学校暮らしは大変です。   作:いちちく

8 / 13
お 待 た せ し ま し た ! (全力で後方かかえ込み2回宙返り3回ひねり土下座をしながら)
尚、今回は微妙に甘めなお話です。ブラックコーヒーの用意をお忘れなく。


♡1

 

 

 これは、佐倉慈と柿ヶ谷勇一郎がまだとある高校の三年生だった時のお話。

 

 

 

「おいコラァッ! どこだ柿ヶ谷ァ!」

 

 

 十二月のとある平日の金曜日。

 放課後になって生徒も殆どいなくなった教室を揺るがしたのは、担任教師の怒声だった。

 びくん、と体を震わせ、慈は恐る恐る教室の前ドアの方に視線をやった。

 担任は、おおよそ二十代半ばの女性がしてはいけないような、怒りに歪みきった顔をしていた。

 服装はいつもの赤ジャージだったが、心なしかその赤はどす黒くなっている気がする。まるで、彼女の怒りを表しているかのように。

 原因は、状況から察するに、また()なのだろう。さっき先生も叫んでいたことだし。

 

 彼女は血走った眼で教室の隅々まで見定めた後、大きな舌打ちをしてからどすどすと教室内に入り込んできた。

 担任が停止したのは、慈の座る机の真正面だ。

 どん、と、どこぞのギザギザ頭の弁護士がやるように勢いよく両手で机を叩いてから、担任は慈に鋭い声を飛ばした。

 

 

「佐倉、あの柿ヶ谷(アホ)見なかったか!?」

「え、い、いや、知りませんけど……」

「くそ、あの腐れ反抗期、どこ行きやがった……! もし見かけたら迅速に私の所に連絡寄越して! いいね!?」

「わ、分かりました……」

 

 その返事を確認し、担任は再び教室の外へ飛び出して乱暴にドアを引き閉めた。

 直後、廊下をどたばた駆けて行く音が遠ざかっていった。

 どうでもいいが、慈の学校の校則の『廊下を走った者、一週間トイレ掃除の刑に処す』の文を彼女は知っているのだろうか。

 

 慈は一つ小さなため息を吐くと、視線を再び机の上の問題集に向け直しつつ、少し抑え目の声で後ろに呼びかけた。

 

「……もう出てきても大丈夫だよ?」

「……寿命が四年縮んだ気がする」

「そんな訳ないでしょ、もう」

 

 慈の声に反応し、教室後方部のロッカーがガチャリと開いた。

 背が高くがっしりとした肉体の男子生徒がその中に窮屈そうに入っていた。半目になってだくだくと冷や汗をかいている。

 顔色はお世辞にも良くない。まるで蝋人形のような、のっぺりとした白さだ。

 もちろん原因は、鬼気迫る勢いで教室を襲撃した担任教師にある。

 

「マジでこえーよ、ブチ切れたみーさん。なんでヤーさんじゃなくて教師やってんだろあの人」

「それ、本人に聞かれたら怪我じゃすまなくなるかもよ」

「……盗聴器とか、流石に仕掛けて、ないよな?」

「…………」

 

 恐る恐る尋ねる柿ヶ谷に、慈はにっこりと笑顔を浮かべて首を振った。

 もちろん普通の教師ならばまさかと笑う所だが、彼女はある意味『普通の教師』から最も外れた存在である。

 噂ではどこぞの組の孫娘で跡取りであるとかないとか。

 ちなみに、彼女の担当教科は数学である。

 

 ただでさえ悪かった彼の顔色は一瞬で更に青くなった。

 

「……みーさんに教師としての最後の良心が残っていることを祈ろう。どうかオレが十年後に日本海の底でホラーマンになって見つかりませんように。アーメン」

「……それで? 今度は何したの?」

「いやぁ、みーさんの机の上にあったシュークリームがやけに美味そうだったんで、つい魔が差してひょいぱくしたところを見られてさ」

「それで全力ダッシュでロッカーに駆け込んで『しばらく匿ってくれ!』って叫んでたのね」

「あのシュークリームが一個1500円もするなんて知らなかったんだよ……知ってたらつまみ食いだけに留めたのに」

「……そうですか」

 

 知っててもつまみ食いはするのか、とか、堂々と他の先生が職員室に残っているのに食べるのね、とか、そもそも先生の私物を食べる時点でどうかしてる、とか、それ以前に勝手に人の物に手を出すなよ、とか。

 色々言いたいことはあったけれど、慈はそれらを全部腹の奥に押し込んで蓋をした。

 言ったところで、恐らく彼は慈の言うことなど気にも留めないのだろうと思ったから。

 

「……そういや、め……佐倉は何してんの?」

「……期末考査の復習」

「げ、もうそんなのやってんの? 試験終わったのつい先週じゃん」

「早めにやっておかないと内容忘れちゃうでしょ」

「終わったことばっか振り返ってたら前に進めなくなるぜ?」

「そんな事ばっかり言ってるから物理白紙で提出して生徒指導室に呼ばれるのよ」

「いーじゃん、別にー。代わりに国語100点なんだから、釣り合いとれてるだろ」

「……それもそうか」

「だめだぜ、佐倉。そういう時の返しは『そうね、プロテインね』だろ」

「なによそれ、もう」

 

 楽しそうに慈にネタを吹っ掛ける柿ヶ谷。

 ネタの内容はよく分からないが、それでも彼が楽しそうにしている姿を見て、自然と慈の頬も緩んでくる。

 こんなやりとりをし始めたのは、いつ頃だったろうか。

 もうよく覚えていない。

 もう覚えていられないくらい昔から、慈と彼はこんなやりとりを繰り返していたのだから。

 今もこうして、昔と同じように。

 

 ただ、今の慈には一つ、昔と違って気に入らない事があった。

 仕方ないと言えば仕方がないのだけれど、ほんの些細なことなのだけれど。

 それでも、少し嫌なことが。

 

 たららららー♪ たららららー♪ たららららー♪ たららららー♪ たらりらっ♪

 

 不意に慈の携帯から軽快なメロディが流れ出した。

 メールの受信を知らせるメロディだ。

 慌てて携帯を操作し、十数秒かけてようやくメロディを停止させた。

 

「わっ……とと」

「電話か?」

「ううん、メール」

 

 声をかけてきた柿ヶ谷に、画面を見ながら答える慈。

 メールの送り主は友人の一人だった。

 なんでも、高級な洋菓子が手に入ったからお裾分けしてくれるらしい。今日の帰りにでも寄りに来いとあった。

 

 洋菓子か。そう言えばもう一週間ぐらいは甘いお菓子を食べていない。

 そろそろ食べたいなー、と思っていた頃なので、丁度良かった。

 この友人はいつもタイミングがいい。ちょっと異常なまでに。

 

 前に紛争地帯に行って、帰って来た時、彼が帰った丁度次の日からその地域で銃撃戦が始まった、なんてこともあった。当の本人は、ナマで銃撃戦が見たかったなー、などとトチ狂ったことを抜かしていたっけ。

 

 そんな事を考えながら少しの間ぼんやりとしていると、不思議な顔をして柿ヶ谷が話しかけてきた。

 

「……わざわざ、そんな長い着メロにする意味あんのか?」

「うっ。で、デフォルトから変えるやり方が分からなくて……」

「あー、機械音痴だもんなー、佐倉は」

 

 からかうような声音。

 昔から彼はこうだから、今更気になったりはしない。

 でも、今はまた別の所が気になってしまうのだ。

 

「……ねぇ」

「うん?」

「その、さ。佐倉――」

 

 がらがらがらっ。

 

 慈が言いかけた時、閉じられていたドアが乱暴に引き開けられた。

 二人が揃って視線をやると。

 

「よーやく見つけたぞ柿ヶ谷ァ……。さぁ、先生とゆっっっっっくりオハナシしようかァ……!」

「「ひっ……!」」

 

 角を生やした鬼神がそこに立っていた。

 その顔は不自然なほどに優しかった。額に幾本もの青筋が立っていることを除けば。

 そして右手に持っているのは剣道部が抗争用に隠し持っていた木刀。

 

 どう見てもヤる気満々です。本当にありがとうございました。

 

「み、みーさん……。そ、そんな怒らないで下さいよ。ほら、あんまり怒ると血管切れちゃいますよって痛ッ! ちょ、やめ、そこ、痛ッ!? あ、足首! 足首だけ淡々と狙わないでみーさん! 皮むける、むけるってみーさん!」

「じゃあかあしいわボケが! 大体誰がみーさんじゃコラ! いつからてめーは担任教師先生様をあだ名で呼べるぐらいに偉くなったんじゃ、ア゛ァ゙ッ!?」

「ヒィッ!?」

「おまけにその今月厳しい担任教師先生神様がなけなしの銭で買った自分へのご褒美を! しかも一口で! 全部食いおったお前は! 一体どれだけ偉いってんだよォォォッ!」

 

 最早怒声とも悲鳴ともつかない声が三人だけの教室に木霊する。

 思わず耳を塞いだ慈は、その拍子にあるアイデアを思いついた。

 

 おそらく、この場を丸く収めるための、たった一つの冴えた方法を。

 

 いやでも、流石に彼はそこまではタイミングが良いだろうか。

 ……まあ、いいか。違っても他のお菓子で妥協してもらおう。

 そう慈は腹を括って、大きな声を出した。

 

「あの!」

「なんや佐倉ァ!」

「っ……。せ、先生が彼に食べられたお菓子って、どこのシュークリームですか?」

「……はっ?」

 

 柿ヶ谷の足首の薄皮をひたすら木刀で削り続ける手を止め、怪訝な顔をする担任。

 その顔に慈は携帯を突き付けて。

 

「もしかしたら、そのシュークリーム。調達できるかもしれません」

 

 それから数十分後。

 二人は何がなんやら分からぬ顔をするもう一人の幼馴染に手を合わせて拝み倒し、ようやく担任教師にシュークリームを献上する事が出来たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……酷い目にあった」

「こっちの台詞よ、もう」

 

 二人は暗くなった空を街灯が照らしている帰り道を、一緒に並んで歩いていた。

 

「たまたま二霧(にぎり)くんが先生の買ったシュークリームと同じものを分けてくれるって言ってたから何とかなったものの。もしこれであのシュークリームがなかったら、今頃本当に日本海の底かもよ?」

「やめてくれ想像したくない……。ああ、足首痛ってぇ……。め……佐倉、絆創膏かなんか持ってない?」

「……ねぇ」

「あん?」

「やめてよ、その、佐倉って呼ぶの」

「……へっ?」

 

 急に立ち止まった慈に、不思議そうな声を返す柿ヶ谷。

 そのまましばらく迷っていた慈だったが、やがて決心したように顔をあげて。

 

 

「……めぐ、って呼んでよ」

 

 

 きょとんとする柿ヶ谷を見て、慈はしまったと思った。

 やってしまった。

 急に頬が熱を持ち出して心臓の鼓動が早まる。

 こんなこと、言わなきゃ良かったのに。

 慈は慌てて、赤くなった頬を隠すように顔を逸らした。

 

 その様子を見て、柿ヶ谷は可笑しそうに笑った後。

 

 

「ごめんごめん。……ほら、めぐ。家まで送ってくからさ。一緒に帰ろうぜ」

 

 右手をめぐに向かって差し出した。

 慈はさらに顔を赤くし、反対方向に背けた後。

 

 そっと。

 

 その手を握りしめたのだった。

 

 

 

 




どうですかね。幕間なので恋愛っぽくなるよう頑張りました。本当になってるかは知らぬ。

いやぁ。何分私男の人とも女の人とも哺乳類とも爬虫類とも魚類とも恋愛したことないので、加えて少女漫画とかちっとも読まない人種なので、ぶっちゃけこういうの苦手だったりします。
でもなんか書きたくなったから書いてやった。後悔はしている。反省はしている。なお向上の兆しは見えない模様。

さて、ようやく立て込んでいた予定の三分の一が片付いたので、少しだけ執筆時間が増えそうです。ええ、「ほんの」「少し」だけ。
なので次の投稿も遅れるやもしれません。首長ーくして待っていて頂けると嬉しいです。

それでは。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。