言い訳は後書きにて…
「お疲れさ~ん。…で?どーだった?」
薄暗く湿った岩肌が露出した洞窟内に似付かわしくない陽気な声が響く。
一人掛け用のソファーに座ったまま期待に満ちた眼差しを入り口へ向けて返事を待つ青年はロード。
その声に反応し小さく息を吐いて、肩を諫めながら首を左右に振りながら洞窟内へ入ってきたのはスーツ姿のシールだ。
「…先ずは、君の望むような展開にはならないだろう。と、先に言っておく。」
物静かで淡々とした返事にロードは口を尖らせて不服そうな表情を顕わにする。そんなロードを気にも留めず、シールは小さなテーブルを挟んだ対面のソファーに腰を落とし、大きく息を吐くとリラックスした様に背もたれに身を任せ天井を仰ぎ見る。
少しばかりの空白の時間にロードは多少苛立ちをおぼえるが、急かすと小言が増えると理解しているので黙って待っている。少ししてから頭を起こしやっとシールは口を開いた。
「…彼女は我々と敵対関係になることを厭わないと宣言してみせた。だが、リーダーが現状維持を命じている以上、先日のような行動は慎むべきだな。君の独断先行は我々にとって不利益しか生まないのは火を見るより明らか。それすらも理解出来ない程阿呆ではあるまい。」
シールの抑揚が少ない静かな物言いに不満を募らせるロードだが、それは言葉を発している自身すらも不満を抱いている表れだろう、と捉える。
それから幾つかの会話を交わし、空島でのロロノア・リィナとの邂逅やそれに関するリーダーへの報告、指示の詳細などを十分に終え、ロードは以前から気になっていた疑問を投げ掛ける。
「結局さぁ、リーダーの言う『計画』って何なのかねぇ?」
「私も聞き及んではいないが、勝手な憶測を君に語ると碌な事にならんからな。…ただ、原作におけるシャボンディ諸島での麦わら一味再集結が契機になる事は確かな様だ。」
シールにとっては、リーダーとの会話の中でポツリポツリと浮かび上がる『計画』の断片からの憶測ではそうなっている。
しかし、ひた隠しにしているはずの『計画』をつい、うっかりと会話の端々に語るなんて事をあの慎重な男がする筈が無い。
敢えて断片的に伝えることで自分たちの不満を抑える材料にでもしているのだろう、とシールは考えて心に留めている。
「…んだよ。まだ大分先じゃん。俺ってばもう少し体動かさないとメタボっちゃうんじゃね?」
ケタケタと笑うロードとは対照的に、シールは沈痛な面持ちで思考している。何の反応も見せないシールに苛立ちを隠さず眉間を狭める。
「…おっさんさぁ、若者が場ぁ繋ごうと自虐ってんのにシカトは無いっしょ?」
「君のは自虐ではなく皮肉と言うのだ。それに言うべき相手は私では無いだろう。そんな八つ当たりにどう反応を示せと言うのだ?」
わざとらしく溜め息を洩らし正面から見据えるシールに、舌打ちを一つして目を逸らしてしまったロード。シン…と静まる場に気まずさが漂う。
不機嫌さを隠しもせず態度に表すロードを一瞥し、内心で苦言を吐き何度目かの溜め息を洩らしてからシールは立ち上がる。
ソファーから腰を上げ、無言で規則的に靴音を数歩鳴らして立ち止まると、わざとらしく小さな咳払いをしてロードに聞こえるよう白々しく呟く。
「…これは独り言だがな、転生者という仲間ではあるが『計画』の詳細が分からない以上“行動可能な範囲”が明確では無い。だから、私は彼女らに直接関わらない様に少し散歩し、現地の方々と世間話を楽しんでこよう。その程度ならばドリフトも咎めんだろうしな。」
再び靴音の反響が鳴り出す頃には、先ほどの不機嫌さを霧散させたロードは意地の悪い笑みを浮かべていた。
「あぁ…俺も独り言だけどよぉ、ちっと遊びに行くくらいなら許されるよなぁ。休日にフラッと遠出する感じでさぁ。あ、今度フライトとデートしてこようかね。そこで誰かとばったり会っても『不幸な事故』ってことで仕方ねぇよなぁ…」
既にその洞窟には一人の気配しか残っておらず、それがシールの耳に届いたのかは定かではないが所詮は独り言。
一拍ほどの静寂の後、くつくつと両頬を吊り上げ笑うロードも立ち上がった。
※ ※ ※ ※
私たちが上陸したロングリングロングランドという島に現れた海軍本部 大将 クザンさんを先頭に、麦わら海賊団一行は移動中である。
移動しながらの会話の中で、停泊したメリー号から微かに覗き見えた反対岸のテントやステージなどを『お祭り』と言い表したのだが、そうではなく海賊のゲームだとクザンさんは訂正して言葉を続ける。
「話を少し戻すが、結局政府としての危惧はロロノア・リィナとニコ・ロビンの両名が同じ一味に在籍してることだ。」
クザンさんはそこで一度言葉を区切り、更に歩を進めてゆく。数十歩ほど歩いたところで欠伸をし、頭を掻きながら首を傾げてこちらへ向き直る。
「だからな、可能ならば二人の内どちらかが別の一味に行けばいい。そういう妥協案もあったんだ。
…それがあれだ。」
そういって、『あれ』と指を差す方向へ目を向ける。
遠目から見てもメリー号の数十倍はあろう大きな海賊船。その船の掲げる
「…フォクシー?記憶には無いですけど、大物ですか?」
記憶を掘り起こし数多くの手配書を思い出そうとするが『フォクシー』なる海賊は浮かんでこない。
「いんや、小物だ。懸賞金は俺も憶えてねぇ。だが、とあるゲームばかりやってるもんだから船員だけは多い特殊な海賊団だ。
…で、取り敢えず麦わらにはそいつらとゲームをやってもらうつもりだ。」
再び歩き出すクザンさんの後を追いながら会話を続け、告げられた言葉に理解が出来た者は私とロビンさん、ウソップさん、サンジさんだけだった。
なぜそう判断したかというと、私以外の三人が明らかに焦りや困惑を孕む雰囲気に変わったからだ。
「ルフィ!そのゲームは受けちゃダメだ!!」
「なんだ、ウソップ?おめぇなんか知ってんのか?」
「逆に聞きたいわ…あなたそのゲームを知らないの?」
「あぁ、知らねぇ。」
「おい、ルフィ。『デービーバックファイト』って聞いた事ねぇか?」
「…うん、知らねぇ。」
普段の緩んだ雰囲気よりも余計にだらけた調子で鼻をほじりつつ答えるルフィさん。
私も含め、四人で同時に頭を押さえ大きな溜め息を吐き出す。常識とまでは言わないが、海賊ならば知っていてほしい事の一つだからだ。
ルフィさんと同じように知らないであろう首を傾げたままのゾロとナミさん、チョッパーくんにも四人で簡単に説明をする。
このゲームには幾つかの
ゲームに勝てば相手方の船員を奪える。負ければ味方の船員を失う。単純にゲームの勝敗で
勝てば良いんだろ、とルフィさんは気軽に笑っている。が、そうではないのがこのゲームの恐ろしいところなのだ。
例えば、コインの表裏を当てる勝負があるとする。これは単純に1/2の確率で勝てる。そう高をくくって挑めば確実に負けるように出来ている。
これは海賊による海賊のための海賊ゲームなのだから単純に『運任せ』なゲームの訳が無い。そう、海賊のゲームに妨害は付き物なのだ。
妨害にもイカサマや不意打ち、悪魔の実の能力を使用したものなど様々な妨害があるが、敵の
そして、負ければ仲間が奪われる。仲間を奪い返そうともう一度勝負する。再び負ける。もう一度勝負する。…と、いう具合で二度、三度と負け続ければ目も当てられない惨状になってしまうのだ。
クザンさんの言った『エゲつない海賊のゲーム』という意味を理解していないルフィさんには任せるには不安が募る、と頭を痛める。
「幾つかの細かい
クザンさんがそんな簡単にやらせてくれるはずがない。単純な戦闘ならば、少数とはいえこちらに勝機がある。ルフィさん、ゾロ、サンジさんの三人だけで圧倒出来るだろう。
だが、競技になると話は変わってくる。勝敗を決める要因に“規則”と“制限”が関わってくるのだから、ただ相手を倒せば良いという訳ではなくなる。
そして、もう一つの根拠として挙げるならば、フォクシーの船の横にある帆の外された船だ。
あれは今しがた『負けた』海賊団なのだろう。必要な船員を粗方奪われ、最後に
それはつまり、フォクシー海賊団は『デービーバックファイト』をやり慣れているのだと。
ゲームばかりやっている小物だとは言え、常勝出来る程にどんな競技だろうと勝利出来る手慣れた
加えて、親切にも政府側の意向を提示してまでゲームを受けさせようとするクザンさんの意図を考察すると、なんとなくではあるが憶測は立つ。
ルフィさんを中心にああでも無いこうでも無いと会話を続ける皆を尻目に、私は先を行くクザンさんの横に並び歩く。
「…説明は済んだか?」
「えぇ、どう説明しようと結局ルフィさんは勝負を受けますよ。それに、クザンさんはそうけしかけるでしょ?まぁ、ゲームをやる必要性だってなんとなく分かりましたから。」
ワザとらしくクザンさんへと微笑みを向けると、フーッと息を吐き両手を肩の高さまで挙げヒラヒラと揺らす。
「まぁ、聡いってか、小賢しいっていうのかね…俺ぁ腹の探り合いは得意じゃねぇんだ。」
「…いえ、ロビンさんの境遇を考えるとそうなのかなって。
オハラ以降の事はよく知りませんけど、昔がどうで在っても私は今のロビンさんが好きなんですよね。
クザンさんもイイ女になったなって言ってたので分かってはいるんでしょうし。
それにドリフトさんも一枚噛んでるなら悪い方向には向かないと思います。」
ふと、クザンさんは訝しげに目を細め首を傾げる素振りを見せるが、すぐにもとの調子で返事を返してくる。
「いや、ニコ・ロビンに対しては美人に育ったなって位の意味しかねぇよ。以前会ったのはオハラだったからまだガキだったしなぁ。
それにドリフト中将はなぁ…あの人は情報網が半端ねぇ。実力は確かだし、口でも勝てんし、味方にしたら負け無しだ。
ドリフトさんの事は共通の認識なので語るまでも無い。それとは別に、私はクザンさん本人からの言葉に驚いている。
オハラでロビンさんに会ったという事は、つまりバスターコールの最中に会って、尚且つ逃走の手助けをしたという事なのだから…
その頃には能力者であっただろうことはロビンさんの様子から伺い知れた事であるし、バスターコールに召集された事と、そんな中勝手に一人で動ける程の階級ならば当時は中将だったのだろう。
そんな人が命令違反をしてまでたった一人の少女を人知れず見逃していたなどと驚いて当然だ。
クザンさんとロビンさんの間で確実に何かがあったはず。ロビンさんは身に覚えが無いようだった事から、クザンさんにとっての何かが。つまり…
「当時何があったかは聞きませんけど、ロビンさんに関しては元から何もする気は無かったんですよね。だから「そいつは違う。」
私の発言を被せ気味に否定すると少しだけ困った様に表情を歪め、頭をボリボリと掻く。
「政府や海軍って立場上、表立ってお前達を見逃す訳にはいかねぇんだ。分かるだろ?
昔の事は昔の事だ。…あの時は俺にも迷いがあった。悩みがあった。その葛藤の合間でニコ・ロビンに手を貸しただけだ。特別視してる訳じゃねぇ。若気の至りってやつだ。
それに、麦わら次第でお前だけでも氷漬けにして連れて帰るプランも用意してあったんだ。俺ならお前の能力の弱点を突けるからな。」
だったら何故?…私がそう言葉にする前にクザンさんは目で制す。その鋭く細めた双眼は敵意ではなく、どこか寂しさを含んでいる。
「…お前は自己評価が低過ぎだ。誰も言葉にはしなかったが、ロロノア・リィナは異名の通り
個人的な感情って部分で、お前が心を開いた一味を、お前に信頼される『麦わら一味』をもう少し見届けたくなった。
俺にそう判断させたのは他でもねぇ『
そんな事を言われて私は驚愕を隠せる訳も無く、無意識に足を止めて少しだけ熱のこもる息を漏らした。
そんな私を気にせず歩を進めるクザンさんの背中を見詰めながら、未だにやいやいと会話を交わしながら追いついた皆に歩幅を合わせて歩き出す。
「…何か良い事でもあったか?」
意地の悪い微笑みを私に向けるゾロへ小さく頷き、少し緩んだ頬を引き締める。
安心とも嬉しいとも取れる感情が、少しだけ胸に残る凝りの一部を溶かしていたのは事実だ。
しかし、クザンさん個人の言葉である以上、手放しで喜ぶ訳にはいかないだろうと気持ちを切り替える。
それに、微妙に噛み合わない会話もあった事から、ゲームを受ける真意は私の邪推である可能性が高いと改める。
それでもクザンさんがロビンさんを気にしているのは確かな事実だとも見て取れた。
結局、考えた所で答えなど出ないので、それの真偽を思考する意識を一旦追い出し、僅かに軽くなった足取りで皆に並びクザンさんの後を追った。
読んで頂きありがとうございます。
前回の投稿から一ヶ月以上経過しましたが、なんとか仕事も落ち着きつつあるので投稿することが出来ました。
活動報告で一度書いたのですが、今回の投稿から文字数を減らして投稿する事にしました。その分、投稿頻度が早くなれば良いのですが…
今回の話を書きつつ、書くよりも読む方が性に合ってるなぁ、とシミジミ思ってしまい地味に落ち込んでます。