止めてください!!師匠!!   作:ホワイト・ラム

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大変長らくお待たせしました。
読者の皆様申し訳ありません。

大きな山場の為、長らく悩んでいたら飛んでもなく長くかかりました。
そして気が付けば15000字越えの為、前後編に分かれました。
後編はもう出来ていて、細かい部分を直し次第投稿予定です。
明後日位には発表出来るのでお待ちください。


前編!!心の望む場所!!

「おはよう、善。朝ご飯出来てるから一緒に食べよう?」

にこやかな笑みと共に、善の部屋の扉が開かれる。

兄の開けた窓から、日光が入り込んで嫌が応にもまた一日が始まってしまった事を感じる。

今は朝の8時、夜の11時に寝るとして15時間以上時間を()()しなくてはいけない。

ゲームの様にスキップする機能が有れば良いな、と善は思いながら起きた。

 

「さ、今日はお前の好きなスクランブルエッグだぞ?

俺が腕によりをかけて作ったんだ」

笑顔を振りまいて、兄が自身に話しかけてくれる。

その悪意のない笑顔が、善は大嫌いだった。

 

「……うるせぇよ、俺の事はほっといてくれ!!俺がどうなろうと兄さんには関係ないだろ!!

さっさと学校でも行けよ!!邪魔なんだよ!!出てけ!!俺の部屋に入るな!!」

 

「ぜ、善……」

 

「出てけぇ!!」

朝一だというのに、のどが張り裂けそうになる位の大声を上げて兄を威嚇して、部屋から追い出す。

扉を閉めて、開かない様に押さえつける。

 

「なぁ、せっかく帰って来たんだし!父さんや母さんも心配してるんだぞ?

一緒に話す位いいじゃないか!!」

完良が数回扉を叩いた後、反応が無い事を確認して諦める様にその場を去る。

 

 

 

「せ、せめて何か食えよ?扉の前、おにぎりにして置いておくからな?」

 

ドンッ!!

 

兄の気使いがうっとおしくて、枕元の時計をドアに投げつけた。

ドアが一部へこみ、時計のガラスにひびが入った。

時計の針はもう止まってしまっている。

 

アレ(時計)はもうだめだな」

意図せず、言葉が漏れた。

 

アレ()はもう、ダメだな」

ほぼ同じタイミングで、父の声が聞こえた。

声が聞こえた瞬間、時計の針の様に善の中の時間が止まる。

此処はマンションの一角、善の部屋以外の声も耳を澄ませば聞く事が出来る。

 

「そうね、完良はこんなに良い子なのに……

善を甘やかしたのがいけなかったのね」

 

「ふん、無能だが家の子だ。捨てる訳にはいかない、良くない噂が立つからな……

まったく、完良の様になってくれればよかった物の、親不孝な子だよ。

家出したまま帰ってこなければよかった物を……」

両親の言葉が聞こえてくる。

それ以上聞きたくないと、パソコンの電源を付け、ヘッドフォン付け大音量で動画サイトの歌を聞き始める。

聞きたくなかった。自身と兄の大きすぎる差は自分が一番理解しているつもりだった。

それでもなお、突きつけられた言葉は善の心に傷を負わせる。

 

 

 

物心付いた時から、称賛の言葉は全て完良に送られていた。

完全にして、善良。

誰しもが望む『理想の存在』として詩堂 完良は常に目の前にいた。

 

勉強やスポーツを始めおおよその事は出来て、それでいて驕らず誰にでも優しい。

まさに絵に描いた様な、良くできた存在だった。

 

そして、善はそんな完良に()()()()()()人物だ。

 

『――♪――♪、!――――♪』

逃げる様に付けたサイトから、ヒーロー物をアニソンが流れる。

勇気、希望、絆、夢、そんな耳当たりの良い言葉ばかり流れていく。

昔は、こんな歌を歌詞を真剣に聞いていた。

 

けど、現実は変わってくれない。善はその事を理解してしまっていた。

 

『――――♪、♪――!――♪』

誰にも会いたくなくて、善は再び自分だけの世界に身を投げる。

今と成ってはそこだけが、自分は本当の自分でいれる気がする。

 

 

 

 

 

ピンポーン……

 

「はっ!?」

家のチャイムの音で善が気が付く。

どうやら、いつの間にか眠ってた様だ。

パソコンの画面もスリープモードに成っている。

 

ピンポーン……!ピンポーン……!

 

時刻を見れば、すでに昼の2時を過ぎた所。

働く両親、学校へ行っている兄、その両方が居ないこの家には誰も居ないことに成る。

自分を除いて……

 

ピンポーン!ピンポピンポーン!

 

「なんだよ、うるさいな。

帰ってくれよ!!」

再びパソコンに向かうが、そのチャイムは一向に止まってくれない。

 

仕方ないと立ち上がり、苛立ちを覚えながら善が玄関の扉を開いた。

 

「はい、どちら様――」

 

「どちら様?お師匠様よ」

 

「私も居るぞ!!」

 

「な!?」

自身の目の前の光景に善が口を開く。

ソコには、現代風の服に着替えた師匠と、善のあげたワンピースに身を包んだ芳香が立っていた。

 

「な、なんで!?どうして、此処に?」

 

「そんな事、後。疲れてるから家に上げて頂戴」

 

「私は、お腹が空いたぞー」

ずかずかと二人が善の家へと入りこんで来る。

物珍しそうに、勝手に居間へと歩きソファーに腰かける。

 

「善、お茶。それと茶菓子も」

 

「私もだー」

夢でないかと、自身の頬を抓り確認するが痛みをしっかりと感じた。

コレは紛れもない現実だ。

捨てたハズの二人が今、こうして目の前に居る。

 

「なんで二人が?芳香に、その――」

 

「あら、もう私を『師匠』と言ってくれないの?」

言いよどむ善に対して、師匠が言葉を投げかける。

一方的に別れを告げた善にとって、二人にどう対応すればいいか分からないのだ。

仕方なく、善は顔を背ける。

 

「まぁ、良いわ。ええ、あなたが私を裏切って逃げたのは別に気にしてないわ。

弟子なんて、すぐに止めていくものだもの……

けど――芳香は別みたいね」

 

チラリと師匠が横を見る。

そこには芳香がジッと善を見ていた。

 

「芳香?」

 

「善……私は……私は、会いたかったぞ!!」

バッと飛び付き、善の首筋に歯を当てる。

何時のも様に噛みつきが来ると善が、覚悟をするが――

 

「か、噛まないのか?」

何時まで経っても痛みはやってこない。

首筋に濡れた歯が当たる感覚だけが有る。

 

「芳香?どうした?」

再度芳香に声を掛けるが、帰って来たのは嗚咽だった。

 

「グスッ……善は、善は私が噛むから――グスッ……弟子を止めたんじゃないのか?

私が嫌になって、グスッ……出て行ったんじゃないのか?」

抱き着かれている為芳香の表情は見えない。

しかし、どんな顔をしているかは声音で明らかだった。

 

「んな訳ないだろ?お前が噛む位、もう気にしないって。

まぁ、何度も噛まれるのは勘弁だけどな」

なるべく優しい声で、自身の気持ちを伝える様に抱き着いて来た芳香の背中を撫でる。

撫でるごとに、善の心の中のもやもやが消えていく気がした。

改めて、芳香と師匠の存在の大きさを善は認識した。

そして自身の未練がましさも……

 

「う、うぅ……良かった。善は私の事が嫌いに成ったと、思って、思って――」

 

「よしよし、大丈夫だ、俺がお前を嫌いに成ったりする訳ないだろ?」

善は芳香が安心するまでずっと、優しい声を掛け続けていた。

その時間は芳香だけでなく、善にとっても心が安らぐ時間だった。

 

「さてと、善にも会えたし――

何処かで食事でもしましょう?疲れた上にお腹が減ったわ。

善、近くの店に案内しなさい」

抱き合う二人に対して、師匠が声を掛ける。

その言葉で善自身も、昨日の夜から何も食べていない事を思い出した。

 

「お肉!!私はお肉が良いぞ!!」

顔をベタベタにした芳香が、すっかり調子を取り戻して嬉しそうに笑った。

懐かしい空気を思い出し、知らず知らずの内に頬が緩んでいた。

 

 

 

 

 

「おおぅ~!!」

炭火の七輪の上で焼けていく肉に芳香が目を輝かせる。

肉が食べたいという芳香の希望で、善は少し歩いた場所に有る焼肉屋に来ていた。

町の様子はちらほら変わっており、正直この店が有るのか心配になったがそれは杞憂だったようだ。

 

「コレ、全部食べていいのか!?」

 

「いいぞ、食べ放題のコースだからな。

90分はこの中から、なんだろうといくらでも食べていいんだぞ?」

芳香がメニューを何度も見て興奮気味に話す。

来た肉を善が七論に並べていく。

 

「ふぅ、外は美味しい物に事欠かないわねぇ」

師匠の持つ、空のグラスの氷が音をたてた。

酒のメニューも、充実してて師匠は上機嫌でグラスを傾けていく。

早速だが、ほのかに頬に朱がさしてほろ酔い状態だ。

 

「飲みすぎないでくださいね?」

 

「あら、一丁前に私の心配?ふぅん?」

善の言葉に、師匠が目を細めて笑う。

捨てたハズの日常。

それを思い出させる景色に、久方ぶりに気分の良いまま時が過ぎて行った。

 

 

 

 

 

「少し歩きましょ?」

食事も終わり師匠の言葉に誘われ、家の近くの公園のベンチに座る。

善と芳香も近くに座った。

 

「あ、あの……」

無言の二人の善が、何か言おうとするがすぐに止まってしまう。

気まずさが再び首をもたげてきた。

 

「良い世界ね、ここは……

幻想郷に無い物が沢山あるわね。

いいえ。無い物など無いという方が正しいのかしら?」

夕闇に沈む町並みと、ぽつぽつと灯る明かりに師匠が目を細める。

なぜか悲しそうに見えた気がして、善が口を開いた。

 

「そんな事ありませんよ……ない物も、たくさんありますよ」

 

「それってなんだ?」

 

「それは――」

芳香の言葉に応えようとした時、横からかけられた声によって善の言葉が遮られた

 

「やぁ、出掛けていたのか?」

 

「兄さん……」

薄暗くなっていく公園の中、善の兄の詩堂 完良が現れた。

 

「善が二人に成ったぞー?」

 

「へぇ、お兄さんが居たのね」

芳香、師匠の二人が現れた完良を見て、驚いた様子を見せる。

それほどまでに、二人は良く似ていた。

 

「ん?友達かな?初めまして。善の兄の詩堂 完良です。

お二人ともよろしくお願いしますね」

にこやかな笑みで、完良が挨拶をする。

 

「あらあら、兄弟そろってそっくりですわね。

何歳差の兄弟ですの?」

 

「4年ですね。少しだけ年が離れててるんですが、俺にとっては可愛い弟です。

これからも、善と仲良くしてくださいね。二人とも……

じゃ、俺は先に帰ってるから。夕飯までに戻ってきてくれよ?」

来た時と同じ様な、さわやかな笑みを浮かべ完良は帰って行った。

 

「おー、ビックリするくらい似てたなー」

芳香が去って行く完良と善を思い出して比べる。

 

「似てないよ。俺と兄さんは似てない……

あっちは成功作、俺は失敗作だ」

 

「確かに、そうね」

自嘲気味に話した言葉を、師匠が肯定して善に衝撃が走る。

 

「止めてください……」

 

「あんな人間まだ居るのね。

太子様と初めて会った時の事思い出しちゃったわ……」

師匠の楽しそうな声が善の耳に届く。

俯いてる為、どんな顔かは分からないがそれでも話の内容から大体は理解できる。

 

「ねぇ、止めてくださいよ」

 

「時代さえ、いいえ。

場所さえ違えば、きっと聖人や神の子と呼ばれる存在ね。

少し話しただけで解るわ、賢く、優しく、それでいて傲慢でなくそして――」

 

「止めろって言ったるだろ!!」

 

「ぜ、善!?」

遂にキレた善が、師匠の胸元を掴む!!

師匠は静かな目で見ているが、芳香は大慌てで善を師匠から引き離そうとする。

 

「この手は、何?」

冷ややかな眼で師匠が善をにらむ。

その視線に善が少しだけひるんだ、しかし言葉は止まらなかった。

 

「俺の前で、アイツをすごい奴みたいに言うな!!

そんな事もう知ってるんだよ!!

生れた瞬間から、アイツは俺の目の前に居た!!

近所に住むおばさんも、先生も、友達も、父さんも、母さんも、全部、全部アイツを褒め称えていた!!

知ってるさ!!アイツの優秀さも、俺の無能さも!!

 

俺は生まれつき、詩堂兄弟のダメな方で、ダメな方の息子で、完良の出来損ないの弟で、結局俺は()()()()()()()()()()でしかないんだよ!!

全部、全部知ってる……知ってるんだよ!!

誰も、俺を見てくれない!!俺は完良になれなかったヤツでしかないんだよ!!」

堰を切る様に、善の口から言葉が流れ出て来る。

恥じも外聞ももう関係なかった。

夕闇に染まる公園で、一人の少年の言葉が延々と吐き出され続ける。

 

 

 

「はぁ、なんて……なんて無様」

 

「ッ!?」

まるで興味など無いと、言いたげな言葉で師匠が善の言葉を遮った。

 

「芳香が頼むから、来てあげたけど……こんな無様な負け犬になってるなんて。

正直言って、ガッカリ。もう、良いわ。

サクッと殺して、キョンシーにして死体だけ持ち帰りましょ」

 

「ぐ!?」

師匠の手が伸びて善の首の指が絡みつく。

そこから万力の様な力で首を締め上げる!!

 

「か、カハ!!」

ドンドンと師匠の手を叩いて、手を離す様にアピールするが師匠も芳香も知らんぷりだ。

 

「はぁい、暴れないでねー。

あなたは自分の力で抵抗するから、毒殺はすごくめんどくさいのよ。

手っ取り早く、終わらせるにはコレ(絞殺)が一番簡単なのよね」

善が、師匠の手を歪んだ抵抗する力で弾こうとする。

鈍色の濁ったヘドロの様なドロリとした気が手から漏れる!!

その気を見て、師匠が小さく声を漏らす。

 

「自分の力まで失ったのね……

あなたの力は何の力か、何の為の力かすらも忘れたという事ね。

もう、あなたは要らない。此処に用はないわ」

その言葉を聞き終わった善の意識は闇の中に消えていった。

 

 

 

 

 

「うぁ!?」

寒さを感じて、善はベンチから跳び起きた。

辺りを見回すが、師匠の姿も芳香の姿も無かった。

公園の時計を見ると、3時間近く気絶していた様だった。

 

『もう、あなたは要らない。此処に用はないわ』

 

「うっ――」

脳裏に最後に聞いた師匠の言葉がフラッシュバックする。

 

「見捨てられた……師匠に……」

今、自分の発した真実が言葉と共に胸の奥までジワジワと浸食してくる。

自分は、この世で唯一自分を見てくれた人たちからも、遂に捨てられたのだ。

 

誰も、誰も、誰も、誰も、だれも、ダレも、ダレモ、()()()()()()()()()

 

「うぁ……うぁああ!!うわぁあああああ!!!!うわぁああああああああああ!!!!あああああああああああああああ!!!!!!!」

公園の中、最後の希望を失った善の慟哭が延々と響いた。

 

 

 

ピピー……パパー……ブゥーン……

 

 

 

トボトボと歩く車道の横、すぐ横をすさまじい速度で車が走り抜けていく。

その反対側には、電車の走る線路もある。

 

「飛び込んだら、楽になるかな?」

さっきからそんな事ばかり考えてしまう。

 

またしても、目の前を車が通り過ぎていく。

何度やろうとしても、足がすくんでしまう。

 

「ははッ、死ぬ勇気すら、無いか……」

自嘲気味に笑い、自分の住むマンションに戻ってくる。

気を晴らそうとパソコンの電源を付けようとして止める。

 

 

 

「なんで……なんで俺は……」

思う事は沢山あった。

 

なぜ、自分は完良に勝てないのか?

 

なぜ、紫に話して幻想郷に残ろうとしなかったのか?

 

なぜ、迎えに来てくれた師匠と芳香の手を取らなかったのか?

 

だが、答えはもうわかっている。

結局自分は大切な所で一歩が踏み出せないのだ。

結局大切な所で自分は怯えて、足がすくんでしまった。

 

本当は、師匠たちが来てくれてうれしかった。

差し出した手を取って、帰りたかった。

また、みんなと一緒に生きたかった。

だが、それも妖怪の賢者に奪われた、いや自分で捨てたのだ。

 

「俺は、俺はもう一度あの場所に帰りたかった!!」

力を込めて、壁を殴りつける。

隣の部屋は確か空き家だ、誰も気にはしないだろう。

 

「俺を見てくれる、人たちと、一緒に居たかった!!

俺は、俺は――!!!!」

 

「うるさいわよ、静かにしなさい」

 

「え?」

泣き叫ぶ善の隣の壁に、丸い穴が開いて師匠が顔を出す。

横からひょこっと芳香までもが顔を覗かせてる。

 

「え、ええ?隣、空き屋……鍵……え?」

 

「壁抜けしただけよ?」

混乱する善を無視して、頭の鑿を指さす。

 

そう言えば、この人壁抜け出来た。マンションのセキュリティとか余裕だ。

 

「よいしょっと」

 

「お邪魔、するぞー」

師匠芳香の両人が壁の穴から、善の部屋へと足を踏み入れる。

 

「え、あ、あの?」

善を他所に、師匠がニコニコと笑う。

 

「ぜ~ん?あなた知ってるかしら?」

しかし次の瞬間、クワッと表情を変える!!

 

「男のツンデレに需要は無いわ!!」

 

バチーン!!

 

すさまじい威力の平手が、善の頬のヒットする!!

平手の威力で善がベットまで吹き飛ばされる!!

 

「い、ぎゃ!?」

壁に頭をぶつけて、思わず涙目になる。

 

「この馬鹿めー!!」

 

「イデェ!?」

更に追撃の芳香の噛みつきが善の頭部を襲う!!

 

「隣の部屋で全部聞いてたわ。嬉しいならさっさと、帰って来なさい!!

無様に跪いて『お師匠様のそばにおいてください~』って懇願しなさい!!」

 

「そうだぞー!!帰りたいなら、帰ってくればいいんだぞ?」

ベットにへたり込む善を二人が見下ろす。

 

「けど、俺は……俺は!!逃げたんだよ、自分の命かわいさに、師匠を裏切った!!

芳香を裏切った!!もう、帰れない!!夢の時間はもう終わったんだ!!

俺は一生、無為にも生きて行くんだ!!」

自らの心の内にある弱気な部分が口をついて出た。

 

 

 

「それがあなたの答えなの?何もない部屋。そこで人としての時間が終るのを待つだけ?

自殺する勇気も無い、かといって明日に向かう気力も無い。

ただただ一日が終わるのを、部屋の中で一生待ち続けるだけなの?

それがあなたの望んだ生き方なの?」

 

「違う……」

 

「何?聞こえないわよ?短小だと声も小さく成るのかしら?」

 

「短小じゃねぇ!!それに好きで、こんな生き方してるんじゃない!!」

 

「そう、で?ならあなたはどうしたいの?願望を言うならタダよ?

妖怪の賢者も、あなたのお兄さんも関係ないわ。

()()()は、どうしたいの?」

 

「俺は……俺はまた、修業したい!!俺を完良の出来損ないじゃなくて、『善』として見てくれる人の居る場所に行きたい!!

完良とは違う俺の力を伸ばしたい!!」

言葉にする、たったそれだけだ。

たったそれだけで、善の心が軽くなっていくのが分かる。

だが善はきっとずっとそれすら出来ていなかったのだろう。

 

「そう、なら。また私の弟子になる?言っておくけど、厳しいわよ?」

誘う様に、師匠が手をさしだす。

この手は嘗て、自身に差し出された手。そして、自分で離してしまった手。

 

「また、俺の手を、引いてくれるのか……?」

師匠の手を見て尚も躊躇する善。

しかしその心の内は、師匠には当の昔に解っていた。

 

「はぁ、本当にバカな子ね……。けど、それがあなたなのかもしれないわ。

あなたが私を超えるその日まで、私の望む存在へとたどり着くまで、私があなたを見ててあげるわ」

差し出す事を躊躇した手を師匠が握りしめた。

たったそれだけで、さっきまでの自分が消えていくのが分かる。

そうだ、自分はこんな所で弱ってる必要は無かったハズだ。

 

「…………んぅ……」

善は無言で師匠の手を握り返した。

 

「ふふふ、情けないけど……さっきよりはいい顔になったわね。

けど、言葉使いは直しなさい?乱暴な言葉を使う弟子が居ると師匠の品格が疑われるのよね~」

 

「はい、わかりました。師匠」

頷く善を師匠は満足そうに見ていた。

 

「そう、それでいいのよ。

さて、ならやる事は決まってるわね」

善の言葉に、師匠が笑った。

それを芳香は嬉しそうにニコニコと見ていた。

今、再び邪仙の弟子が動きだしたのだった。

 




自分を見てくれる人って大切ですよね。

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