止めてください!!師匠!!   作:ホワイト・ラム

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今回、かなりまた長くなりました。
うーん、力を入れすぎたかな?


コラボ!!東方交錯録3!!

俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

「なーんか、気にくわないんですよねー」

あてがわれて、玉兎の訓練施設の一角。そこで善が、濡れた芳香の髪をドライヤーで乾かしていた。

 

「おー、おー?おーおー……」

善に櫛で髪を触られながら、芳香が驚きの声を上げる。

熱風が出でて来る道具など、知りもしないのだろう。

 

「この、世界が?」

 

「ええ、そうです」

師匠の言葉に、善が答える。

 

「私たちを『穢れ』って、一体何の積りなんですかね?」

善は芳香や師匠が玉兎に『穢れ』と呼ばれたのが気にくわないらしい。

実際の意味は知りはしないがニュアンス的にこの好まれるものではないと解る。

 

「仕方ない部分もあるわね。誰だって、『穢れ』に触れたいとは思えないわ。

穢れとは、命、あるいはそこから生まれる『死』を意味するの」

 

「『死』?」

師匠の言葉に、善が聞き返した。

 

「ねぇ、道端にネコの死骸が落ちていたら……触りたくなる?」

 

「いいえ、正直言って触りたくありません」

師匠の問いに善が答えた。

死体など、触りたくない。善にとって当然の話だった。

 

「じゃあ、生きてるネコがじゃれついてきたら?」

 

「それは、撫でますね。ネコとか小さい生き物好きですし」

それを聞いた橙が目を輝かせて善の足元に寝転がった。

撫でませんよ?と言っても、そこを離れる気は無いらしい。

 

「なぜ?同じ猫なのに?死体は動かないから、死んでいる方が触る方としても安心できるハズよ?」

今回の師匠の言葉で、善はなんとなく師匠の言いたいことが分かってきた。

 

「無意識に……死を恐れたから?」

 

「そうね、目に前にある『死』を見せつけられるとその『死』が次は自分に移るんじゃないかって、心の底で思うのよ。

だから、『死』を見せつける『穢れ』を嫌がるの」

そう言った後、芳香の表情に気が付いた師匠が芳香の頭を撫でる。

 

「勿論、芳香は別よ?だって、とーってもかわいいんだもの?」

わしゃわしゃと、善の整えた髪をなでる。

 

「お、おー……善は……」

 

「俺も、別に気にしたりしないぞ?そんな理由でお前を嫌ったりしないからな?

俺はお前がたとえ死体でも大切にしてやるからな?」

師匠がしたように、善も芳香を撫でる。

そうすると、辛そうだった芳香の顔に笑顔が戻った。

 

「そ、そうかー?善は、やさしいなー」

えへへと笑って、再び髪を梳かされに戻る。

 

「……ねぇ、善。今のってプロポーズ?」

師匠が口元を押さえながら、善に尋ねた。

 

「え!?ち、違いますよ!!その……普段の感謝を口に出したというか――」

 

「私は善はお断りだなー」

善の言葉を遮って芳香がつぶやいた!!

 

「はぁう!?」

善がその言葉にショックを受ける!!別に告白するつもりなどなかったが、それでも相手からのごめんなさいは心に来るものが有った!!

 

「い、いや……別にショックじゃねーし……」

落ち込む善をみて、師匠たちが笑う瞬間!!

変化が起きる!!

 

白い部屋が、まるでパレットに絵具をぶちまけた様に塗りつぶされる!!

薄暗く、赤い、何処か紅魔館を思い浮かべる様な部屋に塗り潰されていく!!

 

 

 

 

 

そして完成した空間は、洋風の大広間だった。

縦長で長方形の形をしている。

薄暗く、ほんのりと壁の赤い壁紙が見える程度で足元が暗い。

壁には蝋燭が燭台に立てられているが、それでもなお薄暗さをぬぐう事は出来ない。

そんな部屋の中央にテーブルクロスのしかれた長いテーブルが有り、豪華な料理が並んでいる。

そして奇妙な事に、その部屋には()()()()()()()()()()()()()()

 

「急なお誘い、重ね重ね謝罪する。申訳ないね」

低い男の声が響き、部屋にいた善たち一行がほぼ同時にその声の主を見た。

薄暗い部屋の中、蝋燭の頼りない明かりに照らされてその男は椅子に座っていた。

 

「諸君、遠慮せず座ってくれたまえ。私が諸君らをこの次元に招待した――オルドグラムだ」

最悪の魔術師が、そこに座っていた!!

 

 

 

「あなたが私たちをこの世界に呼んだ張本人?」

師匠が険しい目をしながら、オルドグラムに尋ねる。

 

「その通り、私が空間移動術式を使用して君たちをこの次元に呼んだ」

 

「何の為に?」

平然の答えるオルドグラムにさらなる質問を重ねた。

 

「目的は、月人達への陽動の為。穢れを嫌うモノ達には効果は覿面だったよ。

別に、誰かでなくてはいけないというのは無かった。たまたま近くの次元に君たちがいたから呼んだに過ぎない」

目の前に置かれた水差しから、水を汲んで煽るオルドグラム。

その姿は余裕に満ち溢れていた。善たちは知る由もないが、現在のオルドグラムはステッキもマントもない丸腰と言っても過言ではない黒い服装だけだった。

 

「へぇ、ではあなたが私たちをこの場所に呼んだ理由は?」

 

「それを今から話す。まぁ、ただ聞いても退屈なだけだ……

一緒に……食事でもどうかな?腹が減っているのではないか?」

二コリと笑い、席に着く様に促す。

善たちの目の前のテーブルにはいつの間にか豪華な食事が並んでいた。

 

「食事って……そんな怪しい誘いに――」

 

「むぐ……むぐ……この肉おいしいぞー!!」

 

「何食ってるんだ!?」

躊躇する善の隣で、芳香がナイフを手にしてステーキを口に運んでいた。

善が驚き声を上げるが、全く止まる様子は有りはしなかった!!

 

それどころか!!

 

「このスープ、おいしいわね」

師匠までもご機嫌な様子で、コーンスープを運んでいた。

 

「師匠!?なんで食べてるんですか!?毒とか、警戒してないんですか!?」

 

「大丈夫。あの男は本気に成れば、私達を倒すのは余裕なハズよ?

わざわざ毒なんて、まどろっこしい事はしないわ」

チラリと師匠がオルドグラムに視線を送る。

 

「ふぅむ。嬉しいね、此処に来てその胆力、物怖じしない性格。

場数も相当踏んできた様だ……

クククッ、いいねぇ。惚れてしまいそうだ」

椅子に姿勢を崩して、オルドグラムが嬉しそうにのどを鳴らした。

 

「あら、嬉しいお言葉ですわ。けど、ごめんなさい。

私もう結婚してますの、それに娘もいるんですのよ?」

そう言って懐から、一枚の写真を取り出しオルドグラムに投げ渡した。

 

「ほう、見た目麗しい娘だ数年後が楽しみだ」

そう言って再び写真が投げ返される。

 

「あっ……」

写真に写っていた、詩堂娘々を見て善が密かに落ち込んだ。

 

(見た目麗しいって……娘って……)

地味に落ち込んだ善の思考を芳香の声が遮った。

 

「ぜーん!!この肉切れないぞー!」

ステーキにフォークを刺した芳香が善の助け舟を出す様に頼んだ。

 

「ああ、解ったよ。コレはスペアリブだな……骨つきだから、ナイフが通らないんだよ」

渡されたナイフで、骨の部分を切り離していく。

 

「善さ~ん!!私のスープが熱いので、善さんの息でふーふーしてください!!」

何を思ったのか、橙までが自身の皿を持ってやってくる。

 

「いや、自分で出来るでしょ?アッツ!!ちょ!?スプーンを顔に押し付けないで!!」

 

「ふーふーふーふー!!!」

尚も橙は善にスプーンを押し付けてくる!!

因みにどんどん善に体にスープが垂れている!!

 

「はははは!君たちは本当に愉快だな」

その様子をみてオルドグラムが笑った。

 

「橙さん!!行儀よく食べてくださいよ!!小傘さんはきれいに食べてますよ?」

善が指摘した通り、きちっと食べ終えた小傘がナイフとフォークを重ねて斜めに更においている。

 

「ふふん、すごいでしょ?」

どや顔で橙に視線を向ける。

因みにこの後デザートを口に運ぼうとして、服に落として涙目に成ったのは秘密。

 

「ぶー」

善と小傘の態度に、不機嫌に頬を膨らませた橙が自身の机に戻った。

 

「それで、結局この食事会の意味は?」

 

「ああ、そうだった。すっかり忘れていたよ。

私の魔術で君たちを呼んだのだが、正直言って君たちにもう用は無い。

私の目的が終り次第――というよりも、術式自体が私抜きでは存在できない為もうすぐ元の世界には帰れるはずだ。

今回は、勝手に君たちを召喚してしまった事への謝罪だ。

さて、私の話は以上だ。

後は、君たちで勝手にやってくれたまえ」

ソテーの汁を食パンで拭って食べきるとオルドグラムが立ち上がった。

 

「そうだ、最後にこれだけは――――私の邪魔をした場合は、『殺す』」

ゾワッと善の体に嫌な汗が流れた!!

久方ぶりに肌で感じる殺意!!

同じく隣にいた橙が尻尾を逆立てていた!!

その場にいた全員が本能的に理解した!!

この男の言葉に嘘はない!!一件穏やかな雰囲気だが、その心の奥には邪魔者を容赦なく処分する冷酷さと、他者に対する一切の情を捨てた非情さがあった!!

 

「では、失礼」

二コリと笑うと、今度こそオルドグラムが姿を消した。

 

 

 

「ハッ!?」

善は気が付くと、イグニスによって与えられた仮の家に戻ってきていた。

オルドグラムはご丁寧の此処まで戻してくれた様だった。

机と料理のみが、目の前で湯気を上げていた。

 

 

 

 

「逃したか……」

何時からいたのか、イグニスが忌々しそうに入口付近の壁を殴った。

 

「イグニスさん?どうしました?」

並々ならぬ表情を浮かべるイグニスに対して、善が質問する。

 

「何でもありませんよ」

背を向けるイグニスに対して師匠の言葉が投げかけられた。

 

「貴方、あの魔術師と何かあったわね?」

ピクリとイグニスの動きが止まった、その沈黙こそが答えだった。

 

「私は中立の積りだけど、話を聞かない事は無いわ。

あの魔術師の目的……あなた達なら知ってるんじゃなくて?」

師匠の問いに対して、イグニスが少しずつ話し出した。

 

「あの魔法使いは、永琳様の作った『蓬莱の薬』を求めているんです……」

 

「聞いた事のある名ね。確か、魂の形を固定しいて永遠の命を与える薬よね」

師匠の言葉に、善はもちろん橙や、小傘までもが驚く。

 

「そんな良い物じゃ、ないですよ。永遠なんて……

終わりがないってことは、永遠の牢獄なんです。

他人が死んで、世界が変わっても自分だけが変われない――残酷なまでに自分だけが存在し続ける……

生も死も無い自分だけの世界で存在し続けなくちゃならない……

それはとてもつらい事なんですよ」

まるで誰かから聞かされたセリフを読み上げる様に、イグニスが話した。

生物の夢である『不死』。その欠点をイグニスは深く理解しているのだろう。

 

あの魔術師が不死に成る――善はそのことを考えただけで恐ろしくなった。

 

「で?その薬は何処なの?」

 

「言えません――」

師匠の問いに対してイグニスが口をつぐんだ。

 

「ない、じゃなくて言えません?」

横で聞いていた、小傘が口を挟んだ。

 

「あの男が最初に奪おうとした、3本は破壊しました――けど、月の一部の上部達が全ての薬の破棄は出来ないと――」

悔しそうにイグニスが話した。

 

「そんなに……死が、怖いのか」

小さく善がつぶやいた。

穢れを避け、不死の薬に頼り、それでいて退屈な永遠を望む。

全ての者がそうではないのだろうが……

 

「それでは――私はこれで、まだやることが有るので――」

善の言葉を聞いた後で、まるでこれ以上の会話を避ける様にイグニスが出て行った。

 

「待ちなさい。善、この人を手伝ってきなさい」

 

「「はぁ!?」」

師匠の言葉にイグニスと善、両名が同時に声を上げた。

 

「な、なんで私が?」

 

「簡単よ、あの魔術師放っておくと、大変なことになりかねないわ。

今のうちに、処分しておきたいのよ」

明日ゴミの日だから出しておいて、程度の感覚で師匠が話す。

 

「ええ!?私じゃ、勝ち目ないでしょ?むしろ師匠が行くべきでは?」

 

「私が行ってもいいんだけどね?私の術じゃ、周囲に穢れをばら撒くことに成るから、向いてないのよねー。

という事で、行ってらっしゃ~い」

ふりふりと、手荷物ハンカチを振るう。

 

「仕方無いですね、イグニスさん。私で良かったら援護くらいはしますからね?」

 

「は、はぁ……ありがとうございます」

師匠の言葉で、ころりと意見を変えた善を不思議そうに見ながら、イグニスはとりあえず礼を言った。

 

(待っててくれ、依姫……すぐに!)

心の中で固くイグニスは、愛しい人との再会を願った。

 

 

 

 

 

善たちの暮らす墓場。現在は穢れに対応する為、封印がされておりいつも以上に無人の状態となっていた。

 

「そろそろ、時間ですね……」

イグニスが時計を見ながら話す。

 

『では、作戦通りに』

イグニスの耳に付けたインカムから、善の声が聞こえてくる。

あの後、善はイグニスとオルドグラムの情報を示し合わせ作戦を練っていた。

特に墓場の死角になる場所を知っている小傘も意見をだし、紫の空間移動系術をよく見る橙の意見は非常に参考に成った。

 

『あ!』

インカムから小さく、善の声が漏れた。

墓場の真ん中にゆっくりと、男が出現し始めた。

 

「月の吸血鬼……名は、えーと何と言ったかな?

まぁいい。不老不死の秘薬は持って来たか?」

オルドグラムが、縛られた依姫を横に置きステッキを依姫に向けた。

 

「ええ、それならここに――」

イグニスがトランクに入った、青白い薬を見せる。

当然だが、コレは偽物。永琳が作った見た目と匂いを似せた物だった。

 

「人質はここに置かせてもらうぞ?」

オルドグラムが、依姫を二人の中間の場所に開放する。

 

「くッ!!……屈辱だ……」

依姫を迎えに来た、イグニスがその場に薬を置く。

 

「大丈夫だ、さぁ、帰ろう?」

依姫を連れて行き、オルドグラムがトランクを開いた。

 

「ほう?コレが……」

キャップを外し、スポイトで一滴取り出す。

 

「浮上しろ……」

小さく何かを唱えると、オルドグラムの手に一匹のネズミが現れた。

ポタリと薬を垂らし……

グシャ!!

ネズミを握りつぶした!!

 

「この薬……私が望んだものではないな?」

苛立たし気に、オルドグラムがイグニスを睨む。

 

「当たり前だ!!悪いけど、私達はお前なんかに屈しはしない!!

もう、永琳様達に罪を重ねさせはしない!!」

 

「そぉか!!奪われるのが好みか!!」

オルドグラムが、グリモワールに手を伸ばした瞬間!!

魔力の奔流がほとばしる!!

 

「今だ!!全員構え!!」

イグニスの言葉と共に、一瞬にして周囲の墓石が形を変えた!!

無機質な墓石は、ブレザータイプの制服を思わせる、うさ耳の少女たちへ!!

全員が高威力の銃を構えている!!

 

「なにぃ!?」

 

「「「「「「「「「「「「「「ファイア!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」

360度全方位から襲い来る無数の弾丸!!

更に!!

 

「ソフィア!!」

 

「ハイ、イグニス様!!」

イグニスがソフィアを大剣に変換して、跳ぶ!!

 

「『オルドグラム以外へ銃の威力をゼロに!!』」

自身の能力『数を変える程度の能力』を発動させ銃弾を気にせず魔術師にとびかかかる!!

 

「はぁあああああ!!!」

 

「くぅ!?」

半分捨て身の攻撃にオルドグラムが目を見開いた!!

自身に襲い掛かる全方位からの銃弾!!

そして大剣を掲げ銃弾の雨の中、迫りくる吸血鬼!!

 

オルドグラムが馬鹿にした、月が力を合わせ!!

今、最悪の魔術師を倒すべく一つになる!!

 

「しゃぁああああ!!」

 

「なにぃ!?」

銃弾の雨の中、イグニスの剣技がオルドグラムのステッキをはじく!!

 

「まだだぁ!!」

オルドグラムがグリモワールにい手を伸ばした瞬間、ソフィアの姿が再び変化する!!

長く、威力の高いライフルへと!!

 

「今だぁ!!」

イグニスとソフィア、二人の力が合わさりオルドグラムの魔導書を弾き飛ばした!!

 

かに見えたが……!!

 

「はぁはぁ……こいつは……こいつだけは触らせん!!」

オルドグラムが自身の右手を犠牲にして、魔導書を守った。

血の流れる、掌で魔術を発動させようとする!!

 

イグニスとソフィアは既にオルドグラムの術の効果範囲内!!

 

「ははッ!消し飛ばしてやろう!!月の吸血鬼よ!!これで、終わりだ!!」

グリモワールから漏れた魔力が、オルドグラムの手に大剣の形を形成し始める。

 

「ああ、そうです。これで、終わりです」

ボゴォ!!

地面から手が生え、オルドグラムのグリモワールを弾き飛ばした!!

 

「な、に?い、一体何時から!!?」

地面から現れた善によって、オルドグラムが丸腰に成る!!

 

「最初からですよ!!イグニスさんのアイディアです!!」

 

「そう、術を発動する瞬間だけ、魔導書は無防備になる!!

魔法使いの基本ですよね!!狙うなら!!その一瞬!!」

 

ステッキを失い!!魔導書を失い遂にオルドグラムが無防備になる!!

そこへイグニスが双剣を構え一歩踏み込む!!

この一撃は!!自身の無力を乗り越え!!オルドグラムに届く、月の使者の一閃!!

月の者達全員の思いを乗せた一撃!!

 

「はぁああああああ!!!!森羅万象!!一切合切!!全て切り捨てる!!!」

 

「グぅああああああ!?」

2本の剣に切り裂かれ、オルドグラムの体から光の粒子が吹き出る!!

 

「そんな……ばか……な…」

二発目の攻撃で、ついにガラスにヒビが入る様に砕け散った!!

死体も残らずに、光の粒となってオルドグラムが消え失せた!!

 

「や、やった……やったぞ!!」

一匹の玉兎が小さく、つぶやいた。

 

「侵略者を倒した!!」

二匹目の玉兎の言葉で一気に歓声が広がった!!

 

「あー、怖かった」

 

「そ、そうかしら?アンなの余裕ー余裕ー」

 

「アンタ逃げようとしてたくせに、良く言えるわね?」

やんややんやと、玉兎同士が笑い出す。

皆、緊張の糸が切れてその反動が来ているらしい。

 

「イグニス、良くやってくれた」

 

「依――うわっぷ!?」

依姫がイグニスに抱き着いた!!

その様子をみて、他の玉兎たちがヒューヒューと口笛を吹いた。

 

「イグニスさん、おめでとう」

善が笑って、手を差し出す。

 

「善さん、あなたのお陰だ。あんな奇襲普通は出来ませんよ」

 

「イグニスさんだって、私が銃弾を受けない様に能力で助けてくれたじゃないですうか」

二人笑い合って、手を握った。

そこには月と地上その遠い距離を乗り越えた、確かな結束が有った。

 

「それにしても、なんでアイツは消えたんでしょう?死体も残らないっていうのは」

善がすっかり消えてしまったオルドグラムのいた場所を指さす。

もう、グリモワールが落ちているだけだった。

 

「あの男はたぶん幽霊です」

 

「幽霊?」

イグニスの言葉に善が聞き返した。

 

「そう、あの男の侵入経路を探ってみたんですが、不自然に消えた後がありました。

あの男が、貴方たちの住居に居た時、調査装置で調べたんですが明らかに人間とは違う反応を見せました、知ってる限りでは幽霊に近かったんです。

可哀想に、死者が蓬莱の薬を飲んでも生き返る事は――あ」

何かに気が付いた、イグニスが声を上げた。

善が視線を動かすと、小傘が向こうを向いてオルドグラムのグリモワールを触っていた。

 

「小傘さん、ダメですよ?勝手に触って――え?」

振り返った小傘を見て、善が固まる。

小傘の服には、数滴の返り血が付いていた。

 

「オルドグラム……自分を囮にするなんて、馬鹿ね?」

 

「そうでもないさ。お陰で、上手く言ったろ?」

薄っすらと、影の薄く透けて見えるオルドグラムが姿を現した。

 

「な!まだ生きて!!」

 

「小傘さん!?」

イグニスと善が、別の方向に慌てる。

善はまだ状況が理解できていなかった。

 

「どう?私の力にびっくりした?」

善の方を見て、小傘が舌を出す。

 

「い、一体何が有ったんですか!!」

 

「もー、鈍いなー。オルドグラムが本当に無作為にアナタ達を呼んだと思ったの?」

慌てる善を前にして、小傘が馬鹿にしたように言い放った。

 

「コレは、最後の手段だった。彼女は、私の元居た世界の小傘。

ここに来たのは、もともと私と彼女の二人だ」

オルドグラムが指を2本立てた。

 

「気が付かなかった~?」

えへへと笑い再び舌を出す小傘。

次の瞬間、着ている服が変わっていく!!

薄い青の服が、オルドグラムの様な赤と黒を基調とした魔導士風の服へと。

赤い包帯の様な、ベルトが体に巻き付いていく!!

最後に、拾ったオルドグラムのステッキを芯にした傘が完成し、自身の肩に構える。

 

「そして、お前達を呼んだ理由は、お前達の中に『そちらの世界の小傘』が居たからだ。昨日の食事会の時に、入れ替わって居たのに気が付かなかったか?」

そう言われれば、思う所は幾つかあった。

余り馴染みのないナイフとフォークを使いこなしていたり、オルドグラムの殺気の怯えなかったりと、怪しい点はいくつかあったのだ!!

 

「オルドグラム、欲しがっていたものだよ?警備が薄れたのは、狙い通りだね」

そう言って、小傘が青白い液体の入った瓶をオルドグラムに差し出す。

 

「ああ、ありがとう。すべて、狙い通りだ。反魂香――」

魔導書から、お香が出現してオルドグラムに体を生成した。

 

「それは!?」

 

「死者を一時的に、蘇生させる香だ。別に珍しい物ではない」

実体化したオルドグラムがビンに口を付けた。

 

「やめろ!!」

イグニスの静止を振り切って、オルドグラムが全ての薬を飲み干した!!

 

「なんて、事を――不死なんて……」

 

「不死など良い事はない。とでも言う積りか?」

イグニスに対して、オルドグラムが面倒臭そうに話す。

 

「貴様ら不死者はいつもそう言うのだ。永遠の牢獄!?永久の倦怠!?違う!!違う!!違う!!断じて違う!!

それは貴様らが!!欲を失ったからだ!!

この世にある無限!!それは人の欲望!!金、名声、地位、名誉、財産!!

まだまだまだまだまだまだまだまだまだ!!!欲しい物はいくらでも有る!!

我が欲望は留まるところを知らぬ!!!我が欲望は無限!!我が欲望は悠久!!

そして、その欲望を満たすには不死という永遠の器が必要なのだ!!

ふはは、フハハハハハは!!遂に!!遂に手に入れたぞ!!

無限の欲望を満たす永遠の器が!!はぁああああははははは!!!

わぁはははっは!!!ヒャハ!!ヒャハハハハハハ!!!!!!」

オルドグラムが狂ったようにゲラゲラと笑い出した!!

 

「さぁ!!!新しい私の体の試運転に付き合ってもらおうか?」

凶暴な笑みを浮かべ、オルドグラムが善とイグニスに向き直った。

 

ヒュン!!

 

一発の弾丸が、オルドグラムの頬を掠っていった。

頬に付いた血を見て、オルドグラムが不機嫌になった。

 

「どうした事だ?私は不死だ、なぜ傷がふさがらない?」

 

「咄嗟に、薬の効力をゼロにした!!アンタは、今は不死じゃない!!

そして、アンタが初めて私に会った時言った言葉……

その反魂香、タイムリミットが有るんだろ?霊体は薬を飲めない。

アンタはリミットと同時に体内の薬を失うんだよ!!」

銃を構えたイグニスが、そう言い放った!!

 

「なるほど!!つまり!!貴様を殺し、能力を解除させれば問題ないんだな?」

オルドグラムがステッキを召喚し、イグニスに躍りかかる!!!

 

「残念だけど!!今回は私もいるよ!!」

同じく小傘も、イグニスに向かって跳びかかろうとする!!

しかし、目の前に現れた男に邪魔される!!

 

「なに!?邪魔しないでよ~」

 

「そうはいきません!!小傘さんを返してもらうまではね!!」

小傘の目の前に、善が立ちふさがった!!

その怒りに呼応するかのように、全身から赤い気が流れ出る!!

 

「小傘?あー、あなたの世界の私ね?ハイ」

グリモワールを開くと、縛られた小傘が、地面に倒れる!!

 

「むー!!むー!!」

口に布を巻かれ、うごめいてる。

 

「あ。」

目の前のオルドグラム世界の小傘を見て善がどうでもいい事に気が付いた。

 

「ん?どうしたの?」

オルドグラム小傘が不思議そうな顔をする。

あちらの服装は、赤と黒の魔法使い風の姿。しかしベルトが体に巻かれ体のラインを強調する形になっている。

 

(あっちの方が、俺たちの世界の小傘さんより、大きいぞ……)

何処とは言わないが、兎に角大きかった!!

 

「小傘さん、すぐに助けますからね!!――ああ!?」

縛られる、小傘を見て善が更に気が付く!!

 

後ろ手に縛られ、胴体に縄が巻かれた小傘。

縄がぴっちり服越しに肌に食い込んでおり……

此方も、同じくらい大きかった!!

 

(着やせするタイプだったのか!?)

ドウでもいい事で、小傘に驚く善!!

 

「あれ?」

 

「ふぐ?」

二人の小傘が同時に善の驚きの感情を食べる。

なぜ、驚いたのか気が付かないが……

 

「ぜーん!!ここは任せろ!!」

 

「善さんは向こうを!!」

呆然とする、善の後ろから芳香と橙が応援に来る。

オルドグラム世界の小傘に向き直る!!

 

「二人とも――よろしくお願いします!!」

二人に背を向け、オルドグラムへと走りこんだ!!

 

 

 

 

 

「どうした!!こんなものかぁ!!」

ステッキを振るい、オルドグラムがイグニスを追い詰める!!

 

「まだ、まだぁ!!!」

 

「イグニス!!加勢するぞ!!」

イグニスをかばう様に、依姫が走り込み、剣でオルドグラムに切りかかる!!

オルドグラムがそれを簡単にいなしてしまう。

 

「くそ!!強い!!」

 

「強い?私が?もちろんだとも!!努力を怠った者が私に勝てるハズ無いのだ。

私は、力の為ならどんなことでもした!!生まれ持った力に胡坐をかいたお前達とは違う!!退場願おうか?過去の遺物達よ!!

詠唱――【繁栄と調和の罠(エターナル・トラップ)】!!」

緑と黄色の魔法陣が融合して、金色の鳥に嘴の様な物が出現した!!

 

「なんだ、コレは!?」

光が瞬いたと思うと、周囲の玉兎たちが一斉に金色のイバラが体を縛りあげていた!!

 

「種族ごとに、相手を縛る魔術なのだが月人指定では……やはり吸血鬼には効かないか」

特に残念そうな、顔をせずにオルドグラムが笑った。

 

「はぁあああああ!!!」

イグニスが、大剣を持って再びオルドグラムに切りかかる!!

 

「おおっと!!ずいぶん積極的なアプローチだなぁ?」

拳を握り、イグニスの顔面を殴りつける!!

 

「お前を……許しはしない……月の仲間を馬鹿にしたお前を!!」

 

「ふん!!貴様に許しなど請わぬわ!!」

何度目かもわからない、剣とステッキの打ち合い!!

 

キィン!!

イグニスの剣が飛ばされ、宙を舞う!!

 

「終わりだぁ!!」

 

「させない!!」

善が懐から、札を取り出し自身の額に貼る!!

清浄な気と弱い重力、その二つに強化された仙人にさらに、人体の限界の力を引き出すキョンシーの術式が加わる!!

 

そして時が――遅れる。

 

超高速で善が走り、空中にはじかれたソフィアをキャッチする!!

 

「セイヤー!!」

剣術もまともに知らない善の一撃がオルドグラムを襲う!!

 

「ぐぅ!?単純な力押しで来たか!?」

 

「アンタは、小傘さんに手を出した!!」

善の蹴りが、オルドグラムの腹に突き刺さった!!

 

「ぐほぉ!?久方ぶりの痛みだ……恋焦がれたぞ」

 

「イグニスさん、これを」

ソフィアを投げ渡し、善とイグニスがオルドグラムを睨む。

 

「悪いが、そろそろ時間切れだ……本気で行かせてもらう!!

【浮上せよ】英雄たちよ!!我が力の糧と成れ!!

英雄奇譚(ザ・ストーリー)』!!」

オルドグラムの、ステッキに爆発しそうな濃度の魔力が集まる!!

彼の最後の技だろう。

 

「消えろ!!我が覇道の前に!!」

 

「ソフィア!!行くぞ!!」

 

「はい、イグニス様とならどこまでも!!」

 

「コレが俺の本気だ!!」

魔力を纏ったステッキを振り下ろすオルドグラム!!

善が全身の気をすべて両手に込めて、ステッキを押しとどめる!!

そこへ、イグニスの剣が更にステッキを押し返す!!

 

「はぁああああああ!!」

 

「うおおおおおおお!!」

 

「ぬぅうううううう!!」

魔力の奔流に押され、善が潰れる!!

両腕から、血がほとばしり骨の折れる嫌な音がする。

事実状の善のリタイアにオルドグラムがほくそ笑む。

 

「まだ、だぁ!!」

善が懐から、さらに札を取り出し握る。

その瞬間、善の力が抜けた。

 

「!?」

善の肩に小さな、子供の手が置かれた。

そして、背中から引きずりだされるように青味かかった灰色の髪の少女が現れた、自身の頭の簪を引き抜く!!

 

「師匠のお手製……なるほど」

簪の先端、黒いハートマークに成っている部分をオルドグラムに向ける!!

少女が持つ手の方には、鎖の先に揺れる小さな魔力の結晶。

 

「いくぜ!!小型版!!『邪帝の鉄槌(ルシファーズ・ハンマー)』!!」

青白い炎が、オルドグラムをひるませた!!

そこをすかさずイグニスの剣が切り裂いた!!

 

「やはり……いい……娘……だった………か」

オルドグラムが今度こそ倒れた。

 

数瞬後、再び光となってオルドグラムの体が消えた。

ビチャっと音をたて、地面に青白い液体が零れた。

 

「私達の勝ちです」

イグニスと善が霊体の戻ったオルドグラムを見下ろす。

 

「その様だ……いつの時代もうまく行かない物だ」

残念そうにして、霊体の戻ったオルドグラムが立ち上がる。

 

「悪いが、今回はあきらめさせてもらおう?小傘!!」

 

「はぁ~い。わちきをお呼び~?」

傘を使って跳ぶ、小傘の腰のベルトにオルドグラムのグリモワールが巻き付かれる!!

 

「ふはははは!!さらばだ、月の吸血鬼!!また、何時か運が悪ければ会おう!!」

笑いながら、空間に穴をあけて消えていった。

 

「逃げられた……って事ですかね?」

善が高く成った、声でイグニスに聞く。

 

「追い払った、って思いましょう?出来ればもう2度と会いたくないですか……」

お互い、フッと笑い合う。

 

ぐらららら!!

 

地面が揺れ始めた。

オルドグラムが居なくなって、空間を繋げることが出来なくなったのだろう。

少しずつ、墓場が浮かび始める。

 

「さよならですね、イグニスさん」

 

「そうですね……また、何時か運が良ければ会いましょう」

イグニスと善の距離がどんどん離れていく。

最後に拳を打ち合わせて、また、何事もなかったかの様に善たちの墓場は消えていった。

 

 

 

 

 

「はぁ……大変な日でした……」

イグニスが愚痴をこぼした。

 

「イグニス様、けど楽しそうじゃないですか?」

 

「わかるかい?」

偶にはああいう出会いも悪くないと、イグニスは密かに思った。

 

 

 

 

 

「あー、やっぱ我が家が一番だなー」

戻ってきた世界で、善がちゃぶ台でお茶をのむ。

 

「そうね、月の資料とか、面白い物も見れたし」

ほくほく顔で、師匠が何かを書いていく。

 

「私を、使ったのってまさか……」

 

「月の、技術を見る為だけど?」

 

「やっぱりアンタ!!それが目的か!?――うわッ!?」

平然と言い放つ師匠に対して、立ち上がろうとしてコケる善。

 

「あーあ、まだ、月の重力が抜けないの?」

 

「だって、地上に帰ってきたら、6倍重くなるなんて、聞いてない……」

すっかり月の重力に成れた善にとって、地上はすさまじく重く感じるのだ!!

 

「なら、今回はこれで――」

札を押し当てられると同時に、善の体が軽くなる!!

 

「お、おお!?」

 

「詩堂娘々なら、体重が軽いから大丈夫よね?」

 

「う、うーん……まだ少し……重い様な……」

 

「善さーん!!」

その時小傘の声が響く!!

 

「見て見て!!、別世界の私の着ていた服、作ってみたの!!着て着て!!」

目を輝かせて、小傘が迫る!!

 

「絶対に嫌です!!アーッ!!」

善の抵抗空しく散る声が今日も響いた。




12000文字越え……はー、疲れた……

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