学校暮らしは大変です。   作:いちちく

1 / 13
見切り発車。



●1

 

 

 

 月 日 ( ) No.1

 

 

 日記を書こうとしてふと気づいた。

 今日って何月何日だっけ。覚えてないや。六月ぐらいだったとは思うんだけど。

 あちこち探したが日付の分かる物は出てこなかったので、仕方なく日付は空欄で日記を書こうと思う。

 これが後で読まれることも考慮して、一応オレの自己紹介も書いておく。

 オレは柿ヶ谷(かきがや)勇一郎(ゆういちろう)。今年の六月で二十七歳を迎えたはずの、独身アラサーの国語教師だ。彼女募集中です。結婚を前提にしたお付き合いだと尚嬉しいです。料理もできるよ!

 

 さておき。

 

 今日、オレが日記を書こうと思い立ったのは、職員室に忘れ物を取りに入った時にたまたま隣のデスクの上に置きっ放しだった日記帳を見つけたからだ。

 最初から日記を書くという思いつきはあったのだが、ここ最近はとにかくやることが多すぎて忙しく、とてもじゃないが日記を書く暇なんてなかった。

 その内に日記を書くことなんてすっかり忘れてしまっていたのだが、さっき日記帳を見つけてようやく思い出したという訳だ。

 

 経緯説明とかはこんなもんでいいかな。

 んじゃ、今日の出来事に移ろう。

 

 今日は、昨日のうちにやることを全て終わらせてしまっていたので、特に何もやることは無かった。

 残った女生徒たちとめぐは今日、必要物資を取りに行っていた。オレは留守番だ。

 協調性のない奴とか、無責任な奴とか言われるかもしれないが、仕方ないのだ。

 まだまだ三階部分は、完全に安全と言い切れない状況。

 誰か一人ぐらいは残って、その不完全な安全をきっちり守り通す必要がある。

 それに。

 今日彼女たちが取りに行くのは身に付けるモノ、つまり下着類や制服、女性専用日用品等々なのである。

 もう既に女子高生に対する性欲が枯れ果てきっているとはいえ、そんなところへわざわざ危険を冒してまで男のオレが付いて行く道理はない。「なにあのおっさんついてきてるんだけどキモい」とか言われたくもないしね。

 まあ、残ってる女子生徒たちはみんないい子だから、そんなことは言わないと思うけど。……そう、信じてる。

 

 で、見回り以外は特にやることもなく暇なオレは、こうして日記を書いている。

 やることないのかよって? なんもねーよ。

 もう筋トレも腕立て腹筋背筋スクワット500ずつ3セットやって疲れたからやる気も無し。

 料理は食材が不足していて且つきちんと調理ができる場所へ行くのはちょっと危ないために無理。

 脱出手段の模索とかはもう散々やった。電話連絡も全部試した。

 もちろん徒労に終わったけれども。

 だから今、オレは誰かが帰ってくるまではひたすら暇な状況にある。

 一応今って緊急事態のはずなんだがなぁ。

 

 ……緊急事態? そういや確か災害時の心得みたいのをもらってた気が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月4日目( ) No.2

 

 ふと気づいた。

 正確な日付が分からないならば、こんな状況になった日から何日目かを書けばいいじゃない!

 どうしてそんな簡単なことに気付かなかったのか、頭が痛いよ全く。というわけで今日は4日目です。

 

 昨日は日記を書いている最中に女性陣が帰ってきて、「バリケードを作るから手伝って」と言われたので、机と有刺鉄線を使ってバリケードを制作してきた。大型のキャスターをくっ付けられるように改造した特製バリケードだ。アイディア開発と担当はオレ。

 本当は確かめたい事があったのでもう少し後にしたかったのだが、「そんな悠長なこと言ってる場合かよ!」と怒られてしまったので仕方なく完成させた。

 ていうか怖いよあの子。恵飛須沢さんだっけ?

 彼女がオレに対して冷たくする理由も、そこから生まれた怒りが正当な物であることも理解してはいるが、それにしたってあの冷たい眼光と怒声は怖い。

 大の男一人を竦み上がらせられるとか。君、そっちの才能、あるんじゃない?

 

 さておき、今日オレは職員室に戻って探し物をすることにした。

 気になったことがあったんだ。

 ここで生徒を教えることになってから最初に受けたレクチャー。

 そこで、確かあの禿げたクソ教頭はオレにあの冊子を渡したはずだ。

 

 職員用緊急避難マニュアル。

 

 緊急時にしか見てはならないとかいう但し書きがあった、なんとなく胡散臭いシロモノ。

 その時は特に気にもせず、すぐに忘れてしまったのだが、よくよく考えるとあの但し書きは少し不自然な気がした。

 緊急避難用のマニュアルなら、普通緊急事態が起きる前に全員で確認するものだろう。内容の確認ぐらいしたっていいはずだ。

 それを開封もするな、黙って持ってろなんて、明らかにおかしい。

 若干の不審感を抱きながらも、オレは自分の机の引き出しからマニュアルを見つけ、取り出して中身を確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 これを書いた奴と関係者とあのハゲ教頭は即座に死んで頭の毛根も全部死滅すればいいのに。

 ふざけんな。本当にふざけるな。

 どこまでクソ野郎共なんだよ奴らは。

 こんな重要なものを確認もさせずに持って置かせるだと? そんで挙句の果てが『君たちの双肩には大勢の命がかかっている』だと?

 巫山戯るのも大概にしろってんだよ。

 せめて中身の確認ぐらいさせろ。これさえ確認できてりゃ、多少の危険ぐらい犯して、いや寧ろ大人の一人ぐらいなら犠牲にしたって地下の確保に動いたというのに。

 念のために書いておくが、その時に死ぬのはまずオレだ。それ以外の選択肢はない。当然だ。

 女子供を犠牲にして自分だけのうのうと生き残ろうなんつ―男がどこにいるというのか。

 

 混乱して書き殴ってたら支離滅裂なこと書いてた。消して清書しようにもこれボールペンだから消せねぇよ。はぁ。

 何があったのかを簡潔に説明すると、職員用の緊急避難マニュアルは災害時の避難心得なんてふわふわしたもんじゃなく、凄まじく限定された緊急事態、つまり汎発流行(パンデミック)が起こった時にどこに逃げ込めばいいのか、またそれを引き起こすであろう生物兵器……ウィルスの種類とその対処法、また緊急用の非合法の物資の種類とそれを取るためのパスワードが事細かに記されていた。

 要するに、この学校を経営するグループの上層部(おえらいさん)方はこの状況を想定していたということになる。オレ達教師の大半を見捨てるつもりで。

 書いてたらまた腹が立ってきた。

 とりあえずあのクソハゲ教頭の机を蹴飛ばしておいた。スッキリ。

 

 ……さて、これからどうしようか。

 今は昼だし、学内にはあいつらがうようよいる。今動くのはちょっと嫌だ。どうせなら夜に行きたい。

 どうもあいつらには生前の記憶があるらしく、生前とっていた行動を反復する傾向にある。

 そのため、夜になるとこの校内は昼に比べて随分とあいつらの数が少なくなる。

 探索するならば断然夜の方が安全だ。暗いけど。

 ちなみに今、女性陣はこれからの拠点になりそうなところを清掃し始めている。生徒会室とか、放送室とか、職員休憩室とか。

 

 ……オレもそっちに混ざりたいんだけど、ツインテールの子……じゃない、恵飛須沢さんの視線がキツいので、出来るだけ近寄らないようにしている。食事も別々だ。

 こう改めて書いてみるとオレって邪魔者だよね。あんまり活動にも貢献できてないし。

 というか、オレってひょっとしてタダ飯喰らい? 

 そういえばこの四日間で、オレが自分から進んで手伝ったことってバリケードの製作位しかない。後は全部女性陣に任せっぱなしだ。

 

 そりゃ力仕事とかは手伝うし出来る限りで気を回したりはしているが、でも目立って役立つような行動は全然とってない。起きて飯食って仕事して飯食って寝るだけだ。ちなみにオレは一日二食派だ。

 ……よし、ここはひとつ、地下に行って物資をとって来ようかな。多分食料もあるだろうし、夕食に貢献するためにも、行くに越したことは無い。

 夜じゃないから危険だが、この際そんなことは言ってられない。このまま働かないでいて冷たい目で見られるよりかマシだ。

 それに、万に一つオレがヘマをしたところで、戻らないようにすれば彼女たちは困らない。

 よし大丈夫だ、問題ない。

 

 

 オレは単身で地下に向かうことにした。

 武器は教室にあった傘3本。先も長いし、殺傷能力は抜群だ。

 

 さて、行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 若狭さんにむっちゃ怒られた。

 単独行動するなって。

 もし死んだ後にあいつらを引き連れてきたら、私達はどうなっていたんだって。

 

 ……なるほど、そこまでは考えてなかった。

 考えてなかったじゃねぇよオレのバカ。

 というか十歳ぐらい年下の子に論破されてるんじゃないよオレのバカ。

 一応物資とか食材とか薬とかはしっかり持って帰ってきたので感謝はされたが。

 あとめぐに泣かれた。なぜ。

 

 バカって何度も言われたし。いやホント、それは重々自覚してるんで傷口抉らないでくれると嬉しいんだが。というかそれにしたって罵りすぎだろう。数十回は言われたぞ。

 大方、もしオレがあいつらになって対峙した時に、真っ先に襲われる可能性があるのはなんだかんだで付き合いが一番長い自分だからって理由なんだろうけどさ……。

 ちょっと悲しい。そんなこと言える立場じゃないのは分かっているが、それでも心配くらいはして欲しかったと心の底の自分勝手なオレが言っている。

 

 はぁ。

 今日もやっぱり、あまり上手くいかない日だった。

 人生そんなもんだよ、と言いつつ肩を竦める誰かの姿が見えた気がした。誰かって誰だよ。

 自分に突っ込んでみてもよく分からない。ドラマの一シーンでも思い出したのだろうか。まあいいか、どうでも。

 

 明日からはもう少しよく考えてから行動を起こそうと決めた。

 

 

 

 シャワーを浴びてから気付いた。

 めぐにマニュアルの話をし忘れてる。

 今から教えに行こうとも思ったが、あいつはもう疲れてぐっすりだ。起こすのは悪いので、明日教えることにする。

 

 ……今日も、やっと今日が終わった。

 こうなってから始めて、オレは自分が今までどれほど素晴らしい環境で生きていたのかを知った。

 一日を無事に終えることのできる素晴らしさを知った。

 それは良いことだと思う。

 

 

 さて、明日も頑張ろうか。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。