学校暮らしは大変です。   作:いちちく

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 月16日目( )No.14

 

 

 ようやく荷物の整理が終わって時間が出来たので日記の続きを書いておこうと思う。

 昨日のことだ。

 

 

 結果からいくと、もう既に遅かった。

 

 

 既に祠堂さんたちが生活していたショッピングモールの5階居住区は壊滅していた。

 十数人ほどのあいつらの群れ。

 むわりと鼻をくすぐる血肉が腐ったような刺激臭。

 身体の所々が腐りおちたおぞましいバケモノ達が、そこに居た。

 

 その中には、見覚えのある駅長の制服を着た、見覚えのある顔の青年が、こちらにゆっくりと両手を伸ばす姿もあった。

 

 オレとめぐを見つめるその目には、眼球がなく二つの虚ろな穴が開いているだけだった。

 

 

 一応、ある程度は覚悟していた。

 祠堂さんたちが暮らしていたのは駅近くにあるショッピングモール。

 歩いて数分の距離だ。

 対して、オレ達がここに来るまでに掛かった時間は約半日。

 夜中は移動せずに休んでいたから、本来三十分で行けるのにこんなにかかってしまったのだが、それはいい。

 

 問題は、そこまで時間をかけたにも関わらず、何故祠堂さんがまだあの場にいたのかという事だ。

 

 あるいは暮らしていた連中が放送を聞いていなかったという可能性もあるが、それにしたって彼女がいつまでも戻ってこなかったら不審に思って人を送るだろう。

 もし、彼女が見捨てられていなければ、の話だが。

 ()()()は、時折そんな非情な判断を下す事があったから、無いとは言い切れない。

 でも、そうだとしたら皮肉なものだ。

 

 見限られた人間が生き残り、見限った人間が死んでいく。

 運命の女神サマとやらはどうも、そういった奇遇を愛しているらしい。

 くそったれ。

 

 あいつらは一斉に襲い掛かってきたので、攻撃を喰らわないように引き寄せつつ広い場所に移動して、そこで全滅させた。あっという間に踊り場は真っ赤に染まった。

 

 あいつを殴り殺した時の感触が、まだ手に残っている。

 あいつの頭蓋を拾った傘で打ち砕いたときの音が、まだ耳に残っている。

 あいつの呻き声が。

 どす黒い血の染みついた、青かったはずの制服が。

 

 その全てが、一晩明けた今でもオレの頭に焼き付いて離れない。

 

 あー、くそ。

 

 こりゃ、当分悪夢に苦しめられる羽目になりそうだ。

 

 

 

 

 

 女性陣も荷物整理が終わったので、下の駐車場から使えそうなミニバンを取ってきた。

 オレのメンタルが恵飛須沢さんによる精神攻撃(物理)に耐えられなくなったからと言うのもあるが、一番は車に乗れる人数が完全にオーバーしてしまったからだ。

 

 そうだ、書くのを忘れていた。

 完全に壊滅状態だった5階部分に、もう一人残っていたのだ。

 

 直樹美紀。

 2年B組出席番号24番。

 理系教科は知らないが、国語教科がそこまで出来ていなかったから、多分出来る方なのだろう。

 祠堂さんと仲が良く、たまに二人一緒に授業が終わってから押しかけてくる事があった。

 ぶっちゃけ、オレは彼女に対してはその程度の認識しかなかった。

 人見知りらしく、会話も少なかったし、押しかけて来た時にも彼女が喋ることは殆ど無かった。

 

 彼女を見つけたのは、あいつらを殲滅した後で5階部分の探索に移った時だった。

 ゴソゴソと物資を漁っている最中に、いきなり真後ろの扉が開いたのだ。

 あの時はビビった。凄まじくビビった。

 その場にあった傘を相手も確認せずにすぐさま向けてしまうぐらいにはビビっていた。

 直樹さんの怯えたような顔が今でも忘れられない。はぁ。

 

 そんなことはさておき、車のことだ。

 

 祠堂さんに加えて直樹さんまで増えて、さらに追加の物資まであるとなっては、めぐのミニクーパーではもう入り切らない。

 だから、新しく車を取ってくることにしたのだ。

 幸いすぐに見つけられたので、ショッピングモールの入り口まで車を運んだ。

 今は、女性陣が服とかの用意をしているので、待機だ。

 彼女たちの準備が終わり次第出発する。

 

 ……一人でいると余計なことが頭を巡る。

 ああ、くそ。

 もう一度。

 話が。

 くそ。

 

(荒々しい文字で書き殴られている)

 

 

 

 

 

 月17日目( )No.15

 

 

 起きると何故か2階の廊下に寝転がっていた。

 背中が痛い……。なんだって廊下で寝ていたんだろうか、オレは。しかも2階の。

 またあれか。あの夢遊病もどきか。

 勘弁してくれよ、怖いったらありゃしない。

 しかも、もう夕方になってたし。

 多分、この数日の疲れが出たんだろうなぁ……。

 そういうことにしておこう。うん。

 

 三階に合流すると何してたのか聞かれたので、適当に誤魔化しておいた。

 実は意識が時々無くなってあらぬところにいるんだ、なんて正直に言ったら無駄な心配をかけてしまうからだ。

 今は新しいメンバーも増えて色々と不安定だから、心配を増やすのは出来るだけ避けたい。

 どうしようもなくなったら相談しよう。そうしよう。

 

 祠堂さんと直樹さんはなんだかんだでみんなと馴染めているらしい。

 さっき仲良さそうに喋っていたし。

 大丈夫そうだ。

 良かった良かった。

 

 

 

 

 

 月18日目( )No.16

 

 夢を見た。

 あいつがこっちに手を伸ばしてくる夢だ。

 どうして。なぜ。助けて……。

 意味のあるかどうかも分からない言葉の羅列が絶え間なく襲ってくる夢。

 まさしく悪夢。

 思えば今までにちゃんと悪夢と認識できる悪夢は見てこなかったな。

 そう考えると、ラッキーなのかもしれない。

 そんな訳あるかバカ野郎。

 

 朝食の時、「寝るならちゃんとソファーで寝なさい」とめぐに怒られた。

 なんでも、三階の廊下部分でぶっ倒れていたのをめぐが職員休憩室に運んでくれたらしい。

 ……マジか。

 

 朝食の後、少し時間があったので、めぐと話をした。

 

 あいつ……二霧のことだ。

 

 二霧 仁。

 オレとめぐの幼馴染。

 高校時代は世界中を駆け回って何度もオレ達に迷惑をかけてきた奴。

 無駄に運とタイミングが良く、銃撃戦真っ只中でも呑気に煙草をふかしていた馬鹿。

 大学に入って二日で責任をとる、とか言って自主退学した伝説を持つ男。

 

 結局本人は事の詳細を語らなかった。

 ただ「やれば出来るんだよ……」と無駄に哀愁の漂うニヒルな笑みを浮かべていたのが印象的だった。

 

 そうして生活に安定が欲しいからとか言って巡ヶ丘駅の駅長にコネで就職したあいつ。

「いつでも遊びに来いよ」なんて言ってたっけ。

 結局、社会人になってからは一度も遊びに行くことがなかった。

 

 何で行かなかったのだろう。

 行けばよかった。

 気軽に行って、バカみたいな会話をすればよかった。

 何で、行かなかったんだよ……。

 

 気が付けば、オレ達は泣いていた。

 ようやく、実感が湧いてきたのかもしれない。

 仁はもう死んだんだと。

 もう会えないんだと。

 オレが、この手で、殴り殺したのだと。

 

 

 

 

 

 月19日目( )No.17

 

 また夢にアイツが出てきた。

 今度はあいつらの姿じゃなくて、年賀状で一度だけ見た駅長の制服姿だった。

 どっかの店で馬鹿みたいな話をしていた気がする。

 どんな話だったっけ?

 ああ、くそ。思い出せん。

 思い出せよ。ちくしょう。

 

 なんとなくすっきりしない気分のまま朝食に。

 丈槍さんは最近、元気が出てきたように思える。

 恐らく、祠堂さんが調子を合わせてくれているお陰だろう。

 彼女が一種ハイテンションとも取れる態度をとってくれているお陰で、学校で生活する生徒達は段々と明るくなってきているような気がする。

 

 今日はまた頼まれたので授業をした。

 つっても、教科書を使ったりする大それたことはしていない。そもそも教科書ないし。

 ただ、今までの自分の半生を書き出してもらって、どんな事があったか、どんなことが今の自分を形作っているのかを確かめてもらう、という事をやっただけだ。

 皆最初は何も書き出せなかったようだが、段々と筆が進んできて、最後にはA4サイズの紙いっぱいに書きこんでくれた。

 

 これはオレが中学生の時、国語の授業で先生がやってくれたものだ。

 授業をしてくれた先生は変わり者で有名で、良くこういう何の役に立つのかも分からないことを授業でやっていた。

 ある時なんて、自分の人生を三時間ほど潰して語っていた時もあった。

 今考えると酷い授業だと思うが、当時は先生の話が面白かったからか、楽しい時間だったような気がする。

 同じような感覚を、彼女たちは感じてくれているだろうか。

 こういう授業もあるんだよ、という事を教えるにはいい機会だったと思う。

 

 

 

 

 

 月20日目( )No.18

 

 気付くともう夕方だった。

 最近ぼーっとすることが多い気がする。

 やべぇな……疲れているんだろうか。

 疲れる事なんてしてないはずなんだけどなぁ。

 

 ああでも、やっぱり疲れているのかもしれない。

 さっき、ソファーから起き上がった時にやたらリアルなあいつの姿が見えたから。

 いつまで寝てんだよ、とも言っていたような気がする。

 現実に近い夢を見る時は疲れている時。

 そう誰かが言っていた。

 

 ……誰だっけ。

 たしか女の子だった気がする。

 高校生ぐらいの。

 

 ……ダメだな。よく思い出せない。

 まあそれはいいか。

 

 今日は部活を作った。

 その名も、学園生活部。そのまんまだ。

 めぐと若狭さんがこの学校で前向きに生きていくために考えたらしい。

 いいアイデアだと思う。

 思うんだが。

 

 ……それは、逃げてるだけじゃないよな?

 

 授業をやる時にもチラッと思ったことだ。

 

 平和だった頃の日常を思い起こさせる行為。

 それはある意味で、現実逃避と同義だ。

 

 まるで事件なんて無かったかのように毎日を過ごす。

 それは平和な日常かもしれない。

 安定した毎日なのかもしれない。

 でも、それじゃ前に進めないだろう。

 その場に留まって足踏みしてるだけじゃ、ゴールはできないんだ。

 彼女たちは、ちゃんと前を向けるだろうか?

 分からない。

 けど、今は安定が必要なのかもしれない。

 そう言われると、確かにそうなのかもしれない、とも思う。

 

 だから、オレは部活を許可した……というか、はっきり反対はしなかった。

 もしかしたら、これがいい方向に進んでくれるかもしれないと思ったから。

 

 まあ、もし誰かが前を向けなくなってしまったら。

 その時は、オレが何とかしようと思う。

 それも、多分オレの役目だ。

 

 

 

 

 




年明け前とはいったい何だったんでしょう……。
さーせん。ダラダラしていたらいつの間にか時間が経ってました。
そして再び、次話がいつになるか分かりません。
いつになるんでしょう……出来るだけ早く上げたいとは思ってるんですが。
ゆっくり炬燵で蜜柑でもむきむきしながら待っていてくれると嬉しいです。

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