悪魔より悪魔らしい……だがサイヤ人だ   作:アゴン

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life 08

「ダメよ。教会に行くことは許可できないわ」

 

オカルト研究部の部室に冷たいリアスの声が響く。

 

アーシアを堕天使に連れられた後、一誠は一度学校に赴き、事の詳細を報告する。

 

そして、その上で彼はアーシアを連れ去ったとされる堕天使達の拠点(アジト)、教会に行くことを提案した。

 

しかし、返ってきたリアスの返事は無情。彼女はこの件に関しては一切関わらないと言ってきたのだ。

 

「……どうして、ですか?」

 

「前にも言った筈よ。堕天使と私達悪魔は昔……それこそ何千年も昔から対立してきたの。敵なのよ、彼女は」

 

「アーシアは敵じゃありません!」

 

リアスの言葉を被さるように、一誠の叫びが部室に響く。

 

「俺はアーシア=アルジェントと友達になりました。アーシアは大事な友達です。俺は友達を見捨てる事なんてできません!」

 

「……それはご立派ね。そういうことを面と向かって言えるのはすごいことだと思うわ。でも、これとそれは別よ。貴方が考えている以上に悪魔と堕天使の関係は簡単じゃないの。隙をみせれば殺されるわ」

 

「敵を消し飛ばすのがグレモリー眷属じゃなかったんですか?」

 

「………」

 

睨み合う二人。不穏な空気が立ち込め始める中、木場と小猫は目を細めながら二人の様子を見守っていると。

 

「部長、ただいま戻りました」

 

扉を開けて部室へと入ってきたのは姫島朱乃だった。

 

「お帰り朱乃。それで、どうだった?」

 

訊ねてくるリアスに朱乃は首を横に振る。

 

「……やはり、家にも帰っていませんでした。部屋には充電中の携帯電話が置いてあるだけでしたから」

 

「……そう」

 

忌々しげに顔を歪ませるリアス。

 

ブロリーが帰ってきていない。一誠からの報告を聞く限り、考えられるのは二つしかない。

 

殺されたか、もしくは捕まったか。

 

中でも可能性が高いのは後者の方だ。ブロリーの頑強さから言って、並大抵の輩では傷一つ付けられないし、まず勝てないだろう。

 

だとすれば、堕天使が何らかの手段を用いてブロリーの動きを封じたと考えるのが妥当だろう。

 

「部長、ブロリーさんが捕まっているのかもしれないのに放っておくんですか!」

 

そしてそれは一誠も気付いたらしく、身を乗り出してブロリーとアーシアの救出を改めて提案する。

 

「あの人は、ブロリーさんは俺を二度も助けてくれました! お願いします。二人を助ける許可を下さい!」

 

深々と頭を下げて懇願する一誠。

 

二度にも渡ってブロリーにその命を救われた一誠。

 

アーシアと、そしてリアスと並ぶ命の恩人であるブロリーを助け出したいと一誠は主に願い出る。

 

しかし。

 

「……何度も言わせないで頂戴。教会に向かう事は許さないわ。もうすぐ夜も明けるし、学校は休んでいいから家に帰りなさい」

 

無情とも言える言葉だけを残し、リアスは朱乃を連れて部室を後にする。

 

残された一誠は下げていた頭をゆっくりと起こし、部室の扉へと手を伸ばす。

 

「……行くつもりかい?」

 

今まで黙してきた木場が一誠に声を掛ける。

 

「ああ、行く。アーシアは俺の友達でブロリーさんは二度も助けてくれた恩人だ。今行かなきゃ俺はもう二人に顔向けできなくなる」

 

「……間違いなく殺されるよ? 幾ら神器を持っていてもエクソシストの集団と堕天使を一人で相手にすることは不可能だ」

 

「それでも行く。たとえ死んでもアーシアだけは逃がす!」

 

これは一誠の予想だが、恐らくブロリーはアーシアを人質に取られ身動きができない状態にいるのだと思う。

 

ブロリーはアーシアとは面識があるらしいから、堕天使はそこを突いてブロリーの動きを封じたのだろう。

 

仲間であるアーシアを人質として使う事で、最も厄介な存在であるブロリーを封じ込める。

 

二人の関係を利用した逆転の発想からくる……なんともセコイ手段である。

 

だが、そんなアーシアを逃がしたとあればブロリーを封じていた枷は取り外され、先日のはぐれ悪魔討伐で見せたズバ抜けた戦闘力が充分に発揮される。

 

……結局他力本願で情けない事だが、それでもやる価値はある。

 

しかし。

 

「いい覚悟だと言いたいけど。やっぱり無謀だよ。彼女を助ける前に君は確実に殺される」

 

「んじゃどうしろってんだよ!」

 

堪らず声を張り上げる。

 

そう。今まで考えていたのは自分の都合のいい妄言に過ぎない。

 

あのイカれた神父、フリード=セルゼンにも恐らく手も足も出ないだろう。

 

そんなエクソシストがウヨウヨいて、更には光の力を使う堕天使がいるのだ。

 

アーシアやブロリーに辿り着くまでに殺されるのは明白。

 

だけど、それでも二人を助け出したかった。

 

悔しさに手を震わせる一誠。彼の瞼の裏にはアーシアの泣きそうな笑顔が今もこびり付いて離れない。

 

「……僕も行くよ」

 

「……え?」

 

木場の申し出に一瞬呆然となる一誠。

 

それもそうだろう。木場の一言はまったくもって予想外な言葉なのだから。

 

「い、いいのか?」

 

「僕はアーシアさんをよく知らないけれど、君は僕の仲間だ。部長はああ仰ったけど、僕はキミの意志を尊重したいと思う部分もある。それに個人的に堕天使や神父は好きじゃないんだ。……憎いほどにね」

 

「……木場」

 

僅かに見せた木場の敵意に満ちた瞳。まだこの部のメンバーの事はよく分からないが、彼も何らかの過去があったのだろうか?

 

「但し。教会に行くのは少なくとも日が落ちてからだよ」

 

「ど、どうして!?」

 

「もうすぐ夜が明ける。そうなれば僕達の力は僅かだが落ちてしまう。相手は多勢だ。万全な状態で望むのが好ましい」

 

悪魔は光に弱く、故に日光に晒されれば弱まり、また夜になればその力は確実に増していく。

 

「それまでは部長の言うとおり。自宅で体を休めておくといい。例の儀式は夜からなんだろう? だったらギリギリ間に合う筈さ」

 

「木場……」

 

「……私も行きます」

 

「小猫ちゃん!?」

 

「二人だけでは不安ですから」

 

無表情から告げられる一言に一誠の涙腺は完全に崩壊し。

 

「うぉぉぉぉんっ! 小猫ちゃん、ありがとうぉぉぉ!!」

 

涙を流しながら彼女に抱きつき。

 

「……暑苦しいです」

 

「オルソン!?」

 

嫌悪な表情を見せる小猫に突き飛ばされる。

 

「あの、兵藤くん。僕も行くの忘れないでね?」

 

一誠の視界には完全に木場の姿は消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……朱乃、私を酷い女だと思う?」

 

「どうして?」

 

「私の下僕が、あんなに必死に助けを求めているのに、私はそれを振り払ってしまうだけではなく、彼の恩人も見捨てるような真似をしてしまった」

 

「確かに聞いている限りでは結構酷い事してるわね」

 

「アナタは私を責めないの? 彼はアナタの友人でもあるのでしょ?」

 

「そうね。明日の彼のお弁当を作らなくていいと思うと。ちょっと寂しいと思うわ」

 

「……そう」

 

「だけどねリアス、私は思うのよ。彼なら、きっとなんとかするって」

 

「……それって、巫女の勘かしら?」

 

「そうね、そんな所かしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピチョーン

 

 

 

「……う、うん?」

 

 

 

 

頬に伝わる冷たい感覚。肌寒い寒さに目を覚ますと、ブロリーは起き上がり、自分が今どんな状況にいるのか思い出す。

 

辺りは所々苔の生えた壁に覆われ、目の前には鉄の柵がある。

 

牢獄。その言葉がピッタリと当てはまりそうな場所だ。

 

「ああ、そうか。確か俺はあのレイナーレとか言った堕天使に連れてこられて……」

 

アーシアと一誠を人質に取られ、為すがままにされたブロリーは妙な薬を飲まされて意識を失った。

 

恐らくは睡眠薬を飲まされたのだろう。寝ぼけ眼を擦ろうとするが、両手に掛けられた施錠によって満足に顔を拭う事も出来ない。

 

……一体、どれほどの時間が経ったのだろうか?

 

改めて辺りを見渡すが時計らしきものはなく、今が何時なのかは見当もつかない。

 

ただ、起きた後の気だるさから考えて結構な時間が経過したのは確かのようだ。

 

「あ、起きましたか?」

 

ふと、聞き慣れた声が聞こえ、顔を上げると、シスターの格好をしたアーシアが柵越しに覗き込んでいた。

 

「お前は……アーシアか?」

 

「はい! 私の名前、覚えていてくれたんですね!」

 

自分の名前を覚えられていた事がそんなに嬉しいのか、アーシアは満面な笑顔を浮かべる。

 

「……ここは、何処だ?」

 

「ここは、教会の地下にある投獄部屋です。本来なら罪を犯した罪人や悪魔を捉える為に設けられた場所なんてすが……こんな事に使われるなんて」

 

「……俺は悪魔じゃないみたいだが?」

 

「勿論、それは分かっています! 本当にごめんなさい! 私の所為でイッセーさんやブロリーさんにこんな迷惑を……」

 

先程の笑顔から一変、ブロリーの自分の居場所を訊ねた事に対し、アーシアは深々と、それこそ何度も頭を下げてブロリーに謝罪の言葉を述べた。

 

ひたすら謝り続けるアーシア。終わりの見えない謝罪にブロリーは話題を変える事で頭を上下に揺らすアーシアを止める。

 

「……所で、今何時だ?」

 

「え? 時間……ですか? えっと、大体夜の7時頃でしょうか?」

 

「……むぅ」

 

アーシアに現在時刻を教えられ、ブロリーは頭をうなだれてしまう。

 

堕天使に捕まったのが昨日の深夜で、今は夜の7時。

 

丸一日寝て過ごしてしまい、更には仕事まで休んでしまっている。

 

自分が世話になっている人達の迷惑になったと思い、申し訳ない事をしたなと、ブロリーは深い溜め息を零すと。

 

「あ、あの、ブロリーさんって何かお仕事をなさっているのですか?」

 

「ん? まぁ、一応学校の用務員を……」

 

「学校のお仕事なんですか!?」

 

学校という単語を聞きつけた瞬間、もの凄い勢いで食いついてくるアーシアにブロリーは思わず柵越しでも仰け反ってしまう。

 

「いいなぁ~、私、学校には行ったことはないから……カトリック教会ではある程度の知識は教えて貰ったのですが……やっぱり私も他の子の様に学校に通ってみたいです」

 

「…………」

 

「ご、ごめんなさい! 私ばかり話してしまって!」

 

「いや、別にいい」

 

再び頭を下げるアーシア。よくそんなに頭を揺らして被ったケープが落ちないものだと感心してしまう。

 

「……なぁ、聞いていいか?」

 

「はい?」

 

「お前はこれまで、一体どんな生き方をしてきたんだ?」

 

ブロリーの問いに、アーシアは押し黙る。

 

人の過去を無闇に聞きたがる。それは人としてのマナーを大いに欠如している行いだろうが、それでもブロリーは知りたかった。

 

何故、この少女はこんなにも笑っていられるのか。

 

何故、この少女は他人に優しくなれるのか。

 

自分の記憶に関係あるとはブロリー自身も思えない。

 

けれど、あの公園で、あの日初めて出会った場所での事も忘れられないのもまた事実。

 

あの優しい光が、彼女の笑顔が、何故かブロリーには眩しく見えた。

 

どうしたらそんなに優しくなれるのか、それが知りたくて仕方がなかった。

 

二人を包み込む静寂。俯いていたアーシアだったが、ゆっくりと自分の事について語り出してくれた。

 

孤児だったこと、生まれながらにして治癒の力を有していた事。

 

聖女に祭り上げられ、そして、魔女と罵られた事。

 

友達と一緒に遊びたいという小さな夢があること、彼女の全てを語り終えた頃はアーシアの目には少し涙が滲み出ていた。

 

全ては、主の……即ち神からの試練だと自分に言い聞かせて。

 

「ご、ごめんなさい。なんだか愚痴みたくなっちゃいました」

 

「……いや」

 

彼女の笑顔には、あの時見せた輝かしいものはなかった。

 

痛み、苦しみ、それらを一心に受け止めて尚、笑っていられる彼女にブロリーは漸く気が付き、そして理解した。

 

「でも、これも試練なんです。バカな私を立派な人間にする為に神様が私に課せた──」

 

「……違う」

 

「……え?」

 

「お前は強い。そして弱い。だからお前は誰かに優しくできるんだ」

 

「ブロリー……さん?」

 

神器だからじゃない。聖女だからじゃない。

 

なんて事はない、ただ当たり前の事を彼女は知っていたんだ。

 

アーシアは弱い。それはもうどうしようもない程に。

 

故に、自分が出来る事をどこまでも尽くし、苦しんでいる誰かを助ける事を心の底から喜べる人。

 

神とか、主とか、そんな事は関係なかった。

 

アーシアが、アーシアだから。ただそれだけの事なのだ。

 

故に、自分にはない……神器とは別の力がこの少女にはある。

 

強さとか、弱さとか、ブロリーにはまだ他にも多くの分からない事があるが。

 

これで一つ、分かった事が増えた。

 

「……友達だ」

 

「え?」

 

「俺とアーシアは、友達だ」

 

「え、で、でも……」

 

「もう決めた」

 

 あまりにも強引な友達宣言。

 

出会ってまだ数日も経過しておらず、互いに相手の事を理解しているとは思えない。

 

だが、敢えて言わせて貰おう。それがどうしたと。

 

決めたのだ。記憶がなくても、マトモに知識がなくとも。

 

誰よりも弱く、誰よりも優しくなれる彼女の友達に、ブロリーはなると決めた。

 

それは、未だ誰にも見せたことのない、ブロリーの初めての我が儘とも言え。

 

同時に、ブロリーの人としての片鱗を最初に見せた瞬間でもあった。

 

 

──気が付けば、アーシアの瞳からボロボロと大粒の涙が零れ落ちていた。

 

「アーシア? どこか痛いのか?」

 

「ご、ごめんなさい。嬉しくて……私、ごめんなさい」

 

零れ落ちる涙を拭いながら笑顔を見せるアーシア。

 

そこには先程の影はなく、彼女の満面の笑顔にブロリーも少しだけ心が楽になった気がした。

 

「今日は、人生で最高の日です。イッセーさん以外の方とも友達なれました」

 

「……そうか」

 

泣きじゃくるアーシア。

 

「もう、これで思い残す事はありません。これでなんの気兼ねもなく主の御許へ逝けます」

 

「……うん?」

 

なんだろう。今の違和感は?

 

アーシアと自分は晴れて友達となった。

 

ブロリーもアーシアがこれほどまで喜んでくれるとは思わなかったが、彼女の喜びにブロリー自身も嬉しく思えた。

 

……なのに、アーシアの涙混じりの笑顔が、どうも違和感を覚える。

 

「アーシア、時間よ。来なさい」

 

「あ、はい。分かりました」

 

突然聞こえてきた第三者の声に振り向くと、そこにはボンテージ姿の堕天使。自分をここへ連れてきた女がアーシアの方へ歩み寄ってきた。

 

「……お前は」

 

「ご機嫌よう、怪物さん。私は堕天使レイナーレ。こうして私自ら名乗りを上げるのは中々ないのだから、光栄に思いなさい」

 

上から目線。他者を見下ろすレイナーレと名乗る堕天使は、勝ち誇った笑みを浮かべてブロリーを見下ろす。

 

「れ、レイナーレ様。あの、約束の件なんですが……」

 

「えぇ、分かってるわ。この儀式が終わればこの男は解放する」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

「さぁ、行くわよ」

 

レイナーレの言葉に従い、アーシアは堕天使の後を追ってブロリーの前から去っていく。

 

「アーシア!」

 

去りゆくアーシアをブロリーは柵を掴みながら彼女を呼び止める。

 

アーシアは、そんなブロリーに一度だけ振り返り。

 

“ありがとう。さようなら”

 

口だけそう動かすと、アーシアは満面の笑顔を浮かべ、投獄部屋を後にした。

 

「……どういう事だ?」

 

 ブロリーの中で、疑念が膨れ上がっていく。

 

何故アーシアは友達となった自分に別れの挨拶を口ずさんだのだろうか?

 

また明日会おうという意味なのか? それとももう会えないのか?

 

主の……神のいる場所とはそんなにも遠い所なのだろうか?

 

何より、どうして彼女はあんな泣きそうな顔で笑っていたのだろうか?

 

「……分からない」

 

どんなに頭を回転させても答えが見つからない。記憶と知識のないブロリーはそんな自分を恨めしく思った。

 

「うふふ~、あの子も馬鹿よね~。さっさとこの怪物と一緒に逃げれば良かったのにな~」

 

気が付けば、フリフリと奇妙な服を着た少女が、ブロリーの前で嘲笑っていた。

 

黒い翼を生やしているのを見ると、この少女も堕天使のようだ。

 

「こんばんは、貴方が噂の怪物くんね。私は堕天使ミッテルトよ」

 

「……さっきの」

 

「ん?」

 

「さっきの一緒に逃げればいいとは、どういう意味だ?」

 

アーシアは修道女。所謂シスターという神に仕える聖職者。

 

 

堕天使側の一員である彼女ならば、その場合“逃げる”ではなく“逃がす”の間違いではないだろうか?

 

……いや待て、仮にそうだとしても何故レイナーレはアーシアを人質にしたのだ?

 

今思えば矛盾している事に気付いたブロリーは、再び頭を捻らせて考えに耽る。

 

すると、堕天使ミッテルトはそんなブロリーを声高々と上げて笑う。

 

「何アンタ。そんな事も考えられないの? それはあのアーシアって子の中身が目的だからよ」

 

「……何?」

 

「あの子に宿っている神器は『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』と呼ばれる強力な力を持っているの。レイナーレはあの子からその神器を取り出して自分のモノにしようとしているの。そうすれば我らの総督、堕天使アザゼル様から寵愛を授けられるってね」

 

「……取り出す?」

 

「そして私達はその神器を手に入れた褒美を受け取れる訳。全く、上手い話があったものね」

 

 ……言っている言葉の意味は殆ど分からないが、神器とは取り外せるものらしい。

 

正直言って、ブロリーはそれでもいいと思った。

 

傷を治すアーシアの神器は凄いと思うが、その所為で彼女がこれまで苦しんできたとも言える。

 

アーシアの力は神器だけではない。仮に便利な力が無くなった所で自分達の関係が壊れる訳ではないから。

 

──しかし。

 

「ま、その所為であの子は死ぬ事になるけど。別にいいわよね、人間が私達堕天使の役に立てられるのだから。寧ろ感謝して欲しい位よ」

 

「………え?」

 

堕天使ミッテルトの何気ない一言にブロリーの思考が固まる。

 

死。その言葉に一体どんな意味が込められているのだろう?

 

……嫌な予感がする。

 

「なぁ、死ぬって、何なんだ?」

 

「……………は?」

 

率直な疑問を訊ねたブロリーだが、ミッテルトは目をパチクリと開け、呆然としている。

 

すると今度は込み上げる笑いを必死に抑えながらブロリーに向き直り。

 

「これはお笑いね。アンタは余程無知な輩みたい。レイナーレはなんだってこんな奴が欲しいのか、皆目見当つかないわ」

 

「答えろ!」

 

「うっさいわね。いいわ。そんなに知りたいのなら教えてやるよ。あの子はもう助からない。死んで神の元へ逝けるとおもいこんでいるみたいだけど、そんなものはどこにもない、死んだ後はただ土に還るだけよ」

 

「土に……だと?」

 

「もっと、分かり易く言えば、苦しみを味わって死ぬの。どう? ゾクゾクするでしょ?」

 

恍惚な顔で語る堕天使ミッテルト。

 

やはり何を言っているのか分からないがハッキリした事がある。

 

このままでは、アーシアが危ない。

 

ブロリーは鉄柵を掴み、破ろうと力を込める。

 

「無駄よ。その檻は私達が力を込めて強化した特別製よ。喩え上級悪魔だろうとそうそう簡単に破れはしないわ」

 

堕天使の言うとおり、檻には何やら特殊な力で強化されているらしく、抵抗が感じる。

 

しかし。

 

「ふんっ!」

 

気合いの一声と共に難なく檻を破って見せたブロリーに、堕天使ミッテルトはアングリと口を開いた。

 

「な、何なのよ。この、化け物は!?」

 

悪魔でもなく、天使でもなく、ただの人間でしかない筈のブロリーにミッテルトは怯えた表情で檻から出ていくブロリーを見上げる。

 

しかしブロリーはそんなミッテルトに目もくれず、投獄部屋を後にした。

 

 

「今更追いかけても無駄よ! あの子は助からないわ!」

 

後ろから高笑いするミッテルトの声が聞こえる。

 

それでもブロリーは走る。

 

初めて出来た友達を、守る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達は儀式の始まっているだろう教会の地下に向けて、木場と小猫ちゃん共に走り続けていた。

 

時刻は既に7時を過ぎ、辺りは夜の暗闇に包まれている。

 

礼拝堂で待ちかまえていたはぐれ悪魔祓いのフリードを木場に教えて貰った兵士の力、『昇格(プロモーション)』で何とか撃破できた。

 

プロモーション。 兵士が敵の陣地に足を踏み入れた際、王以外の駒に昇格できる特殊能力。

 

今の俺じゃ朱乃さんの女王になることはできないが、それでも小猫ちゃんの戦車になることでどうにか戦えている。

 

後はこのままアーシアを助け出してその事をブロリーさんに伝えられたら俺達の勝ちだ!

 

木場が言うにはブロリーさんは戦い方は兎も角、力だけなら上級悪魔に匹敵するかもしれないと言っていた。

 

上級悪魔、つまり部長と同格の人がすぐそこにいる。

 

俺はこの戦いに勝ちを確信し、目の前の扉を蹴破って儀式場へ飛び込んだ。

 

「いらっしゃい。悪魔の皆さん」

 

俺達を出迎えたのは堕天使レイナーレと部屋中に配備された神父達だった。

 

神父達は皆、光の刃を発生させる剣を手に、此方に狙いを定めている。

 

そしてその奥には、十字架に磔にされたアーシアがいた。

 

「アーシアぁぁぁっ!!」

 

俺は堪らなず、アーシアの名を叫んだ。

 

俺の声に気付いたのか、うなだれていたアーシアの顔が此方へ向ける。

 

「イッセー……さん?」

 

「あぁ! 助けにきたぞ!」

 

笑ってやりながらそう言う俺に、アーシアは涙を流している。

 

「イッセーさん……」

 

「残念だけど遅かったわね。いま、儀式が終わる所よ」

 

───っ!?

 

そんな、儀式まではまだ時間があったんじゃっ!?

 

「あの時、儀式の事を話したのは私のミスよ。でも、だからこそ読めたわ。貴方達がここに来るのを。アナタの事だから主の命令を無視してまでね。だから私は計画を少し前倒しにしたの。儀式は以前から土台は出来ていたから準備には差程掛からなかったわ」

 

俺の心の内を読んだように嘲笑いながら儀式までの経緯話す。

 

「分かるわよ。だって、私はアナタの彼女だったのだから」

 

胸の奥にある古傷が、ズグリと抉られた気がした。

 

天野夕麻。俺の初恋の相手で初めての彼女。

 

嬉しかった。デートの時も、この上ないって程楽しかった。

 

……大切にしたいと、本気で思っていた。

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

 

突然アーシアの体が光と共に絶叫を放つ。

 

苦しそうに叫ぶアーシアを助けようと駆け寄るが、神父達がそれを許さない。

 

「邪魔はさせん!」

 

「悪魔め! 滅してくれるわ!」

 

「どけ! お前等に構ってるヒマはないんだ!」

 

 

バンッ!

 

 

隣から聞こえてきた大きな音、見れば小猫ちゃんが神父の一人を殴り飛ばしていた。

 

殴られた神父は壁に叩きつけられ、電気ショックを受けたようにピクピクと痙攣している。

 

だ、大丈夫かよおい。

 

「はは、どうやら小猫ちゃんはブロリーさんをライバル視しているみたいだね。いつもよりパワーが上がっているみたいだ」

 

マジか、小猫ちゃん、ブロリーさんをそんな風に見ていたのか。そりゃあパワーと防御重視の戦車が人間(?)と同格扱いされたらプライドが許せないんだろうな。

 

そう言っている間にも、木場は光を喰らう闇の剣を手に、神父達に斬り掛かっていた。

 

「いやぁぁあ……」

 

そうこうしているうちに、アーシアの体から大きな光が飛び出してきた。

 

「これよこれ! こらこそわたしが長年欲していた力! これさえあれば私は愛をいただけるのよ!」

 

狂気に彩られた表情で、その光をレイナーレは抱き締めた。

 

瞬間、眩い光が儀式場を包み込む。

 

光が止んだとき、緑色の光を全身から発する堕天使がそこにいた。

 

「遂に、遂に手に入れたわ! 至高の力! これで、これで私は至高の堕天使となれる! あは、アハハハ!」

 

高笑いする堕天使。俺は構わずアーシアの方へ駆け出す。

 

神父が行かせまいと立ちはだかるが、それを木場と小猫ちゃんがフォローで吹っ飛ばしくれる。

 

「サンキュー! 二人とも!」

 

磔にされているアーシア。まだ大丈夫だと自分に言い聞かせ、俺は手足の拘束具を外し、彼女を抱き抱える。

 

「い、イッセーさん」

 

「アーシア、迎えに来たよ」

 

俺の言葉にアーシアは涙混じりに、笑顔を浮かべながら頷いた。

 

「私、ブロリーさんと、友……達に、なれました。イッセーさんに……続いて、二人目です」

 

「そうか、良かったな! ならここを出たらブロリーさんを連れて遊びに行こう! 俺の友達の元浜や松田も連れてくっからさ! きっと楽しいぞ!」

 

そうだ。アーシアはこんな所にいるべき人間じゃない。普通に笑って、普通に過ごして、遊んで、恋をして、楽しく生きていくのが一番似合うんだ。

 

「無駄よ」

 

俺の心中を砕くかのように、レイナーレの声が俺を貫く。

 

「無知蒙昧なアナタに教えて上げる。神器を抜かれた者は例外なく死ぬ。その子の死は最早避けられないわ」

 

「な、なら! 神器を返せよ!」

 

「アハハハ! 馬鹿ねぇ、返す訳ないでしょう? これを手に入れる為に私は上を騙してまで計画を進めたのよ? 貴方達も殺して証拠は残さないわ」

 

「レイナーレェェェェ!!」

 

「薄汚い下級悪魔が、気安く私の名前を呼ぶんじゃないわよ」

 

くそ! くそ! くそ!

 

なんで、なんで俺は、こんなやつに!

 

「兵藤君! 彼女を連れてここから逃げるんだ!」

 

「け、けど!」

 

「私達も早く追い付きます。だから先に行って下さい」

 

木場や小猫ちゃんは確かに強い。だが、数で圧倒的なこの状況では俺の存在は邪魔でしかない。

 

「……済まない、木場、小猫ちゃん!」

 

俺はアーシアを抱き抱え、一目散に儀式場から逃げ出した。

 

背後から、堕天使の笑い声を耳にしながら。

 

 

「イッセー……さん」

 

そして、同時に気付いた。気付いてしまった。

 

「私、最期に、あなたに会え……、嬉しかった」

 

彼女は……もう。

 

 

 

 

───ありがとう。

 

 

 

そういって目を閉じた彼女の顔は穏やかで、安らかで

 

とても、悲しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーシア!」

 

礼拝堂に続く階段を駆け上がったブロリーは、アーシアの名を叫ぶ。

 

投獄部屋から脱し、アーシアを探していた途中、襲いかかってきた神父達を床や壁に埋めたりして、一通り片付けたブロリーは儀式場を抜け、礼拝堂へと辿り着いた。

 

これまではアーシアの姿はどこにも見当たらなかった。

 

儀式場には倒れていた神父達もあり、誰かと争ったら形跡がある。

 

誰かがアーシアを助け出したのか?

 

ブロリーは礼拝堂を見渡しながらアーシアの無事を祈っていると。

 

「……そこにいるのは、イッセーか?」

 

礼拝堂の一角、長椅子の所に見慣れた少年の後ろ姿にブロリーは声を掛ける。

 

「ブロリー……さん」

 

此方の声に気付いた一誠は、涙を流しながら此方に振り向いた。

 

よく見ると、長椅子の所に誰かを寝かしているようだ。

 

一誠に近付いたブロリーは、長椅子に横たわる人物を覗き込むと。

 

「……アーシア?」

 

そこには目を瞑って、起きる様子のない少女が眠っていた。

 

「……なんで、アーシアは寝てるんだ? まだ時間はそんなに遅くはないだろう? シスターというのはそんなに早く眠るものなのか?」

 

「……ごめ、ごめんなさい」

 

ブロリーの言葉に一誠は涙声で謝った。

 

……意味が分からなかった。

 

なんでイッセーが謝る? どうしてアーシアは起きない?

 

理解できない状況に混乱していると。

 

「その子は死んだわよ。つい、さっきね」

 

いつの間にか頭上には黒い翼を広げた堕天使、レイナーレがいた。

 

「……死んだ?」

 

「そう、私に神器を取られてね。見なさい。この傷、先程地下で剣士に斬られた所なんだけど……」

 

右腕にある切り傷、そこに左手を翳すと淡い光がレイナーレの右腕を癒し、瞬く間に傷を治していく。

 

その光は、アーシアの持つ癒やしの力と同じものだった。

 

「……アーシアが、死んだ?」

 

だが、そんなレイナーレの光景にも目もくれず、ブロリーは横たわるアーシアに目を向けていた。

 

死んだ? こんなに綺麗なのに?

 

どこも傷なんてないのに、それでもアーシアは死んだというのか?

 

分からない。

 

 

 

───ドクン。

 

 

 

「レイナーレ、探したぞ」

 

「その様子だと、計画は完了したようね」

 

「あら、ドーナシークにカラワーナ。早かったわね」

 

レイナーレの背後に現れる二人の堕天使。

 

どちらもブロリーと相対した堕天使達である。

 

「グレモリーの娘が我々の計画に気付いた。早いうちにこの街から去るぞ」

 

「その前に、もう一つやり残しがあるのよ。ねぇ、怪物くん?」

 

人を見下した嫌な笑い声が、ブロリーの耳を通っていく。

 

「そこの悪魔を見逃して欲しいのなら、今すぐ私達と一緒に来なさい」

 

「っ!!」

 

レイナーレのその一言に、一誠の目に憤怒の激情が宿る。

 

左手の神器を呼び出し、今すぐにでも殴り掛かろうとするが。

 

「ブロリーさん?」

 

フラフラと立ち上がったブロリーが、一誠の前に立った。

 

「……聞いていいか?」

 

「ん? 何かしら? 私は今猛烈に気分がいいから、少し位聞いてあげるわ」

 

「……どうして、アーシアを殺した?」

 

朧気な瞳でレイナーレを見つめるブロリー。

 

無機質。到底生きている人間とは思えない冷たいブロリーの瞳に、隣にいる一誠は心底恐怖を感じた。

 

しかし、そんな事に露ほども気付かず、堕天使達は笑いながら淡々と語る。

 

「その子には私の欲していた神器があった。アザゼル様やシェムハザ様の愛を得る為に」

 

……分からない。

 

語るレイナーレの話を聞き流しながら、ブロリーはアーシアの事で頭が混乱していた。

 

(……なんでアーシアは、自分が死ぬのを分かっていて、笑っていたんだろう?)

 

投獄部屋で見せたあの満面の笑み。

 

知っていた筈だ。分かっていた筈だ。

 

───ドクン。

 

自分が殺されるのを。……それなのに、彼女は最期まで笑っていた。

 

……怖くはなかったのか?

 

苦しくはなかったのか?

 

イッセーですらあんなに辛そうに泣いているのに、どうしてアーシアは笑っていたんだ?

 

 

──ドクン。

 

 

分からない。

 

分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からないワカラナイ。

 

だけど、もっと分からない事がある。

 

 

「さて、そろそろいいかしら? 返答を聞きたいのだけれど?」

 

「この、クソ天使が!」

 

「あまり図に乗らない事ね。アナタは既に私達の敵ではないのよ?」

 

「そういう事よ。大人しくしてなさい」

 

「っ!!」

 

カラワーナ、ドーナシークに続き、一誠の背後にはミッテルトが。

 

堕天使に挟み込まれ、窮地に立たされた一誠。

 

「さぁ! 答えなさい! アナタの選択を!」

 

光の槍の切っ先を一誠に向けて、ブロリーに問い質すレイナーレ。

 

「……最後に、訊かせてくれ」

 

 

──どうして、アーシアを殺したお前が、そんなに笑っているんだ?

 

 

ブロリーの口にした最後の質問、意外な問いにレイナーレは鼻で笑い。

 

「たかが人間風情に、殺す必要など問う価値もないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ご、ごめんなさい! 道に迷ってしまいまして”

 

“私はアーシア、アーシア=アルジェントと言います!”

 

“ブロリーさん、アナタの記憶が戻ることを、祈っています”

 

“ち、違うんです。嬉しいんです。ブロリーさんが、私の友達になってくれるのが……”

 

 

 

──ありがとう。さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プチン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!!!!」

 

 

 

全てが、震えた。

 

総てが、怯えた。

 

全部が、恐怖した。

 

何もかもが、戦慄した。

 

絶対的優位に立っていた堕天使達も、隣で怒りを顕わにしていた一誠も。

 

物影に隠れ、事の顛末を見守っていた木場と小猫も。

 

礼拝堂に溢れた黄金に輝く炎、その中心で立つ者に。

 

金髪に逆立ち、目は碧に輝き。

 

金色の炎を纏い、戦士となったその男に。

 

「な、何者……なの?」

 

この場にいる全ての者の代弁を呟くレイナーレ。

 

しかし、男──ブロリーはそれに答えることなく、ゆっくりと堕天使を指差し。

 

「……まず、お前達から」

 

 

 

 

 

 

 

 

────血祭りに上げてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天上の神々よ、地の底に住まう魔の王達よ。

 

思い知るがいい。

 

今ここに、戦いの歴史が

 

 

塗り変わる。

 

 

 

 

 

 




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