悪魔より悪魔らしい……だがサイヤ人だ   作:アゴン

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prologue life

 広大に広がる宇宙。無限に、そして永遠に膨張し続けるこの空間に、ポツリと一つの小型宇宙船が漂流していた。

 

「カカロット……カカ…ロッ……ト」

 

小型宇宙船の中にいるのは一人の男。全身から夥しい量の血が流れ、船内は鮮血に染め上げられている。

 

明らかに致死量、下手をしなくても間違い無くショック死をする程の怪我。

 

なのに、男の狂気に歪んだ白き目は不気味な輝きを宿したままだった。

 

「カカロット、カカロッ……ト」

 

何度も何度も、名前らしき言葉を口にする。

 

意識が消える。知識が失う。記憶が溶けていく。

 

流れる血と共に、男の躯からは男に関する全てが流れ出て行こうとしていた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

たが、男の狂気が、怒りが、それを由としなかった。

 

荒ぶる闘氣が叫びとなり、慟哭に変質し、遂には雄叫びへと変貌していく。

 

記憶なんていらない。名前なんて必要ない。虫けらにも劣る知識なんてくれてやる。

 

だがこれだけは、これだけは譲れない。渡せない。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

男は叫び続けた。痛みなどとうに感覚と共に消え失せている。

 

腕の感覚がない。

 

だからどうした?

 

吐き気がする。

 

だからなんだ?

 

頭が割れそうだ。

 

知った事か!

 

相反する野生と理性、だが、本能の塊である男にはそんなものは必要ない。

 

これまでの生は男にとっては剰りにも虚しいものだった。同族や唯一の肉親にも疎まれ、蔑まれ、利用され、捨てられ……。

 

だが、そんなものは最早どうでも良かった。

 

出会ったのだ。奴と。

 

死ねない。死ぬわけにはいかない。奴を倒す為、自分が自分である為に、男は死ぬわけにはいかなかった。

 

 ────やがて、宇宙にまで響いていた男の叫びは時間的と共に掠れ、それに比例して男の命も縮み始めていた。

 

視界が黒に覆われ、意識もなくなり掛けた………その時だった。

 

『生きたい?』

 

どこからともなく声が聞こえてきた。

 

外からではなく、頭に直接語りかけてくる声。

 

一体どこから話し掛けてくるのか、辺りを見渡そうにも体が動かない。

 

しかし、変化はあった。今まで黒かった宇宙がいつの間にか赤に染まっていたのだ。

 

───いや、宇宙が赤くなったのではない。この宇宙船を囲うように赤い何かが現れたのだ。

 

『生きたい?』

 

再び頭に響いてくる声。生きたいのか? そんな生殺与奪を握っているかのような台詞に男は……。

 

「─────」

 

『……分かった。いってらっしゃい』

 

声は既に最後の力で放たれた雄叫びのお陰で喉を灼き、言葉など発せられる事はない。

 

届くはずがない。しかし、声の主は暖かい口調で分かったと告げた。

 

『……見つかるといいね』

 

理性、野生、本能、それら全てを失い底に残され小さな欠片。

 

男に唯一残された欠片を、声の主に聞き届いたのだ。

 

『いってらっしゃい。孤独の悪魔さん』

 

その言葉を最後に、男を乗せた宇宙船は眩い光を放つと同時に“世界”から消えた。

 

残されたのは静寂な宇宙。その中で一頭の赤い龍は暖かい眼差しで消えていった男の願いを反芻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、これで境内の掃除は一通り終わりましたね」

 

 とある街にある神社。そこの境内に竹箒を使って落ち葉や小さなゴミ掃除に精を出す一人の巫女がいた。

 

可憐にして清楚、ある学校においては二大お姉さまと称され、事実、その美貌は確かなものである。

 

額に流れる汗を拭い、掃除の完了を告げて巫女は空を仰ぎ見ると。

 

「……あら?」

 

ふと、空に黒点らしきものが見えた。なんだろう? と、目を凝らしていると……。

 

 

チュドオォォォォォォンッ!!

 

 

小さかった黒点は見る見る内に輪郭を帯び始め、丸い物体と認識した直後、ソレは境内に突き刺さる。

 

その衝撃に折角集めた落ち葉は吹き飛び、境内の中心には大きなクレーターが出来上がっている。

 

「……あらあら」

 

目の前の変わり果てた境内に、巫女は目を丸くさせながら呑気に間の延びた声を漏らす。というか、それ以外言葉が出なかった。

 

突如として飛来した謎の物体。クレーターの中心に佇む球体の物体に視線が釘付けになっていると。

 

 

プシュゥィィィ……ン。

 

 

上気する煙と共に開かれる扉、そこから現れたモノに巫女は更に目を見開かせる。

 

「あらあらまぁまぁ!」

 

物体から投げ出される様に現れたのは一人の男。全身が血塗れで流れる血は明らかに致死量だ。

 

一瞬死体かと思う巫女だが、倒れる男に駆け寄って見ると。

 

「……まだ生きてる。信じられない生命力ね」

 

胸が僅かに上下に動き、小さく呼吸をしている。並外れた生命力を持つ男に巫女は肩を担ぎ。

 

「しっかりしてください。まだ死ぬのは早いですわ」

 

事情を知るのは兎も角、巫女は死に掛けの男を助ける事に尽力するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……うん?」

 

 何だろう。何だか体が怠い。

 

目を開けると、視界に入ったのは木で出来た天井だった。

 

「こ……こは?」

 

男は辺りを見渡し、自分が今どんな状況に陥っているのか把握する。

 

しかし、どれを見ても分からない。上下左右、どこを向いても自分の分からないものだらけだ。

 

訳が分からない。一体何がどうなっているんだと、男は腕を組んで考え込むと。

 

「ぐっ!?」

 

全身に言い喩えのない痛みが襲いかかってくる。痛い。全身が砕かれそうだ。

 

特に、腹部から背中にかけ熱された槍が貫かれたようだ。

 

激しい痛みに男が身悶えていると……。

 

「あらあら、いけませんよ。まだ起き上がっては……」

 

「?」

 

 襖の扉が開かれて現れたのは一人の巫女、長い黒髪はポニーテールに結ばれ、流れるその髪は芸術といっても過言ではない。

 

そして付け加えて巫女の体つきは女性にとって理想像とも呼べる肉付きをしていた。柔らかそうな肢体、巫女服からでも分かる豊満な乳房はとある男子生徒にとっては国宝とも呼べる代物。

 

正に美少女。道を歩けば誰もが振り向きそうな美少女が男の隣に座り込む。

 

「ここは……どこだ? お前は?」

 

「混乱するのは分かりますわ。ですが今はお休みになって下さい。私は姫島朱乃と申します。境内で死にかけだった貴方を見掛け、治療をさせて頂きました」

 

「死に……掛け?」

 

「覚えて……ないのですか?」

 

問い掛ける反面無理もない。と、朱乃は思う。あれだけ傷を負い、血を流したのだ。しかもここ3日間丸々眠っていたしショックで記憶が混濁しても不思議ではない。

 

しかし、男の状態は朱乃が予想していたよりも遥かに深刻だった。

 

「……分からない」

 

「え?」

 

「俺は……誰だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。魔の者がその動きを活発化し始める時間。神を祀る場所として機能している神社で朱乃はある人物に連絡を入れていた。

 

『そう、記憶が……』

 

「はい。しかも名前だけじゃなく、一般的な知識すらも失っているみたいで……」

 

『そう、分かったわ。詳しい事は明日学園で聞かせて貰うから、引き続き監視をお願いね』

 

「はい、部長」

 

『……くれぐれも、気を付けて』

 

携帯越しから聞こえてくる部長と呼ぶ者とのやり取りをした後、朱乃は後ろの襖を開け、布団に横になっているだろう男の姿を見る。

 

しかし、男の姿は何処にもなく、朱乃は部屋の中へと入り辺りを見渡す。

 

 縁側。クレーターとなった境内を見つめる男が其処にいた。

 

ホッと胸を撫で下ろし、朱乃は男の隣へと腰を下ろす。

 

「……眠れないんですか?」

 

「お前は……あけの?」

 

「はい。ふふふ、覚えてくれたんですね」

 

振り返ってきた虚ろな瞳。何の色も持たない空虚な黒に朱乃は肌寒いものを感じた。

 

悟られぬよう笑顔を振りまいてはいるが、朱乃はいつ襲われても対処出来るよう警戒している。

 

男の負っていた怪我は、それこそ死んでもおかしくはない代物だ。特に胸辺りの傷は背中にまで貫通していたのだ。

 

今更ながら思う。よくあの状態から生還できたものだと。

 

流した血は夥しく、下手をすれば即死。或いは出血多量によるショック死。

 

いずれにしても、男の死は避けられないものだった。

 

そんな状態から僅か3日、記憶を引き換えにとはいえたったその期間で全快に近い状態にまで回復している。

 

人間の回復力ではない。恐らくはこの男は記憶を失うまでは戦いを生業にしていた存在に違いない。

 

尋常ではない回復力と、引き締まった無駄のない肉体。彼を生まれながらの戦士と予想するには差ほど難しくはない。

 

“自分達”には敵が多い。この男だって自分達の天敵ではないとは言い切れない。

 

部長の言うとおり、朱乃は男に対して監視をするつもりだったのだが……。

 

(でも……なんだかほっとけないのよね)

 

 ボンヤリと空を見上げる男、その瞳には何も映らず。ただ黒があるだけ。

 

自分の様な赤みを帯びた色ではなく、全てを呑み込み漆黒の色。

 

感情も、何もかも男の瞳には映ってはいない。

 

まるで迷子になった事すら気付いていない子供のよう。

 

「あの、もし良かったら明日出掛けませんか?」

 

気が付けば、いつの間にか男に対して誘いを掛ける自分がいた。

 

「?」

 

何を言われたのか、その意味が分かっていない風に男は首を傾げる。

 

「明日は日曜ですし、貴方の日用品も揃えなきゃいけないし、記憶の手掛かりを探すついでに色々買っちゃいましょう!」

 

「……いいのか?」

 

「これも何かの縁ですから」

 

 ニコニコと微笑む朱乃に対し、男は顔を俯かせ……。

 

「……済まない」

 

一言、世話になりっぱなしの朱乃に謝罪をする。

 

だが、それは彼女が望んだ答えではなく、朱乃は男の顔を自分の顔に寄せる。

 

その顔にはちょっとした怒りが含まれていた。

 

「もう、そこは謝る所じゃないですよ?」

 

「?」

 

「ここは、ありがとうという場面ですよ」

 

「あり……がとう?」

 

「はい、良くできました」

 

 目をパチクリと見開いている男に朱乃は満足し、再び微笑みを浮かべる。

 

「では、明日を楽しみにしておりますわ」

 

それだけを言うと、朱乃は縁側から立ち上がり、男から去っていった。

 

残された男はやはり良く分からないといった様子で満天の星空を見上げる。

 

空に浮かぶ三日月がイヤに眩しく見えた。

 

 




とりあえず、最初は以前と変わらず。

後々細かい所を修正していくつもりですので、ご指摘の程、宜しくお願いします。

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