たぶん次回よりまた地上での話になると思います。
更に今回からまたコラボを募集しようと思っています。
活動報告にも書きますが、興味を持った方はお気軽に声を掛けたください。
俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)
ただ今、仙人目指して修行中です。
師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。
うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?
と、兎に角今日もがんばります……はぁ……
コツコツ……トコトコ……
何処までも広がる真っ黒な空間、上も下も右も左もないただひたすら『闇』によって塗りつぶされた空間。
善は一人そこを歩いていた。
何もかもが見えない世界で、自分だけがはっきりと見えていた。
空腹も疲れもない、不足は無かった。だが、ここではない何処かへ……と言う願望はあった。
「俺は……何が欲しいんだ?」
暗闇の中でたった一言自分に問う。
解りはしない、不足はないが不満は有った。
足りない何かを満たそうと、善は再び歩き始めた。
何かを見つける為に……
「ああ、ここに居たのね。探したわよ?」
「ぜ~ん!!見つけたぞぉ!!」
不意に響く自身の師匠と芳香の声。
善はそれに対して振り返った。
「師匠?芳――へ!?」
そこまで言って善は驚きの声を上げた!!
何故ならば!!
ドシンドシン!!ズシンズシン!!
2人が歩く衝撃で地面が揺れる!!
「な!?なんでそんなに大きいんですか!?」
2人の姿は巨人と化していた!!
目算で10メートル以上だろうか?
善は2人を見上げるような体制に成る!!
「あら、気付かないの?あなたが小さくなったのよ?」
師匠がヒョイっと善を指先でつまんで持ち上げる!!
「わわわわ!?た、高いです!!下ろしてください!!」
必死でもがく善だが……
「うふふ、すっかりかわいく成ったわね~」
「小っちゃいぞ~」
2人が善を指先で突く。
「止めてください!!ちょ!?芳香も突くな!!」
必死で抵抗するがそれも全てむなしいだけ!!
「うー……お腹が空いたぞぅ」
ジュルリと涎を垂らしながら芳香が善を見る。
「もう、さっき食べたばかりでしょ?……善しかないわね、これで我慢しなさい」
「わかったー」
師匠が善を芳香の口元へ持って行く!!
「な、何を考えてるんですか!?止めて!!食べさせないで!!死にたくない!!まだ俺は死にたくない~!!」
必死で暴れて何とか師匠の手から逃げる!!
地面に落ちた後、がむしゃらに走るが……
「えい」
「うわ!?」
呆気なく師匠の指て、転ばされてしまう。
更にぐりぐりと腹を指で突かれる。
「逃がしはしないわよ~。私に掴まったのがあなたの運の尽きね、ずっとおもちゃにしてあげるから」
そう言ってニヤリと善を見下ろす師匠。
だんだん指に込める力が強くなって行き……
「うわぁああああああ!?や、止めて!!!止めてください!!」
善の意識が一気に覚醒する!!
視界に入るのは地霊殿の天井だった。
「あれ?……夢か?……ああー、焦ったぁ……」
一連の出来事が夢だと理解し、改めて自身の状態を確認しようとするが……
現実に戻ってきたハズなのに尚も腹が圧迫される!!
「おおおぅ!?おま!?何してるんだよ!!」
目の前には、芳香が善の腹に頭を乗せて眠っていた!!
しかも腹に巻かれた包帯が、赤く錆び臭いにおいがする!!
「んあ~?……あけましておめでとう……」
まるで状況を理解出来ないまま、芳香が新年のあいさつをする。
その時スッと扉が開き、お燐が姿を現す。
「もう起きてたんだね。あけましておめでとう」
「お燐さんまで!?もうダメか!!」
善が絶望の声を上げる!!
自分の腹の包帯が赤い!!
芳香がそこに頭を乗せていた!!
更に死体運びを生業とするお燐まで来た!!
「まさか内臓を食われるとは……」
半場諦めの境地で、再びベットに横に成る。
(新年早々死ぬとは……けど俺の死体はお空さんに燃やしてもらえるのか……それだけが救いか……なぜだろう?痛みを感じない……安らかな気分で逝ける……)
「あのー?お兄さん?なんで二度寝してるの?」
お燐が無遠慮に善を揺り動かす。
「いや、内臓系をやられたら……」
「えい!!」
「おおぅ!?死体蹴り……ん?」
そう語る善を無視し、お燐が善の腹を触る。
痛みは……ない!!
「あれ?痛くないぞ?」
不審に善が思って良く見るが……
「傷もない?あれぇ!?」
善の腹には火傷程度で傷などなかった!!
ただ単に包帯が汚れていただけだった!!
「お兄さん思い込みで行動するタイプだね?……コレはキョンシーの子の食べこぼしの血だよ。昨日お腹が空いたって言うから、ちょっと死体を分けてあげたんだよ」
お燐がわらいを堪えながら話す。
「ああ、そうなん――俺をテーブル代わりに死体食うなよ!!それはそれでダメだろ!!」
一瞬納得しかけたが善がツッコミを入れる!!
意識のない内に見ただけで恐ろしい事が平然と行われていたと考えるとゾッとする。
「はぁい!!善おはよう、昨日はよく眠れた?あと新年おめでとう」
師匠が笑いながら壁を透過するように現れる。
「ああ、師匠……新年って事は
先ほどの夢の内容を思い出し、善ががっくりと落ち込む。
せめて夢の中では、そっとしておいてほしかった。
今年も師匠たちに振り回されるのかと、考えると憂鬱になる善だった。
「あら?何か不満でも有るの?」
そう言いながら布団の傍に置いて有った油性ペンの蓋を開ける。
「油性ペン?何に使うんですか?」
そう質問する善を余所に、師匠は善の掛け布団をどかす。
そして手早く、善の内股に線を一本書き足す。
正正T
「みんなが善を見に来るたびに、何回来たか分かる様にカウントしてるのよ」
そう言ってにっこり笑う。
「なぜここに書いた!?凄まじく悪意のある部位に悪意のあるカウントの仕方ですよ!?」
「だってそっちの方が面白んだもん」
そう言ってかわいく笑う。
毎回ドキリとしてしまう表情だが、碌な目に合わない事を考えると困りものである。
「また、そう言って――痛ッ!?」
師匠の手から油性ペンを取り上げようとして右手を伸ばすが、その瞬間激痛が走った!!
「あらあら、善ダメよ?あなたは今意識が有る事自体、半分奇跡みたいなものなんだから……」
そう言って、師匠が善の右手の包帯をゆっくり外していく。
「コレって……!?」
包帯の下から出てきた自身の右手を見て絶句する。
皮膚は酷く焼け爛れ、爪は消失し酷く嫌な匂いがする。
場合によっては切断する必要すらあるだろう。
「これがあなたのした無理の『代償』よ」
伏せ目がちに師匠が口を開く。
お燐は、空気を読んだのか善にあてがわれた部屋から何も言わずに出て行った。
「まずは何処から話そうかしら……ふぅ、弟子にまで隠し事はしたくないわね、全部話すわ」
何時になく真剣な表情に善は息をのんだ。
悪ふざけにない師匠の言葉だ、非常に重要な事を話すのは容易に予想できる。
「最初にお礼を言っておくわ。ありがとう、もしあなたがいなかったら多分三人で話せていなかったわ」
そう言って珍しく師匠が頭を下げる。
横にいた芳香もそれに習う。
「形式上の事はこの位にしてあなたの身体に事について話すわ。
まずは全身の火傷ね、コレは大した事ないわ多少痕は残るかもしれないけど……そこまで問題はないわね。
次は両足、無理な力の込め方をしたのね?筋肉と骨がダメージを受けてたわ。
曲りなりにもあなたは仙人の力の一端が有るし能力と組み合わせれば、一週間程度で歩く程度は出来るハズよ、最も走ったり跳んだりなんて事はもちろん厳禁ね。
左手は簡単な骨折、指が5本同時と言うのは辛いでしょうけどここはこれで済んだとプラス思考に考えましょ?命よりは安いはずよ」
此処まで言って師匠は再び言葉を区切った。
「最後に右手ね……借り受けたモノとはいえ神の力に挑んだ代償は軽くはないわ……正直な話をしましょうか。
今は何とかくっ付いてる、けどこれからどうなるかは全く分からないわ……
私は出来るだけ補助をする気だしあなたの能力はまだ生きてるみたい。
だけど最悪は想像しておいて」
そう言って師匠は善の右手を持ち上げた。
激しく痛みが走り善が顔をしかめる。
「痛いのかー?」
善の表情を読み取り芳香が心配そうに此方を見る。
それに対し善は軽く笑顔で応える。
「大丈夫だ……痛いのは治る証拠だよ」
無理やり笑顔を作った善を見て師匠が軽く息を漏らす。
「さて、ここからはあなたの師匠として話すわ。
先ず最初に言っておくけど私、ううん違うわね。私と芳香は今嘗てないほどあなたに対して怒ってるわ」
「おこってるぞー!!」
善の隣に座り師匠が口調を厳しくする。
師匠だけでなく、芳香まで自分に怒りを抱いていると言っているのだ。
僅かに善は息をのむ。
「前にも言ったけどあの時私の命令を無視して、あの妖怪に向かって行ったわね?今後二度とあんな事はしてはダメよ!!」
珍しく師匠が激しい口調で善をしかりつける!!
しかし善は……
「あの時はしょうがなかったんです!!俺が行ったからこそ芳香が助かる可能性が……!!師匠だってさっき俺がいなかったら『3人で話せてなかったって』――ッ!!?」
そこまで言ってパチンと何かがぶつかる音がする。
一瞬遅れ善は自分の頬に熱を感じた。
その時善はやっと自分がはたかれたのだと理解する。
「うぬぼれるのもいい加減にしなさい!!それはすべて結果論よ!!あなたは自分の力を過信しすぎよ。『抵抗する程度』の能力は確かに仙人の能力と相性はいいし、守りだけじゃ無く傷の修復や攻撃に対する耐性、更に攻撃まで行える応用力が高い強力な能力よ、けどあなたはまだ『人間』でしかないわ!!自分じゃなくちゃダメ?それは私と芳香両方を馬鹿にした物言いよ。
もしあの時あなたが少しでも修行をサボっていたら、もし後少し火球の威力が高ければ、もし私があなたの指に傷をつけたいなければ……どれか条件が一つでもずれたらあなたは死んでいたわ、今回は幸運だっただけ。
良い事?2度目は無いわ、今回はそれだけ言っておくわ」
それだけ言って師匠は、善の右腕に再び包帯を巻き始めた。
まるで冷水でも掛けられたように善の心が冷えていく。
「……師匠……スイマセン……俺、私は少し調子乗ってました……すっかり人間超えたつもりで……」
師匠の厳しくも温かい言葉に善の、舞い上がった心が落ち着きを取り戻していく。
「反省している様ね……ならもう言う事は無いわ。
力を手に入れたばかりの時は誰しも、驕って痛い目を見る物よ。
これからは気を付けなさい、あなたはもう偶然私達の目の前に現れた『外来人』ではないわ、あなたは『私の弟子』よ、私がいて芳香がいて善がいるの。
3人そろってこれからもたくさん修行しましょうね……はい、出来たわ」
そう言って師匠は善の右腕に包帯を巻き終えた。
「はい……はい!!ありがとうございます!!」
善は二人に向かって、その場で頭を下げた。
「ああ、忘れる所だったわ……」
そう言って善の右手を再び掴み、小声で何かを唱える。
一瞬熱を感じた後、包帯の表面に複雑な文字と絵の様な物が現れた。
「コレは……?」
「回復用の呪術ね、人体に使うには少し危険だけどこれ位しないとたぶんダメだから。
さぁ、行きましょ?さとりさん達がおせちを用意してくれてるわ。
あなたは動けないでしょうから、持ってきてあげるわ」
そう言って師匠は、扉を開けて出て行った。
「師匠……芳香……」
「なんだ?呼んだか?」
善の言葉にすぐそばに待機していた芳香が反応する。
「俺、まだ強く成れるか?……もっと力を手に出来るか?」
「善……大丈夫だ!!善の師匠はすごい人なんだぞ!!その弟子の善も強く成れるはずだ!!」
そう言って芳香は善の頭をなではじめる。
「やめろ……少し力が強いぞ……」
「おっと、すまない……だがやめないからな!!私に心配させる善はこうだ!!」
そう言って尚も激しく善の頭を撫でる!!
「わかった、わかったってば……」
「死ぬのだけは許さないからな」
最後の芳香が口調を変え、ピタリと手を止める。
「分かってる……俺達はもう二人と一人じゃない。俺は師匠の弟子だ、俺達は三人だ。誰も欠けちゃいけないんだな……」
そこまで言って善は気が付いた。
(なーんだ……俺の欲しい物ってコレだったんだな……)
さっき見た夢の内容、善は自身のいつの間にか手に入れた幸福を無くさないようにと、一人小さく願った。