学校暮らしは大変です。   作:いちちく

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お 待 た せ し ま し た !


♭3

 ふと窓の外を見ると、日はもう既に高く昇っていた。

 ちらりと見えた校庭にはあいつらが十数人ほどうろついている。

 時計を見ると、もう一時近い。

 普段なら昼休みに入っている時間だから、多分外にいるあいつらはいつも外で遊んでいた連中なのだろう。

 

 そう思うと、なんだか笑えてきた。

 笑った拍子に力が抜けて、少し落ち着いた。

 

 次に柿ヶ谷先生に会ったら、今度こそちゃんと謝ろう。

 そう思って、あたしは職員室に向かった。

 

 

 その時はまさか、あの先生が突然消えてしまうなんて、思いもしなかったんだ。

 

 

 職員室には誰も居なかった。

 机の上にはいくつか書類があったけど、先生の姿は無かった。

 

 代わりに置かれていたのは、昨日も書いていたであろう日記と、「職員用緊急避難マニュアル」と書かれた書類だけだった。

 

 どちらも開いて置いてあったが、中身を見るのはやめておいた。

 人の物を見るのも気が引けたし、その時はまだ何も危機感を抱いていなかったからというのもあった。

 

 ただ、日記の上に置いてあった芯を出しっぱなしのボールペンが少し気になって、あたしはあの人を探した。

 

 

 彼が何処にもいなくなってしまったと理解したのは、それから三十分が経過した頃だった。

 

 

「最後に彼を見たのはいつ?」

「えっと……確か、朝食は取りに来たのを見たのが最後だった、と思う」

「じゃあ、七時くらいね……。それから先は?」

 

 めぐねえがそう聞くと、ゆきとりーさんは揃って首を横に振った。

 もちろん、あたしもそこから先は知らない。

 

「……シンクには食器があったから、先生がいなくなったのは朝食の後だと思う」

「でも、一体どこに行ったのかしら……?」

「分からない。三階は粗方探したけど、どこにもいなかった」

 

 顎に手を当てて、考え込む様子を見せるめぐねえ。

 りーさんは、不安そうな顔をするゆきをぎゅっと抱きしめているけれど、当の本人も少し顔色が悪い。

 

 まさか、いつも余裕綽々の表情で、殺しても死ななそうなあの人が何処かにいなくなる、なんてこと、考えもしていなかったのだろう。

 

 あたしもそうだ。

 もし、何か異常事態が起こって誰かに危険が及んだとしても、その矛先は身体的にも精神的にも弱い、あたしたち生徒だと思っていた。

 それが、実際にいなくなったのは、一番の強者であったはずのあの人だ。

 

 部活でえげつない距離をあたしたちに走らせ、自分も一緒に走っていた時に、部員は皆疲れ果ててぜいぜい息を切らせていたのに、汗一つかかずに涼しい顔をしていたあの超人。

 

 そんな人が、真っ先に。

 油断、していた。

 

 あるいはゆきなら、心が耐え切れずにどこかへふらりと逃げ出してしまう事もあるかもしれないと思って、りーさんと二人でちょくちょく様子を気にするようにはしていた。

 

 だけど、あの人はノーマークだった。

 ……くそ。

 

「ともかく、もう一度探しましょう。たまたま行き違いになっただけかもしれないし。もしかしたらソファーとかの下で寝転がってるかも」

「いや、流石にそれは無いかと……」

「冗談よ。……もっとも、彼なら、あながち有り得ない訳じゃないんだけど、ね」

 

 ぼそりとめぐねえが何か言っていたが、声が小さすぎて良く聞こえなかった。

 めぐねえが何処か遠い所を眺めるような顔をしていたから、多分昔のことを思い出しているのだろう。

 ……何かあったんだろうか。

 

 少し気になったが、詳細を聞こうとした時、得体の知れない悪寒を感じたのでやめた。

 たぶん、ろくなことじゃない。

 直感がそう告げていた。

 

 

 

 ともあれ、あたしたちは手分けして三階を探し始めた。

 あたし一人では探せなかった屋上の給水塔の上や、そもそも探さなかった男子トイレ、職員休憩室なども見て回った。

 そうしてくまなく探して三十分が経った。

 

 

 先生は、どこにもいなかった。

 

 

 教室を後にすると、廊下でりーさんとゆきを見つけたので、声をかけた。

 

「あ、りーさん! ……どうだった?」

「こっちにはいなかったわ。そっちも?」

「ああ。まったく、どこに居るんだよ……」

「……あれ? ねぇ、めぐねえは?」

「え?」

 

 ゆきの呟きに、慌てて周りを見回してみるが、めぐねえの姿は無かった。

 記憶を掘り返してみたが、少なくともあたしが探しているときには会っていなかった。

 まさかとは思うけど、めぐねえまで?

 ……いや、探す前に下には降りないって決めてたから、それは無いだろう。

 

「めぐねえなら、職員室に入ってくのを見かけたけど?」

「本当か!?」

「ええ。それから見てないから、多分まだ職員室にいるんだと思うけど……」

「……いくらなんでも、長すぎる、よな」

 

 探し始めてからもう、ゆうに三十分は経っている。

 職員室は確かにそこそこ広いけれど、流石に掛かり過ぎだ。

 

 あたしは一人で職員室に向かった。

 右手に、ぎゅっとシャベルを握りしめて。

 りーさんとゆきには生徒会室で待っていてもらうことにした。

 もし、三十分しても戻ってこないようなら、そういう事なんだと思ってくれ、と伝えて。

 りーさんは少し顔を青くして震えていたが、それでもしっかりと頷いてくれた。

 

 職員室の扉の前で、大きく深呼吸をする。

 練習を始める前に、いつも柔軟運動の締めにしていたように、ゆっくりと。

 大丈夫、大丈夫だ。

 

 

 あたしは、ゆっくりと戸を開いた。

 

 

「………………」

 

 

 職員室の机を前にしてめぐねえは立っていた。

 あの机には見覚えがある。柿ヶ谷先生の机だ。

 

 机の上の日記と冊子は閉じられ重ねて横の方に置かれていた。

 状況から察するに、めぐねえが読んだらしかった。

 まあ、付き合いも長いから、さして問題は無いんだろうけど……。

 それよりも気になることがある。

 

 めぐねえは机を前にしてずっと立ったままだ。

 確かにあたしはドアをゆっくりと開けたが、別に全く音が出ないように気を遣った訳ではない。

 だから、めぐねえは誰かが入ってきたことに気が付いているはずなんだ。

 

 もしも、まだ正常な状態ならば。

 

「ねえ、めぐねえ?」

「………………」

「ねえ、ってば!」

「……なさい」

「……え?」

 

「……めん……なさい……ごめん……なさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんっ、なさい、ごめ、んな、っさい、ごべんなざい……!」

 

 めぐねえは口から謝罪の言葉を漏らし続けていた。

 目から鼻からだらだらと液体を溢しても、息が続かなくて咳込んでも、止めることなく延々と謝り続けていた。

 

 何にだろう。

 誰にだろう。

 

 分かりはしなかった。

 ただ、めぐねえの何か大切な物が壊れてしまったんだろう。

 そう、感じた。

 

「あ……」

 

 からん、と音がした。

 あたしがシャベルを取り落した音だった。

 その音で、ようやくめぐねえは振り向いた。

 

 顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

 泣き腫らして赤くなったその目はあたしを見ているようで、どこか違う別のものを捉えているようだった。

 

 その姿があまりに痛々しくて、折れてしまいそうで、気が付くとあたしはめぐねえを抱きしめていた。

 

「めぐねえ……」

「ごめん、なさい……みんな……」

「いいから。めぐねえ。もういいんだよ、めぐねえ。みんな、分かってるから」

「ごめん、なさい……わたし、達の、せいでっ! みんなっ……!」

「いいんだよっ! もう!」

 

 思わず飛び出した大声に、めぐねえはびくりと震えた。

 

 いっそう力強く、あたしはめぐねえを抱き締めた。

 小さな子供の様に震え続けるめぐねえが、やがて落ち着くまで。

 

 

 それから、どれくらい経っただろうか。

 後ろからゆっくり戸を開ける音が聞こえた。

 振り向くと、りーさんとゆきがいた。

 あたしの姿を見つけるとゆきの目が輝いたので、咄嗟に口の前に人差し指を立てた。

 

 めぐねえには、もっと休んでもらわなきゃいけないんだ。

 今まで頑張ってきた分、いっぱい。

 

 めぐねえの体は思ったよりも軽かったので、あたしが一人でおぶってゆくことにした。

 そういえば、めぐねえはあまり食事をとっていなかった。

 食欲がない、と言ってたけど、本当の所はあたしたちに遠慮したんだと思う。

 

 めぐねえが起きたら、りーさんと一緒に美味しい料理を作ってあげよう。

 いっぱい、いっぱい。

 

 背中に存外頼りない重みを感じながら、あたしは疲れて回らない頭で、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 目が覚めると、生徒会室のソファーに寝かされていた。

 恐らく、りーさんあたりがソファーのある場所に運んでくれたのだろう。

 

 大きく欠伸をしつつ、体を起こす。

 起こした拍子に、掛けられていた毛布が落ちた。

 これ……ゆきの毛布?

 

 さっきまで寝ていたソファーも、よく見ると頭があった場所の横に、動物のぬいぐるみが添えてあった。

 たぶん、ゆきが置いてくれたんだろう。

 

 ……早く、二人に顔を見せてこよう。

 

 あたしは立ち上がって、生徒会室に向かった。

 自分が少し笑っていることに気がついたのは、生徒会室のドアガラスに顔が写った時だった。

 

 

 

 

 

「あら、くるみ。起きたのね」

「くるみちゃん、おはよー!」

「ああ、うん、二人共。ありがとう」

 

 生徒会室に入ると、二人が笑顔で出迎えてくれた。

 それに笑い返そうとして、笑っているような状況じゃないことに気がついた。

 

 そういえば、柿ヶ谷先生。

 

「なぁ、そういやあの人は――」

「柿ヶ谷先生なら、少し前に戻ってきたわよ?」

「――って、へっ!?」

「なんか、地下に物資を取りに行ってたみたい。返り血だらけだったから取り敢えずシャワー浴びてもらって、戻ってきたらすぐ寝ちゃった。よっぽど疲れてたみたいね」

「……は」

 

 なんだそれ。

 騒がせておいて、それかよ。

 あーあ……。

 

 とんだ勘違いだった。

 まあ、そうだよな。

 

 あの人が簡単に死ぬ訳、ないよなぁ……。

 

「……先生が起きたら。いっぱい怒ってやりましょう?」

「……めぐねえも一緒に、な」

 

 二人して悪戯っ子のような笑みを浮かべて、揃って笑った。

 

 先生、早く起きろよ。

 そしたら、今度はちゃんと謝れるからさ。

 みんなでたくさん怒った後になるけど、ね。

 

 

 

 




くるみさんが予想外に主人公っぽくなってる……(恍惚)。

これでくるみさんのターンは終了です。
次は一話ぐらい日常話を挟んでから圭を助けに行きます。

それが一段落してから、りーさんやらゆきやらめぐやらのターンです。
もしかしたらりーさんは日記にするかもしれませんが、その辺はまだ分かんないです。

何分行き当たりばったりな性格でして、ええ。さーせん。

そして次はまたいつになるか分かりません。予定のたて込み方がパないので。
か、感想書いて下さればすぐ出来るかもよ?(露骨な視線)

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