止めてください!!師匠!!   作:ホワイト・ラム

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さて、今回も投稿。
前回の話は自分が思った以上に反応が大きくて驚きました。
今回も楽しんでいってください。


想起!!少年Zと少女Y!!

人は生まれた瞬間から、様々な物を受け取る。

魂、肉体そして名前……

とある日、とある場所で一人の男の子が生まれた。

 

自信過剰気味な父親はこう願った。

「この子が完良の様に多くの才能が有りますように、たった一つの欠点など無い様に」

 

努力信者で外面ばかり良い母親はこう願った。

「この子が完良の様に優しく在りますように、他者から敵意など買わない様に」

 

完全(カンゼン)』である事、そして『善良(ゼンリョウ)』である事。

嘗てソレを見事に体現して見せた兄の様に成る事。

その子供は親からたった一つの()いを込めた名前をもらい受けて――

 

少年はこの世に生まれ落ちた。

 

 

 

 

 

時刻は23時54分。

もうすぐ終わる、今日という日が後数分足らずで終わる。

ベットにパソコンに本棚、タンスにテーブル、テレビに自分。

たったこれだけ、これだけがこの部屋の全てだった。

不足は無いが不満だけが有る世界。

それこそが、今の詩堂 善の住む世界。

 

「一日が……長い……」

帰ってきた事を兄に喜ばれた、しかし両親はそうではなかった。

興味を失っていた疫病神、成功作である兄に成れなかった失敗作の帰還にやはりどこか他所他所しかった。

表面上は穏やかな会話、しかし心の底にあるモノが善には透けて見えた様に感じれた。

 

帰ってきた時の二人の顔を思い出す。

口では心配するが、目で言っている。

「なぜ帰ってきた?」「此処にはお前の居場所はない」

善は逃げる様に自分の世界へと帰ってきた。

 

 

 

何も考えず、何もせず、何かから逃げる様にずっとパソコンの画面だけを見ていた。

しかし、それも終わりだ。やることが無いと、パソコンを電源を落とした。

消えた画面に、死んだような目をした自分が映った。

 

その姿を見るとなぜか、悲し気持ちになった。

 

「俺は、確かに進んでいたハズなんだ……

この、俺から、変われたはずなんだ……

ちくしょう……ちくしょう!!!」

誰に向けるでもない怒りが込み上げて来て、パソコンの横の壁を殴りつける!!

 

「痛ッ!」

何かを殴った衝撃と、多大な痛みが腕に走った。

なぜか殴った手の皮膚が小さく裂けている、数本の傷後から血が滴り落ちている。

 

「なんで……?」

何時もしていた様に、自身の右手に気を纏わせる。

鮮やかな血の様な赤い色をした、気が腕に巻き付くハズだった。

しかし、現れたのは黒く濁ったヘドロの用な気、重く鈍い気。

 

「くあッ!?」

その気が善の腕を傷つける!!

咄嗟に解除して、腕の傷を見る。

さっきの裂傷は他でもない自分の力だったのだ。

 

「ははッ……もう、もう自分にすら見捨てられたか……」

なぜか渇いた笑いが喉から漏れた。

 

もう嫌だ。全部が嫌だ。

 

改めて思う。『夢』の時間はもう終わった。

これからは、何もない空っぽの自分として生きて行くのだ、と。

 

全てを忘れようと、ベットに潜り込んだ。

 

カサッ……

 

ポケットから一枚の紅葉が出てくる。

何時か、妖怪の山で静葉様にもらった物だ。

 

その葉は色あせない鮮やかな紅色をしていた。

 

「もう、寝よう……」

全てが有る部屋で、何もない善が眠りについた。

願いが叶うなら、この葉っぱが『夢』の続きを見せてくれる事を祈りながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夢の終わり』

 

 

 

「少年君、少年君。起きたまえよ」

 

「う、う~ん?」

一人の少年が造りの良い和風の部屋で、着物を着た少女に揺り起こされる。

上等な作りの狩衣の様な姿で、烏帽子を頭にかぶっている。

 

「はぁ~あ……ミヤコさん、おはようございます……」

少年が眠い目を擦りながら、背伸びをして布団から這い出す。

 

「うん、少年君おはよう。朝餉の準備はもう出来ているよ?」

その様子を見た少女が満足そうに頷いた。

 

「すぐに、行きます……」

少女に連れられ、少年はうつらうつらしながら少女の後を付いていく。

 

ふわりと甘い匂いが少年の鼻をくすぐった。

桜と梅の匂いだ。

 

「良い香りですね……」

 

「んん?少年君、それは私に言っているのかな?なるほど、異性の体臭で興奮を催す人種だったのか……

構わないよ、私の体臭で良ければ好きなだけ嗅ぎたまえ!!」

ばっと、目の前の少女が両腕を開く。

ハグの体制だろう。

 

「……違いますよ、ミヤコさん。

庭の梅と桜ですよ。()()()()なんですね」

 

「ああ、()()()()()()()が、今はすっかり春だよ。

忙しい物さ」

ミヤコと呼ばれた少女が、花を見ながらほほ笑んだ。

 

「うーん、そろそろ何か……

思いだしてもいいのになぁ」

少年が、困った様な表情で指で鼻の頭を撫でる。

 

「まぁまぁ、ゆっくりやりなよ。

私はこのままでも構わないんだよ?」

 

「そんな事言うなら、俺の事教えてくださいよ!!」

 

「さぁ~てね?気が向いたら、教えてあげるよ」

ミヤコは少年をからかう様に笑った。

 

 

 

 

 

この少年には、此処に来るまでの記憶が一切ない。

気が付いたら庭で、ミヤコと名乗るあの女と一緒に俳句を作っていた処から少年の記憶はスタートする。

 

ミヤコと名乗る女の住むこの場所はとても不思議な場所だった。

大きな日本風の屋敷で、庭には池と様々な種類の木々や花が埋められている。

此処までは何のことの無い普通の屋敷だ。

 

だが、おかしいのはここから。

『毎日』季節が変化するのだ。昨日は大雪だと思ったら今日は庭でタンポポが咲き誇っていた。というのも珍しい事ではない。

一日一日と時間は過ぎていくのに、天気も季節も全てバラバラ。

全く持っておかしな世界なのに、その住人のミヤコは何も教えてくれない。

 

ただ毎日、詩を読んで何かを食べ、少し庭に出て花を愛でる日々。

そんなゆっくりした日々が流れていた。

 

 

 

「花と雲――いや、花吹雪……違うな、うーむ……」

ミヤコが手に筆と紙を持って、花を見ながら小さくうなっている。

花盛りの桜を使った詩を読みたい様だが、良い句が出てこない様だ。

風に散った花びらが、地面を薄桃色に染めていく。

 

花舞(はなまい)なんてどうですか?散るや、落ちるより楽し気ですよ?

地面に眼をやって、花びらで染まる様子を『桃染め』なんてのもどうですか?」

うなるミヤコに対して、お茶を持って来た少年が口を出した。

ミヤコは表情を変えずに、目だけチラッと少年の方へ向ける。

 

「少年君。君のアイディアは見事だ、素晴らしいよ。

けどね?私としては、良い表現を先に言われる。というのはなかなかに悔しい物が有るんだよ、分かるね?」

 

「ではどうしろと?」

 

「やんわり教えてくれたまえよ、やんわりと」

ミヤコは少年の持って来た湯呑を取ると口に含んだ。

春の陽気に、小さく彼女の吐息が混ざった。

 

「そこは各人の表現の自由ですよ……」

 

「ああ!!少年君が冷たい!!幼い時はあんなにも私に懐いてくれていたのに!!

ああ!!あの日、少年君は私の為に将来を捧げるとすら言ってくれたのに!!」

急に悲観する様な顔をして、両手で顔を覆い泣きまねを始める。

 

「嘘でしょ?どうせ、なんとなくソレは嘘だってわかりますよ」

 

「バレたか」

あくまで冷静な、少年の言葉を聞いてミヤコは小さく舌を出して笑った。

少年はどうにもこの顔を見るとすべてを許してしまいたくなるのだった。

その後もゆっくりと時間は流れていく。

ゆっくりと、しかし確実に――

 

 

 

「少年君、少年君」

ミヤコが少年を廊下で呼び止めた。

 

「なんですか?急に」

 

「今日は、良い月が出そうなんだ。

一緒に縁側で月見でもしないかい?」

そう言うと、皿に盛られた団子の山を見せる。

 

「いいですね、そういうの」

少年もその言葉に習い、縁側に座布団を運ぶことにした。

 

 

 

「うん、今夜はいい詩が読めそうだ……」

団子を片手に、縁側で足をぶらぶらさせながら夜空に浮かぶ月を見る。

 

「上弦の月ですね」

少年が下半分が消えた月を見上げ、つぶやいた。

 

「あはは、違うよ。今夜は下弦さ。

ほら、アレ上半分が弧を描いているだろう?

下弦、上弦はいずれも弓をイメージしているのさ。

弧を描く部分が、弓でその両端が弦を張る部分になる。

だからアレは下弦」

すっかり勘違いしていた少年の間違いを、ミヤコは優しく笑いながら教える。

 

「そうだったんですか……」

 

「少年君、女の子相手に月を見ていう言葉がそれかい?

相手にガッカリされても知らないよ?」

バカにしたように少年に笑いかけるミヤコ。

 

「いや、そんなに蘊蓄知らないですし……」

 

「おやおや、それは残念だ。

月の蘊蓄は意外と面白いのに……

水面の月を取ろうとして死んだ詩人は知ってるかい?

自らの天下を望月に例えた政意者は?

『あなたと居ると月がきれいですね』の英訳は?」

困った様な顔をする少年に対して、ミヤコが畳みかける様に様々な知識を披露してくれる。

なんだかんだ言ってミヤコは説明するのが好きなんだと、少年はうっすらと理解していた。

 

「今夜は、一晩中付き合う事に成りそうですね」

冗談めかして、少年がミヤコに話す。

だが、その時ミヤコが悲しそうな顔をする。

 

「今夜だけじゃないさ、君には私の知っている事を全て教えてあげたかった。

けど、残念だね。

()()()()()()、少年君。君は本来此処に居るべきではないんだ」

 

「どういう事ですか、ミヤコさん……」

ミヤコの言葉に、少年が固まる。

嫌な予感がする。

 

「!? これは――」

気が付くと、少年の足から先が消えているのに気が付いた。

 

「此処はね、なんて言うんだろう?私の魂の記憶の世界なんだ。

本当の私はもう、ずっと前に死んでるんだ。

けどね、体にも記憶は残るんだよ。

たとえ魂が消えても体に記憶は残ってる、たとえ脳が忘れてもね。

この世界はそうやってできた世界だ。本当は君はいない」

 

「なにを……何を言ってるんですか!?訳が――」

少年の声が響いていく、尚も体は消え続けている。

足先が完全ぬ消え、どうやって自分が立っているのかすら、分からなくなってくる。

 

「けど、君は今ここに居る。

【私】が君の魂の入れ物として自分を使ったからだね」

 

「???」

最早完全にミヤコが何を言っているのかわからなかった。

只、何処となくこの人は自分の為に何かをしてくれてるのが分かった。

 

「君は今、生と死の間に居るんだ。

死ぬのはダメだ、けど帰る為の体が壊れた。

だから君の師匠が、新しい体を用意してくれたんだね。

お別れだ、君はもう少ししたら自分の体に帰るんだ」

 

「だから訳が分からないって言ってるんですよ!!」

さよならは嫌だ、そんな気持ちが胸から口へと言葉として駆け抜けた。

 

「お別れだよ少年君。

けど、永遠の別れじゃない。

君はきっと覚えていないだろうけど、私はずっとそばに居るよ。

私も【私】も少年君の事が大好きだからね。

さぁ、夢の覚める時間だ。君には現実の世界が待ってる。

少しの間だったけど、君と話せて良かったよ。

 

行っておいで、詩堂 善。

君の夢は、まだ終わるべきじゃない――」

最後の言葉を聞き終わる前に、少年のすべての体が消えてなくなった。

ただただ、消えていく景色を見ていただけだった。

 

 

 

 

 

「新しい体に、善の魂が入ったわ。

芳香、お疲れ様」

とある部屋の中、師匠が2体のキョンシーを前にして話す。

一体は、少女と呼べる位まで成長していた。

 

「善……小さく成ったな……」

目の前には、10歳に満たない程度の幼子のキョンシーが居た。

善の仮の体となる為、師匠が用意したものだ。

 

「そうね、けど死ぬよりはいいでしょ?

もうしばらくしたらきっと目を覚ますわ。

吸血鬼相手に大立ち回りして……

本当にこの子は無茶するわね、心労が絶えないわ」

 

「けど、大切な弟子だろー?」

 

「うふ、そうね。この子は大切な私の弟子よね」

芳香の言葉に師匠が笑い返した。

 

大切な思いは、夢の中へと消えた……

しかし、何処か。心の何処かに残っているのか――

幼い容姿のキョンシーの目から、一滴の涙がこぼれた。

善が現代に帰る約一か月前の話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある墓の真ん中で、一体のキョンシーが涙を流し続けている。

拭っても、拭っても一向に涙は止まってくれない。

 

「困ったぞ、どうしたんだ?どうして止まらないんだ?」

自分の泣いている理由が分からない。

だが胸が締め付けられる様に痛くて、理由も無いのに苦しい。

こんな事始めてだった。

 

「わ、私は警護をしなくちゃいけないんだ!!」

何かを振り切る様に頭を振るい、何時も自分が待機しいる場所まで走っていく。

 

トタタタ……トタタタ……

 

おかしい、此処でも違和感がある。

自分は一人だ、だけどいつもは誰かが一緒に走っていた気がする。

説明不能の違和感が芳香を締め付ける。

 

チラリと、誰かの顔が頭をよぎった気がした。

 

「お前は、誰だ?」

問いかけるが所詮幻。答えてくれるはずはなかった。

逃げる様に走って、何時もの場所にたどり着く。

 

自分は今から、此処で警備をしなくてはならない。

目印にしている墓場にとある物が置かれている事に気が付いた。

 

風に吹かれてカラカラ回る、風車(かざぐるま)

青赤黄色の様々な色を閉じ込めた様な、ビー玉。

 

芳香はそれに見覚えがあった。

 

「コレは――私がもらった物だ……」

 

『もっと高い物でも良かったんだぞ?』

 

「ッ――!!」

脳裏に響く知らない誰かの優しい声。

 

自分はこの声の主を知っている。

自分のすぐそばに、いてくれた気がする。

 

「――――ッ!!ぁああぁぁ……ああ!!」

まるで雪崩の様に、優しい誰かの記憶が流れてくる!!

 

『ほら、行くぞ?』『噛むんじゃない!!』『ほら、おかわり持ってきてやったぞ?』『女の子が体を冷やすのは良くないぞ?』『ありがとう、丁度腹が減ってたんだ』『待たせたな、お前の分だ』……

 

何度も自身の名を呼ぶ声。

自分はこの声が大好きだった。

困ったような顔、驚く様な顔、笑う顔、泣く顔。

風車の様にカラカラと変わっていく顔が好きだった。

ビー玉の様に様々な感情を閉じ込めた目が好きだった。

 

自身の心が騒いでいるのが分かる!!

 

『私も【私】も少年君の事が大好きだからね』

胸の中、誰かが笑った気がして――――芳香は走り出した。

目指す場所は決まっている。

 

「そうだ、覚えてる……覚えてるぞ!!忘れるわけない……絶対に忘れちゃいけないんだ!!」

燃え滾るたき火の中に手を突っ込む!!

熱さに手を引こうとしてしまうがダメだ。

この中には、大切な物を落としてしまったのだ。

炎の中、自身の手が目的の物を掴む。

 

ソレは、まるで持ち主の力が乗り移ったかのように――

 

炎の中で、自身の形を保っていた。

 

「コレも覚えてる。私のあげたマフラーだ……

行こう、『善』を探しに」

灰を払うと、芳香は自身の首にマフラーを巻き付けた。

 

「何処に行くつもり?それは捨てておいてって言ったハズよ?」

墓の奥の洞窟から、邪仙が姿を現す。

 

「善を探しに行く」

芳香の言葉に、邪仙が目を見開いた。

 

「何で……覚えて?」

 

「あの時、善は悲しそうだった。

きっと一人で待ってる、だから私は善を探しに行く!!」

 

「『待ちなさい』」

術を込めた言葉で芳香を制止する。

だが、そんなものは最早意味がなかった!!

芳香は一人、悠然と歩いていく。

 

「なんで……なんで、あなたまで!!

『止まりなさい』『止まりなさい』『止まりなさい』よ!!」

 

「嫌だ。」

 

「ッ~~~~~!!わかったわよ!!

分かったわ、そう、分かったわ……

あなたの気持ちは分かったわ。

だから待ちなさい、善を追うのにも準備が有るわ」

邪仙の言葉に芳香が足を止めた。

何かが吹っ切れたような、すがすがしい顔で師匠が笑った。

眼には決意が宿り、萎れていた師匠に活気が戻ってきた。

何を考えているのかわからない、怪しく蠱惑的な笑みを浮かべる。

 

「ええ、じゃあ。迎えに行きましょうか。

そうよね、これ位じゃあの子を諦める訳にはいかないわよね。

あの子が居なくなったショックでそんな事すら気が付かなかったわね。

 

芳香のお陰で目が覚めたわ……

さて、迎えに行きましょう?どうしようもなく手の掛る、あの子(私の弟子)をね?」

 

邪仙とキョンシーが再び動き出した。




この前、ランキング乗りました!!
急にUA伸びててすごいビックりしました。

これからも、応援よろしくお願いします。

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