てんこうぐらし!~SCHOOL LIVE! IF STORY~ 作:委員長@バカ犬
酷い鬱展開が待っています。覚悟して読んでください。
水奈はもう見えなくなった。全力で走ったのだから追いつけるはずがない。
帰り道は、何かがおかしかった。
あちらこちらで交通事故が多発してるように見えるし、たくさんの人が逃げ惑っていた。
一体何から…?その疑問はすぐに解消された。
「…どういうことや…あれ…」
人が、人を食べていた。いや、人の皮を被った何かが…食らっていた。
食らっている人のようなものはよく見ると全身が血まみれだった。生きてるのが不思議なレベルの傷を負っているように見える。
それでも、アイツは生きている。
そして、食われた人間の方も、しばらく痙攣したかと思うと、むくりと起き上がった。アイツの仲間入りを果たしたように…。
弥涼はこの事態がいまだに理解できない。ただ、心の奥底から「怖い」という気持ちだけが溢れ出てくる。
「…!オカン…!無事でおってくれよ…!!」
ハッと母の顔が脳裏をかすめる。帰らなきゃいけない。こんな状況で母をひとりにしておいてはいけない。助けてあげなきゃ…!
弥涼は袋に入れていた木刀を取り出し、一目散に走った。
自宅に近付けば近付くほど、地獄絵図は深刻化していってるように見えた。生存者もかなり減ってきている。
「あいつら」に囲まれ、なすすべなく悲鳴を上げながら食われる人々が見える。
どんどんどんどん心臓の鼓動が早くなっていく。
あのメールの文面、スマホから聞こえた不快な音…もう母はダメかもしれない。そう思ってしまう。
「違う…!!オカンは大丈夫や…大丈夫や…ッ!!!」
自分にそう言い聞かせる。きっと無事に違いない。何の根拠もないが、そう思わなければ弥涼の心は折れてしまいそうだった。
ーーーそして、家についた。ワンルームのアパートの一階。部屋は狭いが、それでも母との二人暮らしだから支障はなかった。大好きな母と一時も離れずに暮らしていけたから。
「はぁ…はぁ…」
何があってもいいように、木刀は構えたまま玄関に立つ。
鍵は開いていた。ドアノブには血の痕がびっしりあった。だが、そんなものは気にしなかった。
「オカン…!ただいま!!」
ドアを勢いよく開く。まだ昼間だと言うのに、窓の少ないワンルームの部屋は少し暗く感じた。
…いた。母がいた。部屋の真ん中でうつ伏せに倒れており、血溜まりが出来ていた。
「…!?オカンッッ!!しっかりせぇや!!」
肌も青白い。既に息もなかった。しかし、そんなことを受け入れたくない。弥涼はしきりに動かない母の身体を揺さぶる。
救命措置も行おうと思ったが、あまりにもひどい傷口を見ると我に帰ってしまった。
もうあの笑顔を二度と見れない、もう怒った顔も二度と見れない。
「…なんでや…なんでオカンまで殺されなアカンねん…!!」
ぽたぽたと涙が零れる。泣かずにはいられなかった。
そして、一つの決意が固まる。
「あのバケモン共…殺したる……!!」
涙と怒りの感情で酷く表情が歪む。許せない、許せない…。
木刀を握りしめ、再び玄関まで歩いていく。
「あ…すず…ちゃん?」
「…み…な…?」
息も絶え絶えな水奈がきていた。
「すずちゃん…お母さんは…?」
水奈もだいたいわかっていた。でも聞かなきゃいけないと思った。
「…うっ…うぅ…ッ!!オカンが…オカンがぁ…ッッ!!」
水奈の優しい口調が弥涼の心を貫く。一目散に水奈に抱きつき、泣き崩れた。
「すずちゃん……うぅ……」
つられて水奈も涙が零れる。
いけないと思い、涙を右手で拭った時だった。
口を大きく開いた弥涼の母が、起き上がり、こちらへ歩いてきているのが見えた。
一瞬で水奈の表情が凍り付く。
弥涼はまだ泣き崩れたままだ。背後の母親には気付いていない。
「…ッ!?すずちゃん、危ない!!」
咄嗟に弥涼と立場を変える。
制服越しに、肩に噛みつかれた。
「うぁっ……ッ!?」
「…水奈…?」
その様子に弥涼もようやく気付いた。
さっきまで確かに死んでいたはずの母が起きており、水奈に噛みついたのだ。
いや、弥涼を噛もうとしたがそれを水奈が…庇った。
「すずちゃん…はやく逃げて…!」
「あ…あぁ…」
罪悪感と恐怖で動けなくなる。
「お願いすずちゃん…!!」
「い…嫌やッ!!そんなの嫌やッ!!」
木刀を構え、母を引きはがそうと突き飛ばす。
低くうなり声を上げた母は、下駄箱にもたれ込む。
「水奈も一緒や…!!」
「ダメだよすずちゃ…うわっ!?」
四の五の言ってられない。弥涼は自分よりも背の高い水奈を背負い、走り出した。
「お願いすずちゃん…!降ろして…!!」
「嫌や!絶対に嫌やッッ!!」
どこか諦めた様子の水奈と、脇目も振らずに走り続ける弥涼。
気付けば、かなり離れたところまで逃げ込んでいた。
「…もういいよすずちゃん……降ろして……」
「……わかった…」
いよいよ疲れ果て、弥涼も水奈を降ろす。
肩の傷口からは血が絶えず流れていた。塞がる気配はない……
「あのね……すずちゃん……私…見ちゃったんだ…」
「…何や…?」
「あれに噛まれるとね………お終いなんだって…」
「…どういうことやねん…もっとはっきり言ってや…!」
「…化け物に、なっちゃうんだって………」
「……ッ!?」
そう告げる水奈はこく一刻と衰弱していってるように見えた。
「だからね…すずちゃん……お願い…してもいい?」
「ええよ…ッ!何でも聞いたる…!!」
「じゃあ……その木刀で…私を…殺してくれる?」
「…!?何を言うんや…ッ!?」
何でも聞くとは言った。だが、殺してくれなどと頼まれれば、流石にうろたえてしまう。
「私も噛まれたから…もうダメなの……!
お願い…!私…すずちゃんを傷付けたくないよ………ッッ!!」
そう言う水奈は、泣いていた。死ぬのは怖いだろう。でも…それよりも弥涼を傷付けたくなかったのだ。
「…嫌ッ!嫌や…ッ!!」
両手が震える。殺したくなんかない。友達を手にかけるなんて…
「お願いすずちゃん…!!きて…ッ!!」
水奈は両手を開き、弥涼の木刀を受け入れようと構える。
「…なんで…なんでこんなことになるんや…ッッ!!」
昨日までは何も変わりなかった日常…何もかもが、今ここで終わってしまう。
「……う…うああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!!」
剣道で身につけた平常心も今や役にたたない。感情に身を任せ、弥涼は勢いよく水奈の顔面へ木刀を振り下ろした。
一度、二度、三度………。木刀の堅さでは一撃で楽にしてあげることは出来ない。
「早く……終われぇぇぇぇ!!!」
夢なら覚めてほしい。そう思いつつも四度目の一撃を加える。
酷く鈍い音と共に、操り人形の糸が切れたように水奈はその場へ崩れ落ちる。
その表情は…見なかった。見たくなかった。
「……ごめん……ごめんよ……ッッ!!」
…ただ、謝り続けることしか出来なかった。
以上で弥涼の過去編は終わりです。
次回からようやくプロローグに繋がっていきます。