぁ!!

 

「いてて……」

 

「受け身位取りなさい!!」

師匠が走り込んで善を受け止めた。

さっきまで震えていたハズなのに、けが人どころか死人なのに――

 

「バカ!あなたは!!私を追ってくるなんて!!」

必死になってこちらを心配する師匠。

その顔がなんだかおかしくて、けど大切にされてる実感が確かに有って。

さっきまでの不安な自分がばかばかしく思えた。

 

「そうだよな。何にも怖がることなんて無いんだ。

師匠の良い所は、弟子の俺が一番わかってる。

あははは、我ながらバカな事したな~。

師匠、帰ったらデートしましょうよ。

此処まで来たんです、頬にキス位のサービスお願いしますよ?」

なんだか急に楽になった気がして、善が立ち上がる。

 

「え、ええ。いいわ。やってみなさいよ。

私の心、捕まえてみなさい?」

師匠の言葉を背に、善が立ち上がった。

 

 

 

「まだ、立ち上がるか……おとなしくしていれば楽な物を――」

死神の言葉を聞いて、善がうなずく。

 

「確かにそうしてりゃ楽だろうね。

けどさぁ!!後ろにとびっきり美人の女の子がいるんだぜ?

強敵と美人!男の子としちゃ、こんなおいしいシチュエーション逃せないでしょ?

やっぱさぁ!!人が強くなるのって、因縁の相手と戦う時でも、許せないヤツと戦う時でも、復讐する時でもなくってさぁ!!

女の子の前でカッコつける時でしょうよ!!!!」

 

こっそりと心の中で(師匠は女の子って言うには少し年が――)

 

「善、後でお仕置き」

 

「ナチュラルに心を読まないでください!?」

 

「ふん、バカ騒ぎに付き合ってられんわ!!

私の力、死を操る力で消してやろう!!」

死神が拳を握る。

その瞬間、善の周囲の鉄骨が浮かぶ。

 

「死の形――圧死」

鉄骨が善の方へ向かう!!

 

ボゴン!!

 

「甘いっての!!」

善の拳で鉄骨が吹き飛ぶ!!

その額にはキョンシーの札が揺れる!!

 

「ははは、まだまだ死の形は尽きぬ!!

死の形――感電死!!」

両腕を振るう、死神!!

その手から無数のイカズチが善を狙う!!

 

「気功拳!!」

善も同じく、両腕に雷の形の気を纏う!!

黄金色の雷と紅の雷のような気がぶつかり合う!!

 

「ほらほら、どんどん来いよ!!」

突きと蹴り、その両方を使い死神にラッシュを加える!!

 

「馬鹿め!!やすやすと懐へ入り込み寄って!!

死の形――刺殺!!」

地面を突き破る様に、先端の鋭い鉄柵が足元から善の狙う!!

さらに後ろからも、挟み込む様に!!

 

グワァサァン!!

 

けたたましい音と共に鉄の重なり合う音が聞こえる。

 

「ふはは、やった――」

 

「この力は、あんまり使いたくなかったんだけどな――」

ふわりと、死神の背後に青味掛かった灰色の長い髪をした巫女服の少女が降り立つ。

優雅な動作で、頭の簪を引き抜き――

 

「裏技――小型レーヴァティン!!」

簪の青い結晶が揺れると共に、すさまじい妖力の奔流が死神を包む!!

 

「うわぁああああ!!!」

全身から、煙を出して無理やり死神が力の奔流から逃げる。

 

「はぁはぁ……なぜだ!!なぜ!!私が邪仙の弟子ごときにぃ!!」

 

「さぁ?アンタが俺より弱い、それだけだろ?」

一枚のふだを取り出すと、少女が邪仙の弟子と空間をまたいで入れ替わる。

 

「うわぁあああ!!死の形――轢死!!」

死神にまとわりつく様に、戦車(チャリオッツ)のような鎧が構築される。

足元の車輪が高速で回転して、善に突っ込む!!

 

「ふぅ――」

善は小さく息をすう。

右手の紅の気が大きくなる、そしてオレンジ色が混ざりそして太陽のような色へと変わり――

 

「おらぁあああ!!!」

死神に思いっきり正面からカウンターを撃ち込んだ!!!

 

「あぁああ、あああ、そんな……そんな馬鹿な!!

ありえん、アリエンありえん!!ありえん!!

死の形――死の形ぃ!!慙死!!失血死!!惨死ぃ!!」

空気中から無数の、剣やナイフや斧、ありとあらゆる刃物が出現して、善の方へ飛ぶ!!

 

「切り刻んでやる!!それがお前の死の形だぁ!!」

 

 

 

 

 

リンリンリンリン!!リンリンリン!!リン!!リン!!

 

「なによ、うっさいわね。冬眠できないじゃない!!」

マヨヒガにて、襦袢をきた紫が苛立たし気に、寝室から出てくる。

 

「紫様。それが、弟子の小槌が反応してまして……」

藍が困ったように話すが――

 

「あー、またコレぇ?道具本人が行きたいとこあるんでしょ。

好きにさせなさいよ」

紫が、小槌の封印の札を剥がす。

その瞬間小槌は、紫のスキマへ飛び込むと何処かへ消えていった。

 

「はぁー癖のある道具って、コレだから困るのよ……」

紫が小さくため息を付いた。

 

 

 

 

 

「終わりだあ!!」

善の死神の剣が到達する瞬間――

 

リンリンリン!!

 

小槌が鈴の音を鳴らし、剣を弾きながら空間を超えてきた。

 

「お、いいね。なんか、これ。フィットするんだよね」

善が握ると、小槌はうれしそうに鬼の目が光った。

 

「おらぁ!!」

刀身が出現した、小槌を振るう。

それによって、死神の剣が払われていく。

 

 

 

時を同じくして――

 

ずずッ――

 

地獄のどこか、墓標の様に突き刺さっていた完良の剣が、善の元へ飛ぶ!!

渦を作り、戦場のど真ん中へ疾風の様に駆けつける!!

 

 

 

「ほっと、お。

二刀流ねぇ」

いたずらっ子の様に笑う善の手に、小槌と完良の剣がそろう。

善の体に小槌の力と、死神――完良の力が合わさる!!

 

「なんだ、なんだその力は!?貴様は何者だ!!」

死神が善に恐怖を怯える。

全身から千切れんばかりにあふれる力!!

妖精の様に自由で、妖怪の様に傍若無人で、神の様に絶対的で、そして人の様に変幻自在。

そして禁忌と言われる力さえも平然と手を伸ばす強欲さ!!

死神は、この様な存在にたった一つだけ、覚えがあった。

それは――

 

「おわぁあああ!!来るな!!来るなぁ!!」

死神が透き通る赤い壁を作り出す。

壁を通った物が、朽ち果てていく。

 

「これは死の壁!!生者を死者へと変える力だ!!

この壁に触れた者はすべて死ぬ!!貴様も例外ではない!!」

だが善はそんな事お構いなしに飛ぶ!!

両腕を高く掲げ、小槌と剣に力を纏わせ――

 

「な」

 

「おりゃぁあああああ!!!」

渾身の力で、小槌と剣を振るう!!

死をもたらす力と、抗う力がぶつかり合う!!

 

ミシィ……!!

 

壁にひびが入る!!大きな亀裂が走る!!

死神は恐怖した、壁の向こう。

決して破れる壁が、たった一人の人間により砕かれていく!!

 

「お前は、お前は何なんだぁ!!」

 

「壁抜けの邪仙の弟子ですよ!!

だからこんな壁――!!」

 

パッキーンン!!

 

「仙人舐めんな!!」

恐怖をもたらす存在、死神はとある名が脳裏に浮かんだ。

恐怖を振りまくと呼ばれる、人里の怪人――邪帝皇。

それが今、まさに目の前に!!

 

倒れる死神の前に、善が小槌を突きつける。

 

「待て、儂はお前の師匠の父親だ!!

師匠の父を手にかけて良いのか!?」

老人へと姿が戻った死神が、善に言い放つ。

 

「父親……?」

真偽の確認の為、師匠の方を向くがそこにすでに師匠はいなかった。

代わりに――

 

「ごめんなさい、お父様。

実は私もう、身も心もこの子の物なの……」

一体いつ移動したのか、善の後ろから師匠が体を絡めてくる。

 

(なんか、言っておきなさい)

そっと耳元で、師匠が善につぶやく。

それなら言う事は一つだ。

 

「まて、待つんだ!死神に手を掛けるのは罪が重いぞ!?

どうだ、現世に返してやるぞ?それだけじゃない、他の死神の情報も流してやる。

死神の襲撃に怯えるのは、嫌だろ?だから――」

 

善が両腕に力を籠める。

気の質が変わりだしたのか、右手は墨のような真っ黒の気が集まり、指を縦に裂くように紅いラインがはしる。

左手は雪の様に白く染まり、指を裂くように青いラインが走る。

 

「お義父さん!!娘さんを、私にくださぁあああああいいいい!!!」

 

「いぎゃぁあああああ!!!」

両腕の白と黒の気を全力で死神にぶつける!!

死神は大きな悲鳴を上げながら、遊園地――師匠の心の世界から叩きだされた!!

 

「ふぅー、すっきりした。

あ、けどお義父さんぶっ飛ばして良かったんですか?」

善が背伸びをして、師匠に尋ねる。

 

「ああ、いいわよ。十中八九偽物だから。

死神の良くある手口なのよ~

けど、もうずいぶん前の人だから、顔すらあやふやなのよねー」

詰まらない事だと言うように、師匠が話す。

 

「けど、良かったです師匠が無事で――」

 

「助けに来るのが遅いわ!!未熟者!!!」

師匠が善の頭にげんこつを落とす。

 

「いてぇ!?ええ、死後の世界まで来たのに、この扱い!?」

 

「実際未熟ね、さ。帰りましょ。

あなたの力、使うんでしょ?」

ほっ、と小さく掛け声をかけ、師匠が善に飛びついた。

 

「え、師匠?」

 

「あなたはこのまま、体に引っ張られるでしょうから、それにただ乗りさせてもらうわ。

ほら、しっかり私を抱きしめなさい!!途中で落としたらどうするの?」

そう言って、師匠はさらに両足を善の腰に巻き付ける!!

正面を挟んでの抱き着き、さらに女の方は足まで男に絡めている。

 

「あのこれ……」

以前すてふぁにぃに出てきた「だいしゅきホールド」の体制である!!

知らない人が見たら「これ絶対入ってるよね?」とか言われる状況!!

 

「うふ、善ありがとう。今回はとっても嬉しいわ。

私、あなたの事がすっかり――」

師匠が何かを言った様に聞こえたが、残念ながらそこで善の意識は途絶えた。

次に目覚めたときは――

 

 

 

「ここは……」

 

「おー、本当に生き返ったのね……」

輝夜が寝転ぶ善を眺めていた。

 

「輝夜さん、師匠は!?」

 

「先に戻って来て、今永琳が見てるわよ」

輝夜の言葉に善が体を起こす。

 

「ああ、無理しないで。体がまだ慣れて無いみたいだから」

珍しく輝夜が心配してくれる。

 

「ぜーん!!戻って来たのか!!」

 

「いでででで!!噛むな!!噛むな!!」

扉を突き破る様にして、芳香が善の頭に噛み付いた!!

 

「おっと、すまない。けど、良かったぞ、約束守ってくれたんだな」

芳香が優しい顔で迎えてくれた。

 

その後しばらく師匠は様子見という事でしばらく入院。

最後に言いかけた言葉を聞こうとしたが、もう師匠は教えてくれなかった。

そして、ズーちゃんの死が輝夜の口から告げられた。

どこか、最後の言葉を聞いた時、うすうす善も気が付いていたのか、静かに

 

「そうですか」

と言っただけだった。

ズーちゃんの遺体は師匠に教えてもらい、輝夜に許可をもらい、本人の希望もあって防腐の術を掛けて、善が引き取ることに成った。

何時の日か、また会う約束を果たすために――

 

 

 

 

 

「あー、楽しかった」

師匠より先に退院した善。

まだ入院している師匠を置いて、3人との約束を守る事にした。

一人ずつ順番に、遊びに行き心配させられたお詫びをさせられた。

 

小傘が珍しく、物をねだった1日目。

藍が血の涙を流して乱入してきた2日目

そして、もはや何度も一緒に出掛けた、常に隣にいてくれた芳香との3日目。

最後の締めくくりとして、墓場まで戻って来た。

 

「善!覚えてるか?ここ、初めて会ったトコだぞ?」

芳香が、とある墓石の前に立つ。

 

「そうだったな、忘れる訳ないよな」

 

「もちろんだぞ!私は、私は善の事はみんな覚えてるんだぞ?」

嬉しそうに笑う芳香、善もそれにつられるようにそっと笑った。

 

「すまん、少し眠くなて来た……」

善が墓石を背に少し、目をつぶる。

 

「善、疲れたのか?いいぞ、寝ても。

私は、ずっとそばに居るからな」

芳香も善の依りそう様に眠りについた。

 

 

 

数時間後、善が目を覚ました。

「紫さん、いますか?」

 

「ええ、いるわ。本気なのね?」

スキマが開き、紫が姿を現す。

 

「ええ、外の世界へ行きます。

死神相手に派手に騒ぎましたからね、はは……

そろそろ追っ手が来る、ここに居たら芳香や師匠まで……」

前に、外へ行ったときとは違う。

逃げでもなく、強要された訳でもなく、だた自分から思い立った善だった。

 

「行く当てはあるの?外では死んだ扱いでしょ?」

 

「何とかなりますよ、海外に行ってみようかな。

師匠の生まれた国も行ってみたいし……」

楽しそうに、善が話す。

 

「そう……好きにしなさい……貴方の旅に幸、多きことを」

紫がスキマを開く。

そこに足を掛ける善。

不意に後ろを振り向く。墓石にもたれかかる芳香がいる。

 

「ありがとう、お前がいてくれたおかげで俺は変われたよ」

最後に礼を言い、善はスキマへ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

ソレから3日後――

善の残した手紙を読んだ芳香は静かに泣いた。

小傘も、橙も皆悲しんだ。

何時も居た、顔がいない。ソレだけ彼は多くの部分を占めてたのだろう。

 

「読まないのか?」

病室で横に成る師匠。

善からの手紙はまだ読んでいなかったようだ。

 

「ええ、くだらない別れの言葉なんていらないわ」

そう言って、師匠が立ち上がる。

 

「けど、何時まで経っても落ちこんでいられないわよね?

気分転換に散歩がしたいわ。博麗神社まで久しぶりに行ってみましょうか?」

外出許可を取り、師匠が芳香を伴って博麗神社に向かった歩き出した。

 

 

 

博麗神社境内にて――

 

「恋府『マスタースパーク』!!」

すさまじい勢いの光線が放たれ、何者かが黒焦げで落ちてくる。

 

「いてて……」

 

「今回も私の勝ちだぜ?」

金髪の少女が、勝ち誇って見せる。

縁側でお茶を啜っていた巫女服の少女が興味なさげにせんべいをかじる。

 

「はーい、という事で今日の帰還も中止-」

その言葉に反応した黒焦げが立ち上がる。

 

「そんな!!いい加減の外へ返してくださいよ!!紫さんからは許可貰てるんですから!!」

 

「ダメよ、妖怪は外へ出してはいけないの。

ってか、紫が私に言ったのよ?『この子を外に出していいか決めて』って。

それっきり冬眠しちゃうし……

はぁー、なんでこんな奴押し付けたかなー?」

巫女が困ったように腕を組んで見せる。

 

「けど、家事とかやってくれるんだろ?

いいよなー、ウチにも一人欲しいぜ。

なぁ――」

 

「ダメよ」

 

「まだ何も言ってないだろ!?」

 

「どうせ、貸してーとか言うんでしょ?

コイツはウチの小間使いなんだからいなくなったら困るの!!」

魔女と巫女が激しく言い争う。

 

「はぁ、カッコつけて出てった手前帰れないし……どうする――」

 

「こんにちは、久しぶりに遊びにきまし――」

 

 

 

「「あ”」」

黒焦げと、邪仙の視線が合う。

 

博麗神社の巫女博麗霊夢は思う。

運命という物は在るのかもしれないと。

 

遠くに消えていく声――「止めてください!!」と懇願する少年の声。

そしてそれを嬉しそうに引きずっていく邪仙のキョンシー。

自身の勘が告げてる。

 

あの少年はきっとあの二人とこれからもずっとああしているだろと。

きっと、運命の赤い糸ならぬ運命の黒い鎖で全身を雁字搦めにされて、おまけに多数の重りを無数につけられているのだろうと。

決してどんな力でも抗えない、そんな力によって決められているのだろと、霊夢は思った。

 

 

――――END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巻末おまけ――邪仙の異常な愛情と弟子の比較的オーソドックスな性癖。

 

「さー、善帰りましょうねー。

帰ったら二度と私を裏切れない様に、洗の――じゃなくて教育してあげましょうねー」

 

「今洗脳ってお言うとした!!間違いなく言おうとした!!

死神が私を狙ってくるから、一緒にはもう――」

師匠に引きずられ善が引っ張られていく。

その後ろを芳香が楽しそうについていく。

 

「馬鹿ね、ほっておいても仙人には来るわよ。

それにあれ、お迎えじゃないわよ?

本来100年に一度程度の頻度だもの、今回は間が短すぎるわ。

きっと、一部が勝手に先行したのね、今頃死神をクビに成ってる頃よ。

死神にもちゃんとルールがあるの。今回は異例中の異例ね」

師匠の言葉に善が固まる。

 

「え、要するに私の心配のし過ぎ!?」

 

「それを加味しても、帰ろうとしたって事は、私たちが善を捕まえておく必要があるって事よね?

うん、芳香。善と結婚しない?」

 

「「ブーっ!?」」

善と芳香両名は同時に噴き出した。

 

「な、何を言っているんだ!?」

 

「そう言うのは、当人で決める事でしょ!?」

 

「あら、お二人はお似合いよ?

けど、芳香が遠慮するなら、私が結婚するわ」

そう言って師匠が善に抱き着いた。

 

「し、ししょ!?」

 

「ああん、ひどいわ。名前で呼んで欲しいわ。

ねぇ、ア・ナ・タ♥!きゃ~はずかし~!!

もう、両親に挨拶は済ませたし、コレで行きましょう?

さ、帰ったら小傘ちゃんに指輪を作ってもらいましょうね?」

 

「どんどん進めますね!?」

 

「やっぱり芳香ちゃんの方が良い?

芳香ちゃんを娶るなら、私は義母としてついていくし、私を選ぶなら、芳香ちゃんは義理の娘としてついてくるからあんまり変わらない――」

 

「止めてください!!師匠!!」

 

「ぱぱぁ~」

 

「お前も乗るんじゃない!!」

抱き着いてきた芳香を善が離す。

 

「あら、いいの?こんなチャンスないわよ?

私ほどの人に告白される事、この後の人生にある?」

胸を強調するポーズで、師匠が善に抱き着く。

 

「いや、年上は好きですけど、巨乳は人生ですけど!!

師匠は、あ、えっと、性格と年が……」

 

「年上はダメ?私、夫には尽くすタイプよ?」

上目使いで師匠が善を見上げる。

なんというか、非常にかわいらしい。

 

「あ、あうふ、あふ!?」

様々な心が善の中でせめぎ合う。

思いが杞憂であった事、師匠の性格、自身の面子、芳香との関係。

ぐるぐると、善の中で思いが交差する。

 

「し、師匠の誘惑には負けませから!!

俺の恋人はすてふぁにぃただ一人!!」

煩悩を断ち切って、善が師匠に向かって宣誓する!!

 

「師匠なんかに負けない!!」

 

 

 

 

 

「うふ、勝てなかったわね。ア・ナ・タ」

 

「そうですね~、勝てなかったですね~。マイハニー」

善が大切そうに師匠を抱きしめる。

なんというか、慈しみに満ちた動作で師匠を労わる。

 

「おー、ハッピーエンドだな!!」

仲の良い二人を見た芳香が嬉しそうに笑った。

願わくば、この幸福が決して色あせぬ様にと、3人は願った。




芳香のルートは、近いうちにまた書きます。
最後まで、師匠と芳香で迷ったんですね。
個人的には芳香で決めたいんですが、流れ的にこうなりました。

きっと邪仙パワーで、私は操られたんだと思います。
多分。

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