うーん、進めたいように物語が進まない。
少しもどかしさを感じます。
私はリンジーノ・R・バイト。
紅魔館で執事長をさせて頂いております。
皆さまどうか、気安く『レジル』とお呼びください。
白いシャツに黒いジャケット、そして仕立ての良いズボン。
青と赤のネクタイを締めれば、それが私の
太陽がのぼる前に私の仕事が始まります。
チリーン……!!
早速お嬢様のお呼びですね。
さぁて、今回は何をお望みですか?
…………名乗り口上はこれで良いですかね?
流石レジル!!バッチリよ!!
はぁ……帰りたい……
ジャァ……ジャッ、ジュー……
フライパンにバターを伸ばし、牛乳と刻んだチーズを混ぜたとき卵を何個も投げ入れる。
調理するのは、少し前から配属された執事、詩堂 善。
正式に調理部に配属された訳ではなく、現在は研修という形に成っている。
通常、紅魔館の仕事の部が幾つか分かれている。
一つ目は、善が今やっている様に調理部。
二つ目は、十六夜 咲夜がほぼ一人で行っている掃除部。
三つ目は、紅 美鈴が率いる門番部隊、当然だが門番を美鈴一人がやっている訳ではなく、戦闘にある程度心得の有る妖精が配属される。
その他として、図書館の小悪魔の応援、買い出しなど細かな部分は多く有る。
此処は、紅魔館の第二厨房。
第一厨房では善の先輩に当たる妖精メイド(調理部)が屋敷の主要なメンバー、当主のレミリアや、客人であるパチュリーなどの為の食事を作っている。
この第二厨房では妖精メイドや門番部隊、さらには何故かいるゴブリンたちの食事を作る場所となっている。
第一厨房が高級な料理を少人数分調理するのに対し、此方では安価な料理を大量に制作する事に成っている。
「スクランブルエッグ、追加分入りました!!次、マッシュポテト調理入ります!!」
妖精メイドに自身の作った木製ボウル一杯のスクランブルエッグとケチャップを渡し、皮をむいて茹でておいたジャガイモをザルにあける。
以前命蓮寺で少し人数が増えた料理を作ったが、今回はさらに大人数となっている為少し手間取ってしまう。
そう考えると、師匠の家のでの食事の準備はずいぶん楽に思える。
「レジル執事長なかなか、手慣れてるねー?」
ポテトを潰す善に、横から声をかける妖精メイド。
彼女は別のフライパンでベーコンを焼いている。
「毎日、家で食事を作らされていましたから……っていうかすっかり『レジル』が定着しつつある……」
「ソレ、妹様が付けた愛称でしょ?執事長の本名ってリンジーノ・R・バイドじゃないんですか?」
「名前を一向に憶えてもらえない……」
初日に勘違いでフランドールにつけられた『レジル』という愛称はもはやすっかり紅魔館内で定着していた。
殆どの妖精メイドたちが、善の本名をレジルだと思い込んでいるのだ。
むしろ本名が使われないせいで『詩堂 善』と聞いてもそれ誰?状態なのだった!!
「まぁまぁ……執事長。落ち着いてくださいよ、すぐに慣れますからね?」
そう言って妖精メイドが調理の手を止め、大皿にカリカリに焼けたベーコンを乗せ給仕の妖精メイドに渡す。
違う、そうじゃないという言葉を飲み込み今は自分の仕事に集中することにする。
「ふぅ……カットフルーツ完成……」
デザートに当たる果物を切り終え、やっと善の朝の仕事が終わる。
今日善に与えられた仕事は、使用人たちの食事の調理。
テーブルに並んだはずの料理を取りに向かうが……
「うわぁ……ほぼ全滅か」
大量に調理した料理が殆どもうなかった!!
少数の豆の茹でた物と、パンが数枚、皿の端に残った冷めたスクランブルエッグ程度。
「時間がかかるとみんな食べちゃうんですよね~」
同じく使用人の一人である、小悪魔がリンゴジュースを口にしながら、善に語り掛ける。ちなみに小悪魔は善の本名を知る数少ない住人である。
「しっかり食べてくれる嬉しさと、空腹感が心の中でせめぎ合ってます……」
素直に喜べない気持ちを胸に、善がつぶやいた。
「まぁまぁ、こんな事も有ろうかと――ジャーン!!善さんの分をキープしておきましたよ」
悲しそうな顔をした、善の前に小悪魔が一人分の朝食をもってくる。
トレイにあらかじめ取っておいてくれた様だった。
「こ、小悪魔さん……ありがとうございます!!」
感動の余り小悪魔の手を取って善が喜ぶ!!
「あはは、そんなに感動されると逆に照れますね~」
「いえいえ!!朝ご飯は一日のエネルギーの始まりですよ!!
仙人としても、食べない訳にはいかないんですよ。
では、いっただきま――」
「レジル執事長、お願いが」
善が手を伸ばそうとするとき、さっきまで一緒に調理していた妖精メイドが話しかけて来る。
「ん。なんですか?」
口に入ったパンを飲み込んで、話を聞く。
「あの、門番の美鈴さんの分を持って行ってもらえません?」
そう言って、手に持っていたサンドイッチの入ったバスケットを善に差し出す。
美鈴は門番だ、その仕事を果たすべく毎日門の前で侵入者を待ち構えている。
おそらくだが、夜の間も眠る事なく侵入者に対して目を光らせているのだろう。
そう考えると善は、食事を持って行かなくては!!という使命感にかられた!!
「解りました、ちょっと行ってきます。
あ。ご飯はまだ食べるので残しておいてくださいね」
小悪魔にそう告げ、サンドイッチのバスケットを受け取り厨房から走っていく。
「どうです?詩ど――じゃなかったレジルさんの方は?」
小悪魔が、近くにいた妖精メイドの話しかける。
「執事長ですか?うーん……実際有能なんですけど、たまーに『この人、闇深いぞ』って言う発言するんですよね」
「へぇ……そうなんですか」
それを聞いて満足げに小悪魔が立ち上がった。
その瞳は面白そうな物を見つけた、子供の用にきらきらしていた。
リンゴジュースを再び、手に取る。
紅魔館の紅い長い廊下を出て外に出る。
屋敷を囲むこれまた紅い塀を伝って屋敷正面まで歩いていく。
小さな守衛室の外、門の前に美鈴が居るハズだ。
「美鈴さーん。お疲れさまでーす、朝ご飯持って来ました……よ?」
「ZZZ……ZZZ……ZZZ」
門にもたれ掛かり、帽子で視線を隠す美鈴。
善が近づくと静かに、いびきの様な物が聞こえて来る。
「美鈴さーん?もしもし?美鈴さーん?」
「ZZZ……ZZZ……むぅ……サボってないです……ZZZ……ZZZ……」
これはもう!!どう見ても!!明らかに!!
「寝てんのかい!!」
善がその場で勢いよくツッコミを入れる!!
結構な声を上げたのに尚も美鈴は眠ったまま!!
「えー?寝ずの番じゃなかったのか?思いっきり寝てるし……ってか起きない」
「ZZZ……」
ポテンと帽子がずり落ち、地面に落ちる。
非常に気持ちよさそうな顔が露わになった。
その表情をみて、善がほほ笑んだ。
「せっかく寝てるんだから、もう少しそっとしておいてあげますか」
渡された、美鈴のサンドイッチを足元に置いてその場から去ろうとする。
「善さーん!!」
上空から声が掛かり、空を見上げると……
「小傘さん!!来てくれたんですか?」
傘を使い、空を飛んできた小傘が下りて来る。
「はい、コレ。お師匠さんの所から持って来た善さんの服です。
制服は有っても下着類は無いでしょ?」
そう言って、大き目の袋に入った衣類を渡す。
「ありがとうございます!!いやー、お恥ずかしながら昨日からパンツを替えてなくてなくて……
本当にありがとうございますね」
そう言って小傘の頭に手を乗せ頭を撫でる。
「えへへ……」
褒められた嬉しいのか、小傘が顔をだらしなくゆがめる。
「さて、着替えたらまた仕事だな」
小傘に短く別れを言って後ろを振り返った時!!
「侵入者はっけーん!!!紅魔館には一歩も入れさせませんよ!!」
「え?ちょ、ぐぇ!?」
突如美鈴が跳び起き善にタックルを食らわせる!!
地面に倒れた善に容赦なく、足を絡め4の字固めをかける!!
「いででで!!ギブ!!ギブギブ!!美鈴さんギブ!!」
「あわわわ!!善さんが何時もの様に!!」
必死な顔で地面をタップし続ける善!!
最早半分予測していた小傘が、その様子を見て慌てる!!
「美鈴さん!?美鈴さん!!放し――」
「むにゃ……私が……zzz……守る……」
「寝てんのかい!!寝相悪ぅ!!師匠とどっこいどっこいレベ――いででで!!」
寝ぼけながらさらに善に技をかける美鈴!!寝ているのに非常に技のクオリティが高い!!
流石門番!!流石妖怪!!意識を失い尚も門を守るその心意気には見習いたいものが有る!!
「も、もういやぁ……もうらめぇ……もう寝技らめぇ!!イギィ!!!」
グギィ!!
「ぜ、ぜんさーん!!!」
小傘の見守る前で善が断末魔を上げ動かなくなった。
数分後……
「ふぅ、よく寝たなぁ……ふぅ~わ……
アレ。サンドイッチだ、誰かが持ってきてくれたんですね」
目覚めた美鈴は上機嫌で、サンドイッチに手を付ける。
「うん!!美味しい!!」
にこやかな顔で美鈴が笑った。
*善は小傘の尽力に付き救出され、逃げ出しました。
「はぁはぁ……美鈴さんに……届けてきま、うぐ!!
届けてきましたよ……サンドイッチをねぇ!!」
ボロボロの姿の善が、扉を開き倒れる様に椅子に座る。
「あの~ずいぶんボロボロだけど……大丈夫?」
小悪魔は心配そうに、善を見る。
何かたくらむというより、完璧に心配している様子だった。
「ははは……ちょっと……寝技を食らいました……
大丈夫です、これ位……もはや日常レベル……
ふひひ!!私に平穏は似合わない……これで、良いんだ……ふひひ……」
疲れた様に善が無理して笑う。
むしろ壊れた人形の方がイメージとして近いか。
「うわぁ……闇深い……」
さっき妖精メイドに言われた感想を、早速小悪魔が口に出した。
「どうしたの、レジル?朝からお疲れ?」
重い空気を蹴散らす様に軽快な声が善にかけられる。
気が付くと善の真正面にフランが座り、パンをかじっていた。
「フランお嬢様……なぜ使用人用の食堂へ?」
「えーと?ただ何となくレジルに会いたくなったから?」
かわいく首をひねり、コップに注いだ牛乳を飲み干した。
「はぁ……じゃぁ最後にもう一つ。
さっきから食べてる物は何ですか?私の朝食が見当たらないんですがね?」
「うん?テーブルに余ってた。まだご飯食べてなかったから、いただいてまーす」
そう言って最後のベーコンがフランの口の中に消えていく。
「それは私の朝食じゃないですかねぇ!?」
「うーん、67点!!」
善の指摘を無視して、フランが点数をつける。
アリか無しかではギリ有りの様だ。
「あうう……私のご飯……」
空腹を訴える腹を押さえ力なく、善が机に突っ伏す。
それを見て、フランの罪悪感が少し刺激される。
「レジルちょっと待っててね?」
一言そう告げるとフランが、その場から飛び上がる。
屋敷の中だというのに、器用に羽を広げ厨房から飛んでいく。
「フランお嬢さま?」
善はフランの飛んで行った方向を、呆然と見ていた。
「レジルー!!ごめんね?フランのオヤツ上げるから元気だして」
直ぐに扉から戻って来たフランの手には、さらに盛られたクッキーが有った。
まだ熱を持っているのを見ると、出来立ての物を持ってきてくれた様だった。
「良いんですか?」
「うん!!私が食べちゃったのがいけないんだよね?
お腹が空くのは誰だって嫌だもんね?」
そう言ってなおも、クッキーを差し出して来る。
人の(正確には吸血鬼)温かさに、さっきとは違う意味で涙が零れそうになる。
「じゃあ、いただきま……」
クッキーを口元に持って来た時善の腕が止まる!!
ゆっくりと、口元ではなく鼻の近くに持ってくる。
甘い砂糖の匂い、わずかに焦げたよう香ばしいナッツの香り、流れるチョコチップの匂いに混じる『コレ』は……!!
「あのぅ……フランお嬢さま?このクッキー材料は何ですかね?」
一旦クッキーを置き、フランに尋ねた。
嗅ぎ慣れたこの匂い、この正体を明かにしなければならない!!
「えっとねー、たしか前咲夜に聞いた時……お砂糖、卵、小麦粉、牛乳……あ!バターも!!それとトッピングのナッツとチョコレートと
最後の最後でアウトの食材!!
善は人間!!流石に最後のは食べられない!!
「あー……なるほど……へー……」
「どうしたの?食べないの?」
フランは尚も善の顔を覗き込んでいる。
その紅い瞳は善の次の動きを待っている様だった。
「あ、あの……ですね?実は私、な、ナッツのアレルギーなんですよ。
一口でも食べると……体中に蕁麻疹がでてきて、まともに生活すら出来ないんですよ……
すいませんね。気持ちだけ頂いておきます」
アレルギーはもちろん嘘、フランを傷つけない為の言葉だった。
「へーそうなんだぁ……なら仕方ないね?ナッツの入ってないクッキーをもらったらあげるね!」
「大丈夫ですって、仙人たるもの一日を木の実一個で過ごせるんですよ?私にもそれくらい出来ますよ」
そう言って立ち上がる、この後も仕事が入っている。
というより、このままだと何処かボロが出そうで、逃げ出したというのが正しいのかもしれない!!
「あ!レジル!!」
「じゃ、フランお嬢さま、またお会いしましょう!!」
まだ研修が終わっていないため、善には様々な仕事が割り振られる。
この後は、屋敷の客室の掃除、さらに言うと小悪魔から図書館での本の整理も頼まれている。
午後からは、門番に復帰した美鈴と共に日没まで守衛となっている。
「あー!!忙しいなー!!」
忙しくも多忙な仕事に善は確かな、やりがいを感じていた。
その日の深夜……
部屋で善がリラックスしている。
激務と言っていい仕事だ、ゆっくり休める時間は貴重だと思える。
明日は朝一で美鈴と門番の仕事だった。
早めに寝る必要が有った。
「うーん……使用人室のベットがスゲー柔らかい……外でもこんなベットなかった」
非常に柔らかいベットで、善がゆっくりと睡魔に意識を溶かしていく。
「いいねぇ……このまま……朝までぐっすり……」
「レジルー!!あーそーぼー!!」
「ぐはぁ!?」
扉が壊れんばかりに開かれ、フランが飛びついてくる!!
悪魔の持つスピードで善の体に体当たりが鳩尾にめり込む!!
当然だがすさまじく痛い!!ビックリするほど痛い!!
「こ……こーひゅー……こひゅー……げほ!!!ゲッホ!!はぁ……はぁ……」
肺の中の空気を奪い取られ、体は空気を欲する!!
むせながらその場で息を吸う。
「レジル大丈夫?」
フランが心配そうに首をかしげる。
「誰のせいで成ったんでしょうねぇ!?心当たりありませんか!?」
「うーんと?フランのせい?」
「はい、大正解!!わかったらもうやめてくださいね?場合によっては骨が折れますからね?
で?……何か用が有ったんでしょ?」
深呼吸を済ませた善が、改めてフランに向き直る。
何の用もなく来るとは思えなかった。
「今日は、月がキレイなんだよ!!一緒に見よ!!」
そう言って笑いながら、善の袖を引いて窓の外を指さす。
「月見ですか……いいかもしれませんね」
せっかく誘ってくれたのだ、善としては好意は無下にできなかった。
上着とマフラーを羽織るとそのまま外に出た。
「へぇ……これは」
紅魔館の最も高い場所。時計塔。
その頂点で、善はフランと共に月を見ていた。
ひんやり冷える夜風に、三日月が紅魔館を優しく照らす。
「夜は
アハハと笑い空中を踊る様に、くるくると回る。
回るたびにフランの金色の髪と、七色に輝く背中の羽の結晶が揺れる。
「きれいだ……とっても……」
無意識の善が言葉をつぶやいて居た。
仕方ない事かもしれない、闇夜に輝くその姿はまさに芸術品の様で……
楽しく笑う顔は天使そのもので……
「ようこそ!!私たちの
そう言ってフランは今日一番の笑顔を善に向けた。
「ふぅん……あの男、フランに気に入られたか」
紅魔館の一室でレミリアが、時計塔で話す二人を見ていた。
すぐそばには咲夜が、直立不動で立っていた。
「あの男を正式に執事長として採用するのですか?」
レミリアに紅茶を渡しながら、感情の読めない声で咲夜が尋ねる。
「ああ、その積りだ。読み書きが出来て掃除、洗濯、料理があそこまで出来る奴はそうそう居ない。
妖精メイド達より役に立つ、それに……」
「それに?」
「あの男の運命は酷く読みにくい……
おそらく運命の分岐点に立っているんだ。私の力のせいか?
まぁ、見ているだけで暇つぶしにはなる」
そう言って咲夜の淹れた紅茶に口を付ける。
「あ」
その時、咲夜が小さく口を開いた。
「どうした、なにかあったか?」
「いえ、あの男が時計塔から落ちただけです」
「そうかなら――って!!一大事じゃない!!咲夜!!パチェを起こして!!!
早く治療しないと!!」
「明日の朝食にしては?ポッと出の新人のくせに、妹様と夜の逢引とか万死にゲフン、ゲフン――」
「ウチのメイドが偶に黒い!!ああもう!!」
レミリアがそう叫んで、自身でパチュリーを呼びに走った!!
昼寝をしていてサボっているイメージの有る美鈴。
侵入者が入って来るのって基本夜でしょ?
夜はずっと起きていて、比較的に安全な時間に昼寝しているイメージ……
其処へ来る容赦ないメイドのナイフ!!
少しだけ美鈴には優しくしてあげたくなる作者です。
まぁたぶん交代は有るんでしょうが……