夢を、夢を見ていた。
消え行く世界で、滅びに向かう星の中で。
“そうかな? やってみねぇと分かんねぇ!!”
“おぉぉぉぉぉぉっ!!”
“許さねぇぇぇっ!!”
俺は───
「──と、以上でこの消火器についての説明は終わりよ。何か質問はある?」
「ない……です」
今日もいつも通りに生徒会から依頼や用務員としての仕事も一通り片付けたブロリーは、生徒会長のソーナから消火器の使用についてレクチャーを受けていた。
学校の廊下を歩いていると時折見かける赤い物体、それが何なのか今日まで分からずブロリーの頭を悩ませていた。
「それにしても迂闊だったわ。アナタの記憶喪失は知識から思い出とその全てを失っているというのに、私はそれに気付かないで……ごめんなさいね」
「別にいい、ソーナも色々忙しそうだったから」
「そう言ってくれると助かるわ。……それじゃ、また明日も頼むわね」
互いに軽く挨拶を交わすと、ソーナは踵を返して用務員室を後にする。
残されたブロリーは目の前の物体を隣に置いて、背もたれに寄りかかりながら天井を見上げる。
……未だ失った記憶が蘇った節はない。
いや、一つ思い当たる事があった。
昨夜、夢で見た不思議な光景。
草木もなく、死んだ世界の中で相対している二人。
目の前にいるのは──炎。
金色で、眩しい位に輝く黄金の炎。
金色の逆立った髪と碧の双眸。
その姿はまるで……。
「うっ、く……またか」
その先を思い出そうとすると、頭の奥が酷く痛む。
どんなに思い出そうとしても、この痛みがそうさせまいと邪魔をしてくる。
まるで思い出すのを拒むように。
ともあれ、このままでは埒があかない。
痛みがあるのならアーシアの神器で治して貰おう。
……何だか彼女を便利な道具扱いをしているようで気が引けるが。
せめて事情を話して納得して貰おう。
時刻は既に放課後、ブロリーはオカルト研究部のある旧校舎へと足を向けた。
◇
俺こと兵藤一誠は、昨日の夜からあまりの事態に頭が混乱していた。
昨夜、悪魔の仕事もあり遅くに帰ってきた俺とアーシアは明日も早く寝ようと寝巻きに着替えた時。
シャワーを浴びていたアーシアを待っていると、我らが主、リアス=グレモリー様が部屋に現れるやいなや。
「イッセー、私を抱きなさい」
えぇ、もう頭が沸騰して爆発しかけましたよ。
俺をベッドの上に押し倒し、肢体を露わにする部長に鼻血はナイアガラの滝の如く流れ出てしまい。
もうね。我が主は私(わたくし)を出血多量で殺す気か!? なんて思ったりもして。
しかも、部長は俺に全裸を晒すだけではあきたらず、なんと胸を! おっぱいを!! O☆CHI☆CHI!! を揉ませてくれたのだ。
あの時の感触を俺は永久に忘れない。
と、その後は部長の処女を散らす事はなく、グレモリー家のメイドであるグレイフィアさんの乱入があり、その場はそれで解散となった。
今にして思えば俺は滅茶苦茶惜しい事をしたのでは?
いや、これ以上考えるのはよそう。悔しさに発狂してしまいそうだ。
問題は目の前のこの状況だ。学校の授業も一通り終わり、いつものように部室に来たのたが、部室の空気はいつもより重苦しい感じだった。
俺とアーシアはそんな空気に戸惑いつつも、既に来ていた木場や小猫ちゃん、朱乃さんと挨拶を交わしソファーに座る。
昨夜の事について部長に訊ねようとした直後、銀髪のメイドことグレイフィアさんが音もなく現れ。
それと同時に部室からグレモリー眷属のものとは違う絵柄の魔方陣が現れ。
部長の婚約者と名乗るホストかぶれの男が現れたのだ。
男は矢鱈高飛車で、俺の事は歯牙にもかけていない。
グレイフィアさんが言うにはこの男はライザー=フェニックスと名乗る純血の上級悪魔で、今はもう数少ない72柱という名家の次期当主だそうな。
先の大戦で純血の悪魔が少なくなったこのご時世、このホスト野郎と部長の婚約はそれ込みの色々複雑な事情だという。
古いしきたりか。俺の意見でどうこうって訳にもいかないんだろうな。
……俺は部長の決定に従う。勿論、部長の本心を聞いた上で。
「私は家を潰さないわ。婿養子だって迎え入れるつもりよ」
部長の言葉を聞いてライザーは満面の笑みを浮かべる。
「おおっ、さすがリアス! じゃあ、早速俺と──」
「でも、アナタとは結婚しないわ、ライザー。私は私が良いと思った者と結婚する。古い家柄の悪魔にだってそれぐらいの権利はあるわ」
ライザーの言葉を遮り、部長はハッキリと言った。
か、かっけぇ! 流石俺の主様!
部長の凜とした言動に俺は勿論、隣にいるアーシアまで目を輝かせている。
しかし、言われた方のライザーは途端に機嫌を悪くして目元は細まり、舌打ちまでしやがった。
「……俺もな、リアス。フェニックス家の看板背負った悪魔なんだよ。この名前に泥を掛けられる訳にもいかないんだ。こんな狭くてボロい人間界の建物なんかに来たくはなかったしな。というか、俺は人間界があまり好きじゃない。この世界の炎と風は汚い。炎と風を司る悪魔としては、耐え難いんだよ!」
ボワッ!
ライザーの周囲を炎が駆け巡る。チリチリと火の粉が室内に舞った。
「俺はキミの下僕を全部燃やし尽くしてでも冥界に連れ帰るぞ」
殺意と敵意が炎と共に室内全体に広がる。
ライザーが全身から放つプレッシャーが俺を、いや、俺達を襲った。
背中に冷たいものが走り体中の毛穴がざわつく。上級悪魔の壮絶な敵意に俺は体中震えていた。
怖くなったのか、アーシアが震えながら俺の腕に抱き付いてきた。
アーシアを怖がらせないよう、俺は精一杯の見栄を張ってアーシアの前に立つ。
木場と小猫ちゃんは震えてはいないが、臨戦態勢に入ってもおかしくない空気を作り出している。
朱乃さんも普段の笑顔を消して、目を細めながらライザーを睨みつけている。
部長はライザーと対峙し、紅い魔力のオーラを薄く発し始めている。
ライザーも体に炎を纏い、その背中に炎を集める。その姿はまさに不死鳥と呼ばれるに相応しい姿だった。
部長もライザーに合わせ、本格的に魔力を纏い始める。
一触即発。今にも戦闘が始まりそうな空気にグレイフィアさんが立ち上がった。
──瞬間。
突然、部室の扉が開かれ。
バシュゥゥゥゥッ!
「な、何だこれヴぁ!?」
白い煙がライザーを襲った。
あまりの出来事にアーシア、部長、朱乃さん、木場に小猫ちゃんにグレイフィアさんまでもがポカンと口を開けて呆然としていた。
そして、俺も驚愕に目を見開きながら、扉の方へ見ると。
「皆、大丈夫か?」
そこには消火器を持ったブロリーさんが、清々しいまでのドヤ顔で部室に入ってきた。
……ブロリーさん、アンタって本当。
予測不可能ですわ。
◇
部室が燃えている。
オカルト研究部の前で扉越しから感じ取れる熱にそう察したブロリーは、都合良く廊下の壁に設置されていた消火器に手を伸ばし、ソーナの指示通りに手を動かした。
ノズル部分に手を添えて扉を開くと同時に火の元へ向けて一気に噴射する。
白い粉状の霧が炎に向けて放つ。何だか聞き慣れない男の叫び声が聞こえてくるが、構わずブロリーは消化液の放出を続けた。
そして火が消えていくの確認すると、ブロリーは後ろにいるだろうオカ研メンバーに振り返る。
「皆、大丈夫か?」
「え、えーと……」
「だ、大丈夫です。怪我はありません」
返ってきたのは微妙に苦笑を浮かべたアーシアと戸惑う一誠の割り切らない返事だった。
というか、何だか冷めた空気を感じるのは気のせいなのだろうか?
朱乃は相変わらず「アラアラウフフ」と笑みを浮かべるだけだし、なんだか見慣れない銀髪の女性も訝しげに此方を見ている。
取り敢えず初対面であろう銀髪の女性には軽く頭を下げて会釈する。
するとそれに合わせて女性の方も丁寧に頭を下げて挨拶を交わしてくる。
何だか良い人そうだ。そんな事を考えていると。
「貴様ぁぁぁぁっ! 一体なんのつもりだぁぁぁっ!?」
赤スーツを着込んだ男──ライザー=フェニックスが、白い泡にまみれて酷く憤慨していた。
「…………?」
「貴様だ貴様! 貴様に言ってるんだ!」
一体誰に言っているんだろうと、辺りを見渡すブロリーにライザーの鋭いツッコミが炸裂する。
一体何をそんなに怒っているのだろう? 本気でそう思うブロリーは取り敢えず自分のした事を正直に答える。
「部屋が燃えてると思ったから、火事になる前に消化しようと……」
「ぬぐっ!」
正論である。ブロリーは部屋が燃えており火事になる前に消し止めておこうと自分なりに考え、行動したに過ぎない。
冥界ではどうかは知らないが、少なくとも人間界に於けるブロリーの行動は決して咎められる事ではない。
自分は不味い事をしたのか? 混乱するブロリーに朱乃はにこやかに微笑みながら近付き。
「ブロリーさん。お気になさらないで下さい。アナタの今の行いは間違ってはいませんよ」
「そ、そうか?」
朱乃に言われ、ホッと安堵するブロリー。
「リアスお嬢様。まさかそちらの方が例の……」
「えぇ、そうよ。彼がお父様とお兄様に報告した記憶をなくした男、ブロリーよ。ブロリー、こちらはグレイフィアで私の家に仕えるメイド長よ」
「ブロリー……です」
「グレイフィアです。記憶を失い、何かと大変でしょうが、頑張って下さい」
慣れないブロリーの敬語を気にする素振りも見せず、淡々と社交辞令の挨拶を返してくれるグレイフィア。
目の前の礼儀正しい従者の女性にブロリーもこの人とは良い人付き合いが出来そうだなと、なんとなく確信していた。
そんな時、和やかな空気になりつつある部室で、ライザーは咳払いをして異議を唱えた。
「ん、んん! 話を戻すぞリアス。俺もフェニックスの名を語る以上引く訳にもいかん。先程言ったのは本気だぞ」
そう言って再びライザーから炎が吹き荒れ、部室を熱気に満たしていく。
炎と共に充満する殺気、並みの相手でははれだけで尻込みするだろう。
現に、リアスの眷属達の面々はアーシアを除き、臨戦態勢に入っている。
ただ、ブロリーはそんな殺気を醸し出すライザーの前に立ち。
「…………」
カチャリ
消火器の噴射口を無言でライザーに向けた。
「な、何だ貴様は? それをこっちに向けるな!」
どうやら先程の消火器の一撃がある意味で利いていたらしく、無言で突きつけてくるブロリーにライザーは少しばかり戸惑っていた。
「大体、これは貴様には関係のない話だ! 記憶喪失だがなんだか知らないが出しゃばるんじゃない!」
「そうよ。ブロリー。これはアナタには関係のない事なの。悪いことは言わないわ。ここは引いてちょうだい」
ライザーの言葉に意外にもリアスも肯定した。
確かに、これは悪魔同士の問題であり、ブロリーには全く以て関係のない話。
事情は疎か話の内容すら把握していないブロリーに、この場で異議を唱える資格はないのだ。
しかし。
「……関係なら、ある」
「なにぃ?」
ブロリーの一言が予想外のものだったのか、ライザーの眉が一瞬跳ね上がる。
「俺は朱乃に命を救って貰い、その主であるリアスはここでの居場所を与えてくれた」
死にかけだった自分が今、こうして生きていられるのは朱乃のおかげ。
記憶を失い、行く所のない自分に居場所をくれたのはリアス。
その片方が事情はどうあれ困っているのであれば、助けに入る。
……つまり、ブロリーはライザーにこう言ったのだ。
“リアスもモノにしたければこの俺を倒してからにしろ”と。
ブロリーの無自覚な挑発に木場は口笛を鳴らし、小猫はうんうんと頷き。
朱乃はウフフと笑みを零してアーシアはオロオロとしている。
「さっすがブロリーさん! 俺達に出来ない事を平然とやってくれる! そこに痺れる憧れるぅ!!」
一誠も自分には言えない事を平然とくちにするブロリーに嫉妬や劣等感を感じるよりも、憧れを抱いていた。
ブロリーを中心に和気藹々となる室内。
しかし。
「ふざけるなよ人間風情がぁぁぁっ!!」
憤怒の怒りによって燃え広がるライザーの炎が、部室を埋め尽くした。
「いいだろう。恐れを知らぬ愚か者よ。我が不死鳥の業火にて望み通り塵も残さず消してくれる!!」
炎がライザーの背中に集まり、先程よりも大きな翼を作り上げる。
ライザーの……いや、フェニックスの怒りに触れた事により、その威圧感に一誠とアーシアは怯え、震えていた。
木場と小猫も臨戦……いや、戦闘体勢に入っている。
朱乃、リアスの両名もそれぞれ金色と紅色の魔力を纏い、すぐに打って出れるようにしている。
再び訪れる一触即発の空気に皆が戦える準備を整える中、ブロリーは特に構えらしい構えも見せず、ただライザーを見つめるだけだった。
そして、ライザーがブロリーに殴りつけようと……。
「そこまで!」
──する前に、グレイフィアの鶴の一声により、その場の空気が一気に離散する。
覇気の籠もった彼女の声にライザーは額から汗を流し、リアスは目を見開いて驚きを顕わにしていた。
「ライザー様、落ち着いて下さい。ブロリー様も無用な挑発はお控え願います」
「……ごめんなさい……です」
メッと、子供は叱りつけるようなグレイフィアの口振りにブロリーはいまいち状況が分かっていないが、取り敢えず謝罪する。
「素直で大変結構です」
そんなブロリーの素直な態度にグレイフィアはそれ以上なにも言わず、今度はライザーに向き直り。
「ライザー様も、フェニックス家の次期当主であらせられるのなら、それ相応の振る舞いをすべきかと思います。今のは流石に上級悪魔としての品性が欠けておりましたので……」
「い、いや。確かに私も少し拙かったと反省している」
しどろもどろになりながらも自分の非を認めるライザー。
グレイフィアの笑顔から発せられる威圧感にライザーは勿論、向けられていない筈のリアスや一誠達も震え上がっていた。
炎を消し、髪を掻き上げながらブツブツと文句を口にしているライザー。
ブロリーの方は一旦後ろに下がり、ひとまず大人しくしていろとリアスに告げられる。
言われるがままに後ろのソファーに座るブロリー。
その後、結婚しろ、しない、と、交わらない平行線の話が続き。
「このお菓子……食べていいか?」
「あらあら、ブロリーさんてばもうお腹が空きましたの?」
「いやもう、ホントフリーダムだなアンタ!」
小腹が空き、テーブルの上の皿に並べられているお菓子に手を伸ばそうとした時。
「……致し方ありません。では、最後の手段を取らせて頂きます」
終わらない平行線の話し合いに、咳払いをする事で中断させたグレイフィアは、リアスに向き直り。
「お嬢様、ご自分の意志を押し通すのであれば、ライザー様と『レーティングゲーム』にて決着をつけるのはいかがでしょうか?」
瞬間、部室が驚きに包まれる一方で。
「? レーシングゲーム?」
「いや、カーレースじゃないんだから」
ブロリーへのツッコミに板がついてきた一誠だった。
段々話が短くなってきて物足りなくなってきているかも。