部室の床一面に広がる破片。
嘗て大戦で砕かれた聖剣エクスカリバーは七つのそれぞれ別の力を持ったエクスカリバーと姿へと変え、カトリック、プロテスタント、それぞれの教会に管理される事となっていた。
そんな七つの内の一つ、破壊の聖剣と呼ばれる武具は剣の腹の部分の先から砕かれ、見るも無残な姿へと変わっている。
誰も、言葉を発する事は出来なかった。
パラパラと崩れ落ちる聖剣だったもの。
魔を滅する絶大な力を誇る聖剣は、どこの馬の骨とも知らない男によって、粉々に砕け散った。
「せ、聖剣が……」
「砕け……ましたね」
最初は一誠、そして小猫と、現状を確認するように声を絞り出すと。
「あ、ああああアナタ! 何て事をしてくれたの! 聖剣を、しかもエクスカリバーを! たった七本しかない聖剣を!!!」
砕けた聖剣を見て、狼狽し、動揺し、激昂するイリナは砕いた張本人であるブロリーに向かって声を張る。
対するブロリーは涼しい顔でイリナに睨み付ける。
「コイツはアーシアに剣を向けた。危険だと思ったから砕いた」
まるで小学生のような言い訳。しかし、それでやってのけるブロリーに一誠は改めて彼の凄さを思い知った。
俺は悪くない。そう言いたげなブロリーの態度に、リアスは呆れ、額に手を添える。
ブロリーからすれば勝手な事ばかり言う彼女達に怒り、アーシアを守る為に取った咄嗟の行動とも言えただろう。
しかし、聖剣を砕いた。この事実はブロリーが思っていたよりも遥かに重い。
教会は神の教えに殉じる者達の巣窟。聖剣が砕かれたと知られれば、ほぼ間違いなく教会……ひいては神側と明確な対立関係を生むことになるだろう。
そうなれば、再び大戦の始まり。多くの命が奪われる戦乱の時代に移り変わってしまう原因になってしまう可能性だって出てくる。
「……貴様」
ふと、ゼノヴィアから重苦しく感じる程の怒りが滲んだ声が聞こえる。
当然だ。奪われた聖剣は同じく聖剣でないと太刀打ちできない。
その貴重な聖剣が砕かれたとあっては、彼女の怒りは相当なものだろう。
彼女の醸し出す雰囲気にリアス達は咄嗟に戦闘態勢に入った。
しかし。
「神などいないだと? よくもまぁそんな大言壮語が言えたものだな」
意外にも、彼女は砕かれた聖剣などではなく、ブロリーの神に対する冒涜とも呼べる発言に反応していた。
神を絶対の信仰対象である彼女からすれば、それも怒るには充分な理由になるだろうが……。
「神とやらがどんな凄い奴かは知らないが、少なくともアーシア一人守れないんだ。大した奴じゃなさそうだ」
「神の慈愛は深く、尊ぶべきモノ。それがたかただか魔女に分け与える暇などない。世界には神の愛を必要とする人間が大勢いるのだからな」
「神は誰にだってアイってヤツを与えるんじゃないのか?」
「……………」
「……………」
睨み合う二人。いや、この場合ブロリーが自分の疑問を彼女が答えるのを待ち、一方でそれを彼女が忌々しそうに睨んでいると言った方が正しい。
一歩も引かない両者。このままでは一触即発な空気になりかねないと悟ったリアスは、咳払いをしながら二人の間に割って入ってきた。
「彼の非礼は保護者である私が詫びるとして、どうするの? 其方の獲物は片方折れてしまったのだけれど?」
「剣自体は上層部に持ち込めば何とかなるだろうさ、元々は砕けた剣が七つに分かれたんだ。時間は掛かるだろうが、復元は可能だろう」
と、あっさり聖剣の事を口にする辺り、本当に砕けたエクスカリバーに関してはそれほど気にかけてはいなかったようだ。
他にも聖剣を持ち込んでいるのか? いや、それはない。
七本の内三本の聖剣が奪われ、二本はこの地に持ち込み、一本は教会が死守しており、残りの一本は行方知れず。
そう彼女達が言ったのだから予備の聖剣(エクスカリバー)を持ち込んだという可能性は考えにくい。
では、一体何故? ゼノヴィアの理解できない余裕振りにリアスも流石に考え込むと。
「……どうやら、ここに来たのはとんだ無駄骨だったようだ。イリナ、帰るぞ」
これ以上話すことはない。そう言いたげなゼノヴィアは話途中に切り上げ、席から立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。アナタ達、本気でたった二人でコカビエルに挑むつもり? たった今切り札の聖剣の一本が砕かれたのよ?」
そんな彼女をリアスは呼び止める。
貴重な聖剣の片割れもたった今砕かれ、唯でさえ勝ち目のない戦いが更に薄くなったのだ。
このまま彼女達を生かせるのは見殺しにするのも同じ、敵対する組織とは言え流石に後味が悪い。
しかも、その原因を作ったのが此方であるなら尚更だ。
リアスは今まで好き勝手言ってきた彼女達に対し、ひとまず溜飲を呑むことで堪え、彼女達に再び手を組むことを勧めようとするが……。
「悪いが、今言ったことに対して訂正はない。この件は我々が引き継ぐ。君達悪魔側はなるたけ此方に干渉しないよう気を付けてくれ」
取り付く島がない。どうやら彼女はブロリーに言われた事が自分で思っている以上に気を立てているらしく、マトモに此方の話を聞こうとしない。
ローブを纏い、部室を後にする二人。
その際に。
「ブロリーさん。確かアナタは記憶が失っていたのだったな。だったら一つ言っておこう」
「?」
「主はいつでもアナタの事を見ている。それを忘れぬ事だ」
と、それだけを言い残し、彼女達は部室から出て行った。
その場に、言いし難い空気だけを残して……。
◇
その後、リアスから勝手なことをしでかしたブロリーに厳重な注意を言い渡し、その場は一時解散となった。
ただ、ブロリーが砕いた聖剣の欠片はブロリー自身が箒とチリトリで片付けられ、今は部室に厳重な封印を施している。
伝説の聖剣が埃と一緒にチリトリに入れられる様は、正直なんとも言えなかった。
だが、それ以上に木場の心にはポッカリと穴が開いたような虚しさがあった。
「………はぁ」
自分の住処となっている旧校舎のとある一室で、木場は一人深く溜め息を吐く。
砕かれた。
同志達を殺し、そして自分の人生を狂わせた聖剣。その一振りが呆気なく砕かれた。
憎しみの対象の一つである聖剣が、脆く砕かれる様を間近で目にした木場は、全身の体から力が抜けるのを感じた。
一目見て分かった。あの聖剣はその名の通り、破壊に秀でた聖剣であると。
同時に気付いた。あの剣を砕くのは生半可な力では叶わないと。
聖剣全てを砕くのは修羅の道か。木場は聖剣の全てを砕くとされる己の道がどんなに険しいか再確認していたが。
悪魔でもなければ天使でもない。端から見ればただの人間でしかないブロリーがその聖剣を易々と砕いたのだ。
それを目の当たりにした木場も、砕けた聖剣と同じ様に、その胸の内に抱いていた憎しみも、砕かれたのかもしれない。
「………いや、違う。そんな事は有り得ない!」
幼い頃に聖剣によって歪まれた人生。
木場の胸の内に秘めた憎悪の炎は、未だ消えてはいない。
神を盲信的に崇拝している信者達に対しても同様、この憎しみは一度たりとも絶やしてはいない。
「彼には、感謝しなくてはならないな」
ブロリーのお陰で、聖剣を破壊する事が可能だと証明された。今回の一本はその対価だと思えばいい。
残る聖剣、エクスカリバーは六つ。
全てを破壊するまで、憎しみに身を焦がす日々は終われない。
終わらせない。
「……待ってて、みんな」
窓から見える曇った空。木場はまるで祈りを捧げるように、誓いを立てた。
◇
───同時刻。住宅街の通り道。
仕事を終え、帰宅するブロリーは不機嫌そうな顔面で帰路に向かっていた。
ゼノヴィア達が帰った後、ブロリーを待っていたのはリアスからのお説教。
やれ勝手な事はするなと、やれ少しは自重しろと、説教の内容はブロリーに対する行動の注意だった。確かに、今回は少し考えが浅かったと自分でも思う。
自分の行動が原因で、皆に迷惑を掛ければ、恩を仇で返すも同義になってしまう。今後はこれを反省にし、少しは考えて動こうとも思うが。
如何せん、自分はそんなに頭の回る方ではない。記憶が無い事を言い訳にするつもりはないが、どうやら考えるよりも体が先に動いてしまう性分らしい。
アーシアに剣を向けられ、罵倒を浴びせた時は一瞬頭が真っ白になった。
下手したらリアスの言っていた金ピカ形態にもなっていたのかもしれない。
「でも、なぁ」
ブロリーの脳裏に浮かんだのは、帰る際に見たアーシアの顔。
泣きそうだけど、必死にそれを堪えて笑っていたアーシアの笑顔。
“この世界に、神などいない”
それは、嘗ては神を信じていたアーシアにも、少なからずショックを与えたのか、彼女の顔は終始暗いままだった。
自分の言った一言が、アーシアを傷付けた。その事実がブロリーの表情に影を落としていた。
一誠が何とかフォローしておくと言って、アーシアと共に帰ったが、期待は薄いだろう。
これまで信じて、そして捨てきれなかった事がバッサリと切り捨てられたのだ。
それも、アーシアにとって恩人であるブロリーに言われれば、そのショックも大きいだろう。
明日、なんてアーシアに言えばいいのだろう?
「そうだ。朱乃に聞いてみよう」
こう言うときの彼女の助言は為になる。少々甘え過ぎかもしれないが悩んでも何も分からない以上、助力を求めた方が良いと判断し、ブロリーはポケットから携帯を取り出して朱乃の番号でダイヤルを押す。
しかし。
「……何だ? これ?」
画面の右上に表示された圏外の文字。
読めは出来るが意味が分からないブロリーは不思議に首を傾げる。
同時に、ある異変に気付いた。
「これは……この間の」
周囲を見渡せば、いつの間にか周囲が霧に覆われていた。
この現象、ブロリーには見覚えがあった。
そう、これは確か……。
「ゲイボルグ……か?」
「誰がクーフーリンの槍ですか」
霧の中から聞こえてきた声、振り向けばそこには先日邂逅した眼鏡の魔術師、ゲオルクと。
「オーフィス?」
無限の龍神、ウロボロス・ドラゴンことオーフィスが立ち。
そして。
「データ確認。99.195%の確率で“サイヤ人”と断定」
ズングリ体型にアルビノの肌、紅い瞳に機械口調のそれは、まるで“人間のような人形”。
「体型、髪型、及び戦闘力の相違で孫悟空とは別人と判明」
男かと思われる者の被った帽子、そこには────。
Rと書かれた二つの文字と、赤いリボンが刻まれていた。
「………」
「………」
部活の帰り道、アーシアと一誠の二人は互いに言葉を交わさず、自宅へと向かっていた。
(く、苦しい。息が詰まりそうだ)
重苦しい空気。その原因は隣で暗い表情で俯くアーシアが元となっていた。
何故ここまでアーシアが暗くなっているのか。それは大元の元凶はゼノヴィアが原因だが、それと同じくらいにブロリーもアーシアを暗くさせる要因となっている。
ゼノヴィアに聖剣を向けられ、様々な暴言を突きつけられた時もそうだが。
“この世界に、神などいない”
ブロリーのこの一言も、アーシアの心を痛めつけた一因の一つとなっている。
神。即ちアーシアが信じて疑わず、耐えず祈りを捧げていた主の事。
主は自分の行いを見てくれている。きっといつかは主も自分の事を認めてくれる。
堕天使に殺される直後まで……否、悪魔となった今も彼女は主を信じ、健気に祈り続けていた。
だが、ブロリーの一言が全てを否定された。
それは、これまで人間として生きてきた自分に対する否定も同じ。
それが自分の為に戦い。今も自分の事を色々気遣ってくれているブロリーがそう言ったのだから、アーシアの心境も複雑に歪んでいる。
信頼している人から自分の全てを否定された。
あの時のブロリーからは欠片程の悪意は感じなかった。全てはアーシアを助ける為、そして、アーシアを助けてくれなかった神に対する彼なりのせめてもの仕返しのつもりなのだろう。
「………」
未だに口を固く閉ざし、俯いたまま歩くアーシア。そんな彼女を横目で見守りながら、一誠はどうしたものかと頭を掻く。
一誠としてはあの時のブロリーに大手を振って賛成していたい所だ。今もその気持ちは変わらない。
(だけど、信じている人からあんな事言われりゃ、そりゃヘコむよな)
アーシアは悪魔となった今でも信仰を捨てきれないでいる。時にはうっかり暗記していた聖書を読んで頭を痛めたり、祈りを捧げるなどして自爆している光景を目の当たりにしている。
縋っているとも言える彼女の信仰を、ブロリーはバッサリと斬って捨てたのだ。多少なり、ヘコむのは当然と言えるだろう。
一誠は基本的に神に対して信仰心は持ち合わせていないし、信者達の気持ちも分からない。
だけど、信じていた人から否定されるという気持ちは、少なからずとも理解出来た。何せ、一誠自身も一度は本気で好きになり掛けた女性に殺されているのだから……。
「なぁアーシア、元気だせよ」
兎も角、アーシアをこのまま落ち込ませたままにはしておけない。
一誠は頭をフル回転させ、言葉を選びながらアーシアを元気付けようと声をかける───が。
「ほう、これが赤龍帝を宿したとされる少年か」
「「っ!?」」
前触れもなく、突然と間に割って入ってきた男性に、二人は驚き、その場から飛び跳ねる。
「な、何だアンタ!?」
アーシアの手を取り、即座に男から離れる一誠。気配などまるで感じなかった。自然体でいつの間にか二人の間に入っていた男に、一誠は戦慄を覚える。
茶色のジャケットに紺のジーンズ。そして男の被った帽子にはトレードマークらしき赤いリボンが見える。
「ふむ、聞いていた話では赤龍帝はかなりの力を有しているとあったが……デマだったのかな?」
「なっ!?」
此方の話を無視し、更には遠回しにバカにして来る男に一誠は軽く苛立ちを覚えるが、それ以上に自分を赤龍帝と言った男に驚愕していた。
「おっと済まない。悪気はなかったんだ。噂に聞く二天龍の片割れがどんな奴か見ておきたくてな」
全く悪びれる様子のない男の言動。だが、その男からは言いし難い不気味な空気を感じる。
生き物と相対している気がしないのだ。
まるで死者……いや、無機物と対峙しているような……そんな違和感を感じる。
アーシアも一誠と同じく、不気味な雰囲気を醸し出している男に怯え、彼の服の袖をキツく握っている。
すると、男は帽子を手に、深々と頭を下げ。
「私の名は13号。人造人間だ」
「じ、人造人間?」
「ここではホムンクルスと言った方が分かりやすいか? 尤も、他の皆からはMr.13(ミスター・サーティーン)と呼ばれているから、私としては其方で呼んで欲しいのだが」
「ほ、ほむ?」
Mr.13と名乗る男の話が今一呑み込めず、頭に疑問符を浮かべる。そんな一誠にMr.13はやれやれと呆れ気味に肩を竦め。
「なら、もっと明確な答えを言おう。──私は、君達の敵だよ。悪魔君」
ニヤリ、と。Mr.13は口元を三日月の形へと歪めた。
◇
「……お前、オーフィスをどうするつもりだ?」
霧の中、目の前の三人の内の一人、眼鏡魔術師のゲオルクに己の内の疑問をぶつけるブロリー。半目で睨んでくるブロリーに怯んだ様子もなく、ゲオルクは淡々と質問に答えた。
「以前、お会いした時言ったじゃないですか。私は此方のオーフィスの身内。近い内に彼女の迎えに来ると」
確かに、彼は以前にも同じやり方でブロリーと接し、そんな事も言っていた。ブロリーとしてもあの時はオーフィスにも身内というものがいるのだと安心し、特に思う事はなかった。
───この時までは。
「……じゃあ、どうしてオーフィスは泣きそうな顔をしているんだ?」
ゲオルクとズングリ体型の男に挟まれているオーフィスは、迎えが来ているというのに全く喜んでいる様子は見せず。それどころか、助けて欲しいと訴えた目で此方を見つめているではないか。
(本当に、コイツ等はオーフィスの知り合いなのか?)
今更ながら、ブロリーはゲオルクに対して疑問を抱き始めていた。
もしかしたら、オーフィスを狙う奴? なんで彼女を狙うのかは知らないが、ブロリーはいつでも彼女を取り返せるよう拳を握りしめ、ボクシングスタイルの構えを取った。
瞬間。
「相手の敵意を認識。ゲオルク、構わないな?」
「そうですね。一応神器による結界も張りましたし、程々にお願いします。Mr.19(ミスター・ナイティーン)」
Mr.19と呼ばれるズングリ体型の男は、ゲオルクから確認と許可を貰うと。
「了解」
刹那。
「っ!?」
ズドンッと、凄まじい程の衝撃がブロリーの腹部を貫いた。見ると、ブロリーの腹部にはMr.19と呼ばれる男の拳が深々と突き刺さっている。
驚愕に目を見開くブロリーにMr.19はニヤリと不気味な笑みを浮かべる。ゲオルク達とブロリーの間には10メートル以上の距離があった。
それをブロリーが認識出来ない程の速さで踏み込んできて、その拳を叩き込んできたのだ。速い。ブロリーは瞬時にこの男は自分より速いと悟り、突き放される前に拳を打ち下ろそうとするが。
「ホッホー!」
Mr.19はバク転の要領でこれを避け、ついでとばかりにブロリーの顎を蹴り上げる。
「うぐっ!?」
顎に鋭い衝撃が突き抜ける。ここに来て始めて痛みらしい痛みを感じたブロリーは、それでも着地際を狙って男に左の高速拳を浴びせる。
「ホッホッホッホッホッ!」
当たらない。秒間何百と打ち込むブロリーの拳を、男は体を上下左右に揺らしながら避け続ける。
さながらピエロの如く、踊りながら避ける男に苛立ちを覚えるブロリーは右の拳に力を込め。
「フンッ!」
下から打ち上げる様に拳を突き出し、遂に男の顔面を捉える。
だが。
「なにっ!?」
「フヒヒヒ……」
男は、あろう事かブロリーの渾身の力で放った一撃を片手で防いでみせたのだ。
今のブロリーの力は、ライザーとの一戦を経て格段に増してきている。そのブロリーの一撃をこの男は片手で受けきって見せたのだ。
流石に止められるとは思わなかったのか、今までで一番の衝撃を受けるブロリー。だが、驚くべき事はまだあった。
「!」
体に、力が入らない。
全身から力が抜けていく錯覚に捕らわれたブロリーは膝を地面に着かせる。
おかしい。まだ腹に空腹感は感じなかった筈。
腹が減るお昼時とは違う脱力感にブロリーは成す術なく崩れる。
そして。
「さぁ、フィニッシュだ!」
男はブロリーの喉を掴むと、その拳を顔面に叩き付け、その巨体を空に向けて打ち上げる。
瞬く間に空へと消えていくブロリー。空の星との距離が縮み始めたその時。
「ハッハァッ!!」
「がっ!」
一瞬にして回り込んできたMr.19がブロリーの腹部に深々とめり込む。
咳き込んだ口から血が吹き出す。
重力に従い、地面に叩きつけられたブロリー。
「う、ぐ……」
体が……動かない。
クレーターとなった地面から立ち上がろうともがいても、ブロリーの体はボロボロに痛めつけられ、最早動ける事など不可能に近かった。
……いつの間にか眼鏡の魔術師、ゲオルクとオーフィスが隣に立っていた。
「やれやれ、程々にしてと言ったのに、中々遠慮知らずなんですね」
「サイヤ人はデータ上、最も危惧すべき存在だとDr.が仰っていたからな」
「成る程、あの御仁は以前そのサイヤ人に余程痛い目にあったと見える」
降りてきたMr.19は此方に見向きもせずにゲオルクと話を続ける。
「Dr.からは警戒を怠るなと聞いていたが、どうやら杞憂のようだ。この程度の戦闘力ならば、我等の計画の妨げにはなり得ない」
と、一度だけゴミを見る目で此方を見下ろすMr.19。
(~~~~~~っ!!!!)
その時、ブロリーは自身の胸の内に激しく燃えたぎる何かを感じた。
「さて、少々手荒な真似をしてしまいましたが、これで納得してくれましたか?」
「…………」
「アナタは、彼女を守れる力など持ち合わせていない」
グニャリと、歪んだ笑みで見下ろしてくるゲオルク。
その顔に拳を打ち込んでやろうとするが、体は動かない。すると、もう話す事などないのか、二人はくるりと踵を返し。
「それで、あなたはコレからどうするおつもりで?」
「暫くはこの街に潜んでいる。上手く行けば聖剣を数本奪えるかもしれないから」
「では、そのようにあの方に伝えておきますよ」
まるで此方に聞かせるように、ワザワザ大きな声で話す二人。
話しを終えると、Mr.19は跳躍し、深い霧の中へと消え。
「聞こえましたかブロリーさん。今言ったとおり、彼はこの街で聖剣を狙っています。そしてそれはアナタが世話になっている全ての者が危険に晒されるのも同義」
「っ!?」
「楽しみにしてますよ。宇宙最強の一族さん」
挑発的な言葉を残し、霧の中へと消えていくゲオルク。
その際、顔だけ此方に向けたオーフィスが僅かに口を動かし。
“さよなら”
その一言はブロリーの脳裏に深く刻まれ、彼の心の内に影となって突き刺さった。
霧が、晴れる。
霧が晴れ、ブロリーの目に入ってきたのは大粒の雨だった。
ココ最近、なんだか雨が降るな。
などと、考えた束の間。
「───────ああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
胸の内に秘めた激情が、叫びとなって吐き出される。
何だこれは?
何だこの感覚は?
どんなに叫んでも、どんなに吼えても、いつまでたっても消えない感覚。
Mr.19に対して、ゲオルクに対して。
言いようにやられ、そして、オーフィスにあんな顔をさせた自分に対して。
ブロリーの叫びは、意識が無くなるその瞬間まで止むことはなかった。
この日、ブロリーは生まれて“二度目”の敗北を経験し。
同時に、失われた感情に“悔しさ”が刻まれた。
誤字脱字がありましたら、感想にご報告下さい。