悪魔より悪魔らしい……だがサイヤ人だ   作:アゴン

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life 07

 

「アーシア……な、なんで」

 

 一誠は驚愕に目を見開き、感性、感情の乏しいブロリーも驚きを感じていた。

 

目の前にいる少女は二人の知り合い。修道女のアーシアが悪魔祓いのフリードの前に両手を広げて立ちはだかっていたからだ。

 

「おんやぉ? 助手のアーシアちゃんじゃあーりませんか。どうしたの? 結界は張り終わったのかな? かな?」

 

「それよりも、どうしてこの方達に刃を向けるんですか! この人達は──っ!」

 

そこまで言いかけた後、横の壁に打ち付けられているこの家の人間の無惨な死体を目にしたアーシアは顔面蒼白になり。

 

「い、いやぁぁぁぁっ!!」

 

彼女の悲鳴がリビング内に響き渡る。

 

それを聞いたフリードは顔を悦楽に満ちた表情に歪ませ、歓喜に手を打つ。

 

「可愛い悲鳴、ごちそうさまです! そっかそっか、アーシアちゃんはその手の死体は初めてですか。ならたーんとご覧なさいな。悪魔くんに魅入られたダメ人間さんはそうやって死んで逝くんですよ」

 

「そ、そんな……」

 

ふいにアーシアの視線が後ろにいる二人に向けられる。自分の知る人間は目を見開いて一誠同様驚愕している。

 

「あ、因みにそこにいるのもクソ悪魔くんですので、勘違いしちゃノンノンよ。そっちのデカブツくんは知らないけど。ま、どちらにしても殺るだけだから関係ないけどね」

 

「イッセーさんが……悪魔?」

 

フリードから聞かされる事実がショックなのか、彼女は言葉を詰まらせていた。

 

一誠の方も知られたくなかった事実にアーシアから目を背ける。

 

「え? なになに? キミら知り合い? これは驚きモノノキ。悪魔とシスターの許されざる恋の巻?」

 

面白おかしくはやし立てるフリードは一誠とアーシアを交互に見ている。

 

悔しそうに、辛そうに歯を噛み締めている二人にフリードはとうとう声を出して嗤い出す。

 

「ちょ、ちょ待てよ。なにこの面白劇場は? 受けるってレベルじゃねーぞ。アヒャヒャヒャヒャ!」

 

リビング内に響き渡るフリードの笑い声が、二人の心に更に傷を深くさせた……その時。

 

「──何がそんなに面白いんだ?」

 

「……あぁ?」

 

心底不思議に思いながら首を傾げて訊ねてくるブロリーに、フリードは額に青筋を浮かばせて笑い声を止める。

 

「俺には記憶というものがないし、碌な知識も持ち合わせてはいない。二人が辛そうにしているのはどうやら敵同士みたいだが……」

 

そう言ってブロリーは一誠とアーシアを交互に見て。

 

「それは別に関係ないんじゃないのか?」

 

ブロリーのその一言にフリードの表情はみるみる内に憤怒の色に染まっていく。

 

「はぁぁぁぁぁっ!? バカですかお前はぁぉぁぁっ!? え? てかマジで言ってんの? マジコイツ等の事をそんな風に思ってんの? 頭湧いてんの? 死ぬの? コイツ等はシスターと悪魔なんだろうがぁぁぁっ!! 天敵同士でぇ、相容れない者同士なんだろうがぁぁぁっ!!」

 

「別にイッセーは人を騙したりしないぞ? ただ人に願いを叶えて代価……だったか? それを貰うだけだ。別に人間を殺すつもりはないぞ? なぁ?」

 

「え? は、はい」

 

「そこのアーシアだってイッセーに道案内されたって聞いた。その時、お前はコイツが危険な奴だって思ったか?」

 

「い、いいえ」

 

一誠とアーシア、それぞれに聞きたいことを訊ねたブロリーは再びフリードに向き直り。

 

「こんな二人が相容れないとは……俺にはとても思えないんだが?」

 

ブロリーは知っている。一誠はどんなに自分が辛くてもそれを笑って進める男だと。

 

ブロリーは知っている。この小さなシスターは目の前に苦しんでいる者ならばどんなに悪人でも手を差し伸べると。

 

どちらもまだ自分と知り合って日が浅く。物知り顔で語れるほど仲は深くない。

 

だが、分かるのだ。理屈ではなく、根拠もないが、二人は敵同士でもなければ仇でもないと。

 

相容れない? 敵同士? ……はっきり言おう。そんなもの知ったことではないと。

 

真顔でそう言うブロリーに二人の顔に光が戻り始めた。

 

しかも、ブロリーの言葉に感動する部分があったのか、二人の目には涙が溜まっている。

 

「……あぁ、面倒くせぇ。もう喋りたくもないわぁ。お前メンドくさ過ぎ、汚物以下だわ。だから」

 

ユラリと体を動かし、フリードが面倒くさそうに一歩前に出た……瞬間。

 

「脳髄、腸(はらわた)をブチ撒けながら逝けよやぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

手にした光の剣を振り上げてブロリーに襲い掛かってきた。

 

フリードを止めようと前に出るアーシアだが、既に少年神父は狂気に駆られている。

 

「アーシア!」

 

巻き添えを喰らいそうになるアーシア。それをブロリーが彼女の体をひっぱり一誠に投げ渡す。

 

「きゃうん!」

 

「アーシア!」

 

「イッセー、アーシアを連れて逃げろ」

 

「ぶ、ブロリーさん!? で、でも!」

 

「早く行け」

 

有無を言わさないブロリーの迫力に圧され、イッセーはアーシアを連れて家から飛び出していく。

 

「あれぇ? まさかおたく、本気であの二人の恋を応援するつもりなんですかぁ? それなんの誰得よ?」

 

クヒヒと心底人をバカにした物言いで嗤う少年神父。

 

それに対してブロリーはやはり無表情のままで……。

 

「……さっきからずっと思ってたんだが、お前、随分口が回るんだな。少し驚いた」

 

「もしかしてアンタも俺の口が悪いと言うつもりでごぜぇますか? まぁそれは如何ともし難い事でしてなぁ、何せ自分、『はぐれ』でございますから」

 

はぐれ。先日のはぐれ悪魔を思い出すが、コイツの言うはぐれとやらも同じ意味合いを持つのだろうか?

 

「それと、もう一つ言っていいか?」

 

「……あぁ?」

 

「いやな、お前さっきから色々喋ってるけど、さっきも言ったが俺は記憶が無くてな、お前の話す言葉が今一つ分からないんだ……この場合なんて言うんだっけ」

 

顎に手を添えて考え込むブロリー。殺すべき相手が目の前でう~んと唸っている光景にフリードは頬を引き吊らせる。

 

「あぁ、思い出した。確か桐生が言ってたな。相手の言葉が分からない時こう言えって」

 

それは、学園の生徒である桐生が記憶喪失者であるブロリーに日常で困った際に使うよう伝授した魔法の言葉。

 

「日本語でおk」

 

「…………ぶっ殺す!!」

 

今日も今日とで、ブロリーの天然ぶりは平常運転にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………」

 

 街灯に照らされた道を必死に走る一誠とアーシア。

 

どれだけ走ったろうか? 少なくともあの少年神父はこちらを追ってきている様子はない。ブロリーが上手いこと引き付けてくれているようだ。

 

乱れた呼吸を整えるべく、一旦止まる二人。どちらも体力の限界まで走り回っていた為か互いに肩で息をしている。

 

「こ、ここまでくればひとまず大丈夫だろう」

 

チラリと後ろの方へ見るが、やはり追いかけてくる気配はない。

 

後は部長のリアスにこの事を伝えれば上手くいく筈。

 

「あ、あの、イッセーさん」

 

「え? ど、どうかした?」

 

「あ、あの……すみません。手が少し痛くって」

 

「あ、あぁ! ごめん!」

 

どうやら逃げるのに必死で無意識にアーシアの手を強く握り締めていたらしい。

 

痛みを訴えてくるアーシアに一誠は謝りながら手を離す。

 

同夜の風が二人を撫で、一誠は自分の頭が冷えていくのを感じた。

 

同時に、自分のしでかした事を自覚し、一誠は深々とアーシアに頭を下げる。

 

「アーシア、ごめん! 俺、君を騙していた! 自分が悪魔だって事を隠して、アーシアに迷惑を掛けた。本当にごめん!」

 

「……いいんです。一誠さんは道で迷っていた私を助けてくれました。自分が悪魔なのに教会の近くまで私を導いてくれました。それだけで私は嬉しいんです」

 

「でも、俺はそんな君の気持ちを裏切って……」

 

泣きそうな一誠の顔に手を添え、アーシアは首を横に振る。

 

「私も前は悪魔には悪い方しかいないと思ってたんです。……でも、イッセーさんは良い人です。それはきっと悪魔って分かってもそれは変わらないんです」

 

「アーシア……」

 

一誠は目の前の強い少女に言葉を無くしていた。無惨な死体を見かけ、自分が悪魔だと知ってもこうして以前と変わらず接してくれる。

 

「それに、私も『魔女』ですから」

 

「……え?」

 

魔女。それを聞いた一誠は一瞬呆然となり、アーシアは自分の事を淡々と話した。

 

欧州のとある地方で生まれた少女は生まれてすぐに両親から捨てられた。

 

捨てられた先の教会兼孤児院で他の子供達と一緒に育てられていたある日、子供の頃から信仰深く育てられた彼女に力が宿り、偶然怪我をした子犬の怪我を治していた所をカトリック教会の関係者に目撃される。

 

それからは少女はカトリック教会の本部で『聖女』として担ぎ出された。

 

訪れる信者に加護と称して体の悪いところを治癒し、噂は噂を呼び、少女は多くの信者から聖女として崇められた。

 

──少女の意思など関係なしに。

 

だけど少女は嬉しかった。怪我をして苦しんでいる人を助けられるのは嫌いじゃないし、寧ろこんな自分でも誰かの役に立てるのだと。

 

この力は神様が授けてくれたものだと。

 

……だけど、少し寂しかった。少女には心を許せる友人が一人もいなかったからだ。

 

みんな優しくて、大事にしてくれる。だけど誰も少女の友達になってくれる人はいなかった。

 

分かっていた。

 

彼らが裏では自分の力を異質なモノを見るような目で見ている事を。人間としてではなく、まるで『人を治療できる生き物』として。

 

そんな彼女に転機が訪れる。

 

たまたま現れた怪我をしていた悪魔を治療してしまったのだ。

 

悪魔といえど怪我をしているなら治さなくちゃいけない。

 

彼女の純粋な優しさがそうさせたのだろう。

 

だが、神を信仰する教会の人間達はそんな彼女の行動を許さず、強く批判した。

 

治癒の力を持った者は悪魔や加護を失った堕天使には効果がないと。

 

規格外の力を持った少女は今度は魔女として恐れられ、カトリック教会から捨てられた。

 

行き場をなくなった少女はその後極東のはぐれ悪魔祓いの組織に拾われる事になる。

 

間違っても少女は一度も神への祈りを忘れたことなどない。感謝祭も忘れたこともない。

 

──なのに、少女は捨てられた。

 

神は手を差し伸べてはくれなかった。

 

一番ショックだったのは、教会で自分を庇ってくれる人が一人もいなかったこと。

 

少女の味方は一人もいなかったからだ。

 

「……きっと、私の祈りが足りなかったんです。ほら、私って抜けているし、道を何度も間違えるバカな子ですから」

 

そう言って少女──アーシアは笑いながら涙を拭った。

 

……言葉が出ない。想像を絶する彼女な過去を知り、一誠はどう声をかけてやればいいか分からなくなっていた。

 

悪魔の傷すら治癒する神器所有者。

 

「こ、これも主の試練なんです。私がダメダメなシスターなので、こうやって修行を与えてくれているんです。今は我慢の時なんです」

 

「アーシア……」

 

「私、夢があるんです。沢山のお友達と一緒にお話を買ったり、本を買ったり、ピクニックにも行ったりして……おしゃべり……して」

 

アーシアは涙を溢れさせていた。

 

この子はきっと、ずっと我慢してきたんだ。

 

自分の気持ちや意思を心の奥へと引っ込めて、神の加護をずっと待ち続けていたんだ。

 

周りからどんなに利用され、蔑まれてこようとも。

 

誰よりも神の加護を信じて、救いを求めて、敬意を払って……。

 

「俺が、俺がアーシアの友達だ!」

 

気が付いたら、一誠はアーシアの手を握り、涙に濡れる彼女の目を真っ直ぐ見つめたまま言っていた。

 

「確かに俺は悪魔だけど、大丈夫。アーシアの命なんて取らないし、代価もいらない! 遊びたい時は気軽に俺を呼べばいい! ケータイの番号も教えてやるからさ!」

 

そう言って一誠はポケットからケータイを取り出す。

 

「……どうして?」

 

「どうしてもこうしてもないさ! 確かに俺達は出会ってまだ日も浅いし、お互いまだよく分かっていない部分もある。けどこうして話したじゃないか、言葉を交わしたじゃないか! 悪魔だとか人間とか神様なんて関係ない! 俺とアーシアは友達なんだ!」

 

「……それは、悪魔の契約としてですか?」

 

「違う! 俺とアーシアは本当の友達になるんだ! 難しい話は抜きにして、話したい時に話して遊びたいだと時に遊んで、買い物にも今度付き合うよ! ブロリーさんとだっていったんだろ? だったら俺も付き合うよ! 本だろうが花だろうが何度でも買いに行こう! な?」

 

我ながら下手な会話だ。と、一誠は思う。だけど、それは紛れもない一誠の本当の気持ちからの言葉だった。

 

悪魔だろうが人間だろうが関係ない。さっきのブロリーの話を聞いて、一誠は強くそう思えるようになった。

 

 ……アーシアは口元を手で抑えながら再び涙を溢れさせていた。

 

けれど、それは悲しさからくる涙ではなく。

 

「……イッセーさん。私、世間知らずです」

 

「これから一緒に町へ繰り出せばいい! ブロリーさんだって記憶もないのに上手く順応してるんだ! アーシアならすぐとけ込めるよ!」

 

「日本語も話せません。文化もわかりませんよ?」

 

「俺が教えてやるよ! 諺まで完全にマスターさせてやらぁ! なんなら日本の文化遺産でも見て回ろうぜ!」

 

「……友達と、何を喋っていいかもわかりません」

 

「何だっていい! 好きな食べ物の話とか、天気の話とか、その日起こった出来事の話とか、ブロリーさんなんか食べ物の話には食い付いてきそうだし」

 

一誠は内心でことある度に引っ張り出すブロリーに内心謝罪する。

 

 

 

「……私と、友達に……なって、くれますか?」

 

「ああ、こらからもよろしくな、アーシア」

 

この言葉に彼女は泣きながら笑って頷いてくれた。

 

これで大丈夫だ。

 

一誠は友達となった泣きじゃくるアーシアの頭を優しく撫でながら笑みを浮かべる。

 

きっとこの後この場面を恥ずかしさのあまりのた打ち回るのだろう。

 

だけど、構わなかった。

 

彼女の辛い過去の出来事。一誠にはそれがどれだけ辛いのかは計り知れないが。

 

それでも、こらからは彼女を楽しませてやれる自信はあった。

 

バカをする事は悪友の松田と元浜で慣れている。アーシアをそいつらに染めるという愚考は犯さないが、それでも笑って遊べる事は間違いない。

 

アーシアは俺が守る。友人として、彼女を守る。そう決心した……その時だった。

 

「無理よ」

 

一誠の心中を否定するかのように、第三者の声が耳に入ってきた。

 

声のする方向へ顔を向けた時、一誠は絶句する。

 

そこには彼がよく知った顔があったからだ。

 

ツヤツヤな黒髪、スレンダーな彼女。

 

天野夕麻の姿がそこにあったからだ。

 

「まったく、あのはぐれ悪魔祓いの仕事が遅いから気になって来てみれば……本当に生きてたの。しかも悪魔に? ったく、最悪じゃないの」

 

その声は一誠の知る夕麻のものではなく、大人っぽい妖艶さを感じさせる。

 

「レイナーレさま……」

 

アーシアが夕麻の事をそう呼んだ時、一誠は理解した。

 

堕天使レイナーレ。それがこの女の本当の名前だと。

 

「……堕天使さんが、一体何か用かい?」

 

「汚らしい下級悪魔が気軽に私へ話かけないでちょうだい」

 

レイナーレは心底汚らしいものを見るかのような侮蔑的な目で一誠を睨む。

 

「その子、アーシアは私達の所有物なの。返して貰えるかしら?」

 

「い、嫌です。私、人を殺すところへ戻りたくありません!」

 

はっきりとアーシアは嫌悪の言葉を返す。

 

それを聞いたレイナーレは額に手を置き、嘆息して呆れかえる。

 

「そんな事言わないでちょうだい。あなたの存在は私達の計画に必要なものなのよ。ね、私と一緒に帰りましょう?」

 

近づいてくるレイナーレ。アーシアは一誠の後ろに隠れ、ガタガタと震えていた。

 

目の前にいるのは悪魔だけじゃなく、人すら容赦なく殺す殺戮集団。一誠はアーシアを庇うように前に出る。

 

「待てよ。嫌がっているだろうが。ゆう、いや、レイナーレさんよ。あんたこの子を連れて帰ってどうするつもりだ?」

 

「下級悪魔が、私の名前を呼ぶな。名が汚れる。あなたに私達の間の事は関係ないわ。さっさと主のもとへ帰らないと、死ぬわよ?」

 

そう言ってレイナーレは手に光を集めて槍を形成する。

 

一度それに殺されている一誠はゾクリと悪寒を感じるが、すぐさま左手を空に掲げ。

 

「せ、セイクリッド・ギア!」

 

天に向かって叫ぶと同時に左腕を光が覆い、赤い籠手へ変貌していく。

 

一誠の神器を見て一瞬虚を衝かれるが、すぐに哄笑をあげる。

 

「以前、上からあなたの神器が危険だからと命を受けたのだけれど、どうやらそれは上の方々の見当違いだったようね!」

 

堕天使は心底おかしそうに嘲笑う。

 

「あなたの神器はありふれたものの一つなのよ。『龍の手(トウワイス・クリティカル)』と呼ばれ、所有者の力を一定時間倍にする代物だけれど、あなた程度が倍になった所でまったく怖くないわ。下級悪魔にはお似合いね」

 

自分の神器の能力を言われ、籠手に視線を落とす一誠。

 

一瞬落胆する表情を見せるもすぐに顔を横に振り、レイナーレを強く睨み付ける。

 

(兎に角、今はコイツを倒すことに集中するんだ! 倒せなくてもアーシアを逃がせるだけの時間を稼がなきゃ!)

 

そこに淡い期待を抱くのなら、あの悪魔祓いを倒して合流してきたブロリーが来てくれれば言うことなしだ。

 

(本当、迷惑かけてすんません!)

 

今はこの場にいないブロリーに内心で謝ると。

 

「神器(セイクリッド・ギア)! 動きやがれ! 俺の力を倍にしてくれるんだろ!? 動いて見せろ!」

 

籠手に力を込めた瞬間、甲部分にある宝玉が光りだす。

 

『Boost(ブースト)!!』

 

音声が発せられた瞬間、一誠の体に力が流れ込んでくる。

 

倍になる力。これならいけると確信した──。

 

ズンッ

 

 

鈍い音がする。見れば一誠の腹部に光の槍が突き刺さっている。

 

「力が倍になっても、こんなに弱めて撃った槍すら撥ね返せない。あなた程度が倍になった所で私との差は埋められないわ。よくお分かり? 下級悪魔くん」

 

倒れ込む一誠。

 

光は悪魔にとって猛毒。しかも貫かれた箇所は腹部だ。

 

激痛と死を覚悟した一誠だが、不思議と体に痛みが走ることはなかった。

 

一誠の体を緑色の光が包み込んでいたからだ。

 

見れば、一誠の体をアーシアが治療していた。

 

腹部に手を当てて、治癒している。

 

光の槍は徐々に小さくなり、次第に消えていく。

 

痛みは一切感じない。寧ろ彼女の暖かさを感じるくらいだ。

 

これが、アーシアの治癒の力。

 

アーシアの力に一誠も驚いていると。

 

「アーシア。その悪魔を殺されたくなかったら私と共に戻りなさい。あなたの神器は我々の計画に必要なのよ。その力、聖母の微笑はそこの下級悪魔と違って希少な神器なの。応じないのならその悪魔を殺すわ」

 

レイナーレご告げる冷酷な提示。人質となった自分の命に一誠は憤慨しながら立ち上がる。

 

「う、うるせぇ! おまえなんか──」

 

「わかりました」

 

一誠の言葉を遮って、アーシアは堕天使の提示を受け入れる。

 

「アーシア!」

 

「イッセーさん。こんな私なんかと友達になってくれて………ありがとうございます」

 

振り返りながら満面の笑顔を向けてくれるアーシア。

 

笑っている。そう、彼女は笑っていたのだ。

 

守ると決意していながら何も出来なかった自分を、友達としての約束も果たせない自分を。

 

「いい子ね、アーシア。それでいいのよ。明日の……いえ、もう今日かしら? その儀式であなたの苦悩は消え去るのだから」

 

いやらしい笑みを浮かべてアーシアを抱き抱えるレイナーレ。

 

「待てよ! 待ってくれよアーシア!」

 

「イッセーさん。ありがとう。さようなら。最初で最期の……私の友達」

 

それが彼女の別れの言葉だった。

 

「下級悪魔、この子のおかげで命拾いしたわね。次に邪魔したらその時は本当に殺すからそのつもりでね」

 

嘲笑う堕天使はアーシアを抱えたまま空高く飛び上がり、空の彼方へ消え去ってしまった。

 

「……なんだよ、最期って」

 

──何もできなかった。

 

守ると誓ったのに、友達だと言ったのに。

 

「……ちくしょう」

 

拳をアスファルトの地面に叩きつける。何度も、何度も、殴りつけた。

 

見れば、腹部の傷は完全に塞がっていて、触れてみたら僅かだがアーシアの温もりが感じ取れた。

 

その暖かさが、余計に悔しくて、悔しくて堪らなくて。

 

「アーシアァァァァァァァッ!!」

 

この日、一誠は生まれて初めて己の非力さを呪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソがぁっ!! なんで当たらねぇんだよぉぉぉっ!?」

 

「……………」

 

 一誠を逃がした後、フリードの相手を努める事になったブロリーは場所を移し、近くの公園で少年神父の攻撃を悉く避け続けていた。

 

フリードの剣撃は甘くはない。それこそ並みの悪魔なら瞬殺できるほどの実力を有している。

 

絶え間なく続く斬撃の嵐、しかしブロリーは襲い来る光の剣の切っ先を自分に当たる僅か数ミリの距離で回避している。

 

「このクソの大木がぁぁぁっ!!」

 

剣撃の合間に撃ち出される祓魔の銃弾。光の力を込められた弾丸でも常人相手にでも致命傷になる代物。

 

それを不意打ち気味に放たれても、ブロリーは首を捻る事であっさと避けてしまう。

 

完全に見切られている。此方の動きにも、そしてやり方も、目の前の男には完璧なまでに見切られている。

 

 

「クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが、クソがぁぁぁぁあっ!!」

 

どんな攻撃を何度も、幾度もなく繰り出してもその全てが回避される。

 

しかもブロリーは一切の反撃をせずに、だ。

 

その気になればこちらの攻撃に合わせてカウンターの要領で手を出すことも可能だろうに。

 

遊ばれている。

 

その事実がフリードを更に怒り狂わせ、攻撃の回転を加速させていく。

 

対するブロリーはと言うと……。

 

(あの二人、そろそろ逃げ切れたか?)

 

剣撃に加え、銃撃、更には拳打も繰り出してくるフリードの攻撃を、やはり避けながら逃がしたアーシアと一誠の事を考えていた。

 

この神父を引き付けている間に二人を逃がし、その上でコイツを倒してすぐに合流する事。

 

それがブロリーのあの時閃いた提案だった。

 

一誠ならこの辺りの地理は詳しいだろうから時間があればアーシアと共に逃げ切る事も可能だろう。

 

それに時間を掛ければそれだけ彼の主であるリアスも異変に気付き、眷属の皆と共に駆け付けてくれるだろう。

 

そうなれば後は此方のものだ。

 

「いい加減に死ね! このクソノッポがぁぁぁっ!」

 

光の剣による大振り、ブロリーはそろそろ頃合いかと思い避け間際に手を拳に変え、フリードの顔に向けて放とうとした────。

 

「そこまでにしときなさい」

 

「っ!」

 

 突如聞こえてきた第三者の声。聞き慣れない声にピタリとフリードの顔面スレスレで拳を止めたブロリーは、声のした方向に顔を向けると。

 

「こんばんは、あなたがドーナシークとカラワーナの言っていた怪物(モンスター)くん? 随分私の部下を可愛がってくれたみたいね」

 

「……お前は?」

 

「私の名レイナーレ。いずれ至高の存在に至る堕天使よ」

 

後ろの街灯に佇む黒い翼を生やした女性、レイナーレ。

 

ドーナシークやカラワーナとも違う第三の堕天使の登場に、ブロリーの眉が僅かにつり上がる。

 

だが、それ以上に驚いた事があった。それはレイナーレが抱えている少女、アーシアの存在だった。

 

この瞬間、ブロリーは自分の考えが如何に甘かったかを思い知る事になる。

 

「安心なさい。あの下級悪魔はまだ生きてるわ。……けど、それはあなたの態度次第って事にもなるわ」

 

「……どういう事だ?」

 

「単刀直入に言うわ。私の軍門に下りなさい。降伏して私の下僕となり私の為に働くのよ」

 

「断──」

 

「因みに、今あの悪魔の周囲には私の部下達、はぐれ悪魔祓いを数名配置させているわ。あなたの返答次第で動く事になっているの」

 

そう言ってレイナーレは光の槍を手に、アーシアの首筋に突き立てる。

 

「さぁ、あなたの選択次第でこの二人を生かすも殺すもできるわ。特別に選ばせてあげる」

 

いやらしい笑みを浮かべ、選択という名の脅迫を突き付けるレイナーレ。

 

後ろに控えているフリードも今ではあの激昂した顔が嘘のように消え去り、下劣な笑い声を上げてブロリーの反応を楽しんでいた。

 

──甘かった。

 

あの時、二人を逃がした時に時間稼ぎなど考えず、すぐにこの神父を倒して追い付くべきだった。

 

日々を過ごすうちに多少の知識を得たつもりでいたが、とんだ間抜けを晒してしまった。

 

「ブロリーさん、ごめんなさい。……ごめんなさい」

 

レイナーレに抱えられ、涙を流しながら謝るアーシア。

 

全てはあの時間違った選択をした自分の所為だ。

 

ブロリーは力強く握り締めていた拳を解き。

 

「──分かった」

 

ブロリーは堕天使側へ拘束される事となった。

 

その時、勝ち誇った笑みを浮かべるレイナーレに対し。

 

──ドクン。

 

胸の中の鼓動が、ざわめきと共に高鳴った気がした。

 




最近、インフルエンザが流行っていますね。皆さんも体調に気をつけて下さい。

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