止めてください!!師匠!!   作:ホワイト・ラム

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お待たせしました。
今回は師匠ではなく、芳香に思いを告げたバージョンです。
師匠エンドで満足の人は、このまま回れ右です。

因みにタイトルは意訳で「月明りを見上げる彼女」とでもしておいてください。
英語は苦手なんです……


EXstageーShe look up moonlight

クスクスクス……

 

クスクスクス……

 

あらぁ?珍しいお客さまですわね。

 

ようこそ、私の世界へ。私の名はドレミースイート。

 

ここは夢と現実のハザマ世界。

 

あなたの見たものは現実かも、しれませんし、夢かもしれない不思議な場所ですわ。

 

けれど、たとえそれが夢でも、現実でも貴方が見て、覚えているのなら――

 

確かに『あった』と言えるのかもしれませんわね?

 

クスクスクス……

 

 

 

 

 

夕焼け色に染まる墓地の一角、3つの影が楽しそうに揺れていた。

いや、正確には揺れているのは2つだけで、最後の影はずるずると地面を引きずられている。

 

 

「さー、善帰りましょうねー。

帰ったら二度と私を裏切れない様に、洗の――じゃなくて教育してあげましょうねー」

 

「今洗脳ってお言うとした!!間違いなく言おうとした!!

死神が私を狙ってくるから、一緒にはもう――」

師匠に引きずられ善が引っ張られていく。

 

「馬鹿ね、ほっておいても仙人には来るわよ。

それにあれ、お迎えじゃないわよ?

本来100年に一度程度の頻度だもの、今回は間が短すぎるわ。

きっと、一部が勝手に先行したのね、今頃死神を首に成ってる頃よ。

死神にもちゃんとルールがあるの。今回は異例中の異例ね」

師匠の言葉に善が固まる。

 

「え、要するに私の心配のし過ぎ!?」

 

「それを加味しても、帰ろうとしたって事は、私たちが善を捕まえておく必要があるって事よね?うーん、どうしようかしら?」

困ったような顔をする善を楽しそうに師匠が引きずる。

その後ろをトボトボと芳香が付いていく。

 

「……芳香、どうしたの?」

 

「な、何でもないぞー」

師匠が静かにしている芳香を不思議に思ったのか、振り返って尋ねる。

 

「?」

一瞬師匠が訝しんだが、再び前を向いて善を引きずりに戻る。

 

「あ……」

沈む夕日の中で、木が影を作り芳香を影に包む。

日差しの当たる部分に居る師匠と善。

光の中を歩く二人、そして影の中に居る自分。

 

『死ぬのはダメだぞ』

 

自分がいつも言っていた言葉だ。

自分はキョンシー、所謂死体だ。

この体は、自身の操り主により蘇らされ、()()()いるだけにすぎない。

 

生と死。

 

決して超えては成らない不可侵のラインにして、世界の理だ。

この影で隔たれた自分と二人には、決して超えようのない壁がある。

 

薄れる記憶の中、どんなものか明確には覚えていないがに、『死』は良くない物だという事だけは体が覚えている。

 

「あれはいかん。あれだけはいかんのだ……」

口が勝手に自分の心の中の言葉を吐きだした。

独り言を聞かれたかと、焦るが善も師匠も聞こえていない様だった。

自身を置いて、家の中へと入っていく。

 

「みんな変わっていくんだな……」

生者は常に成長を続ける。精神的な意味でも、肉体的な意味でも。

だが、死体である自分は()()()()()

 

そう、今回もだ。

死神によって死んだ師匠を善は自らも死ぬ事により、彼岸へと渡り魂を連れ戻すという離れ業をやってのけた。

万に一つも成功しないであろう策、当然自分は善に止める様に懇願した。

自分だけでもない、小傘も橙も3人で引き留めた。

皆善に死んでほしくなかった。

 

だが、善は自分たちの手を振り払い、師匠を選んだ。

 

――私より、師匠の方が大事なんだ――

 

心のうちにそんな言葉がよぎった。

目を閉じても瞼の裏に、自身に背を向ける善の姿が浮かぶ。

 

「うぐっ……」

なぜか、視界が滲み始めた。

もうやめたい。だけど、一度動き出した心は止まらない。

 

――善と最後に、出かけたのも私だ――

 

そう、今善は此処に居るが、本人は外界へ帰るつもりだったらしい。

外界へ帰る最後の時間、そばにいたのは自分だった。

自分は、外へ帰ろうとする善を引き留める事すら出来なかった。

それが容赦なく芳香の心に突き刺さる。

 

何時しか善は力を付けた。

もう自分では善についていくことは出来ない。

自分(死者)(生者)の差は開くばかりだ。

 

 

 

『もう芳香は要らないわね。善が居るモノ』

 

『芳香なんていらないですよ。だって死体だし、邪魔だし』

 

『そうよね。護衛の積りで付けたけど、今の貴方の実力なら、要らないわね』

 

『はい、そうですね』

 

『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』

 

 

 

「うわぁあああああ!!」

二人に捨てられるイメージが脳裏に起こり芳香が声を出す。

 

「あ、あああ、あああ……」

滲む視界。

涙がぽろぽろ零れる。

何度ぬぐっても涙は消えない。

 

そうだ、自分は死人。自分はキョンシー。自分は生き物のまがい物。

自分はただの道具。残酷でグロテスクなただの魂の抜け殻。

善も師匠も優しくしてくれるから、すっかり勘違いしてしまっていた。

 

呆然と空を見上げる。

美しい満月が輝くが、雲が自身に降り注ぐ光を遮る。

それに対し目の前の仙窟を、祝福する様に優しく月光が照らした。

 

(胸が苦しい……心がいたい……

私がただの心の無い死体なら、こんな気持ちに成らなかったのか?)

しかし、見上げた月は()()()

心は消して消えてくれないと、否応なしに芳香は理解させられた。

 

ガラッ――!

 

その時小さく音がして、仙窟の奥から師匠が出てきた。

それに気が付いた芳香は慌てて、顔の涙をぬぐった。

 

「あら、外にいたのね。そろそろ寒くなるから、家の中へ帰りなさい?

私は着替えを手に入れたし、永遠亭に戻るわ。

はぁ、検査の為の入院ってヒマよねー」

あくびをしながら、師匠がふわりと浮かんで飛んでいく。

月に照らされ浮かぶ仙女は美しく、自身では届かない物だと芳香は思った。

 

 

 

「昔から月って、美しさの象徴だよな」

 

「善……」

気が付けば、善がすぐ隣で師匠の飛んでいった彼方を見ていた。

どうやら善も師匠の姿を見て、同じに思ったらしい。

 

「な、なぁ、芳香……その、()()()()だな」

 

「!?」

善の言葉に芳香が驚く。

その言葉はかの有名な文学者が訳した英文の意訳で――

 

「善、その、意味は――」

 

「あ、えっと、知ってる……だろ?」

照れたように善が口を開く。

暗くて良く見えないが、その顔はほんのり紅い様に見える。

 

「お月見をするって事だな!!

私も団子が食べたいぞ!!」

 

「そうじゃない!!そうじゃないんだ……これは、コレはな?

えっと、その、お、俺の家族に成ってくれ……的な意味だ」

絞りだす様に、善がそう呟いた。

 

「ぱぱ?」

 

「あ、いや、そっちじゃなくて……」

一瞬ガクッと、するがすぐに体勢を立て直す。

 

「じゃあ、にーちゃん!?」

 

「そっちでも無くてなぁ!!

あー、もう……どうする?なんていうか、もう直接……」

 

 

「ぜーん?」

ぶつぶつとつぶやき始めた善の顔を芳香が覗き込む。

 

「よし、決めた。ストレートで行く」

 

「どっか行くのか?」

真剣な顔をする善に芳香が尋ねる。

一瞬だけ善が、息を吸い込み自身の頬を平手で叩く。

 

「芳香。お前が好きだ、お付き合いしてください。

んで最終的にはその、結婚的な……」

 

「お付き合い?……ん、ん!?

お付き合い!?ぜ、善!?何を言ってるんだ!!」

漸く言葉の意味を飲み込めた芳香が急に狼狽える。

その様子は、まるで善の感情が芳香に投げ渡されたようにも見える。

 

「前々から、お前のことが気に成ってて……

彼岸の世界でもうダメだって、時最初に浮かんだ顔がお前だったんだよ。

師匠も大事だけど、俺には待っててくれる人が居たし、その人たちの元へ帰りたいって思った。俺が戻ってくれたのは絶対、俺だけの力じゃないんだ。

だから決めたんだ。お前の事、絶対に幸せにするから――」

 

「わわわわわわ……」

混乱する芳香の肩に両手を置いて、諭す様に善が言葉を綴る。

 

「なぁ。だからさ。俺と――」

 

パシィン!!

 

「ダメだ!!」

 

「つッ!」

芳香が自身の肩に置かれていた善の手を乱暴に振り払った。

 

「私は、私はキョンシーなんだ!!

善とは違うんだ!!だから、一緒にはなれない。

善は生きてる女の子を好きに成るべきだ……」

善を突き飛ばし、芳香が善を睨む。

 

「それに、私は善が大嫌いだ!!」

 

――(だいすき、だいすき、だいすき)――

 

「どうせ、胸ばっかり見てるんだろ!!

私より、にゃんにゃんの方がおっきいぞ!!」

 

――(私を選んで、私を選んで、私を選んで)――

 

「ど、道具の私に、そんな、感情は、持っちゃダメだぁ!だから、だから――」

芳香の心が爆発しそうになる。

胸の内から、喜びがあふれてくる。

 

――(善が私の事を好きだと言ってくれた)――

 

だけど、その気持ちには答えてはいけないのだ。

自分は必ず、置いていかれる。

自分は先へ進むことのない死者。

善はきっと自分が遅れる度に、躓くたびに手を指し伸ばすだろう。

 

ダメなのだ。ソレでは自分は重石にしかならない。

善の未来の為、自分はここで身を引かなくてはいけないのだ。

だから――

 

「私以外の子を好きになってくれ」/(もっと私に好きだと言ってほしい)

誰も居ない墓場、そこに芳香の声がこだました。

善は静かに芳香の言葉を聞いていた。

 

そして――

 

「なぁ、今のお前すっげぇ変な顔してるぞ」

小さく善が笑って見せた。

 

「な!真剣な話を――」

 

「してるさ。今のお前、本当におかしな顔だぞ?

口は笑ってるのに目は泣いてる」

 

「!?」

善に指摘され、芳香が自分の頬を触る。

確かに涙で濡れている。

口角に手を当てると、確かに口は笑っている。

 

「拒絶するにしては、どっちの反応もおかしいよな?」

さっき突き放された距離を善は歩いて詰めた。

 

「うぐ、けど、言葉は変わらないぞ。私は死体で、キョンシーで……」

 

「知ってるんだよ。そんな事とっくの昔に!!

けど、俺の気持ちは変わんないんだ。

俺はお前が好きだ。この世とあの世を合わせた中でも、誰よりも」

芳香の否定を善があっさりと破る。

近づくなと、必死で張った壁をあっさり善は飛び超えていく。

 

(そうだ、すっかり忘れてた)

 

芳香はこの少年の特性をやっと思い出した。

自分が好きに成ったこの詩堂 善という少年は――

 

「キョンシーでも、死人でも構わない。

芳香、俺はお前が世界で一番好きなんだ」

壁抜けの邪仙の弟子、どんな壁でも簡単に飛び越えてしまう。

自分が作った拒絶の壁も、世間の作った偏見の壁も、そして生と死の壁すら意とも簡単に飛び越えてやってくる。

ならば、自分も一歩だけ、ほんの少しだけ前に出ても良いハズだ。

 

「わ、私も善が好きだ……」

いつの間にか、足元の影は消えて善と芳香は同じ月明かりの下に居た。

同じ場所に立って、二人は見つめ合っていた。

 

 

 

月だけが見下ろす墓場で、一人と一人の影がお互いを抱き寄せ二人になった。

そして二人はゆっくりと近くの墓石に腰を下ろした。

 

「キョンシーを好きに成るなんて、善は私よりバカだぞ」

 

「そうかもな……」

墓石に座る善。

そしてその膝の上に芳香が座る。

後ろに居る善が、芳香の腹に手を回し、無言で抱きしめる。

 

「んっ、何時か絶対後悔するぞ」

 

「どうかな……?」

 

「わ、私は執念深いんだぞ!!もう、今更別れたいって言っても無駄だからな!!」

 

「はは、わかってるって。

ま、離す気も無いんだけどな!」

善が芳香の頭に自身の顔を押し付ける。

 

「やめろー、私の臭いを嗅ぐなー!」

 

「芳香の臭いがする。俺の世界で一番大切な子の臭い……」

その言葉に芳香の顔がかぁっと、朱に染まる。

 

「変態……善は変態野郎だったのか……」

 

「そうかもなー……」

 

「た、頼むから否定してくれ……」

尚も芳香の後頭部に善は顔をうずめたまま話す。

善からは見えないが芳香の顔は真っ赤だった、そして善の顔も同じく耳まで真っ赤になっていた。

 

「善?私、きっと他の子と違う所沢山あるけど……それでも――」

 

「良いさ。芳香の良いトコなら、たくさん知ってる。

『良いんじゃない』お前じゃなきゃダメなんだ」

 

「うっく……」

善の言葉を聞いた芳香の胸が跳ねる。

今までのような、引き裂く冷たい痛みでもなく、千切れそうな寂しさの痛みでもなく。

むずがゆく、くすぐったくなる様な甘い甘い鼓動。

 

「お前のこと、一生大事にするからな」

 

「死が二人を分かつまで?」

 

「違うさ。死ぬのはダメなんだろ?

なら、一生、一生、一生、ずっと一緒だ」

善の言葉を聞いた芳香が、膝から下りて善の再び抱き着き首筋に顔をうずめる。

 

「芳香?――痛っ!?」

芳香が顔をうずめる首筋に、痛みが走る!!

 

「浮気はゆるさいないからな!」

若干冗談めかして、芳香がそう言った。

 

「ああ、勿論だ。それにしても、お前といると()()()()()()

 

「善、その意味知ってるのか?」

 

「阿求さんから聞いた。なんかさ、どっかの誰かに調べてくる様に言われた気がするんだよ。

ホントはさっき言いたかったんだけどな?タイミング、外しちまった」

誤魔化す様に善が笑う。

つられる様に芳香も笑った。

 

「あはは、善らしいな。けど、善と居ると()()()()()()()()()

そう言って二人は笑い合った。

夜の墓場、死体と寄り添う邪帝皇と呼ばれる少年。

見る者すべてが彼らをおぞましいと罵るだろ。

誰も彼らの本当の心を知る者はいない。

 

 

 

 

 

翌日――

 

「師匠。リンゴを里で買ってきましたらか、剥きますね。

ゆっくりしててください」

 

「ええ、お願い」

永遠亭、師匠の病室へお見舞いに来た善と芳香がリンゴを準備する。

 

(いいか、芳香。作戦通りにやれよ?)

 

(おー、分かってるぞ)

こそこそと善がリンゴを剥きながら、芳香と話す。

 

「師匠ー、リンゴ剥けましたよ~」

 

「善と付き合う事になったぞー」

 

「へぇ、そうなの」

師匠がリンゴを一つ咥える。

 

「芳香!?タイミング早いって!!

こういうのは、お腹が膨れて気分が良くなったときに繰り出す物であって――

あの、師匠リアクション薄くないですか?」

全く持って動揺を見せない師匠に対して、善が小さく驚く。

 

「いえ、驚ては居るのよ?

あなた達まだ付き合ってなかったのね」

 

「あっと?」

 

「どういう事だー?」

逆に驚く二人を無視して、師匠はさらに新しいリンゴに手を伸ばす。

 

「え、だって、いっつも一緒に居るし、仲は良いし、お互い気も合うでしょ?

もう付き合ってるとばかり思ってたわ……付き合ってなかったのね。

なーんか、真剣な顔してるから、芳香にオメデタでも有ったのかと……」

 

「お、オメデタ!?」

 

「そ、そんな訳ないぞ!!キョンシーだぞ!?」

狼狽える二人!!病室だというのに、リアクション芸人ばかりの派手なリアクションを切り広げる!!

 

「静かにしてください!!」

 

「「ごめんなさい」だぞー」

数秒後通りかかった鈴仙に諫められ、二人は漸く落ち着きを取りもどした。

 

「師匠も冗談が過ぎますよ?」

 

「あら、冗談なんかじゃないわよ。

芳香の変化に気が付いてないの?」

 

「芳香の変化?」

 

「私、なんか変か???」

師匠に指摘され、善が芳香を見るが何時もと変わらない。

全く持っていつも通りの芳香だ。

 

「キョンシーは死人を使って術で行使するモノよ。

死体を動かすだけ、操り人形と一緒。

人形を使うか死体を使うかの違い。だけど……芳香はどうかしら?」

 

「?」

 

「?」

師匠の言ってることが理解できずに、二人は顔を見合わせる。

 

「ニブいわねぇ、私の弟子なのに……

芳香は死体なのに、お腹が空くし、髪や爪も伸びるでしょうが!」

 

「え、キョンシーってそんなもんじゃないんですか?」

師匠の言葉に善が驚く。

そう、芳香は普通の人間の様にお腹は空かすし、髪や爪も伸びるし、ストレッチをすれば体はやわらかく成る。

 

「違うわ。所詮死体に新陳代謝は無いのよ。

けど、芳香にはそれがある。いいえ、出てきたというべきかしら?」

師匠の言葉に合点が行ったのか、芳香が両手を叩く。

 

「不思議だったのよ。芳香を貴方の護衛につけて以来、少しずつ髪が伸びたり爪が伸びたり……

ああ、外界へ善が帰った時なんかは、私の命令を無視したのよ?

キョンシーなのに、意思がないハズの操り人形のハズなのに……

ぜーんぶ、善が此処に来てからね」

 

「えっと……?」

 

「そうか、善が私に心をくれたんだな。

キョンシーなのに優しくしてくれて……

そっか、私善のおかげで()()()()んだ」

芳香が善に抱き着いた。

 

「善、あなたと居るうちに芳香は、生きてる人間の様を少しずつ思い出したのよ。

決して生者ではない。けど、その身体がゆっくりと生きる者へと近づいている。

あなたが、タダの死体を一人の女の子に変えたのね……

本当に不思議、こんなキョンシー見たことないわ」

 

「善、キョンシーの私でも生きてるって言えるんなら……

この今の命を善と一緒に居る事に使うからな……」

芳香が善に抱き着いて顔をうずめる。

道は長い、死者は帰らないという。

正直な話どうなるかは分からない、けど芳香は歩み寄ってくれた。

ならば自分ももっと芳香に歩み寄ろう。

ほんのりと、ほんのわずかに、道が明るくなった気がした。

 

「ああ、これからもよろしくな」

善が優しく芳香を抱きしめ返した。

 

 

 

「ああ、けど悲しいわ。善ったら死んだ世界であんなに私のナカで暴れたのに……

一回自由になればもはや用無しなのね……」

師匠のセリフに二人が固まる。

 

「ぜ、善?どういう事だ?」

 

「師匠の精神世界の中って事だよ!!

そこで死神相手に――」

すっと、目のハイライトが無くなる芳香。

いや、死体だから微妙に濁ているが今回はいつもより濁っている気が――

 

「私のお父様に、挨拶に来てくれたのよ?

『娘さんを私にください』って本当に聞くのは初めてだったわ。

もう、キュンキュンしちゃった」

 

「善!!どういう事だ!?」

芳香が善を睨みつける!!

さっきまでの甘い空気は一瞬にして修羅場へ!!

 

「いや、その物の弾み的な……?

あ、けど本物じゃなかった――」

 

「か、どうかは分かんないわね。

まぁ1400年以上あってない顔だし、十中八九偽物なんだけど、ひょっとしたら……」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと!?」

急に掌を返した師匠に善が縋りつく!!

 

「ぜ~ん~!私は、すっごい悩んだんだぞ?

キョンシーなのにって、居ても良いのかって。

なのに、この仕打ちか~?」

ゴゴゴ……!!といった擬音が聞こえてきそうな顔で芳香が善を追いつめる。

善は師匠に視線を投げて、助けを求める!!

 

「所で子作りはした?昨日二人でシたんじゃない?

出来れば二人の感想を聞かせて欲し――」

 

「止めてください!!師匠!!

なんて事言うんですか!!」

 

「そそそそそ、そうだぞ!!

ぜ、善!!お腹空いたぞ!!

早く帰ろう、な?な!!」

善と芳香が焦る。

話題はそれたが、付き合い始めての二人にはあまりに危なげな話題!!

 

「なーんだ、つまらないのー。あ、キスは済ませた?善は能力で抵抗するから芳香にキスしても、キョンシーに成らないわよ?

そう考えると、もう1人増える日は遠くないかもね?

お二人さん、何時までも幸せにねー」

師匠が手を振る中、二人は気まずい空気を纏いながらそそくさと帰っていく。

真っ赤な顔をした二人を見て、師匠がにやにやする。

そしてコテンと、電池が切れた様にベットに横に成る。

 

 

 

「あーあ、芳香に善を取られちゃった……

しかもこれ、善の芳香を取られたってことでも有るわよね……

あー、なんか悔しい……」

師匠がベットで転がる。

いつも何かをたくらんでいる師匠の脳裏は、少しだけ混乱していた。

 

(一応、善は芳香経由で私の物……?

出来れば、私があの位置に……けど、芳香は幸せそうだし……

あーあ、仙人としては残念だけど、芳香ちゃんの作り主としては満足ね……

微妙な気持ち……)

ぐるぐると、頭の中で考えが纏まらず横に成る。

今だけは退屈な入院生活で良かったと思う。

 

自身の胸に手をやる。

死神に切られた傷があった場所。

永琳の手術にて綺麗に縫合されたが、傷が少し残っていた。

だが、今はその痕跡すらない。

 

「善の『抵抗する程度』の力……」

その力は自身の傷に抵抗して、傷を消滅させた。

ひょっとしたら芳香も同じく――

それとも、献身的に世話をしたことで、心が活発になり体も活性化したか……

 

「本当に不思議な子……

けど何時か、芳香を娶って幸せな家庭を築いて欲しいわ……

キョンシーにだって幸せになる権利位あるわよね」

まるで生きている娘の様に化粧をした芳香が善と腕を組んで歩いていく姿を想像する。

そこで、師匠はハッと成る。

 

「これじゃまるで、息子と娘の結婚に浮かれる母親みたいね」

 

 

 

 

 

朝が来て、善が自身のベットの中で目を覚ます。

弟子の朝は早い、太陽が昇る前にベットから起き上がる。

 

「芳香、起きろ。今日も修業だぞ。

ランニングの後に組手、そっから朝ごはんだ」

 

「うー……わかった……」

善の足元の布団、芳香が目をこすって起きる。

着替えて、歯を磨いて仙窟の前に居る善の元へ芳香が向かう。

 

「さ、一緒に行こうぜ?芳香」

 

「善とならどこまでも行くぞ」

朝焼けに照らされた光あふれる道を、二人は手を繋いで走り始めた。




師匠と芳香、どちらが正しい歴史かは考えていません。
ドレミーさんが言っている様に、あなたが見たのならそれは真実と言えます。

ではでは、またいつか。

次はクリスマスかな?早ければ11月22日(いい夫婦の日)に。

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