止めてください!!師匠!!   作:ホワイト・ラム

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さて、いよいよ後半戦。
7000文字程度の予定が、どんどん多くなった……
短く収めたいけど、使いたいセリフやシーンが多すぎた……

*12月15日、一部修正。


後編!!心の望む場所!!

(なんで、こんな事に成ったんだ……)

詩堂一家の揃うリビングで、椅子に座った善は嫌な汗をかいていた。

チラリと視線を上げると、父の厳しい視線が向く。

隣を向くと、母の今にも叫びだしそうな顔がある。

そして自身の兄が少し困った様な顔で、こちらを見ている。

 

そして自身の隣には……

 

「はじめまして。私、こういう者です」

両親に愛想を振りまく師匠が、父に名刺を差し出す。

 

「この、親不孝者が……一年姿を隠していたと思ったら、コレか」

 

「一体何が有ったのか説明してもらいますからね!!」

名刺を受け取った両親の視線が、善に突き刺さる。

しかしそんな善に対して――

 

「義父様、義母様、善を責めないで上げてくださいまし。

私達は、しっかり心の底から愛し合ってるんですの!!」

 

「パパー、すきー」

涙を流して、師匠が善の腕に抱き着く。

善は頬が引きつらない様に、細心の注意を払って師匠を抱きかえす。

逆側から抱き着く芳香に対しても撫で返す。

 

「しかしだね……」

 

「まずは私たちの出会いからお話するべきですわね……」

 

「いや、待ちたまえ――」

困惑する父の言葉を遮り、師匠が語り始める。

 

「実は仕事が上手くいかなくて……夫に先立たれ、そしてその連れ子の芳香のうまく行かない母娘関係……

そんな進退窮まっていた私に一筋の光をくれたのが、善でしたわ……

逃げる様に家を出た善と、仕事と義娘の子育てに追い込まれた私……

お互いがお互いに安らぎを求めて――」

両親の言葉を無視して、監督脚本師匠のでまかせのラブストーリーが展開される。

何処からそんな設定思いつくんだ?という様な無駄に凝ったストーリー!!

 

駆けだし薬剤師の師匠と、家出少年の善。

追い込まれた二人が、お互いの心の傷をいやしていく……

 

そして、事故で死亡した師匠の元夫が連れて来た、血の繋がらない年の近すぎる義理の娘芳香と師匠の母娘としての確執。

善の尽力によって解決される障害、そして次第に本当の家族へと変わっていくハートフルストーリー!!

 

およそ60分にも及ぶ嘘100%の思い出が師匠の口から流れた。

 

「それで、永遠の愛を誓いあった私たちは、正式に式を挙げようと思いまして。

ご両親に挨拶を来ましたの。

『この子』もきっと喜んでくれるわ」

唖然とする善を他所に、師匠が両親の目の前で自分のお腹を愛おしそうに撫でる。

 

「ま、まさか……!?」

母親が驚いた様な顔をして、師匠が愛おしそうに撫で続けるお腹を見る。

 

「善……いえ、夫にはたくさん愛してもらいました。

愛の結晶も此処に――」

両親から刺さる視線が怖くて、善はひたすら自分の膝を見る事を選択した。

きっと両親は見たことない様な顔してんだろうなーと、現実逃避気味に考える。

 

しかし、そうもいかない!!

父親がいきり立ったと思うと、善の頬を思い切り殴りつけた!!

 

「善!!お前は勘当だ!!二度と家の敷居を跨がせん!!帰れ!!

その女を連れて、今すぐ帰れ!!二度と顔を見せるな!!二度と我が家と関わるな!!」

 

「まって、義父様――」

 

「ええい!!呼ぶな!!気色悪い!!

何処の女かは知らんが、ろくでもないのは確かだ!!

いいか!!我が家の評判に傷がつく!!完良にまで良くない噂がつくとかなわん!!

今後一切我が家と関わろうとするな!!」

 

「あ、ああ――そんな――」

師匠が泣き崩れる真似をする。

まぁ、一年家出した未成年の息子がバツイチで、血の繋がらない上に息子とほぼ同じ年頃の娘を連れた素性の分からない女と結婚します、なんて言えばこうもなるだろう。

 

「ま、まぁまぁ。父さん、今日はもう遅いしせめて一晩だけ宿を貸そうよ、ね?」

 

「な、むぅ、完良が言うなら……

そうだな……だが、今夜だけ、今夜だけだ!!明日には出て行ってもらうぞ!!」

激高する父を完良が諫める。

少しだけ、落ち着いた父が善に来客用の布団を投げる。

 

 

 

 

 

「パパーすきー」

 

「いや、もういいって!!」

棒読みで抱き着く芳香を善が引きはがす。

その様子を見て師匠が、小さく噴き出す。

 

「あー、楽しかったわ」

 

「なんであんな事をしたんですか?勘当されたんですけど!?」

尚も頬に痛みを感じながら善が、師匠の方を向く。

 

「どうせ幻想郷へ帰るんだもの、いらないでしょ?

それにね。コレはあなたの未練を断つ意味もあるのよ?」

勘当という一家の一大事を師匠は平然と流してしまった。

余程面白かったのか、またしても小さく噴き出す。

 

「そうですけど……」

 

「計画は順調ね。あ、明日は早いわよ?準備しなさい。

今夜があなたがこっちで過ごす最後の日になるわ」

師匠の言葉に善が頷く。

そうなると、突然生まれ育った過去を思い出す善。

 

「……少し、トイレに行ってきます」

何かを考える様な顔をして、善がトイレへと立った。

 

 

 

 

 

翌日

 

「善ー、朝だ……ぞ?」

完良が善の部屋の扉を開く。

ソコにはモヌケの空となった二つの布団と、冷たくなっている善がいた。

外傷も無く、損傷も無い、しかしその善は二度と目覚める事は無かった。

 

昨日の夜話したのが最後の別れ。

完良はもう生きている間に善に出会う事は無かった。

こうして、詩堂 善という人間は現代社会から永遠に姿を消した。

 

 

 

 

 

「死体の偽装まで出来るとは……」

 

「あら、アレくらい余裕よ?帰ったらやり方教えてあげましょうか?」

電車の中で、善が小さく師匠の技術に驚く。

昨日の夜、何処かから師匠が持って来た竹を自分に偽装して家を発った。

今頃、兄が見つけて騒ぎになってるかもしれない。

 

いや、あの両親は経歴に傷がつく事を嫌がるから、少し怪しくてもしっかりは調べず、葬式を上げてしまうだろう。

と善は一人窓の景色を見ながら思う。

 

「私、こっちではもう死んだことに成ってるんですね」

 

「未練があるの?」

善の言葉に師匠が小さく聞いてくる。

一瞬考え、ゆっくりと口を開いた。

 

「全くない。と言ったら嘘になりますね。

今さらですけど、完良とは和解出来たハズですし、両親を騙す様な形に成っちゃいましたし……

仕方ないって、頭の中では分っているんですが……」

胸の中に、言いようのないモヤモヤが渦巻いている。

考えれば考えるほど、もっと良い一手が有ったのでは?と思ってしまう。

 

 

 

「そう、未練ね……私も偶に思うわ。

もし、仙人を目指さなかったら……

1000年を超える過去の話よ、当時結婚していた夫と一緒に幸せに暮らして人のまま一生を終えていたら……私はどうなっていたのか。

家族のぬくもりを、味わって暮らしたかった。

そして、愛する者達に囲まれ一生を終えてもよかった……

なんて思う事は私にも有るわね」

意外な師匠の後悔の言葉に、善が目を丸くして驚く。

何時も楽しそうに生きる師匠。彼女には後悔など無いと思っていたからだ。

善の中で師匠は、誰よりも力を楽しんで使い、誰よりも自由で、過去など気にしない人物だと思っていた。

 

「けど、それを実現しなかったからこそ、芳香にもあなたにも会えたわ。

私未練は少し有るけど、それ以上にあなた達に逢えた喜びが大きいのよ?」

まるで恋する乙女の様な清純な笑顔で、師匠が笑いかけた。

だがそれも一瞬、そしてまた何時もの様な心中の読めない表情に戻る。

 

「さぁ、この駅よ。

この駅から、近くの神社が幻想郷との境に有る神社。

そこから、入りましょう」

 

「はい、師匠」

 

「わかったー」

師匠に連れられ、善と芳香が電車を降りた瞬間。

 

一瞬にして周りの空間が書き換わった!!

 

黒い空間で、目の様な物が無数に浮かびこちらを見ている。

善はこの空間に覚えがあった。

 

「忠告はしたハズだけど?なぜ、戻ってきたの?」

空間の間に切れ目――スキマが開き紫のドレスを着こんだ美女が姿を現す。

この騒ぎの元凶、八雲 紫だ。

 

「俺の居場所は、外じゃない……

俺はもう一度――」

 

「言ったハズよね?あなたの存在は罪だと……

それでも、来るのね?」

善の言葉を遮り、扇子で口元を隠す。

此方を見る目は明らかに敵意とイラつきが混ざっていた。

その視線の臆する事無く、善は力強く頷いた。

 

「外から、幻想郷への侵入者――これは、異変とでもいうべきかしら?

けど、博麗の巫女は今、宇宙で起きた異変を解決しに行っている最中……

特別に、私が手を下してあげるわ」

一歩、紫が下がるとすさまじく濃度の高い、妖力が漏れ出す!!

ぬえともフランとも違う、桁外れの妖気が善を敵と認識してあふれ出す!!

 

「うぁ!?」

瞬時に足元の感覚が消え、何処かに飛ばされる。

紫お得意の、空間操作だろう。

 

落ちた先は、一面の草原だった。

草の懐かしい匂いが鼻をくすぐる。

そして、後ろから聞いた事のある声がかかる。

 

「今日は実に気分が良い、そう、実にいいぞ。

やっと、やっとお前を処分できるのだからなぁ!!」

 

「藍さん!?」

紫の式、八雲 藍が獣の様な牙と目をして、善に襲い掛かる!!

 

 

 

「さぁ!!なます斬りにしてやろう!!」

藍の爪が空を切り、近くの葉が風で飛ぶ。

善は必死にそれを避け続ける。

 

「橙を誑かすお前が気に食わなかった、いつも!いつも!!いつも!!!殺したいと願ったお前を遂に殺せるのだ!!こんなうれしい事は無いぞ!!

弾幕などお前には使わない。

この爪と牙でゆっくりゆっくりと真綿を締めるように、肉が裂ける感覚を、骨の砕ける感覚を、お前の命が無くなる感覚を味わってやる!!」

 

「なめ、るなぁ!!」

善は爪を振るう藍にカウンター狙いで、蹴りを放つ!!

しかし、藍はそんな事を見越したようにスルリと回避する。

そして、手を振ると同時に善の足に切れ目が走り血が飛び散った!!

 

「くっくっく……味も見てやろうか……」

爪についた血を、藍がペロリと舐めとった。

恍惚の表情で、弱っていく善を見る。

 

「待っていたぞ!!この日を!!貴様を引き裂く日を!!」

藍が、爪で善の腕を狙う!!

だが善はあえて逃げない!!

あえて深く懐に入り込み、藍の爪を受け止める!!

左手を盾にして、腕に刺さった爪ごと藍を捕まえる!!

 

「まずは、一発!!」

善が無事な右手を振るい、藍を殴ろうとする瞬間!!

 

「まずは一発?あなたはもう、終わりよ」

空間が開き、紫が現れ善の胸をトンと、手で付く。

紫に取って藍など囮でしかなかったのだろう。

最初から藍が紫の命より、自身の私怨を優先させるハズが無かったのだ。

 

「自身の過去の亡霊に殺されなさい」

その言葉と共に、善の意識が刈り取られた。

 

 

 

 

 

「さて、こっちの相手もしてあげないとね?」

師匠の前に、紫が姿を現す。

扇子で口元を隠し、感情の読み取りにくい声音で師匠を見る。

 

「邪仙ともあろう者が、馬鹿な事をしたわね。

仙界を作りその中でさらに仙界を作る……

それを繰り返して結界の外に出る、そして希薄になった弟子の気を探して追う。

そのどちらも膨大な力を使ったハズ……

流石の貴女ももう余力がないんじゃないの?」

腕を振るうと同時に、光弾が生成され師匠を狙う!

 

「……くっ!!」

師匠はそれを光弾を生成して空中で破壊した。

余裕の表情を浮かべているが、それも空元気な事はわかっている。

肩が上下してうっすらと汗をかいている様だ。

 

「なぜあの子供にそこまで入れ込むの?

惚れでもした?」

 

「惚れた……そう、かもしれませんね。

最初は面白い芸が出来る犬を拾った程度にしか、考えていなかったけど……

いつの間にかそうじゃなくなっていたみたいね。

大きな伸びしろ、面白い能力、そして何よりも、私を信頼し切ってる所も素敵……

分かる?普通ならとっくに逃げ出してる修業を、ずっと続けてるのよ?

へこたれても、その度立ち上がって……

見ていて、庇護欲が掻き立てられてしまうわ。うふふ」

息も絶え絶えで、ふざけた様な言葉を発する。

いつもの様に真意の読めない、口調と表情だ。

 

「へぇ、まさか……ね。

まぁ、良い。どっちにせよ、あの子供に肩入れして、此処まで手引きした貴女を処分する事に変わりはない。

さようなら、邪仙さん?」

 

師匠の目の前に、妖力を集めた光弾を生成する。

流石の師匠も、これを受けるのは危ないと冷や汗をかく。

 

「わ、私が守るぞ!!」

師匠の前に芳香が立ちふさがるが、おそらく犠牲者が二人に増えるだけだろう。

覚悟して、ぎゅっと目をつぶった。

 

「終わり、ね!!」

 

ピシッ……!

 

紫の光弾が師匠に着弾する瞬間、小さな音を立て光弾が四散して消滅した。

 

「……まだ、何か隠し持っていて?」

 

「…………」

僅かに動揺する紫、師匠も顔には出さないが内心かなり動揺していた。

 

パキ……パラ……

 

二人の視線の先、ガラスが割れた様に穴をあける空間と、その先の剣の様な物が地面に突き刺さていた。

 

ピシ!メキ!!バリン!!

 

空間の穴が更に大きく広がる。

まるで、何かがこちらにやって来ようとする様に……

 

()()()()()()()()()()()……」

紫の空間の中、そこを引き裂く様にマントを来た男が現れた。

全身を覆う、土気色のぼろ布の様な恰好。

右手を出しているが包帯を巻いており地肌は見えない。

顔に関しても同じ様で、グルグル巻きにされた包帯から黒い髪が所々覗いており、最後に狐の様な面で顔を隠している。

 

「あなた、何者かしら?」

 

「通りすがりの、仙人ですよ」

紫の疑問に悠然とその男は答える。

仙人と自らを称したが、師匠も紫も信じてはいなかった。

体に纏う気が妖怪とも、神とも、人間とも、魔法使いとも違う!!

無理やり当てはめれば、ひどく違和感がある歪な存在。

 

「なんの用かしら?仙人さんが?」

 

「同じ仙人のよしみで助けただけです。

彼女から退いてくれるなら、もう手は出しませんよ?

八雲 紫さん?」

 

「そう、そうなの……けど、そうはいかないわ。

私は幻想郷を調停者、ルールを破るモノを許しては置けない。

無論、邪魔するならあなたも同じよ?」

パチンと紫が指を鳴らすと、大量の隙間が開いた。

そこからさまざまな妖怪が現れ始める。

 

「これは、式か。知能を低くして、代わりに力を上げた――」

 

「ご名答。では、ごきげんよう」

扇子を振るうと、無数の式たちが男に襲い掛かる!

 

「舐められたものだ」

男は地面に突き刺さった、剣の様な物をひき抜く。

引き抜くと同時に、剣が短くなっていく。

短くなって、初めてそれが剣でない事が分かった。

 

それは小槌だった。

金色の本体に、松の枝がデザインされ、本来革が張られるハズの面の片側には鬼の顔の装飾がなされ、さっき剣先に見えたのは小槌の頭頂部の飾りが伸びた物だと解った。

 

「行こうか」

仙人が式の群れに飛び込む!!

 

「ひゃぁあ!!」

 

「がぁあああ!!」

爪が、牙が、角が十重二十重に重なり仙人を狙う!!

無数の攻撃を全て紙一重に避けていく。

 

「ふむ、数が多いな。なら――ば!

邪帝の奥儀は歪の奥儀、無色の糸で絡めとり、誘うは黄泉路、迷い道……

邪帝777ッ皇戯(奥儀)『デリート・スパイダー』!!」

 

一瞬手から赤い糸の様な物が見え地面に吸い込まれた。

そう思った次の瞬間、周囲の式の動きが一斉に停止する。

 

「まぁ」

師匠が小さく息を飲む。

空間の地脈に気を送り、その気に触れた者を蜘蛛の糸が絡みつく様にして捕獲するのが分かった。

精密性、隠密性、気の熟練度。

いずれもかなりのレベルではないと不可能な技だ。

 

「藍」

 

「ハッ!紫様!!」

紫の言葉に、空間が割れまたしても藍が仙人に襲い掛かる。

 

「藍さんか……流石に二人同時は――

ならば、此方も――」

仙人は今度は、マントの下からメイド服の人形と、一匹のうさぎを取り出す。

人形は敬礼をして、うさぎは鼻をひくひく動かした。

 

「人の作りし、意思無き者よ。我が名において心を持て!!

空虚なる、魂の器よ。我が力と命により再び目を覚ませ!!」

 

空中に投げられた人形が、等身大の人間のサイズへと変化していく。

人の様な皮膚が付き、間接が隠れ、目には光が宿る。

人形はメイド服を着て姿勢を正し敬礼する。

 

「お呼びいただき感謝します。我が主!!何なりとご命令を!!」

 

同じく、うさぎも等身大に人間の姿となりヘラヘラと笑い出す。

鈴仙の様に、頭部にはツギハギのうさ耳が揺れる。

 

「はぁい。私達をお呼びぃ?」

だらしない白衣を着崩した様な姿で、ヘラヘラと敬礼をする。

 

「藍さんの相手を頼むよ。二人とも」

 

「な、なんだコレは!?」

突然目の前に現れた二人組に藍が、驚嘆の声を上げた。

その隙を二人は見逃がさなかった。

 

「主の命のにより、お覚悟を!!」

 

「狐かぁ。嫌いなんだよね!!」

驚く藍を他所に、人形はウィンチェスターライフルを鈍器の様に、殴打武器として扱い。

うさぎは体の一部をライオンや蝙蝠の羽などに変化させて藍を迎え撃つ。

波状攻撃に藍が次第に紫のそばから離されていく。

 

 

 

「さぁ、紫さん。これで一騎打ちですね。

けど、あなたと戦うのは私じゃない……

そうでしょ?」

真っ黒な空間の中で、仙人が腰に戻した小槌を振るう。

飾りの鈴の音が遠くまで響いていく。

 

「見つけたっ!」

左手を握り締め、殴る様に伸ばすと先ほどの様に空間にヒビが走った。

引き戻された、腕の先には善が眠っていた。

 

「その子を頼りにするのは無駄ね。

心の中で過去の自分に殺されてるわ」

紫が話す通り、善は虚ろな目で反応一つ返しはしない。

しかしそれでも仙人は気にも留めない。

 

「あと、少しだけ。この子を信じてくれませんか?」

振り返り、師匠と芳香に話しかける。

師匠も芳香も、この仙人が善に敵意の無い相手だという事はわかっていた。

だから、その言葉に応えた。

 

「勿論よ。何度手が掛かろうと、この子は私の大事な弟子ですもの」

 

「おう!善が困ってるなら助けないとな!!」

 

 

 

「無駄な事を――」

紫がジッとその様子を見ていた。

そう、彼の心の弱さは知っている。

さっき、心と夢のスキマをいじり彼の心に、悪夢を仕込んだ。

きっと今頃、自分の心に殺されている頃だ。

 

 

 

 

『よぉ、結局ここに戻って来たのか』

 

「お前は……」

気が付くと善は外の世界の自分の部屋にいた。

パソコンの前に座る自分をみる。

此方に背を向け、部屋の中の善は目すら合わせてくれない。

 

『馬鹿な事したよな、あんな胡散臭い邪仙について行くなんて。

そのうち、飽きられて殺されるのがオチだろ?

なんで、この部屋から出た?ここなら安心だ、兄さんを見ない様にして、両親の小言に耳をふさげば、何も怖くない。

何が不満なんだ?修業も辛いばっかりだろ?せっかく手に入れた力もダメにしちゃったじゃないか?』

 

「…………」

善は座る自分を見下ろす。

 

『なんだよ、その眼は!!俺はお前だぞ?

俺の言ってる事は全部、本心だろ!?わかってるハズだよな?

俺はお前だ、俺の思う事はお前の本心だろ!?』

 

「『ここなら安心』か……確かにそうだよな……

この部屋は壁だ、私の心の弱さを守る為のシェルターだ」

そういって、懐かしむ様に壁を触る。

 

『そうだろ!?じゃあ、こっちに戻って来いよ。

こっちで、楽しくやろうぜ?な?な?』

座る善が、尚も顔を合わせずに此方に手を伸ばす。

善はその手を掴んだ。

 

『そーだよ、それで良いんだよ。これでお前を――』

 

「やっと、お前を捕まえれた」

座る善が小さく驚いた様に見えた。

背中越しでも同様が伝わってくる。

 

「そうだよな。兄さんと比べられるのが嫌だったんだよな。

誰でもいいから、兄さんの成り損ないじゃなくて『自分(俺/私)』を見てほしかったんだよな」

 

『はぁ!?何言って――』

 

「やっと、やっと分かった。私の力が何の為の力か」

 

『気に入らない奴らをぶっ壊す為だろ!?』

 

「違う、そうじゃない。

両親も、友達も先生も、近所の人も、そして自分さえも見捨てた自分の中で、叫んでたんだ。

ずっと!ずっと!!まだ負けていないって!!まだやれるって!!心が叫んでいた!!周りのレッテルと戦う為の力だったんだ、兄さんと並び立つ為の力だったんだ、また、立ち上がって進む為の力だったんだ!!」

その言葉と共に暗い、閉塞感の有る部屋に風が吹いた気がした、日差しが差し込んだ気がした。

 

『そんな訳、有るか!!』

座り込む善が慌てて手を振り払い叫ぶ。

そしてそれに対面する善がゆっくりと振り返る。

後ろから聞きなれた声が聞こえて来た。

 

「善、早くこっちに来なさい?お師匠様をいつまで待たせる気?」

 

「善!!早くしろー、お腹が空いたぞぉ、なにか作ってくれ!!」

振り返ると其処は真っ暗な闇、少しも先が見えずただただ虚無が広がっていた。

だが、不思議と怖くなかった。暗闇の向こう、善を呼ぶ二人の声がする。

善は、部屋に座る自分に背を向け、一歩踏み出る。

 

『ま、待ってくれ!!俺にまで見捨てられたら、俺はどうすればいい!?』

縋りつこうとする善だが、部屋の外の善には出る事が出来ない。

だが善はそんな自分に再度手を差し伸べる。

 

「お前は私だ。忘れようとして、無視して無かった事にしようとして、あの部屋において来た私の心の一部だ。

行こう、私の思う事はお前の本心でも有るんだろ?」

 

『ああ、そうだ。連れてってくれ……

俺も、光を浴びたいんだ……もう、一人きりは嫌なんだ……』

二人に分かれた善、弱った心と前へ進む心が強く結びついた。

 

 

 

 

 

「やっと帰ってきた様ですね……」

仙人が小さくつぶやいた。

その言葉通り、善が目を覚ます。

 

「あなたは?」

 

「通りすがりの仙人ですよ。

さぁ、此処からはあなたの舞台だ。存分に行きなさい」

その言葉を聞いた善が師匠と芳香に向き直る。

 

「皆さん、お待たせしました」

紫の前で、うなだれていた善がゆっくりと声を出す。

 

「そんな、自分の心にやられたハズ……」

呆然と紫が驚き、扇子を取り落とす。

 

「ええ、やっと自分と向き合えましたよ。

忘れちゃダメだったんだ、一緒に進まなくちゃいけなかったんだ。

あの部屋の私も、私の一部。捨てちゃいけなかった!

やっとそれが分かった」

 

「何をしてるか、知らないけど……

どちらにせよ、終わりよ。

心で殺せないなら、直接殺せば良いだけの事よ。

仙人モドキさん?」

紫が手を振るうと、大量の式が空間を割って現れる。

それらが善に向かって殺到する。

慌てる事も無く、善がゆっくり息をすう。

 

「さぁ、始めよう。また、此処から何度でも!!」

呼吸と共に、肺に空気がまわる。

その空気は丹田の気の溜まり場を介し全身に気を送り込む。

呼吸ごとに、周囲の気を取り込み自らの力へと変える。

そして、心のうちに有る感情を混ぜこみ右手の傷跡から放出する!!

 

「んッ!」

鈍色のドロリとした気が腕に絡む。

だが、その沈んだ気を弾く様に血の様な深紅の雷の様な気が現れる!!

 

「まだ、まだ!!私は進化し続ける!!」

雷の様な気は腕を覆い、オレンジを混ぜた様な鮮やかな色へと変わっていく。

それは太陽のように、優しくしかし力強く輝く気へと変化した!!

 

「な、このタイミングで……成長!?」

 

「成長じゃない。進化だ」

太陽色した腕を式たちに向かって振る!!

それだけで、多くの式たちが吹き飛んでいく!!

ビリビリと肌に刺さる様な力を感じる!!

 

「なら、私が直接相手をしてあげるだけ」

紫の言葉と共に、善の周囲に無数のスキマが開く。

そこから、ちぎれた道路標識が槍の様に無数に飛んでくる。

 

「善!!コレを使えぇ!!」

芳香が額の札をはがし、善に投げる!!

標識の間を抜け、善の手に札が収まった。

 

「始まりはこの札だったな。あそこから、俺の力は始まった!!

どけ!!俺の歩く道だ!!!

おぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」

芳香の札を額に貼り付ける!!

その瞬間、暴発しそうな力が全身から湧き出るのが分かる!!

抵抗する力が、暴れだし体外へと這い出る!!

 

――ピシッ!!バギッ!!グギャ!!

 

その気は、スキマ空間を引き裂く様な音を立てながら、襲い来る標識をすべて叩き落した!!

抵抗する力が、紫の空間その物に牙を立てて小さく震えるのが分かる。

音からすると、何処かが綻び始めている様だ。

 

「なに?」

吹き飛んだ標識が、まるで善を囲む様な人為性有る動きで地面に突き刺さった。

まるで、『こっちに来い』と言ってる様なまっすぐな道を作る。

 

「行きなさい」

 

その標識の道。善の後ろから錆びた電車が走ってくる!!

運転手も乗客も居ない、無人の電車だ。

気が付くと足元にはいつの間にか線路が出来ていた。

 

「チィぃぃぃぃ!!!」

逃げ場が標識のせいで経たれている!

善は一瞬にして、電車を受け止める選択肢を取った。

 

パァー……!!

 

汽笛を鳴らしながら、尚も電車は善目がけて加速する!!

容赦なく、轢き殺す気だ!!

 

「はぁあぁああああ!!」

善は両手で車両を押しと止めようとする!!

当然、電車に勝てる訳なく善が後退する。

だが、死にはしない!!線路に足を突き立て電車の車輪から火花が散る!!

 

「まさか、これでも耐えるなんて……」

 

「師匠が、私の壁を壊して手を引いてくれた!!

芳香が背中を押してくれた!!

なら、私はもう止まらないし、止まれないし、止まる気も無い!!

はぁあああぁああああああ!!!」

 

善が地面に足を突き立てると、電車の速度が遅くなっていく。

 

「まさか、そんな!?」

 

「うおおぁぉおぉおおおお!!!

仙人……!!!舐めんなぁ!!!」

仙人の気を使う力で、善の体は強化され、更にキョンシーの能力で強化された力を限界まで引き出す、そしてその限界を抵抗する程度の能力でさらに広げる!!

3種の力が善の中で永遠にループし続ける!!

そして、無限に力を高め続ける!!

善の求める場所まで永遠に!!

 

グシャァァアアアアン!!!

 

けたたましい音を立てて、紫の召喚した電車が横転する。

車両の前方には、拳大の大穴が開いていた。

 

「恐ろしい力……そう、コレはあまりに危険すぎる……

けど――!!」

紫が両手を振ると、善を挟み込むようにしてスキマが現れる!!

 

「あっ――」

そのスキマの奥に善が飛ばされていく。

師匠と芳香、その二人が見守る中で善は、遠くに消えていった。

 

「コレで、良いわ。臭い物には蓋を――」

 

――――――――ビキィ!!

 

突如鳴った音に、紫が自らの言葉を飲み込んだ。

そして音の鳴った方を振り向いた。

 

「うそ――でしょ?」

 

バキ!ベキ!!グギィ!!

 

――――――ガリィ!!

 

紫の目の前、スキマを叩き割り一本の腕が出現する!!

その腕の周囲に、次々とヒビが入って行く!!

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉらぁあああああああ!!!!」

 

ベリン!!

 

紫の目の前、全身から気を垂れ流しながら、スキマを引き裂いて善が戻ってきた!!

 

「はぁ、はぁ……はぁ……」

善の額から、札が剥がれ落ちる。

その前に紫が悠然と降り立つ。

 

「見事、ね。正直言ってそれしか言葉が出ない。

今、言えるのはそれだけ」

 

「はぁ……!」

跳びかかった善が、紫のわき腹を殴る。

余裕で避けれる一発を紫はあえて受けた。

勿論受けたとしても、大した効果は無いと踏んだのだろうが……

 

「あら、被弾しちゃったわ。この勝負あなたの勝ちね」

コロッと、表所を変え紫が笑う。

 

「は?」

 

「あなたの勝ちだって言ったのよ。

勝者の特権よ、幻想郷へご招待~」

何処から取り出したのか、福引のベルを振った。

 

「はぁ!?え、何?」

 

「鈍いわね~

幻想郷の支配者が、自分の庭にあなたを招待してるのよ」

全く話しが見えない。

善があっけにとられている。

理解が追い付かない様だった。

 

「え、けど、幻想郷では人が人を超えるのは罪だって――」

 

「そうだけど?

ここ、一応私の空間だから幻想郷じゃないわよ?

そしてあなたは、妖怪の賢者に一撃入れる実力者、もう人間とは呼べないでしょ?

つまり、あなたはもう人外。そして私は幻想郷の維持者。

どう?一番新しい仙人さん、私の庭に来ない?」

まるで師匠の様に悪戯っぽくほほ笑んだ。

 

「それなら、喜んで――」

誘うような、悪戯に成功したような紫のセリフに善が頷きかけたが――

 

「この未熟者!!」

 

「痛で!?」

後頭部に師匠からの拳骨を受けて倒れる!!

 

「何するんですか!?」

 

「調子に乗ってるからよ。

あなたが仙人ですって?こんな未熟者を認めれる訳ないでしょ?」

 

「ええ!?せっかく成長したのに?」

師匠の言葉に、善が唇を尖らせ不満を漏らす。

 

「黙りなさい。さっきの気もう一回見せて見なさい」

 

「え、あ、はい――あれ?出来ない……おかしいなさっきは出来たのに……!!」

何度も腕に力を入れるが、出るのはいつもの様な紅い雷の様な気ばかり。

多少は量が増えた様だが、それでもさっきまでの太陽の輝きの気には遥かに見劣りする。

 

「はぁい、未熟者決定。帰ったらまた修行ね。

今回の収穫は、外の外食とあなたの成長に兆しが見えた事だけね」

 

「そうね、仙人は取り消し。けど、見込みアリという事で幻想郷にはおいてあげる。

じゃ、仙人の修業がんばってね~」

紫がハンカチを振るうと、善の足元の床が無くなる。

そしてもはや何度目か、忘れた浮遊感を感じる。

 

「ま、またこれ!?地面に落ちる時結構痛いのに!?」

空しく、善の声が響いていった。

 

 

 

「行ったわね、あの子……」

 

「ふぅ、予想以上の伸びしろね。

貴女の弟子は。

見込みがないなら、本当に処分する気だったけど――」

 

「ええ、すごいでしょ?初めて力を見たときは、ダイヤの原石どころか金の鉱脈と油田と運命の恋人を同時に見つけた気分だったわぁ……

それを自分好みに育てられるんですもの、これほど素晴らしい事は無いわ~」

笑う邪仙を見て、付き合いきれないという表情をして紫が隙間へと姿を消した。

 

 

 

「決着が付いた様だ。二人とも戻っておいで」

 

「は!我が主!!」

 

「狐さん、ばはは~い」

 

「くッ!ま、待て!!」

藍と戦っていた二人を回収して仙人が歩き出す。

戦闘で擦ったのか、右手の包帯がはがれる。

 

「仙人様。助けて頂いて感謝しますわ」

歩く仙人に師匠が頭を下げる。

 

「いや、なに。大した事は有りませんよ。

では、私は――」

仙人が手を振った時、師匠がその右手を捕まえ、あるモノを発見する。

 

「あら?右手の指、全部切断した後くっ付け直した痕がありますわね?

酷い事する人も居るんですのね?」

なんとなく、仙人の正体を察した師匠が意地悪く笑った。

 

「む、昔はやんちゃしてたので……

で、では!!愛する娘と妻が待ってるので失礼!!」

逃げる様に仙人は空間に穴をあけ逃げ出した。

 

「ふぅん、結婚してるのね……

私も帰ろうかしら?芳香、行くわよ」

 

「わかったー!早く善と遊びたいぞ!!」

仙人の去って行った方向を師匠はじっと見ていた。

その横では芳香がニコニコしながらスキップをしていた。

 

 

 

 

 

「あら、善。私達を待っていたの?」

扉の前で座る善を見て師匠が小さく笑う。

 

「違いますよ、カギが締まっていて開けられなかったんですよ」

 

「壁抜けすればいいじゃない?」

 

「私には無理ですよ!!」

善の言葉を無視して、師匠がカギを差し込み扉を開く。

家に入ろうとする善を師匠が首根っこを捕まえ、引きずり出す

 

「善?あなた、何か言う事有るんじゃないかしら?」

 

「え?あ、迎えに来てくださって――」

 

「違うでしょ?此処は、もうあなたの家でも有るのよ?」

師匠の言葉にやっと善は合点がいった様だ。

そして、その言葉を口にした。

 

()()()()。師匠、芳香」

 

「おかえりなさい。善」

 

「おかえりー!!」

3人はお互いの顔を見て笑い合った。

その日の空は、初めてこの場所を訪れた時よりもずっと美しいと善は感じた。




ふぅ、これで現代入り編は一応完結です。
善の選択はこれで良かったのか?
結局完良の真意はどうなのか?
両親はどうなったのか?

等々謎が残りますが、今回は此処まで。
次は後日談かな?

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