ヤバイ!!と思ったら引き返しましょう。
俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)
ただ今、仙人目指して修行中です。
師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。
うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?
と、兎に角今日もがんばります……はぁ……
年の瀬も迫ったある日の午後、善たち一行は妖怪の山をのぼっていた。
この山登り、何時ものように無許可で侵入した物でなく珍しくしっかり目的を
告げた上での登山だった。
「ふぅ……山登りなんて久しぶりね、けどいい運動になるわ」
こめかみに浮かんだ汗を拭きとりながら師匠が楽しそうに笑う。
「前に来たことが有る気がするぞ?何時だっけ?」
「……二人で密漁しに来た時だよ……」
記憶の一部が欠損した芳香に善がふてくされながら答える。
その様子には露骨に嫌そうな感情が籠っていた。
「あら?何が不満なの?折角あなたの為を思ってやってるのよ?」
「この状況全てですよ!!」
そう言って
善の今の姿を、わかりやすく説明しようとすると『メタル簀巻き』!!
身体を鎖でぐるぐるに縛られ師匠に引っ張られている!!
なぜこんな事になったか!?
それは今朝に遡る……
「さぁ、今日の勉強を始めるわよ~?」
何処から持って来たのか、眼鏡を装備した師匠(見た目から入るタイプ)が頭の鑿で同じく何処かから用意したホワイトボードを指さす。
「は~い師匠……」
「おー授業だな!!」
善と芳香が机に座って、授業?を受ける。
「私達仙人は、外界のエネルギーを体内に溜めさらに練る事で自分の力にしてるわ」
カンッ!!と軽い音を立て、ホワイトボードの人間の絵に線を書きこむ。
地面から地脈、食物からの気、空気からの気など細かく書いていく。
「良い事?気の吸収、保持、熟成がポイントよ?普通は外部に出ていくだけ、だけど体内で気を練る事によってひ弱な人体を屈強に変える事が可能になるのよ、つまり仙人ね」
「……そうですね……」
善が小声で師匠の言葉に相槌を打つ。
余談だが芳香はさっそく寝ていた。
「精神修行と私があげている仙丹の補助のお陰で、私達は体に気を溜めやすくなってるわ。
善はこれが少しできるようになり始めた様ね。そして今回は次の段階よ!!」
師匠がボードに『ネクストレベル!!』と殴り書きする!!
詩堂 善この時僅かに嫌な予感!!
「保持して練った気をなんらかの形で使用するわ。こんな風に……」
そう言って自身の右手の人差し指を立て、指先に光弾を精製する。
「やってごらんなさい」
ピッっと完成した光弾を善の方に投げる!!
「わわわ!?」
光弾を受け止めようとしたがすぐに消えてしまう。
「ダメね~。コレは基礎の形よ?覚えなさい、手伝ってあげるから」
「ありがとうございます」
正直言って善は身体的に何か動くのは得意だが、こういった座学は苦手である。
おそらく本人の気質が影響しているのであろうが……
「わ、とと……」
師匠に促され自身で作ろうとするがうまくいかない!!
だんだん師匠も飽きてきており……
「仕方ないわね、体に直接教えましょか、芳香~善を押さえておいて」
「解ったぞ~」
「え!?チョ!?」
危険を感じた時にはすでに遅い!!
さっきまで寝ていたはずの芳香に後ろから両腕を掴まれる!!
座ったままで両腕を開いた状況で拘束される!!
こんな時だが、関節の移動範囲が大きくなっておりしっかりと、善を捕獲する事が出来る!!
「さぁ~、始めましょうか?」
嗜虐的な表情を浮かべ善に師匠がにじり寄る!!
正に邪仙の表情である!!
「師匠?何する気ですか?俺の
不安な気持ちを押し殺し半場懇願するように質問する!!
「あら、そんな事を心配してるの?大丈夫よ……………………
ニコッっとその場で微笑む!!なぜこの邪仙は人の不幸をこんなにも楽しそうに話すのだろう!!
「い、いやだぁ~!!放せ、芳香!!俺を放してくれ~!!今度人里行った時なんでも好きな物買ってやるから!!」
「本当か!?」
必死で芳香を懐柔しようとするが……
「残念ね、タイムオーバーよ?」
師匠は手早く善の服の前のボタンを外し、服の中に手を入れピタッと善の胸に掌を当てる。
「お、お願いです師匠……痛いのは……痛いのは嫌で……す」
「うふふ、だ~め」
恐怖に震える善が最期に見たのは、一度でも見たら忘れられないくらい楽しそうに笑う師匠の笑顔だった。
「ぎぃゃやぁおおおおぎゃああああああ!!!がはあああぁあっぁ!!!」
師匠の住居の周囲に善の悲鳴が響き渡った!!
暫くして師匠が善の上着から腕を引き抜く。
善は僅かに痙攣していた。
「どうだった?身体に気を流された感想は?」
にっこりとほほ笑みながら善に話しかける。
「痛い……マジで痛いです……一体なにをしたんですか?」
「簡単よ、体の中の気の通り道を刺激したの。血管みたいに体の隅々まで張ってるんだけど、今回は私の気を無理やり流し込んで覚醒を早めたのよ?」
そう言って丁寧にボードに書き説明する。
「……痛い事を除けばそれなりに便利ですね、なんでみんなやらないんですか?」
「死ぬからよ」
「は?」
実にあっけなく答える師匠、あまりのあっけなさに善は思考が一旦停止する。
「通常は使ってない細い管に、大量の水を無理やり流し込むと破れるでしょ?気の通り道も同じよ。未発達な気の通り道を無理やり気を流し込んで押し広げるの、加減を間違えたら全身が裂けて死ぬ、位は想像できるでしょ?」
その言葉に善は、自身がバラバラになる想像をしてしまい震えだす!!
「えっと、師匠?そんなヤバイ事俺の身体で――」
「したわね♥」
「なんでやった!?失敗したらどうするんですか!!私を殺すきですか!?」
「ああん、そんなに責めないで?善の悲鳴を聞いてるうちに楽しくなって、本来の予定より長くしたけどちゃんとやめたじゃない?」
「ちょ!?ちょ!!ちょっと!?今なんて言いました?『悲鳴を聞いてるうちに楽しくなって』ってアンタ鬼ですか!!リアルに殺りに来てます?死んだらどうする気ですか!!」
善が怒り師匠に詰め寄るがやはりいつもの様に、まるで堪えた様子は無い!!
「死体はちゃんとキョンシーにしてあげるから心配いらない――」
「いやですよ!!素直に仙人の修行付けてください!!できれば死なない程度の!!」
最早何時もの会話!!
ナチュラルに死にかける修行!!
善の明日はどっちだ!?
「はぁ……注文の多い弟子ね……まぁいいわ。さっきので気の巡りをしやすくなったはずよ?私がやったみたいに光弾を作りなさい」
「……はい……わかりました……」
誤魔化された感は否めない物の、やれと言われた修行内容だ。
弟子と言う立場の全は断る事は出来ない。
自身の右手に意識を集中させる。
イメージはさっきの師匠のやり方だ。
「おッ……」
善は僅かな手ごたえを感じ始めた。
心なしか掌が温かくなっている気がする。
しかし調子が良かったのはここまで……!!
それ以上!!光弾を精製する所まで行かない!!
自分の手の皮膚がこんなに分厚くて、持ってこれない様に感じるのだ!!
暫く粘って、善は力を抜く。
「ぷはぁ……なんだか、手の中に気が閉じ込められているみたいです」
自分の右手を握ったり開いたりする。
「あら、それなら良い考えが有るわ。切 り 落 と し ま し ょ う 、指 を……」
「はい?」
善は師匠にたった今言われた言葉を聞き返した!!
これば別に良く聞こえなかったとかではなく、完全に脳が理解するのを拒否したからだ!!
*非常に残酷なシーンがくり返されます。
暫く音声のみでお楽しみください。
「手の中にあるなら、穴をあければいいのよ。だから切りましょ?第一関節から順に」
「いやです!!何を考えて――」
「芳香ー善を捕まえてちょうだーい!!」
「解ったぞー」
「二回目か!!放せ!!今回は流石にやばい!!これやばいって!!師匠だからってこんな横暴許される訳が――」
「大丈夫よ?指が落ちても死なないわ、あなたの望んだ修行でしょ?さ、まずは麻酔を打って親指から……」
「……冗談ですよね?優しい師匠はそんな事しないですよね?」
「もちろんよ、まさか本気にしたの?…………えい」
グッサァ!!
「ぎゃぁあああ!!フェイント入れてきやがった!!マジで落としてきたし!!さすがに今回は……止めて!!本当に止めてください!!こんな事誰も喜びは……ああ!?」
「はぁい、二本目よぉ~。麻酔が効いてるから痛みは無いでしょ?」
「あうあうあうあうあう……」
「さーん、よーん……あら?気を失っちゃったみたいね?あ、芳香食べちゃダメよ?」
「えー、お腹すいたぞー」
「後で何か善に作って……あ、もう無理ね」
数十分後……
「ふえぇぇ!!ししょうこわいよ~いたいのやだよぉ~!!よしかたすけて~」
「お、おおー?善が変に成ったぞー?」
子供の様に抱き着く善に芳香が困惑する。
その態度はまるで小さな子供の様だった。
「恐怖のあまり幼児退行したわね……流石に今回はやり過ぎたわ……指はくっつけてあげたけど……」
流石に事態を重く見た師匠が重い腰を上げる。
「アレを使いましょう、たしかこの辺に…………有ったわ!!」
そう言って立ち上がるとごそごそと棚を漁る。
そして何か一枚の紙の様なものを持ってくる。
「ほぉらぜ~ん、良いモノ有るわよ?」
「ふぇ!!ししょうこわい!!」
紙を見せながら善に近づくが、身を引いて逃げようとする。
「温泉のチラシよ~?最近オープンしたのよ?浴衣美人がいるわよ?」
「へ?」
師匠の言葉に善が反応する。
しめた!!と言う顔で師匠がさらに言葉を続ける。
「混浴も有るわよ?受付の女の人も美人よ?地獄鴉の子かわいいわね?」
「混浴?……美人……う……ほ……きょ……巨乳美女……巨乳美女来たーー!!!行きましょ!!師匠!!ぜひ行きましょ!!」
鼻息を荒くして善が立ち上がる!!
さっきまでの弱弱しい様子は全くない!!
「えー……なんでだ?」
芳香が全く理解できないと言った表情を、師匠に投げかける。
「善の抵抗する程度の能力ね。さっき無理やり気を送り込んだのも、瞬時に回復したのもそれのお陰ね。弱った状況に抵抗して戻って来たのよ…………大分おかしなつかい方だけど……」
師匠が説明するが尚も善は、紙を持ってはしゃいでいた!!
「で!!師匠!!この巨にゅ…じゃなくて温泉は何処にあるんですか?」
キラキラとした視線で師匠を見つめる善!!
この男、欲望が絡むと恐ろしい力を発揮する!!
「地獄よ」
「へ?」
「正確には旧地獄ね、妖怪もたくさん住んでるわ」
善の質問に答える。
そう!!この紙、旧地獄に有る地熱を利用した温泉旅館のチラシ!!
この前偶然ポストに入っていたのだ!!
「それってやばくは……」
仙人の肉は妖怪にとっては御馳走!!コレはわざわざ兎が狼の群れに遊びに行くような危険度!!正直遠慮願いたい!!
「まぁ、弱い仙人はそうね。けど私は強いから大丈夫よ?」
「私は?私はまだ弱い仙人です!!……モドキか?どっちにせよいやです!!」
再び涙目の善!!
柱にしがみつき動かない事の意志を表す!!
「また指切られたいの?」
「ひぃ!!すいませんでした!!」
鶴の一声ならぬ師匠の一声!!
善はその場で両手を放した!!
「さぁ!!年末は地獄へ行くわよー」
「字ずら最悪だよ!!」
「善もって行くわよー」
「おー!!」
「なんだよ!!持って行くって!!道具かよ!!」
「煩いわね~鎖で縛って持って行きましょ」
「ちょ!?鎖!?何考えて……」
と言う事が有り舞台は再び冒頭へ!!
「もう少しで穴が有る筈なんだけど……何処かしら?」
「善ーどこにあるか知らないか?」
師匠と芳香が探すが、縛られて引きずられている善に解る筈もない!!
「痛て……なんだよ、コレ?」
頭に何かが当たる、それは平べったく明らかに人工物だった。
何か文字が書かれている様だ。
「看板だな……なになに?『危険毒ガス充満中に付き死にたい奴だけ近寄って良し』?…………師匠!!ヤバイです!!ここ、毒ガスが充満してるらしいです!!危険ですよ!!帰りましょう!!」
看板の内容を理解すると同時に目いっぱい叫ぶ!!
しかし!!
「穴が有ったわー、良く見つけたわね善。さっそく……毒ガスの確認お願い♥」
「へ!?ナニする気ですか!?ちょっと!!」
芳香が善を持ち上げる!!
もちろんだが善は縛られている為、身動きができない!!
「ガスが出てたらちゃんと教えてね~」
「いやです!!死にます!!今回は流石に死にますから!!」
「よいしょ!!」
師匠が善をガスが出ているであろう所に投げ込ませる!!
暫くして善が無事なのを確認し、近寄ってきた。
「うんうん、毒の確認ありがと。これからもお願いね?」
「いやです!!絶対に止めてください!!師匠!!」
くそう……次なる舞台は一体何霊殿なんだ……?