『悪魔の実』という物に同一の能力は存在しない。上・下位互換の能力は存在するが、それは同一のものとは言えない。
なので自身が使用してきた『悪魔の実』の能力は客観的に体験出来るものでは無い。
だからこそ、俺は場違いにも感動していた。
世界の境界線から隔離された色褪せた世界と、強制的に同化・同調され『言霊』の通りに身動き一つ取れない身体。『動くな』との言葉通り、全く身体は動かない。まぁ話す事は出来るが。
話せるって事は『口は動いてるんだよな』って矛盾にも気付いてどこかおかしくもなる。
先程までカクに対して湧き上がっていた怒りは成りを潜め、自身の能力を受けて楽しさが込み上げてきていた。
逆にさっきまで俺へ殺意を向けていたはずのカクは現状に困惑しつつ動かない身体に苛立ちを募らせているようだ。
ゾロは二度目の隔離世界だからか、突然の襲来者が誰だか気付き、あの女の次の行動を待ち受けている。
「…お前、案外落ち着いてんだな。」
「ん?まぁ、自分が散々使ってきた能力だからね。それに…」
元々横に居たゾロは目線だけを俺へと向けて少し呆れたような声色で話し掛けてくる。俺は素っ気なく返事をしつつ身体全体を“武装色の覇気”で覆う。
「俺は動こうと思えば動けるし。」
なんて事無い、と一歩二歩と足を進めてゾロの前に立つと訝しげに眉を顰めるゾロに種を明かす。
「単純に“武装色の覇気”を纏って能力の影響を受けないようにしてるだけだよ。」
この能力は能力者本人が大気中に同化し、取り込まれた相対者の素肌を通じ“同化・同調”し自由を奪うというもの。
なので“武装色の覇気”で全身を覆い、能力者の“同化・同調”を遮れば良いだけの話だ。
“覇気”の存在を知った後、アラバスタでロードがこの能力を打破出来た理由を理解した。なので、それと同じことをやっただけだ。
「ふむ、感心感心。“学習”はしておるようだのぅ。」
元からその場に居たように俺の背後からその声が聞こえた瞬間、腰に下げていた刀を振り向き様に抜刀し一閃する。
覇気を纏わせていない刃だが確かにその胴を横に切り裂いた。…視認した限りでは、だ。
刀を持つ右手に伝わった感触は視認したものとは違った。視覚と触感覚の齟齬に一瞬脳が麻痺する。
刀はその女の胴をすり抜けた。若しくは、空を切った感覚と言う表現が正しいのだろうか。横凪ぎの一閃は何の抵抗も無く振り抜かれたのだから。
「『同化する能力』とは本来、こういう使い方をするのだ。お主の『同化』は大味過ぎる。」
見下すでも無く、嘲るでも無い微笑みを俺に向けて、ロロノア・リィナと同じ顔をした女は優雅にただそこに佇んでいた。
※ ※ ※ ※
「マジウケる!」
そう言って淡い水色のドレスが汚れる事も考えずに笑い転げる女を直視出来ずに、俺は天を仰ぎ右手を額に当てて思わず呟いた。
「……どうしてこうなった。」
先程までの緊迫感ある空気をぶち壊した女の登場からを思い返して深い…本当に深い溜め息を吐く。
俺の振り向き様の一閃を能力で無効化した直後、女はゾロとカクの記憶を一部改竄し現実世界へ戻した。
記憶の一部を能力によって切り離し、消失させているらしいので改竄と言うのは違うかもしれないが、名目上は改竄で良いだろう。
これでカクはメリー号の査定結果を伝えた時点まで、ゾロはメリー号の査定結果を聞いた時点までの状態に記憶が戻っているらしい。
ついでに、俺は査定の場には居合わせなかったように記憶の改竄を行ったそうだ。
そして、隔離世界に俺と女の二人だけになった事で俺は焦りを感じていた。この女は俺だけを隔離世界に残して何をする気なのかという焦燥感だ。
この隔離世界へ俺を閉じ込める気なのか、それとも命を奪う気か。
戦闘になるのならまだ良い。互いに覇気は使えるだろうが、悪魔の実の能力が無い俺はかなり分が悪い。勝てるかは分からないがただで負けてやる気は無い。最悪、刺し違えてでも全力で殺しに掛かるつもりでいる。
だが、隔離世界に俺だけを閉じ込めるつもりでいると言うのなら話は別だ。この世界に閉じ込められると自力で脱出出来る確信は無い。『悪魔の実』の能力なのだから“武装色の覇気”で打破出来る可能性はあるが、出たとこ勝負は避けたい。
最悪を想定するのなら、隔離世界に閉じ込められて脱出出来ずに餓死ってところだろうか。
どうする、何か手は無いかと思案しつつ女の動向に注意して警戒を深める。そんな時だった。
「…掛け持ちしてる奴の査定じゃ信じられねぇッつってんだよ!!」
なぜかキリッとした表情で俺を見ながら言い放った。
俺がカクに向けて言った言葉だが、なぜそれを突然言い放ったのか分からない俺は呆然とするしかない。
「キミ、私だった時はもっと冷静で理論的だったはずじゃん?チョーウケるんですけど!」
「……はぁ?!」
なんだこの女…さっきまでとは雰囲気がガラリと変わり、妙に馴れ馴れしくて戸惑うしか出来ない。
「本職呼んでこい!キリッ!!…だって!」
再び俺がカクへ放った言葉を真似て笑い出す。しかも、腹を抱えて笑ったかと思うと今度は地べたを転げ回っている。
なんだこれ…どうしてこうなった。
天を仰ぎ、無意識に右手を額に当てると思考が声に出ていた。
※ ※ ※ ※
「あぁ~、笑った笑った!
…コホン!妾の名はヘクァト・L・メレフィア。世間ではロロノア・リィナだという事になっておるがな。メレフィアで構わんぞ。」
なんだコイツ…今更取り繕っても遅いだろ。っていうか、ちゃんと名前があるんだな。いきなり名前呼びは敷居が高いわ!
「いや、ホントに意味分かんないんだけど…『妾の~』とか『お主の~』とか高飛車な言動と、『チョーウケる』とか『~じゃん』のどっちが素なんだよ?」
そう問い掛けるとメレフィアは再び態度をガラリと変えて呆れた様に息を吐いた。
「あぁ、そーいえばキミって細かい事気にするタイプだったね。
えっとね、私は元王族だからさ。人前ではそれなりの威厳を保たなきゃいけない訳よ。ドリちゃん…あ、ドリフトね?あいつとはその頃からの知り合いだから素で話そうとしたら口うるさくてさ。だから基本的には威厳のある言動を保つ様にしてるって訳。
…その点キミは二年間の記憶を共有してるから、私的には初対面じゃないし気楽で良いかな~って!」
俺が死にかけた時の第一声は超上から目線の発言だったはずですがね?しかも、見た目15、6才の少女に“ちゃん”付けされる
ん?!王族の頃からの知り合い?二年前よりももっと以前の話だろうから、幼い頃からの知り合いって事だよな。でも、『元』王族が
それに、ドリフトさんの態度はロロノア・リィナに対して初対面の対応をしていたはずだ。そこに嘘や動揺は無かった様に見えたけど…
「因みに『ヘクァト』が
“えっへん”なんて擬音を直接言葉にする人って居るんだ……
「あ、因みにこの身体は正真正銘私のだから返せないからね。女の子って色々不便だから代わってあげたいのは山々なんだけど残念ですが無理!そうそう、キミが考えてた『転生ではなく憑依ではないか説』は大正解っ☆だから、新しい身体をプレゼントしました~♪
それから、能力については詳しく教える事は出来ませ~ん!なぜなら、まだ時期じゃないから。たぶんあと二年後くらいかな~。
今教えて良いのは、私が元々持ってた『万物と同化する能力』とキミの『とある能力』は融合しちゃってるから分離は不可能って事くらい!ま、能力は諦めて下さ~い!!オッケー?」
「……いや、ホントちょっと待って。理解が追い付かない。俺が憑依してたって言うけど、そもそも何で憑依しちゃったんだよ?それに能力が融合してるって、なんで融合すんだよ?」
本当に理解が追い付かないしツッコミも追い付かない。
まだだ、まだ慌てるような時間じゃ無い。先ずは素数を数えて落ち着くんだ。
1、3、5、7、9、11……って、これ奇数じゃねぇか!これ前にもやったよ!!
「憑依しちゃったのはホントに偶然。じゃなければ、キミのいた世界の神様のイタズラかなぁ?
能力はねぇ…ま、しちゃったものはしょーが無いって!ドンマイ!」
「……意味分かんねぇよ。」
俺は堪らず地面に蹲り頭を抱える。…あ、これあれだ。俺が事ある毎に事情説明した時のナミさんがよくやってた体勢だ。今更ナミさんの苦労に気付いた。御免なさいお姉ちゃん。
俺がそうしていると、メレフィアはアハハと申し訳なさそうに空笑いして、コホンと一つ咳払いをしてからおどけた口調を改めて語り始めた。
「私はこの二年間キミの中で共に在ったけど、キミにはキミの二年間しか記憶が無い。だけど、私はキミの二年間の記憶を共有してる。だから、キミが見て聞いて感じた事は全て私は知ってる。
その二年間のキミは、本来のキミと本来の私の性格を足して2で割ったような不安定な性格だったはず。思い至る面はあるでしょ?」
言われてみれば確かに浮き沈みの激しい不安定な性格だったような気はする。自身の性格は自身で良く分からない面もあるが、沈む時はとことん沈んで他人とは壁を作っていたし、ゾロと再会してからは変な事を口走るくらい浮かれたりもした。
「私は基本的に楽観主義者でキミは基本的に悲観主義者。今のキミは転生前の記憶が無いから『ロロノア・リィナ』としての性格や感情が落ち着かない状態なの。だから、今までの二年間は一旦頭の隅に追い遣ってキミ自身を見つめ直しなさい。分かった?」
そう言われて俺は黙って頷くしかなかった。
「さっきみたいに形振り構わず喧嘩売っちゃ駄目よ。ドリちゃんにはキミの事言って無いんだから、今はまだ極力大人しくしててほしいの。
私は私であいつの計画邪魔するつもりだったけどなんか既に無理っぽいし、ここぞって時にキミが颯爽と登場してドリちゃんの計画がアバババーっと崩壊するようにしたいのよ。」
なんだよアバババーって。ドリフトさんの計画って空島でシールが言ってたやつか?詳しい内容は知らないけど、こいつに聞いてもも教えてくれなさそうだ。
それにしても、俺の事をドリフトさんに伝えてないとはどういうつもりだ?
「…つーか、お前って俺の敵じゃなかった?」
「ん?違うよ。別にドリちゃんの味方って訳でもないけど、敢えて言うなら“時代”の味方かな♪」
「余計に分かんねぇよ…そもそも、あのタイミングで俺とお前に別れた意味はあるのか?」
ロビンさんの仮説が正しければあのタイミングしか無かっただろう事は理解出来る。しかし、この女の言動を見る限り、あの襲撃が好機だった様には感じられない。
「私的にはいつでも分離は出来たし、あのタイミングじゃなきゃいけない理由なんて無かったよ。
強いて言うなら……キミ、あの時
メレフィアは前半をアッケラカンと言いのけて、後半は怒った表情を浮かべて言い放った。
確かに、死が脳裏を過ぎった時に抵抗は無かった。悔やまれる事を思い返しはしたが、それでも死を受け入れた自分がいたのは事実だった。
「ああいう時って諦めたらホントに終わりなの。
三途の川を渡ってる船の上で『仕方ない』って大人しくしてたらそのまま連れてかれちゃう。けど、船頭に掴み掛かって『戻れ・降ろせ・引き返せ』って反抗すれば案外死なないもんなのよ。
だから、あの時は私がキミを引っ張り上げるのが最善だったと思っておきなさい。
あ、アラバスタの時は瀕死って訳でも無かったから放っておいただけ。」
「…ってことは、あの時は本当に死ぬ寸前だった訳か。」
「そ。十二回も死の淵を体験してきた私が言うんだから間違いない。
あ、これは前世での話ね。いやぁ、前世ではホントに苦労したのよ。例えるなら“ベリーハード・ザ・おにちく”って感じ!おかげで転生した後は人生イージーモード!」
「………」
コイツ…いくつ爆弾投下する気なんだよ。いや、コイツが転生者だってことは予想通りだけども…
「で、神様で元王族で転生者なメレフィア様は結局俺と話をしにきただけ?」
未だに蹲ったままの体勢だった俺は深く息を吐き立ち上がる。もう困惑や混乱を通り越して感情は諦念へと振り切っていた。
そんな俺を見たメレフィアは、たははと苦笑し今一度居住まいを正して口を開く。
「一気に話し過ぎちゃったね、ごめんね。
私はキミと分離してからも能力でずっと見てたよ。だから今回は止められた。キミの存在は露呈しなかった。
私は表面上ドリフトの仲間だって事になってるからキミを助ける事はあまり出来ない。
そして、今はまだドリフトはキミに気付いてない。キミの存在は気付かれてはいけない。私の裏切りにも気付かれてはいけない。
だから、今キミにしか出来ない事を頼みに来たの。勿論、強制じゃ無いけどね。」
そして、メレフィアは優しく微笑んで言った。
「ポートガス・D・エースを救ってほしい。」
読んでいただきありがとうございます。
次回は、以前原作ブレイクした部分の埋め合わせ回になります。なので、話的には進行しない感じになります。
次も早めに投稿出来るように努力してみますm(_ _)m