学校暮らしは大変です。   作:いちちく

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くるみさんのターン、ぱーと2。


♭2

 

 購買から戻ってくるとめぐねえが生徒会室を掃除してくれていたので、あたしたちもそれを手伝うことにした。

 買ってきた雑巾と、ロッカーから取ってきたモップで床を拭く。

 あの日は生徒会が無かったせいか、この部屋には血の痕はなかった。

 代わりに、大量の埃とゴミがある。

 なぜこんなに埃が溜まっているのは不明だ。

 生徒会は活動でここを使っていなかったんだろうか。

 

「ゆきちゃん、そっち終わったら次はあっちの机お願いしていい?」

「うん、任せて!」

 

 りーさんが仕事を頼むと、ゆきは元気よく返事をした。

 まだ少し顔色が悪いけれど、それでも初めの頃の死人みたいな顔よりはよっぽどマシだ。

 ……ゆき、持ち直したみたいだな。

 良かった。

 

 ゆき。本名は丈槍由紀。

 三年で初めて同じクラスになった、ちょっと、いやかなり変わった不思議な女の子だ。

 頭に被った動物の帽子、背中に背負った翼付きリュック。時折飛び出すふわふわ空想トーク、そして何より高校生とは思えないほどの無邪気な性格が相まって、クラスでは少し浮いた存在だった。

 ただ、素直な子だったので決して嫌われていたわけではない。仲の良い友達も何人かいるみたいだったし、あたしともたまに話す程度の付き合いはあった。

 

「ぐっ……」

「どうしたの、ゆきちゃん」

「うぅ、疲れたー……」

「……まだ五分経ってないぞ」

 

 短所は体力が少ないところだろうか。

 体格も小柄だし、仕方ないことではあるから短所としては微妙だけど。

 

「ほらゆき、それはあたしが手伝うから、ちょっと座って休んどけ」

「あ、ありがとー、くるみちゃん」

 

 少しふらつきながらも、ゆきは問題なく席について机に突っ伏した。

 服の袖を捲って、雑巾を絞り床を拭き始める。

 

 ……そういえば、部活で体力づくりのために体育館を雑巾掛けしたっけなぁ。

 こうしていると、なんとなく落ち着く。

 普段の学校生活と同じことをしていると、まるであんなことが無かったかのような感じがして。

 ただの気休めに過ぎないけれど、それでも確かに心が落ち着く。

 今度から、やばくなったら雑巾掛けすることにしようか。

 

 元々血みたいな汚れはなかったから、掃除は一時間ぐらいで終わった。

 ふと外を見ると、外はもうすっかり夕暮れの空になっていた。

 さっきまでまだ昼だったのに。

 やることが多いからか、時間がすぐに過ぎる気がする。

 まあ、まだやることはあるんだけど。

 

 この後は机と有刺鉄線でバリケードを作ろうと思っていた。

 有刺鉄線は購買に何故かあったし、机は二年の教室や職員室から掻き集めて来れば足りる。

 ただ、問題が一つ。

 人手が足りないのだ。

 あたし一人だけだと時間がかかりすぎるし、何より危険だ。

 あいつらはもうこの階には殆ど居ないが、それでもどこかに溜まっているのを見落としている可能性はある。

 もし音に反応してこちらに近づいて来たあいつらに囲まれでもしたら、一発でアウトだ。

 だから誰かに手伝ってもらおうと思ったのだが、その人手がない。

 

 ゆきはもうへばってるし、めぐねえも朝から掃除し続けたから疲れてるみたいだ。

 りーさんは晩ごはんの準備をしてくれているし、あまり邪魔したくない。

 

 うーん、このままあたし一人でやるか。

 明日に回すという手もなくはないが、朝になって生徒が押し寄せてくる可能性を考えると、できるだけ今日のうちに済ませておきたい。

 でも、一人だと時間が……あ。

 

 いた。もう一人、人手が。

 あの人なら手伝ってくれるかもしれない。

 いやでも、うーん……。

 

 ……まあ、仕方ない。あの人に手伝ってもらおう。

 あの人なら有刺鉄線張るのも手慣れてそうだし。

 あの人に頼み事をするのは正直嫌だけど、背に腹は替えられない。

 あたし個人の好き嫌いで皆を危険に晒す訳にはいかないんだ。

 

 確か、あの人は職員室に居たはず……よし。

 

 あたしは、机に立て掛けておいたシャベルを持って、職員室に向かった。

 

 

 

 

 

 職員室の扉を開けると、あの人は机で何やらペンを動かしていた。

 ……日記でも書いてるのか?

 あたしがドアを開けた音に反応していないところを見ると、相当に集中しているようだった。

 でも、これだと集中しすぎて後ろからあいつらが近づいてきても気づかないんじゃないだろうか。

 まあ、この人のことだし、後ろから急接近されてもなんとかするのだろう。

 

「……柿ヶ谷先生。ちょっといいですか」

 

 後ろから少し観察しても全くこちらに気づかないので、仕方なくあたしは声を掛けた。

 するとようやく後ろにあたしが来ていたことに気がついたようで、先生は振り向いた。

 何の警戒もなく、至って普通に。

 

 ……この人は、どうしてこんなにも普通に行動できるのだろう。

 あたしだったら、後ろから突然声を掛けられたらすぐに振り向いて警戒するのに。

 そのどこから来ているのか分からない余裕に腹が立つ。

 無意識の内に、声音が冷たくなっていた。

 

「ああ……恵飛須沢か。帰ってきてたのか」

「ええ。それで、今からバリケードを作るので、先生に手伝ってもらおうかと」

 

 そう言うと、彼は少し驚いたような顔をした。

 そして、その後――僅かだが、確かに、一瞬、嫌そうな顔をした。

 

 なんだよ、その顔。

 

 なんでそんな顔、してんだよ。

 

「今からか?」

「……はい。明日だと生徒が上がってくるかもしれないんで」

「だけど、そんなに大した量じゃないだろ? それだったらオレでも十分対処できる。恵飛須沢も疲れてるだろうし、設置は明日にした方がいいんじゃないか?」

 

 目の前の大人は、のんびりとそう言い切った。

 ああ――。この人のこの話し方は知っている。

 一度、職員室で見たことがある。

 

 

 教頭に面倒な仕事を命じられそうになり、理由をつけて逃げようとしていた時の、あの話し方だ。

 

 もう一度この人の顔を見る。

 

 

 どこにも気負った様子が感じられない、どこから来ているのか分からない冷静さと余裕が滲み出ている無表情だった。

 

 

「それに、実は今少し確かめたいことが――」

「――そんな悠長なこと言ってる場合かよッ!」

 

 気付けば、あたしは大声を出していた。

 しん、と静まり返る職員室。

 その静寂に気付いた時、あたしは、はっと我に返った。

 

 今、あたしは何をした?

 

 相手の都合も考えずに頼みごとをして、それで断られたからって、自分の感情が抑えきれずに怒鳴った。

 たかが、態度が気に入らなかったってだけの理由で。

 馬鹿じゃないのか?

 

 なんで、冷静さを保っていられないんだ?

 あたしはあくまでお願いをしている立場。

 しかも、相手は先生。

 

 そんな、高圧的に怒鳴ることが出来る立場では、決して無いはずなのに。

 

「……あ、あの――」

「あー、悪い。呑気だったな、オレ。ちょっと気が抜けてたみたいだ。今から手伝うよ。予備の机と有刺鉄線持ってくるから、ちょっと待っててくれ」

 

 

 慌てて取り繕うとしたが、もう遅かった。

 済まなそうな――本当に済まなそうな顔をした彼は、頭を下げてから立ち上がり、職員室の奥の方へと消えていった。

 

 謝罪の言葉は、そのまま腹の奥底の底に押し込まれて、その後出てくることはもう無かった。

 

 

 

 

 

 

「……へぇ、昨日そんなことがあったの」

「くるみちゃんだめだよー。悪いことしたら謝らなきゃ」

「ぐっ……」

 

 結局、一夜明けても謝罪の言葉を言うことはできなかった。

 バリケードの作業をしている最中に何度も言おうとしたのだが、言葉がうまく出なかったり、丁度何かを取ってくれと言われチャンスが潰されたりして、上手く行かなかったのだ。

 

 そして次の日、つまり今、あたしはゆきとりーさん、めぐねえと一緒に放送室の掃除をしている。

 昨日、あたしがやってしまったことを相談しながら。

 

「いや、謝らなきゃいけないのは分かってるんだけどさ。どうしても、言葉に出来なくて……」

「まあ、確かにそういう時はあるかもしれないけど、なるべく早く謝らなきゃダメよ?」

「うぐ……」

 

 りーさんにおでこを指で突かれて、あたしは小さく呻き声を上げた。

 分かってる。分かってるんだけど、いざあの人の顔を見るとどうしても言葉が出なくなってしまうのだ。

 

 ふとめぐねえの方を見ると、とても大人びた笑顔を浮かべていた。

 なんというか年上の余裕みたいなものが感じられて、ちょっと嫌だった。

 あたしだけが勝手にこんがらがって、勝手に切羽詰っているようで。

 

「あったなぁー。私にも、恵飛須沢さんみたいな時。毎日忙しいせいで余裕がなくて大変だったのよね」

 

 そんなあたしの心中を知ってか知らずか、めぐねえは昔を懐かしむように話し始めた。

 

「丁度私が高校生の頃、彼と一度喧嘩したことがあってね。ちょっと色々問題が重なってて、大変だった時期があったのよ。そんな時に、つまらないことが頭にきちゃって、もう知らない、絶交だーって言っちゃって」

「めぐねえにも、そんな時期があったんですね……」

「佐倉先生ね。すぐに謝ろうとしたんだけど、色々あってチャンスを逃しちゃって。それで一週間近く口もきかずにいたんだけど。彼ってば、喧嘩した原因を忘れたから教えて欲しいって聞きに来たのよ。反省して次に活かしたいから、って」

「はっ?」

 

 思わず変な声が出てしまった。

 なに、その、非常識な質問?

 

「もう、呆れるしか無いわよね。それで、今まで気にしてた自分が馬鹿みたいに思えてきちゃって、ようやく謝れたの」

「そうなんだ……」

「だから、恵飛須沢さんもそんなに気にしないほうが良いわよ。そりゃあ私と恵飛須沢さんでは事情も全然違うけど、しばらくすれば多分彼忘れるから」

「それはそれでなんか嫌ですけど……」

 

 でも、少しだけ気分が楽になった。

 そうか、あの人は気にしてないんじゃなくて、忘れるんだ。

 そうか。

 確かに、真面目に考えていたあたしが馬鹿みたいに思える。

 

 と、一つ気になったことがあった。

 

「めぐねえとあの人って、どういう関係?」

「佐倉先生と柿ヶ谷先生。別に、ただの腐れ縁よ。長い長ーい、ね」

「ふぅん……」

 

 とても、そうとは思えないけど。

 だけど、口にすると怒られそうだったので、その言葉は胸の中に仕舞っておくことにした。

 

 

 

 

 




くるみさんの主人公に対する好感度は現状−6です。先輩殺害直後は−8でした。目安として、−10で殺意、+10で依存って感じです。

なんかいつの間にか凄く沢山の方に見て頂けているようで。
凄く嬉しいですが、こんなガバガバ設定の駄文を大勢の読者様に晒していると思うと軽く死にたくなりますね。
何はともあれ、本当にありがとうございます。

なんとか読むのが苦にならない文章が書けるように頑張りますので、これからも拙作をよろしくお願い致します。

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