止めてください!!師匠!!   作:ホワイト・ラム

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さて、新年一発目という事で少し張り切らせてもらいました。
これからも善をよろしくお願いします。


捜索!!春告げる妖精!!

皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

さ、さぁ!気を取り直して今日も修業です!!

 

 

 

 

 

「わ、私が知って、のはそれだけ、す!!本当です、許して――」

鍬を持った村人が可哀想なくらい震えて、言葉を絞り出す。

呂律が回らないのか、聞き取りが困難な部分も多い。

 

「そうですか、ありがとうございました」

ため息を付いて、善がその村人を解放する。

その場から歩いて、再びため息を付いた。

 

「う~ん、春告精っていざ探すと見つからないんだな~」

ポリポリと頬を掻く善。

今、訳が有って善は春告精を探していた。

花見の季節もほとんど終わり、夏に向けて熱くなってくるであろう幻想郷。

その幻想郷に春を告げるのが、春告精と言われる妖精だ。

少し前まで、高ぶった感情を弾幕に乗せ空を飛んでいたが、いつの間にかすっかり姿を消してしまった様だ。

地道な作業では限界があるのかもしれない。

 

「仕方ないな、椛さんの所に行くか……」

気が乗らないという、態度を見せ妖怪の山の方へと走って行く。

 

 

 

「今日は大丈夫かな……」

妖怪の山の入り口付近の大きな木の下、善がそこで待っている。

此処は善と椛の待ち合わせ場所。

妖怪の山は一応立ち入り禁止区域の為、この様な場所が必要となるのだ。

 

ガサ――ザザッ!!

 

「詩堂さん!?やっぱり詩堂さんじゃないですか!!」

突如木々をかき分け、目の前に白い影が躍り出る!!

今日は休日なのか、白狼天狗の制服を着てはいるが盾も剣も装備していない。

善にとって良く見知った妖怪の友人、犬走 椛だ。

 

「ど、どうも~。えっと、ご無沙汰してま――」

気まずそうに話す善を椛が跳びかかり、押し倒した!!

 

「詩堂さん!!詩堂さ~ん!!

帰って来たんですね、もう会えないかと――」

留守番していた犬が帰ってきた飼い主に甘えるような態度で、何度も善の胸に顔をうずめる。

 

「あ、あの、椛さん?あんまりくっつかれると、そのいろいろと当たって――」

上から覆いかぶさる様な姿勢で椛が善を押し倒す為、女の子特有の匂いや体温さらに体の重み、そして柔らかなふくらみが当たる。

 

「あ、あっと!!し、失礼しました。再会が嬉しくて」

善の言葉を聞いて椛が善の上から退く、尻尾が今にもちぎれそうなくらい揺れている。

 

「いきなりで悪いんですが探してほしい人?が居まして――」

きょとんとする椛に、訳を話し目的の妖精の居場所を聞く。

椛は自身の能力で遠く離れた景色を見る事が出来る、今回のような探しモノにはうってつけの能力だった。

 

数分後――

 

「見つけました、たぶん春告精ですね。

この山の中、大滝を超えた平坦な花畑が有る場所の近くです、私が許可を出しておくので探してきてください。

経過をみて、また合流しますから」

しばらく閉じていた目を開いた椛は、善に手早く紙に大まかな場所を記して渡してくれる。

幸いな事に、何度か行った事のある場所の近くだった。

 

「椛さん、ありがとうございます」

その後2、3言話すと善はその場から再び走って行った。

 

 

 

 

 

「にー……」

 

「みゃー……」

 

「なーご……」

とある原っぱで無数のネコが一人の少女を心配そうに囲んでいた。

次々と放たれる鳴き声は、言葉が分からずともその少女を励ます言葉だという事は十分わかるだろう。

囲まれた少女が初めて口を開いた。

 

「うん、みんなありがと。大丈夫だから……

仕方ないことだったんだから……うん、もうすこし、もうすこしだけ。

こうしたらきっと大丈夫に成るから……」

慰めの言葉も、励ましの言葉も、この少女橙には届いていない様だった。

胸の中に有る空虚な感情が無くならない――きっとコレが『喪失』という感情なのだろう。

 

「私は弱いな……まだ、善さんの事考えてる。

今でも、顔を出すんじゃないかって――」

伏し目がちに、何かを堪える様に話す。

きっと言葉にして出さなくては零れてしまうから――

 

「あ、橙さん、どうも」

 

「え?」

橙の視界の端を夢にまでみた男が走って行く。

導師風の上着に紺のズボン、そして赤と青のツギハギのマフラー。

橙の知る限り、あんな恰好をしている人は一人しか居ない!!

 

その人物は尚も、走って離れていく。

 

「ま、まって!!みんな、あの人を捕まえて!!」

橙の一言で、そこら中に隠れていたネコが善に殺到する!!

 

「うわぁ!?なんだこれ!!ネコの群れが、ネコの群れが襲ってくるぅ!?

おわぁあああ!!!爪がぁー!!!牙がぁー!!でもちょっと幸せ!!」

 

「にー!!」

 

「シャー!!」

 

「フゥー!!」

橙の目の前、無数のネコに組み付かれた中で善と目が合う。

間違いない、橙のよく知る仙人モドキだ。

 

「あー、ネコカフェって行った事ないけど、こんなんだったら良いなー」

のんきな事を話す善の前に橙が向き直る。

 

「善さん……わ、私が忘れられなくて戻って来たんですね!!」

ネコをかき分け、橙が善に抱き着く!!

ネコたちの抗議の声を無視して、善の膝の上に座り込んだ!!

 

「あー、どうも橙さん……えっと、帰ってきました……」

 

「善さーん!!はぁはぁ……理由なんてどうでもいいんですよ。

私の事が忘れられなかったんですよね!!

そんな事より、今は春ですよ?恋の季節!!愛を二人で語り合いましょう!!

さぁ!!今こそ感動の再会の中で交――――ビ!?」

怪しく息を荒くする橙を、首筋への当身で気絶させその場から立ち上がる。

ネコたちの、不満気な瞳に睨まれながら立ち上がる。

 

「に、肉食獣は怖いなー。

何というか、段階をすさまじい勢いですっ飛ばすんだからなー。

あ、橙さんが起きたら明日の昼位から、墓場に来てくれるように伝えといて」

ネコたちにそう告げると、逃げる様に善は再び春告げ精のいる場所へ向かって走り出した。

出来れば、逃げたかった。

何というか、今の橙には容赦的な物はなさそうだし。

 

 

 

 

 

「あ、いた!!」

木々の間、半透明な羽と風になびく金糸の様な髪を善が見つける。

間違いない、妖精だ。

椛の話が正しければ、目的の春告精のはずだ。

 

「あ、あの――待ってください!!リリーホワイトさん!!

あなたに頼みがあって――」

ゆらゆらと飛ぶ影が、善の言葉で止まり振り向いた。

 

「あ”あ”ん?ホワイトぉ~?一体誰と勘違いしてるの?

私は、リリー()()()()よ!」

不機嫌そうに振り向いた妖精は名の示す通り、黒い服を着ていた。

 

 

 

「えっと……リリーブラックさんでよろしいです……か?」

 

「だからさっきからそう言ってるじゃない!!アンタ耳遠いの?」

おずおずと小さく聞く善の前に、妖精のリリーブラックが座っている。

頼みを聞くにあたって、善は接待としてリリーブラックを人里の甘味処へと連れて来ていた。奥の座敷席で二人っきりで会話をする。

というよりも遠まわしにブラックが要求したのだが……

 

「ブラックさんは、春告げ精なんですよね?」

 

「そうだけど?ゲップ!!」

10何本目になる団子を胃に押し込めながら、ブラックが返事をした。

むしゃむしゃと、更に団子を食べていくブラック。

 

(あれー?おかしいぞ?妖精ってこんなキャラだったっけ?

もっとこう、精神的の幼いというか、純粋というか、なんかこんな()()()感じじゃないイメージが有るぞ?)

自身の知っている妖精のイメージと、明らかにかけ離れたブラックの言葉と態度に善が少し焦る。

彼の中の妖精像――と言ってもチルノや大妖精、後は光の三妖精くらいしか知り合いではないが――とかけ離れている為どうしても躊躇してしまう。

 

(ま、まぁ、チルノだってカリスマを発揮する時は有るし、大ちゃんだって結構怖い事を平然と言う事もあるから別に珍しい事じゃない……のかな?)

自分を無理やり納得させて、善が再びブラックに頼み込む。

 

「実はえーと、外れの墓地ってわかります?そこに春を告げて欲しいなーって……

お願いできません?」

下手に出る善をジロリとリリーブラックの気の強そうな瞳が捉える。

無言のプレッシャーが放たれる。

 

「あの……お願いできませんか?」

 

「別に、いいけど?

一応私の仕事だし」

更に団子を頬張って、善の要求を呑む。

 

「じゃ、早速――」

 

「んで、報酬は?」

 

「え”報酬……」

 

「なに、タダでやれっての?アンタそれは無いんじゃない?」

食べ終わった櫛を捨て、ブラックが立ち上がった。

まさか、報酬を欲しがるとは思っていなかった為、善が言い淀んでしまう。

 

(どうしよう……この妖精なんかヤダぁ……

もっと素直に「春ですよー」とか言って告げてくれないの!?)

 

「ええと……団子じゃダメですか?」

 

「はぁ?春はそんな安くないのよ!!

春なのはアンタの頭の中だけみたいね!」

話にならないという様に、リリーブラックが立ち去ろうとする。

 

「お、お願いしますよ!!連れて帰らないと師匠に怒られ――いえ、殺されるんですよ!!」

そんなブラックの足に善が縋りつく!!

というか本当に死活問題に成りかねない!!

師匠の頼みを無視することは出来ないのだ!!

 

「ちょ、ちょっとぉ……ええ?

そこまでする?」

 

「お願いします!!このとーり!!」

ブラックの前に、座り頭を畳に付ける。

突然の土下座スタイルに、リリーブラックが僅かに引いてしまう。

見た目が幼女に土下座をする少年、何処となくブラックな雰囲気がするのは何故だろうか?

 

「はぁ、仕方ないわね……

また今度なんか、食べさせなさいよ?」

 

「それくらいなら、いくらでも!!」

 

「分かった、分かった。外れに有る墓場に春を告げるのね?

明日の朝にもやっておくわ、それでイイ?」

 

「は、はい!!ありがとうございます!!」

何とか了承を取り付けた善が、尚も土下座スタイルで礼を言う。

 

「そうだ、良かったらブラックさんも来てくださいね」

 

「何のこと?」

不思議そうにする、ブラックに善が説明を始めた。

 

 

 

 

 

その日の夜、何処かに有るリリーブラックの家にて――

 

「春告げの仕事が来るなんて……

腕が鳴るわね。

それはそうと――明日は()()()()()()べきかしら?」

ブラックは黒いワンピースを脱ぐと戸棚から白い方のワンピースを取り出し、鏡の前で自分にあてる。

 

「いつもみたいに、元気が一番ですよーーー!!

けど、急に白い方が来たらあの人困っちゃいますかね?」

首をかしげて、鏡の自分に笑いかける。

実はこれこそが、リリーブラックの秘密!!

本当の事を言うと、『リリーブラック』という妖精は存在しない!!

ではリリーブラックとは何か?それは、春先で気持ちよく弾幕をばら撒き、その結果退治されたホワイトがそのイライラをぶつける為の仮の姿なのだ!!

 

自身のぽわぽわしたイメージを崩さぬ様に、ブラックという別の妖精を装う!!

それこそが、リリーホワイトの秘密であった。

 

「どうしましょー?怖い顔するのって、結構疲れるんですよねー。

けど、黒い恰好の時に約束しちゃいましたしー」

鏡を見ながら、リリーは明日どちらの恰好をするか悩みながら、久方ぶりに来た春を告げる仕事に胸を高鳴らせた。

 

 

 

 

 

翌日

「はーるですよ~!!」

リリーブラックが、墓場の桜の近くをくるくると飛んで回る。

彼女が通り過ぎた場所には、桜が再び花を開かせ薄桃色の絨毯が地面に出来ている。

 

「ブラックさん、ありがとうございます」

気が付くと、下で善が手を振っていた。

改めて見ると、墓石と土しかなかった墓場が桜のお陰で明るく楽し気な場所へと変わっていた。

ニコニコと嬉しそうに善が笑う。

そのそばへ、ブラックが下りていく。

 

「ブラックさん、おつかれさ――」

 

「このペド野郎!!下で何してやがった!!」

ブラックの蹴りが善の脛に当たる!!

突然走った痛みに僅かに涙目になる。

 

「いや、別に今きたばかり……」

 

「覗いてないか?私のスカート、覗いてないか?」

ジト目で、ブラックが善をなじる。

不信感に満ちた目で、尚も話かける。

 

「覗いてません!!ってか流石にブラックさん位の子にそんな事するのは犯罪――」

 

「あ”あ”!?いい度胸だなコラ!!」

まるで不良みたいに、ブラックが善の胸倉をつかみあげる。

何というか、一世代前の不良を見ている様な気分だ。

そのうち、鎖のヨーヨーとか取り出さないか善は心配になる。

 

ガブリ!!

 

「イデェ!?」

突然、悲鳴を上げた善に驚き、ブラックが手を離す!!

いつの間にか、善の後ろにキョンシーが立っていた。

善が頭を押さえている所を見ると、どうやら何かした様だった。

 

「芳香ぁ!!なんでいきなり噛んだんだよ!!

不意打ちはやめろ、不意打ちは!!」

 

「善がまた小さい女の子を襲ってるから悪いんだぞ!!」

ぴしゃりと善の言葉を切り捨てる芳香。

どうやら見た目よりご立腹な様だ。

 

「あら、またなの?節操がないというか……」

更に奥から、師匠が歩いてくる。

周囲の桜に眼を向け、小さくらほほ笑んだ。

 

「季節を少し外してるから、心配したけど、ずいぶんきれいに咲かせてくれたわね。

ありがとう、妖精さん?」

そう言ってリリーの頭を優しく撫でた。

 

「さて、夜まで準備を済まさないと――」

気を取り直して、善が腕まくりをする。

その時、二つの声が掛かった。

 

「善さん!!手伝いに来たよ!!」

 

「藍様から、お酒もらってきました」

墓場の入り口、そこから楽し気に走ってくる小傘と橙。

小傘は食材の入った袋を、橙は高そうな酒瓶を持っている。

 

「二人とも、ありがとうございますね」

二人を優しく善が抱き留め頭を撫でる。

 

「リリーさんも、せっかくだから楽しんでいってください」

 

「???」

善の誘いに、リリーが頭にクエスチョンマークを浮かべる。

 

「今日は宴会だぞ!!善が帰ってきたお祝いだー!」

横のキョンシーがまたしても楽し気に、笑った。

それにつられた様にみんながほほ笑む。

 

「善さん、今日は非番なのでお手伝いに来ましたよ」

 

「盟友ー、キュウリってあるかな?」

今度現れたのは、白狼天狗と河童。

その後も続々と、様々なメンバーが集まってくる。

 

「おう、善坊。よう戻ってきたの。

外の地酒でも買って戻ってきておらんか?」

 

「なんで、私が仙人モドキの宴会なんかに……」

妖怪狸のマミゾウが喉を楽しそうにならしながら、正体不明の妖怪ぬえがぶつくさ言いながら――

 

「ううん、なんだか此処落ち着くねぇ~」

 

「お燐も来たんだ!!意外~」

お燐が猫車を引きながら、そしていつの間にかいたこいしが物騒にナイフを持ちながら手を振る。

 

「は~い、お嬢様。付きましたよ」

 

「レジルー!!あそーべ!!」

日傘をさした小悪魔と、それに今にも飛び出しそうなフランが――

 

それだけではない!!

次から次へと、妖怪たちが集まってくる!!

所属や主張は全く関係ない!!

ただ、みんな善の開いた宴会に為に集まって来たのだ。

 

 

 

 

 

「すごい――」

リリーが驚き声を上げる。

いつの間にか、というよりも今もどんどん宴会の規模が大きくなっていく。

夕焼けが沈む頃には、まるで神社で開かれる異変解決を祝う宴の様な規模になっていた。

様々な種が、笑い合い、語り合い、各自持ち寄った食料や酒をふるまい合う。

昼間の殺風景な墓場と同じ場所だとは思えない。

 

「リリーさんも、楽しみましょうよ」

善がリリーに声を掛ける、手には里芋の煮つけが有る。

 

「すごいでしょ?野菜、たくさん静葉さまがくれたんですよ。

穣子さまが、げっそりしてたのが少し気になりますけど――

さぁ、一緒に騒ぎましょう?今日は無礼講ですよ」

善の言葉、周りの楽し気な雰囲気。

もともと祭りなどが好きなリリーはもう我慢が出来なかった。

 

「みなさーん!!!春ですよーーー!!」

大きな声と笑顔で、ブラックのキャラ付けすら忘れて、夜の墓場を弾幕で美しく彩った。

こんなに楽しい、宴は久しぶりだとリリーは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宴が終り、皆が帰った頃。

善が食器を洗いゴミを片付けている。

 

「よっしと」

用事が終り、すっかり夜も更けた家の中を歩く。

 

カラーン……

 

小さく氷のすべる音がする。

居間の方だ。

 

「片付け、終わったの?」

居間の中、机に酒瓶をグラスを置いて師匠が酒を煽る。

ほんのり頬が紅い。

 

「師匠、起きてたんですか?そのグラス、後で台所に片しておいてくださいね?」

立ち去ろうとする善の腕を師匠が掴んだ。

 

「待ちなさい、偶にはお師匠様に付き合いなさい?」

半場強引に、席に座らせられる。

勿論場所は師匠の隣で、同じくグラスに酒が注がれる。

 

「あの、一応私まだ未成年なんで、お酒は――」

 

「此処ではそんなの関係ないわよ。

あなたはもうこっち側なんだもの、誰も咎めはしないわ」

クスクスと笑い、グラスを善に差し出す。

 

「ねぇ――今日の宴会どうだった?」

師匠が横目でこちらを見ながら、つぶやいた。

 

「楽しかったです、とっても。

外では、私の事を思ってくれる人はたぶんこんなにはいなかった。

いえ――完良は見ててくれたのかな?

こっちに来る前の日の夜、完良と話したんです」

 

「ふぅん?」

善の言葉に師匠が、目を細めた。

 

「ずっと、俺は完良の成り損ない。

影のようなモノだと思ってました、誰しもがみんな『完良に様に成れ』って言うんです。

俺は生まれた瞬間から、完良の出来損ない。一人の人間ですらない……

完良モドキだったんです。

 

ずっと、そう考えてました」

 

「今は、違うの?」

 

「ええ、完良――兄さんは言ってくれました――

 

『俺はお前をずっと、手を引いていてやりたかった。

出来ない事は俺が教えて、出来るまで待つ気だった――

けど、その仕事は俺のやる事じゃ、無かったみたいだな……

お前の、奥さん――って言ってもソレ嘘だろ?なんとなくわかるよ。

まぁ、誰でもいいけど――その人の近くがお前の輝く場所なら其処に行けよ。

何も心配はいらないんだ。お前はお前の信じた道を行け、それは俺にもまねできない道だろ?だから、行ってこい』

 

――って……

今日の宴会、みんな私に逢いに来てくれたんですよね。

皆、完良モドキとしてじゃなくて、私を見てくれる人ばかりだ。

師匠、これからもよろしくお願いしますね!」

 

善は笑うと、師匠のグラスに酒を注いだ。

無言で笑うと師匠は酒を飲みほした。

 

「馬鹿な子。あなた、本当に救いようのない馬鹿ね。

当たり前の事でしょ全部、何一つおかしい事なんて無いわ。

けど、それ以上に馬鹿なのは――私に弟子入りした事よ。

 

私は邪仙、死体を弄び、人を騙し利用する、妖怪よりも厄介な存在。

実際あなたは、実家に勘当されたし、非情な修業もたくさんやらされた……

なのになぜ毎日、『お師匠様~』って私に師事するのかしら?

ねぇ?不安や、後悔はないの?」

いじわるな質問をあえて師匠は投げかけた。

今日来た妖怪たちに頼めば、邪仙の弟子以外に善の将来が見えてくる。

中には、何不自由なく生きる事の出来る選択肢もあるだろう。

 

「ありませんよ。

師匠が私の力を見つけてくれた。

師匠のお陰で私はその他の有象無象から、より確かな一人の人間に成れたんですよ。

だから、私は師匠について行きます。いつか貴女を超えるまで」

そう言って善が自身の指先に気を集める。

鈍色の気は、紅に染まりさらにはより美しく抵抗する力と混ざり太陽を思わせる色へと変化する。

まるで、暗く淀んでいた善という人間の人生を明るく照らす様に。

 

「私を超える、ね。言ってくれるじゃない。

けどそう言うの、嫌いじゃないわよ」

再度師匠はグラスを煽り、酒瓶すべての酒を飲み干した。

 

「片付けてきますね」

善が師匠から、空になったグラスを受け取り立ち上がる。

 

「善、あなたって意外と将来有望なのかもしれないわね。

だから――()()()()()()()

 

「はい?」

師匠が立ち上がると同時に、善が壁に押さえつけられる。

両手が万歳する様に壁に押さえつけられ、唇に何かが当たる。

 

「……!?!?」

気が付くと、目の前には師匠の顔がすぐそばに。

そばというよりも、当たっている。

 

何処に?

 

それは分からない。

だが唇が何か柔らかいモノで塞がれている気がする。

今自分が何をしているのか、という事の理解がやっと始まる。

 

コレはまさか――

 

驚愕に眼を見開く善に対して、師匠はいたずらっぽく目を細める。

 

ヌルリ――

 

「!!!!?」

ナニカが善の口内に侵入してくる。

ソレは善の口に中を楽しむかのように蹂躙していく。

尚も師匠はいたずらっぽく目を細めるのみだ。

 

一秒にも、一分にも、一時間にも感じられた時間が終り、師匠の顔が善から離れる。

ありきたりな表現だが、二人の間に一瞬だけ光る糸のような物が見えた気がした。

 

「あ、あう……し、ししょ……」

様々な言葉が浮かぶが、脳が処理落ちを起こした様に言葉にならない。

さっきの感触を思い出す様に、無意識に手を自身の唇に当てる。

 

「あら、初心(うぶ)な反応、かわいい。

初めてだったみたいね。

そっか、初めてかぁ……

奪ちゃった♪奪ちゃった♪善の初めて奪ちゃった♪」

自分の唇を軽く舐め、師匠が歌う様に部屋から出て行った。

呆然と善はその様子を見ていた。

 

「――痛ッ!」

足に痛みを感じて、床を見るとグラスが割れていた。

普通は音で気が付くハズだが、一切そんな音がした記憶がない。

 

「超えるか……結構無謀な事、言うちゃったかもな」

言っておいてだが、師匠に勝つイメージが全くわかない善。

何だかんだいって、300年位は弄ばれてばかりな気がする。

 

そしてもう一つは――

 

「嫌な気がしない……

どうしよう!?師匠は美人だけど、性格に難があり過ぎるんだよ!!

けど、けど、それでもイイ!!って思う自分が居る!!どうしよう!!」

一人夜遅くまで悩む少年が居たそうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外伝~『影無き男』~

完全で在れ何よりも。善良で在れ誰よりも。

 

自分に込められた願いだ。

愛する両親は、俺にそんな願いを込めてその名をくれた。

 

キィ――

 

小さく音がして、一つの部屋の扉が開く。

此処は詩堂 完良の弟で会った詩堂 善の部屋()()()場所だ。

 

「善……」

すっかり片付けられた部屋は、がらんどうで何もありはしない。

善の葬式が終って以来、両親が業者を雇って全て捨ててしまった。

まるで、善という人間の痕跡を消す様に……

 

「善……」

再び声を掛けるが、もうその部屋の持ち主は返事を返してくれない。

 

自身は良い兄で在ったか?

 

完良の胸のそんな疑問が渦巻く。

弟の事は大切に思っていた。

 

幼い頃は自分の後を付いてきてくれた。

だが、今はもう――

 

「何処で、間違った?俺は、お前と一緒に暮らせるだけで良かったのに……」

ある日弟は姿を消した。パソコンの画面はつきっぱなしで、ほんの少し出歩いた。

そんな雰囲気で、一年以上弟は帰らなかった。

 

「家出か、全く迷惑な」

 

「そのうち嫌でも帰って来るわ、来なくてもいいのに……」

両親が二人で話す。

完良は耳を疑った、たった一人しか居ない弟が居ないというのに、この両親は心配すらしていない!!

空っぽに部屋で、弟の痕跡を探しながら時間が過ぎた。

 

ある日、ある日唐突に弟は帰ってきた。

まるで途切れた時間がつながった様に。

 

完良は喜び、両親は嫌がった。

 

完良は、善に話しかけるがもう言葉は届いていなかった。

まるで抜け殻に成った弟。

 

だが、そんな弟に知り合いと名乗る女は笑顔を戻してくれた。

どんなに話しても戻らなかった善の喜びを、その怪しい女は簡単に奪っていった。

 

 

 

「俺じゃ、力不足か……」

弟に無関心な両親に嫌気がさして、気分転換に町を歩く。

何かをすれば、誰かが称賛の言葉をくれる。

だが、今完良の欲しいのは罵倒だった、弟に為に何もできなかったというレッテルが欲しかった。

誰かに無力を罵倒してほしかった。

 

「にーちゃん、まって~」

 

「ほら、早くしろよ」

視界の端、小学生の兄弟が横断歩道を渡る。

遅れた弟を兄が手を引く。

それは完良がいつか、自分で行った光景でもあった。

過去に有った光景だ。

 

「俺たちは、何時変わってしまったんだ?」

二人は完良とすれ違い、駆けていく。

 

「あ――」

完良の足元に、りんごが転がってくる。

どうやら子供が落としてしまった様だ。

それを何気なく拾う。

 

「君、落とした――あ」

そこに子供はいなかった。

否、正確には転がった別のりんごを追って横断歩道からずれていた。

 

「危ない!!」

車が来る!!

一瞬で判断した、完良が走って弟を兄の方へと突き飛ばす!!

 

ブッブー!!ブブー!!――――――――――――グシャ

 

鉄の塊に跳ね飛ばされ、完良が空を舞う。

コンクリートに叩きつけられ、手足が有らぬ方向へと曲がる。

 

(あ、たぶんもう……ダメだ)

直感で解った。もう、自分は助からない。

唯一動く目で、さっきの兄弟を探す。

 

二人とも呆然とこちらを見る。

泣きそうな顔をしているのも無理はない。

 

「に、にーちゃ」

 

「大丈夫だ。俺がすぐに警察を――」

震える弟の手を兄が強く握った。

それだけで、完良は少しうれしくなった。

 

「その手を離さないでくれ、絶対に……放さないでくれ」

薄れゆく視界の中、名も知らぬ兄弟は再び強く手を握った様に見えた。




大丈夫だよな、師弟のスキンシップだよな……
たぶん大丈夫……だと思いたい!!

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