学校暮らしは大変です。   作:いちちく

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はい、お待たせしましたー。(五体投地)
五体投地って土下座のスゴイ版に見えなくも無いよね意味が全く違うけど、なんて下らないことをのたまいつつ、今回もお送りします。

あ、今回はりーさんのターンです。




#1

 

 

 

 私には夢がある。

 しっかりした形はなく、とても人様にお聞かせできるようなものではないけれど、それでも叶えたい夢がある。

 

『誰かの為』になりたいのだ。

 それも、特定の個人ではなく、不特定多数の『誰かの為』に。

 

 具体的にどういう事が出来るとか、どういうことがしたいとか、そういう考えはない。

 細かいところまで考えてしまえば、色々な問題が首をもたげてきて、それが自由な想像を邪魔してしまうのだ。

 

 あと、漠然とした夢に、具体的な方向性を付ける事が出来ないから、と言うのもある。

 これでも必死にどの方向で夢を叶えるべきなのか、色々考えて、色々なことをしてきたのだ。

 医療、家事、介護、力仕事、言語、文章、他にももっと。

 

 でも、どんなことをすればいいのか、私がどうしたいのかは、結局分からないままだった。

 周りの大人たちは「そのうち時間が過ぎれば分かるようになる」と言っていたけれど、私にはどうしてもそうとは思えなかった。

 

 このまま無為に時間が過ぎて、そのうちこんな夢を抱いていたことも忘れて、腐った大人たちと同様に灰色の人生を送るのだろうと、そう諦めかけていた。

 

 全てが変わったのは、あの日のことだ。

 

 いつから始まったのか分からない。

 だが変化は劇的だった。

 

 つまらない灰色の日常は終わりを告げ、代わりに新しい毎日が、私達に訪れたのだ。

 

 

 その色は赤。

 

 

 弾け飛ぶ血飛沫に(まみ)れた世界が、私の下らない灰色をぜんぶまとめて塗りつぶしてくれたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「りーさぁぁぁぁん」

「……どうしたの、ゆきちゃん、すごい声出して」

「疲れたよぉ……」

「はいはい。もうちょっとだから我慢してね」

 

 ゆきちゃんが情けない声をあげる。

 体格的に仕方ない事ではあるけれど、もう少し頑張って欲しい所だ。

 なにせ今は非常事態。必要なものは山ほどある。

 着替えも下着も毛布やマットレスも。あと、掃除道具や食べ物も必要だ。

 

「……よいしょ、っと」

 

 非常用の缶詰や食品が大量に詰まったダンボールを持ち上げる。

 ずしり、と重い感触が腕に伝わる。

 購買部の手伝いを普段からやっておいてよかったと、心からそう思った。

 備えあれば憂いなしという諺は本当なのだと、改めて思い知らされた形だ。

 まあ、この先の生活を考えると、憂いはなくなりそうもないのだけれど。

 

「……なあ、りーさん」

「なに?」

 

 これから先必要になりそうなものを一通り出し終えると、くるみが話しかけてきた。

 

「聞いても仕方ないことだって分かってるんだけど、さ。……あたし達、これからどうなるのかな」

「……そうねぇ」

 

 くるみは不安そうな顔をしていた。

 それはそうだ。こんな異常事態、不安にならない方がどうかしている。

 かと言って、その質問に明快に答えを提示できるほど、私は今起きているこの状況に詳しくはなかった。

 

「……私にも分からないけど。取り敢えずの所は、ここで生活していくしかないんじゃないかしら? もう少し時間が経てば、その内救援も来るだろうし。今はそれまで耐えるしかないと思うわ」

「……そっか。そうだよな」

 

 だから私は当り障りのない返事で曖昧に濁した。

 くるみもこんな返しが来ることは想像していたようで、やはり曖昧に笑った。

 

 いつまで、こうやって曖昧に返せるだろうか。

 分からない。くるみは案外聡い子だ。いつか、私の抱えている闇に気付かれるかもしれない。

 

 

 そうなったら、どうしてしまおうか?

 

 

 ……まあ、今すぐに気付かれるということはないだろう。

 それに、気付かれたところで、皆がすぐに私を追い出すことはない。

 この極限状態、一人抜ければそれだけで大分痛手だ。

 誰かが先走らない限り、私は大丈夫だろう。

 

 多分。

 

「みんな、お疲れ様ー」

「あ、めぐねえ」

「めぐねえ、遅いよー」

「佐倉先生です。ごめんなさいね、三階を片付けるのに手間取っちゃって」

 

 脳内でそんなことをぼやぼやと考えていると、めぐねえがやってきた。

 すぐさま、ゆきちゃんとくるみから明るい声が飛ぶ。

 めぐねえも、柔和な笑顔で言葉を返した。

 

 

 佐倉先生。

 通称、めぐねえ。

 本人はめぐねえと呼ばれる度に訂正しているが、佐倉先生と呼ぶ人間は校内に殆どいない。

 精々、同僚の先生とか一部の真面目な生徒がそう呼んでいたくらいだ。

 そして、私が本気で尊敬する人の一人でもある。

 

 この人は本当に折れない。

 

 何があろうと、どんな壁にぶち当たろうと、その持ち前の明るさと強さで、全て乗り越えていってしまうのだ。

 

 今もそう。

 正直、この人がいなければ、私達の不安は次第に大きくなって、いつしか軽率な行動をとっていたに違いない。

 例えば、助けを求めるために、外に行く、とか。

 

「駄目です! 今、この屋上を出ることは、先生が許しません!」

 

 咄嗟の機転で人の心を動かす。

 これが出来るのは、本当に限られた人だけだと思う。

 ……すごいよ、めぐねえは。

 

「……それにしても、すごい量ね」

「まあ、これでもまだ一部ですけどね」

「それで、この量……。どこかに置く場所あるかしらね」

「そうですね……放送室とか、生徒会室とか……」

 

 言われて、思いつく教室を挙げていく。

 確か、音楽室とLL室は損傷が酷かったはずだ。

 あそこを掃除するのは中々骨だろうし、選択肢からは外れた。

 

 めぐねえも少し考え込んでいたが、やがて決めたらしく、顔を上げた。

 

「……生徒会室にしましょうか。放送室には機材も色々あるし、何かの弾みで壊れると困るから」

「ですね。それが良いと思います」

「じゃあ、私、先に少し掃除しておくわね」

「了解です。……めぐねえ、気をつけてくださいね?」

「大丈夫よ。いざとなれば、彼もいることだし、ね。……あと、めぐねえじゃなくて佐倉先生」

 

 めぐねえはそう言って、再び購買部を出て行った。

 ……さて、じゃあ、そろそろ物資を……。

 

「ねーねーりーさーん! お菓子がこんなにあるよ! すごーい!」

「……ゆきちゃん」

「ねぇ、全部持って帰ってもいいかな!? いいよね!? 答えは聞いてな――」

「――ゆきちゃん」

「……あ、あれ。り、りーさーん? なんか、顔が怖いんだけど……?」

「ちょっと、お話しましょうか。大丈夫、心配しないで。少し、お話、するだけだから」

「ひっ……」

「あー……。あたし、お手洗い行ってくるわ」

 

 ……の前に、無邪気にはしゃぐゆきちゃんにお説教を敢行しよう。

 これは、この大変なときに呑気にお菓子お菓子と騒いでうるさいからであって、決してその脳天気さが羨ましいとか思ったからではない。

 

 ないったら、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 購買で手に入れた荷物を生徒会室に運びに行くと、めぐねえがもう粗方の掃除を終わらせてくれていた。

 雑多に並べられていた生徒の私物らしきゴミが、全部袋に詰められて戸の側に重ねて積んである。

 

「めぐねえ……随分、早いですね」

「こういうの、慣れてるのよ。あと、佐倉先生」

「……ひょっとして、柿ヶ谷先生絡みですか」

「……まあ、ね」

 

 苦笑交じりに肩を竦められた。

 十中八九、あの人関連のことだろう。

 めぐねえの隠し切れない嬉しさのようなものが見て取れて、すぐに確信した。

 あの人とめぐねえの付き合いはかなり長いと、資料にも書いてあったし。

 

「……正確には、彼と、あともう一人いたんだけどね。二人共すごく自由奔放で。ついていくのが大変だったわ」

「へぇ……」

 

 それは知らなかった。

 めぐねえとあの人の間に、もう一人居たなんて。

 でも、きっとその人も、めぐねえにとっては大事な友人だったのだろう。

 表情が、それを物語っているから。

 

「たっだいまーっ!」

「戻ったよー……」

「……おかえりなさいゆきちゃん。随分元気ね……」

 

 そんなことを喋りながら片付けをしていると、ゆきちゃんとくるみが戻ってきた。

 その元気な声を聞いた時、一瞬でどっと疲れが湧いてきた。

 いや、怒っているんじゃない。

 ただ、割りとキツめにお説教をしたのに、もう立ち直られたことに、なんだか無性に脱力感が湧いてきた。

 それだけだ。

 それだけなんだけど……。

 

「うん! りーさんから言われたお菓子の片付けやってたら、くるみちゃんが飴玉くれたの!」

「くるみ……」

「いや、うん……ごめん。あたしも、まさかここまで元気になるとは……」

 

 恨みがましさをこれでもかと眼に込めてくるみを睨む。

 くるみは、頬をぽりぽりと掻きながらそっぽを向いた。

 とてもバツが悪そうだ。多少なりとも罪悪感は感じているのだろう。

 

 まあだからといって許す気などさらっさら無いわけなんだけども。

 

「……今日の晩ご飯、くるみだけおかず抜きで」

「ちょ、おまっ、それはっ!!!」

「冗談よ。……代わりに、こっちを手伝ってて頂戴?」

「……洒落にならない冗談は勘弁してくれよ……死ぬかと思ったぞ……」

 

 腹いせがてらに軽くジャブ程度の冗談を振ってみると、くるみは見る間に狼狽した。

 そんなにご飯が大事なのか、と思ったが、よくよく考えて見れば、私たちはこの三日間の間、ちゃんとした食事を摂ってない。

 くるみが必死になるのも道理と言えた。

 

 少し悪いことしたかなと思いつつ、私は夕飯の用意の為、生徒会室を後にした。

 

 

 

 

 

 

「……うん、こんなもんかな」

 

 職員休憩室。

 うちの学校は何故か、ここに簡易的な料理器具を設置している。

 何故かは本当に分からない。永遠の謎だ。

 

「……まあ、助かってるから良いんだけど……」

 

 目の前でぐつぐつ煮えるカレーを見ながら、そう呟く。

 購買で色々なレトルト食品も揃えられたので、今日はドライカレーを作ることにした。

 久々の食事だし。カレーなら嫌いな人もいないだろうし。

 何より、私が食べたいし。

 

 ぐるるるるう。

 

 油断していると、不意にお腹から音が聞こえた。

 意識していないだけで、どうやら私も大分お腹が減っていたらしい。

 

「早く出来ないかなぁ……」

 

 待ち遠しさを込めて、呟く。

 

 カレーはそんな私の切望などよそに、ゆっくりと煮え続けていた。

 

 

 

 ……この後、飢えた生徒たちによるお代わりを巡った戦いが勃発したが、それはまた別の話。

 

 

 

 ただ、お代わりのドライカレーは、努力に見合った勝利の味がしました、とだけ言っておこう。

 

 

 




あと2話ほど続く予定です。

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