『ライザー=フェニックス様、戦闘不能。よってこのゲーム、リアス・グレモリー様の勝利と致します』
「っ!?」
突然聞こえてきたグレイフィアのアナウンスに、私は驚きを隠せなかった。私の右腕たる存在、朱乃がやられた時も動揺したが、今はその時以上に驚いている。
木場も小猫も、ライザーの残りの駒、戦車と僧侶を相手にまだ打ち勝っていない筈、私はアーシアと共にライザーのいる場所へと駆けていった。
そして、そこにいたのは……。
「あ、部長。お疲れ様ッス」
大の字になって伸びているライザーと。
「イッセー、貴方……その腕」
「え? あ、あはは……」
異質なモノに変化した左腕を抑え、困った顔で苦笑するイッセーの姿があった。
◇
「フェニックス卿。今回の婚約、このような形になってしまい、大変申し訳ない。無礼を承知で悪いのだが、今回の件は──」
「みなまで言わないで下さい。グレモリー卿。純血の悪魔同士、いい縁談だったが、どうやらお互い欲が強すぎたようだ。私のところもあなたのところも既に純血種の孫がいる。それでも尚欲したのは悪魔故の強欲か、それとも先の戦争で地獄を見たからか」
「……いえ、私もあの子に自分の欲を重ねすぎたのです」
「だが、まさか本当に勝ってしまうとは……兵藤くんと言ったかな? 彼に礼を言いたかった。息子に足りなかったのは敗北だ。アレは一族の才能をあまりにも多く過信しすぎた。これは息子にとっていい勉強になっただろう。フェニックスは絶対ではない。これを学べただけでも今回の婚約は十分でしたよ、グレモリー卿」
「フェニックス卿……」
「アナタの娘さんはいい下僕を持った。これからの冥界は退屈しないでしょうな」
「はい。……ですが」
「彼……ですか。話を聞いた限りでは、彼は記憶喪失だとか?」
「えぇ、まさか彼に彼処までの力が秘めていたとは……」
「金色の炎を纏った戦士。どの神話にも当てはまらない謎の戦士……何かの予兆でなければ良いのですが」
◇
「どうやら、彼方の方は上手く話が纏まったみたいだね」
遠巻きにフェニックス側とグレモリー側の現当主の二人による今回の婚約についての話が纏まっていくのを見て、サーゼクスは内心で安堵する。
リアスとライザー。ゲーム前では勝てる見込みなど殆どなかった。今回の試合はそれ程までに差のあった試合になる筈だった。しかし、結果を見れば殆どの駒を失ったライザーに対し、リアスは女王と助っ人だけという大金星。
たが、それは助っ人……ブロリーの活躍が大きく関わっている。
フィールドを武器として扱うという飛び抜けた発想。そして……。
(彼のあの力、私たちの階級で言えば最上級……いや、下手をしたらもっと)
ライザーの炎で身を焼かれた時は、流石に危険かと判断し、リタイアさせるべきかと思った。
だが、次の瞬間。その考えは全くの真逆の意味へと変わった。
最上級。或いはそれ以上の力を持つブロリーに戦慄したのは……きっとこの場にいる全員がそうだろう。
不死鳥、鳳凰、いずれも不死としてその名を馳せるフェニックスであるライザーをあそこまで追い込んだのだ。その力はかなりのモノと見て間違いない。
赤龍帝。……兵藤一誠の活躍も中々だったが実質的には彼のお陰で勝てたとも言えた。
ブロリーの反則染みた実力。今後は彼の力を狙って邪な考えを抱いた輩が接触してくることになるだろう。
旧世代の魔王がいなくなり、代わりに新しい魔王が就任したことで悪魔界は徐々にその在り方を変えようとしているが。
それでも、それに異を唱える者は少なくはない。
(だが、我々の事情に彼を巻き込む訳にはいかない)
この世界……いや、この“星”には無関係である彼を此方側に引き込む訳にはいかない。
少々強引ではあるが、今回のゲームの映像は一部分を秘匿。或いは改竄させる事で外部への閲覧を制限させる事にしようと、サーゼクスは考える。
……それはそれとして。
(……おめでとう。リアス)
誰にも聞かれないよう、小声で呟く。
予想外の助っ人の力を得たとはいえ、当初は全く勝ち目のない戦いだと言われていた今回のゲームを、見事覆してみせた。
本人は認めないだろうが勝ちは勝ち。サーゼクスは妹の勝利に心からの祝福を送った。
「では、サーゼクス様。私もこれで」
「もう行くのかい? 一応イトコなのだからリアスに声をかけて言っても……」
「いえ、彼女も初めてのゲームでしたからさぞお疲れでしょう。顔合わせはいずれ近い内に……」
そう言ってサイラオーグは一礼し、会場を後にした。
端から見ればただの社交辞令の挨拶とやりとり、しかし彼の心境は違った。
(ブロリー……そして、兵藤一誠)
彼の頭には今回のゲームで最も活躍した二人の戦士で一杯になっていた。
ある事情により、己の体一つで戦うサイラオーグにはブロリーの戦い方は参考にはならず、だが途轍もない衝撃を与えた。
圧倒的。ただこの一言に尽きる力を奮うその姿に圧巻され、サイラオーグはブロリーに憧れにも似た感情を抱いていた。
そして、対する兵藤一誠。最初はただ神器の力で無造作に戦う単純な奴かと思っていたが、それは悉く覆った。
洋服崩壊という奇っ怪な技と戦いの最中で新たに力を目覚めさせ、更には限定的だが│禁手《バランスブレイク》にも至っている。
だが、一誠に限ってはそれだけではない。
一誠がライザーを倒す時に見せたあの動き、それは以前参考代わりに人間の格闘技の資料集を漁っていた時に見かけたものと偶然合わさっていた。
それは、1920年代。ボクシング界の頂点に君臨していた男の古の必殺ブロー。
(デンプシーロール)
体を左右に振り、その反動と勢いを拳に乗せて放つ世界ヘビー級王者の決め技。
だが、それは強靱な足腰を要求する高等技術。ただの人間には難しいその技術を、あの素人悪魔はやってみせた。
(悪魔の……いや、赤龍帝の力でその技術を補ったか)
本来なら長い年月を重ねて鍛えていなければ扱う事は難しいとされる必殺ブロー。
しかし、それを一誠は悪魔と赤龍帝の力でそれを補って見せたのだ。
赤龍帝の攻撃力で繰り出される拳の嵐。
ゾクリ。
サイラオーグの頬を冷たい汗が流れ落ちる。
(悪魔と龍帝の力に……人間の技か)
面白い。
近い将来、相対する事になるだろう人物を頭に浮かび、サイラオーグは自然と不敵な笑みを浮かべていた。
目指すべき目標と、倒すべき好敵手。やらせとも言えた今回のゲームに思わぬ存在を得た事にサイラオーグは内心喜びに震えていた。
(こうしてはおれん。俺も早く帰って鍛え直さねば)
魔王であるサーゼクスに簡単に挨拶を済ませ、サイラオーグは自身を一から鍛え直すべく自分の領地へと引き返していった。
(全く、今代の若手悪魔は血の気が多いな)
サイラオーグからヒシヒシと伝わってくるバレバレの闘志に、サーゼクスは苦笑しながら見送る。
そして彼が会場から出て行くのを見計らって、今度はモニター前の父に目を向ける。
フェニックス側とグレモリー側、それぞれの代表者は今回の婚約破棄にそれぞれ満足した様子で納得しているだろうが、取り巻きである他の貴族悪魔達は色々騒いでいる頃だろう。
「さて、ここから先は父上と私達の出番だな」
此方が出した選択肢を、妹であるリアスは応え、道を切り開いた。
ならば、せめてそのあと片付けをしてやるのが親族である自分達の務め。
魔王ルシファーであると同時にリアスの兄でもあるサーゼクスは、今回のゲームに今更ながら異を唱えている貴族悪魔達の喧騒の中へ足を踏み入れた。
◇
「……イッセー」
「は、はいぃ……」
えー、現在私こと兵藤一誠は、無事あのライザーを打ちのめした後、何故か医務室らしき部屋のベッドの上に寝ていました。
確かグレイフィアさんのアナウンスが流れ、俺達の勝利だと告げられたと同時に部長が現れ、その直後足下に魔法陣が浮かび上がって、気が付いたらここにいたんだっけ?
って、今はそんな事考えている場合じゃなかった!
医務室に寝かされ、自分の現状を把握しようとした矢先、扉が開くと同時に酷く慌てた様子の部長が現れ、俺の左腕を見た途端表情を一変させた。
「アナタ、自分が一体何をしたのか、本当に分かっているの?」
目を鋭くして睨みつけてくる部長。普段は麗しい部長の目がここまで険しくなるなんて……あ、なんかいけない方向に目覚めそう。
「す、すすすすすみません部長! け、けど俺なりに色々考えて……」
「バカッ!!」
ひぃっ!? どもりながら言い訳しようとしたのがそんなに気に障ったのか、部長の一言に俺は萎縮してしまう。
あまりの迫力に張り手の一発でも覚悟した時。
「……え?」
部長の暖かい手の感触が、俺の左手から伝わってくるのを感じた。
「どうして、どうしてアナタはこんな無茶をするのよ」
え? え? えぇぇぇぇっ!?
ちょっ、なんで部長が泣いてるのっ!? え? 俺の所為? 俺が悪いの?
「分かってるの? アナタのこの腕、もう二度と元には戻らないのよ」
そう言って、部長は変わり果てた俺の左手を撫でる。
鋭く尖った爪。肩口まで覆われた鱗。
そう、俺は一時的に│禁手《バランスブレイク》に至る為に左腕をドライグとの契約の際に対価として使った。
もう、この腕は俺の腕じゃない。ドラゴンの……龍の腕だ。
そして、この腕は二度と元に戻ることはない。元々そういう契約だったのだ。そして俺もそれに承知した上でドライグとその契約を交わしたのだ。
「あ、あはは、本当、どうしましょうね? 流石にコスプレと言い張るには少し無理ありますかね?」
明日も学校があるし、皆から言われたらどうしよう?
コスプレの一言じゃあ流石に誤魔化さない……よな?
うーん、どうしよう。
「……アーシア、泣いてたわよ。イッセーの腕が変わり果てた事にかなりショックを受けてたみたい。今は朱乃や小猫が付いてるからいいけど……」
うぐっ! そ、そう言えばアーシアにも見られたんだっけ? うわぁ、女の子を二度も泣かせるなんて、最低じゃん俺って。
しかも今回に限っては部長まで泣かせちまってるし、ホント、どうしようもねぇな俺。
だけど。
「部長」
「?」
「俺、部長には本当に感謝しています。部長には命を救ってくれて、こんな俺に目をかけてくれて」
「イッセー?」
「俺、木場のような剣術なんて持ってないし、小猫ちゃんやブロリーさんみたいな凄い力も持っていない。朱乃さんの凄い魔力もなければアーシアの素晴らしい治癒能力もない、強い神器を宿したただの元人間です」
左腕を差し出さないと満足に憧れた女性一人守れない。
そんな弱い自分が、俺は心底嫌いだった。
だけど、今は良かったと思っている。
「たかが俺の左腕一本で部長の未来を守れたんです。そう考えれば安い買い物でしたよ」
そうだ。なんの取り柄もない、ただのスケベ野郎でしかない俺が左腕差し出しただけでこんな綺麗な人の役に立てたんだ。
「……今回、この縁談は破談される事になるけど、また婚約の話が来るのかもしれないのよ? その時アナタは……」
「その時は足を支払います。その次は目、その次はまた右腕、それでもだめなら足を、部長が好きな人と結ばれるまで、部長のお父さんが諦めるまで、俺は何度だって───」
そこまで言い掛けた途端、俺の口は何かで塞がれた。
あれ? なんで部長の顔がこんな近くに……って
(えぇぇぇぇぇぇぇぇええええっ!?!?)
き、キスゥゥゥウウッ!? お、おおお俺、あのリアス=グレモリー先輩からキスされちゃってるぅぅぅぅっ!?
舌を絡めるようなディープなものではなかったが、部長の想いが伝わるには十分なほどのソフトなキスだった。
あまりの出来事に混乱する俺だったが、部長の柔らかい唇と紅髪の馨しい匂いが俺の思考を止める。
一分ほど唇を重ねたあと、部長の唇が離れていく。
そして、部長はふっと笑う。
少し哀しげ、だけど慈愛に満ちたいつもの微笑み。彼女のその笑顔に魅せられ、俺もまた笑う。
「私のファーストキス。日本では、女の子が大切にするものよね?」
「……へっ!?」
ファーストキス? ファーストキス! ファーストキスゥゥゥゥッ!?
心の底から驚いた! だって、それは女の子にとって最大級に大切な代物の一つでしょう!?
「アナタの覚悟に対して、私はこんなものでしか支払えない。ごめんなさいイッセー」
そう言って、部長は申し訳なさそうに顔を伏せた。
「そ、そんな事ないですよ!! 部長はこんな俺に女の子の大事な物を捧げてくれました! それだけで俺はもう!」
感無量。そこまで言い切ろうとした先、今度は部長の両手が俺の頬に触れる。
「なら、アナタも自分を卑下するような事を言わないの。アナタも木場や小猫、朱乃、アーシアと同じく、私の誇りで、大事な下僕なのだから」
そう言って微笑む部長に、俺は静かに頷いた。
「さぁ、帰ったらアナタのその腕に付いて色々考えなきゃね。イッセー、立てる?」
「あ、はい!」
先行く部長の背中を追うように俺もその後を追う。
……この時、俺は改めて誓った。
この人に付いていこう、この人の為に命を懸けよう。
俺は、リアス=グレモリーの……最強の兵士になるんだから。
◇
「む、うん?」
うっすらと開く目蓋。視界にボンヤリと入ってきたのは見慣れない天井。
何故自分は眠っている? ぼやけた思考の中でブロリーは自分が今ここにいる理由を考えていると。
「っ!」
レーティングゲームに参加していた所まで思い出すと、ブロリーはガバリと起き上がる。
すると。
「あ、目が覚めたのですね」
横からの声に振り返れば、傷だらけになりながらも微笑みを絶やさない朱乃がベッドに横付けされた椅子に座り込んでいた。
「──朱乃?」
「はい」
隣にニコニコ顔でいる人物の名を呟くと、その本人も返事を返す。
一瞬停止する思考。だが、すぐに頭に浮かぶ疑問にブロリーは衝動のまま朱乃に問い詰める。
「朱乃、レーティングゲームは?」
「ゲームは私達の勝ち。相手側の大将を討ち取ったのはイッセーくんらしいですわ」
「そう……か」
一番聞きたかった話も聞き、しかも勝利を得たという吉報にブロリーは安堵し、ベッドに座り込む。
だが、なんだか胸の奥の違和感が拭えない。
なんだと思い再び朱乃の方へ向くと、その原因が嫌という程知ることになる。
頬や腕に付いた切り傷。身体中至る所にある火傷の痕。
「朱乃……その、傷は?」
まさか、そう思いながら恐る恐る訊ねるブロリー。すると朱乃は困ったように苦笑し。
「あぁ、これですか? ちょっと向こうの女王にやられてしまいまして……お恥ずかしい限りですわ」
「っ!」
ドクン。と、胸の奥で鼓動が跳ね、嫌な気持ちが胸を締め付ける。
『なら、俺がお前を守る。朱乃を、皆を、俺が守る』
……嘘吐き。
遠くで誰かがそう言った気がした。
守れなかった。約束を、自分から言い出したあの約束を。
震えていた彼女に誓ったあの約束を、一方的に破ってしまった。
……遠くから一誠達の声が聞こえる。
きっと、勝ったという報告を伝えに来るのだろう。
「……朱乃、俺は」
皆が来る前に、せめて朱乃だけにでも謝っておこう。
背を向け、扉の方へ足を進める彼女に声をかけようとした。
「今回のゲーム、私、色々思い知りました」
「え?」
「短慮な自分、そして油断に慢心していた自分。このままではリアスの女王としての名に泥を塗ってしまいますわ」
だから、強くなろうと思う。
そういう意味を込めて微笑む朱乃の表情は、傷だらけなのにとても輝いて見えた。
「チワーッス! ブロリーさん! 勝ちましたよ!」
「イッセーくん、ここも一応医務室なんだから、静かにしようよ」
「……非常識」
扉が開くと同時に流れ込んでくる一誠達。
途端に賑やかになる医務室。目をパチクリとさせるブロリーに再び朱乃が寄り添ってくる。
「朱乃、待たせたわね。アーシア、お願いね」
「はい! それでは朱乃お姉様、失礼致します」
「あらあら、それじゃあおねがいするわね」
治癒能力を全開で発揮するアーシアの神器。
淡い光に包まれ、瞬く間に傷を塞がっていく朱乃を横に。
「いやぁ、ブロリーさんにも見せたかったなぁ! 俺の華麗にして苛烈な一撃! あの焼き鳥野郎にお見舞いした時の爽快感は凄かったなぁ!」
「イッセーくん、その話するのもう五回目だよ?」
「……正直、鬱陶しいです」
賑やかな、だけど心地良い喧騒。
ワイワイと騒ぐ一誠達を見て、人知れずブロリーは決意した。
強くなろう。朱乃のように、一誠達のように。
未だに戻る気配のない失った記憶。ならばいっそ、今はその事を忘れよう。
定かでない過去を模索するより、これからの自分を考えよう。
あの日、朱乃の前で誓った約束を守れる程度の強さになるまで。
記憶の事で考えるのは、その後にしよう。
「……朱乃」
「はい?」
「今回、約束守れなかったが、……いつか、必ず」
「……はい!」
皆に聞こえないよう、静かに交わす二度目の誓い。
初めて感じた悔しさ、そして目標を得て、ブロリーはベッドから立ち上がり。
「……帰ろうか」
なんだか、その一言がヤケにくすぐったく聞こえた。
やはり、イッセー君にはリアス先輩がベストだと思う自分がいる。