此処まで付き合ってくださった読者の皆様に最大の感謝を。
ありがとうございました。
人は生まれた瞬間から、様々な物を受け取る。
魂、肉体そして名前……
とある日、とある場所で一人の男の子が生まれた。
自信家で有能な父親はこう願った。
「この子に多くの才能が有りますように、たった一つの欠点など無い様に」
努力家で人当たりの良い母親はこう願った。
「この子が優しく在りますように、他者から敵意など買わない様に」
『
その子供は親から二つの
少年はこの世に生まれ落ちた。
「善さん!!善さんの匂いがしましゅ~!!」
何時も善の寝ているベットの布団が激しく荒ぶっている!!
跳ねる布団とシーツ、転がる枕!!
何が楽しいのか、橙が善の布団の中で遊んでいるのだ。
というか最近は、気が付くと黒猫姿の橙が良く寝ている。
善本人は、ネコの毛が付くので嫌な様だ。
「たのしいのかー?」
芳香が持ち主のいない布団に向かって話しかける。
「楽しいですよ!!なんというか、抱きしめられている気がします!!」
布団の間から、顔だけ出したネコが満足そうに話した。
直ぐに布団に戻り、また遊び始める。
「暇だなー」
今日、というかこの所善は何処かに出かけている事が多くなった。
ある程度実力がついて妖怪と戦えるからか、一人で出かける事が多々ある。
「ん?なんだコレ?」
橙の暴れるベットの下、そこから何か箱の様な物が幾つか覗いている。
気になった芳香がしゃがんでベットの下からソレを持ち出す。
「お、おー?」
「なんですか、ソレ?」
同じく、気が付いた橙の興味がその箱に注がれる。
黒くて中身は伺いしれない、大小様々、計4つの箱が出て来た。
「またすてふぁにぃか~?善はすてふぁにぃが大好きだからなー」
「くぅ……!!あんな脂肪の塊に――え?」
忌々しそうに、箱を開けた橙が固まる。
箱の中から出てきたのは、オレンジ色の小さな女物のカバン。
コンパクトで非常にかわいらしいデザインだ。
「善がなんでこんなの持ってるんだ?」
「まさか、誰か女の人へのプレゼントでは?」
認めたくないという態度を見せる橙、その言葉に芳香までも少し嫌な気分になる。
「他の箱は、なんだー?」
「開けてみましょう!!」
他人の物である事などすっかり気にしない二人!!
気分はまるで浮気調査中の探偵だ、真実の為なら他人のプライベートなど気にしない!!
手早く二つ目、この中では最も大きい箱を開く!!
「おお?服か?」
「ワンピースですね」
出てきたのは、緑の落ち着いた色合いのワンピース。
当然だが、明らかに男の着るものではない。
「むむむ……!!怪しい……」
「プレゼント?」
「あら、二人とも何してるの?」
善の部屋の壁に穴が開き、師匠が顔を覗かせる、二人が何やらしているのに気が付いた様だった、興味有り気に箱の中身を見ている。
「あらあら、善ったら女の子にプレゼントかしら?
あの子も年頃だものね」
母親がまるで、初めて彼女を連れて来た息子を見る様な優しい目でワンピースを見る。
「何処の女狐ですか……!!善さんを誑かしたのは!!」
怒りに任せて、橙が3つ目の箱を開ける。
その瞬間!!3人の視線が箱の中で止まる!!
「なんだ……コレ?」
「え、え?」
「髪の毛……いえ、カツラね。
人里じゃ、出回ってないハズ――この前、旧地獄で買ったのかしら?」
師匠が箱の中から、黒い長髪のカツラを取り出す。
単体であると不気味な道具だが、それは確かにただのカツラだった。
箱の底には、カツラに付ける物なのか女物の髪留めまでついている。
「「「……まさか……」」」
三者の考えがこのカツラの登場で一気に、ひっくり返る!!
現在出て来たアイテムは、カバン、ワンピース、カツラと髪留め。
その、アイテムを同時に使用すれば――!!
「こんにちは――ってどうしたのこの空気!?」
重い空気の中、タイミング悪く小傘がはいってくる!!
何処かうなだれる3者を見て、驚きの声を上げる!!
「善が、善が変態になったー!!」
「だ、大丈夫ですよ……女装癖が有っても私は、私は!!」
「アレかしら?私が何度もすてふぁにぃを捨てたのないけなかったのかしら?
何処でこんな歪んだ性癖を……
ハッ!?詩堂娘々が癖に成ったのかしら?」
混乱または、動揺する3人から話を聞いた小傘、同じく嫌な汗をかく。
「さ、最後の箱を開けてみましょうよ!!そうすればきっと何かわかるハズ!!」
止める3者を押しのけて、小傘が最後の箱を開ける。
最後の箱は、他の箱の中で一番重かった箱だった。
「コレは――」
あけた瞬間、箱の中か甘い匂いがした。
小傘が箱から取り出した物は――
白粉に頬紅などの化粧品一式!!
カツラ、女物の服、カバン、化粧品!!
これから導かれる答えはたった一つ!!
「ただ今、帰りました」
その日の夜、夕食の少し前に善が家に帰ってきた。
皆のいる居間まで、歩いてくる。
「あ、皆さん集まってますね――――どうしました?」
何時ものメンバーが同時にこちらを見て苦笑いするの感じて善がたじろいだ。
師匠、芳香、橙、小傘の4人が作り笑いを浮かべているのが分かる。
そして、此方をにっこりと不気味な笑顔で迎える。
「さ、さて、夕飯の準備を――」
「それは私がやる!!こういうの得意だから!!亭主関白っぽく待ってて!!」
その場で勢いよく手を上げて、小傘が台所へと走っていく。
こんな事始めてだった。
「???
まぁ、いいや。せっかくだし、ゆっくりするか……」
そう言って、善が座わろうとすると橙が座布団を持ってくる。
「善さん!!私を撫でてください!!
胸もお尻も欲望の赴くまま、好きなだけ撫でてくださいね!!」
座布団を置き、善に自分を撫でる様に迫ってくる!!
「橙さん!?一体どうしたんですか!?撫でませんよ!!
仮に撫でたとしてもネコの時だけ、背中を撫でさせてくれれば結構ですから!!」
偶に撫でろと、ネコ姿の橙が近寄ってくるが人間姿の時は初めてだった。
「ねぇ、善?あなたって、思ったより筋肉あるわね~」
「師匠!?急に一体何してるんですか!?」
スルリとシャツに手を入れ、師匠が善の腹筋を触る。
直ぐ近くに師匠の顔が来て、ドキリとしてしまう!!
「ああん、男の子のたくましい体って素敵。
疲れてるでしょ?マッサージしてあげましょうか?」
後ろから、シャツに手を入れたまま師匠が抱き着いてくる!!
当然こんな事など、今まで一度もない!!
「みんなどうした!?一体何があったんだ!?」
「ぜ~ん、すてふぁにぃを持ってきてやろうか?」
混乱する善に対して、芳香が近寄って来て話す。
コレが善にとってのトドメとなった!!
「あ、アンタ等何が目的だ!?」
橙、師匠を振りほどき、壁際まで逃げる善!!
「解ったぞ!!お前ら師匠たちの偽物だな!!
見た目はそっくりだが騙されないぞ!!
俺の師匠は悪逆非道で冷酷無比な人だ!!」
何時もと違うみんなの様子、善はこの4人が偽物だと判断した!!
「やぁねぇ、私は本物よ?あなたのお師匠様よ?」
優しい顔をして、弁解する師匠に対して善は指を突きつけ、容赦なく言い放つ!!
「嘘だッ!!師匠はあんな事しない!!
寧ろ、俺の弱った所に嬉々として精力剤とか投与する人だ!!
はんッ!見た目は確かに似てるが、師匠の性格の悪さま真似できなかった様――」
「善は年上が好み」
「は?」
善の言葉を遮る師匠の言葉に、善が戸惑う。
危険な状況だというのに、自身の好みをタイプをいう相手に混乱したのだ。
「昨日の夕飯は、肉じゃが。善は芳香に肉を食べられ、結局ジャガイモしか食べていない。
小傘ちゃんの分で薪を使い終わったので、善は昨日、ぬるいお風呂にしか入っていない。
夜、寝ようとして布団に入ったら、ネコの毛が口に入って結局掃除して寝るのが遅くなった。
更に言うと、前去勢しようとした時、善が『まだデビュー前のジュニアをいじめないでください!!』と叫んだことから善は童て――」
「わかった!!わかりました!!わかりましたから止めて!!」
次々と繰り出される、師匠じゃないと知り得ない情報に、善は目の前の女が師匠であると遂に認めた。
というか、これ以上暴露されたくない事を言われると困る!!激しく困る!!
主にプライド的な面が。
「分かってくれた様で何よりよ」
此処でやっと師匠はいつも通りの笑顔を浮かべた。
「で?結局なんでこんな事をしたんですか?」
「実は、善に男らしさを取り戻させようとしたのよ」
「男らしさ?」
思ってもみなかった言葉に、善が師匠の言った単語を繰り返した。
「善さん、コレ……善さんのですよね?」
小傘が戻ってくると同時に、昼間の例の箱を持ってくる。
「カツラに、化粧品にワンピースにカバン……
その……女装の趣味が?」
困惑気味に小傘が尋ねて来る。
他のメンバーを見るが誰も彼も真剣そうにこっちを見ている。
「あー、そっか……確かに、この組み合わせだとそう見えるか……
大丈夫、私に女装癖なんてありませんよ。
これは、皆さんへのプレゼントです、もう少し隠すつもりだったのになー」
そう言って、箱を開いた。
「まずは、この化粧品セット。
コレは師匠に、師匠位の人って何あげたら喜ぶか分かんないので、正直いって店員さんのおすすめですけど……」
そう言って、化粧品のセットを師匠に渡した。
「私に?これを?」
まさか自分のだと予想してなかったのか、珍しく師匠が驚いている。
「次に、このカバン。
これは橙さんへ、いろいろ拾ってくるので小さなカバンを」
そう言って、オレンジ色のカバンを橙に差し出す。
紐を持って肩へとかけてくれる。
「わぁ!!大切にしますね!!」
ぱぁっと花が咲く様な笑顔で橙が受け取る。
「小傘さんは、正直いって変わりダネですがカツラと髪留めです。
ほら、前に『黒い長髪の幽霊は怖い』って話してたでしょ?カツラだけだと寂しいので、髪留めも」
「あ、ありがと……」
複雑な表情で小傘が受けとる。
「待たせたな、芳香。
お前には、このワンピースだ、いっつも似たような服着てるだろ?
女の子なんだから、もっとおしゃれしろよな」
「わ、私にかー?」
何度も見ながら、ワンピースを受け取る芳香。
前に、紅魔館にぬえと一緒に服を取りに行った時、芳香の服のサイズを覚えたのだという。
「あらあら、結構スカート短くない?このワンピース……
芳香、気を付けなさい。
善はだんだん丈の短いスカートを着せて行って、最終的にあなたを自分好みのキョンシーに変えるつもりよ!!」
「そ、そうだったのか!?」
師匠の言葉に、芳香が驚いてワンピースを取り落とす。
わなわなと小さく芳香が震える。
「違う!!断じて違いますからね!?」
「うふふ、冗談よ。ねぇ芳香?
せっかく貰ったんですもの、明日それを来て二人で遊んで来なさいな。
最近、芳香に構っていないでしょ?埋め合わせ位しなさいよ?」
師匠が善に対して、楽しそうに視線を送った。
「おー!!それは良いな!!」
芳香が嬉しそうに答えた。
「それが出来たら、確かに幸せだな」
それに対して善は悲しそうに笑った。
そして再び口を開く。
「けど、ごめんな。もう、時間切れなんだ」
善のすぐ横、空間が割れて中から紫色の派手なドレスを着た美女が姿を現す。
小さく笑い、扇子で口元を隠す。
「こんにちは、今日はいい花見日和ね」
此方の事情など知ったことではないと言わんばかりに、柔和な笑みを浮かべた。
幻想郷で最も有名な妖怪、そして幻想郷の創造者、八雲 紫がそこに現れた。
「善、時間切れってどういう事だ?」
芳香の質問に紫が答える。
「彼は元居た場所に帰るのよ。外の平和な世界にね」
「それは本当?」
師匠が善に視線を投げた。
さっきまでの穏やかな表情は消え失せ、厳しいまなざしを向けている。
「仕方無いんです……」
「そう、仕方ないのよ、コレはルール。
幻想郷で人が妖怪になるのは最大の禁忌、彼は仙人を目指し修業してきた……
それなら別に構わないわ、実際彼以外に修業してる人間もいる。
けど、その人間達は普通は仙人にはなれない、だからその芽を摘む必要は無いわ。
それなのに、この子は例外。
すさまじい勢いで力を付けている……
冬眠から覚めてビックリよ?いつの間にか仙人が一人増えようとしてるんだもの、その場で殺してもいいんだけど――――橙が嫌がるのよね」
チラリと紫が、橙に視線を向けると泣きそうな目で善の袖を握っていた。
(そこまで、この人間が気に入ったのね)
「だから、殺さないで外に返す事にしたの。
この子にもその話はしたはずなのだけど?」
紫の言葉に、全員の目が善に向く。
説明を待っている様だった。
「この前、白玉楼に行った時聞かされたんです……
死ぬか、帰るか……
それなら当然私は帰る方を選びます。
今日まで時間を使ってお世話になった人達に挨拶して回ってたんです……
皆には言い出せなくて……ごめんなさい」
善がみんなに頭を下げた。
誰も言葉を発しはしなかった。
コレが夢だと、ナニカの冗談だと思ってる様ですらあった。
現実味だけが無い、それが素直な気持ちだった。
「皆さんには本当にお世話になりました。
ありがとうございました!!」
善が再び深く頭を下げた時、スキマに落ちてその場から善と紫は消えた。
後には善のいつもしていた、赤と青のツギハギデザインのマフラーだけが残っていた。
「さ、あの先が貴方の部屋よ」
スキマの空間の中、紫がその割れ目を指さす。
「………………」
呆然と善はそのスキマに向かって歩き出す。
「戻ろうとは、考えない事ね。
貴方は本来、外来人でも妖怪の食料として送られた人間よ。
弟子として、過ごしている方がイレギュラーだったのよ」
内容の入ってこない善、気が付くと慣れ親しんだ現代での自身の部屋に居た。
「また、此処か……」
ホコリの積もった机の上にあるパソコンを付ける。
何をする訳でもない、適当にサイトを見て回る。
そう、幻想入りする前の生活に戻っただけだ。
元に戻っただけ、元に戻っただけなのだ……
「これも、もう要らないわね」
善が消えて3日経った、あの日以来橙を見ない。小傘も見ない。
邪仙は嘗て弟子であった男の荷物をまとめていた。
墓場にはたき火がされ、不要な物を燃やしているのだ。
「なんで、なんで善の服を捨てるんだ?」
今にも泣きそうな顔をして芳香が、邪仙に聞いた。
「もう、いらないでしょ?あの子はもう居ないわ」
そう言って、今度は善がいつもしていた、芳香がプレゼントしたマフラーを箱に投げ入れる。
「ッ――!!それは、ダメだ!!それは捨てちゃダメなんだ!!」
邪仙の手から、マフラーを奪い取る芳香。
滅多に見せない敵意のこもった目で、自身の作り主を見る。
「…………覚えていても辛いだけね。今、楽にしてあげるわ」
ゆっくり立ち上がり、小さく何かを唱える。
そして、自身の指を芳香に向ける。
「やめろ!!ダメだ!!消さないでくれ!!」
「大丈夫、コレはあなたの為なのよ?」
壁際に追い込まれた芳香、その額の札に小さく邪仙が触った。
「あ、あ……あ――き、きえ…………
あれー?私は何をしてたんだー?」
キョロキョロとあたりを見回す。
「おはよう、芳香。悪いけど、ゴミを燃やしてきてくれない?
外にたき火がしてあるはずよ。
終ったら、いつも通り、お墓の警備をお願い」
「分かったー!!」
芳香は嬉しそうに、マフラーの入った箱を手にして外に飛び出した。
「別にいいでしょ、善?
もう、あなたには不要な物……
イイじゃない、あなたも私も同じ空の下に居るもの……ね?」
「どーん!!」
箱をひっくり返し、たき火に落とした。
パチパチ……パチパチ……
小さく音をたてて、服が燃えていく。
これで、仕事は終わりだ。
次は墓の警備に行かなくては。
「んー?雨か?」
いつの間にか、自身の上着が濡れている事に芳香が気が付く。
空は晴天、雲一つない。
「おかしいなー?なんで、
止めどなくあふれる涙、しかし芳香にその理由はわからなかった。
「こんな時、なんて言うんだろうな?とりあえず、おかえりかな?」
善の部屋の気配を聞きつけ、一人の青年が嬉しそうに話す。
善とよく似た雰囲気と姿を持つ青年が、歩み寄り善を抱きしめる。
「心配したんだぞ?どこに行ってたんだ?
あ、そうだ。父さん母さんに知らせなっちゃな」
「ただいま、
「ああ、おかえり!!」
この青年の名は詩堂
嘗て、両親のより『完璧』と『善良』を望まれて生れて来た男。
そしてその願いを、見事に果たした男。
そして善に生まれつき、一生消えない劣等感を与え続けた男……
「本当に良かった!!」
何処までも落ち込む善とは裏腹に、完良は何処までも嬉しそうに弟を抱きしめた。
その日の空は嫌になる位、キレイで明るくて晴れていた。
誰も覚えていない事は、なかった事なんかにならない。
忘却に彼方、当人たちでさえ、忘れていても必ずあった事はなくならない。
次回 「想起!!少年Zと少女Y!!」