姓はロロノア 名はリィナ   作:ぽんDAリング

15 / 27
二週間振りの投稿になってしまいました。




15・脅威と危険度、その抑止力

 

 

数日前に空島から青海へと下り、穏やかな航行を続ける麦わら海賊団。

記録指針(ログポース)の示す次の島の気候海域に入っているので気温、湿度共に安定している。既に島の影は見えているので数刻もすれば上陸できるだろう。

 

残念ながらサウスバードのジョーはジャヤの森へ帰るということで青海に降りた時点で別れた。猿山連合宛の手紙と幾つかの黄金を持たせお使いも頼んだら喜々として聞き受けてくれた。

 

船の甲板ではウソップさんが大量に献上された(ダイアル)を用途別に区分ける作業をしている。自身のパチンコ強化やナミさんの天候棒(クリマ・タクト)改造などを思い描きホクホク顔だ。

 

ナミさんは気分転換と言いウェイバーで遊んでいる。風、海流も穏やかなので気を張る必要もなく、舵はチョッパーくんに任せている。ロビンさんは船室で読書中だ。皆自由に過ごしているが、海賊とはこれでいいのだろうかと疑問が湧く。

 

ともあれ、空島から現在にかけては順調である。頂いた黄金の使い道も今後の方針も決まっている。

次の島でその目的が果たせればいいのだが、こればかりは到着しないと分からない。

 

その理由は、私たちが空島を経由しているからだ。『七つある航路』のどこに居るのか皆目見当がつかないのだ。記録指針(ログポース)を頼りに進行しているので迷子にはならないが…

 

まぁ、結果的に言えばどの航路でもシャボンディ諸島へは到達出来るのだが、予備知識は重要である。

 

もし、次の島が無人島だと何の情報も得られないので、記録(ログ)の為に無駄に時間を浪費する事があるかもしれない。

 

もし、大物懸賞首が支配する島だと知らずに勝手に上陸すれば戦闘は免れないだろう。

 

以前の私だったら勝手に情報収集へと出向いていただろうと思う。そしてまたナミさんにお説教されるのだ。

 

今の私は力を誇示して居場所や地位を確立させる必要は無い。…などと、気難しく考えなくても良い。

 

行き当たりばったりでも良いのだ。仲間が居るのだから私一人が右往左往する必要なんて無い。問題があれば皆で解決すれば良いのだから。

 

なので、次の島に着くまでは私が個人的にやることも無かったので、自ら鍛練を名乗り出た三人と今から実践形式の訓練を開始する。

 

青海に降りてからは暇を見付けてはゾロ、ルフィさん、サンジさんの三人に『六式』の中でも汎用性の高い“剃”“鉄塊”を指南していた。

 

ルフィさんは数回見ただけで“剃”を修得した。『見えた』そうだが、見様見真似で出来るほど簡単では無いはず…

“鉄塊”についてはゴム人間であるため打撃は効かないので要らねぇと言われた。斬撃は頑張って避けるそうだ。

 

サンジさんは数回助言しただけで完璧に“剃”を修得した。独自に“月歩”まで修得した技量には目を見張るものがある。

だが“鉄塊”に関しては苦労している様だ。

 

ゾロはコツを掴んでからの“鉄塊”習得は早かった。

しかし、剣士としての足捌きが身に付いている分“剃”は絶望的だったので断念した。

 

それでも常人を遥かに凌ぐ早さで修得したことには驚く。私が言うのも可笑しな話だが、『六式』とは物心ついた頃からそういった(・・・・・)教育や訓練を受けた者がやっとの思いで六つ全てを修得出来る技術なのだ。

 

そう考えると、たった数日で一つでも修得したのならば充分だと言えるだろう。

 

因みに、実践形式とは言っても私が三人同時に相手にしながら要所で助言を添えてゆく程度のものだ。

 

船上は狭いのと、メリー号に損傷を加える訳にはいかないので能力の一つである“隔絶(アイソレーション)”を使用してはいるが、船上ではそれ位が限度だ。

 

私は木刀を使い、今回は『覇気』も解禁する。三人は無制限で私に挑み、一撃でも加えれば終了だ。しかし、サンジさんは自身の信念に基づいて私には攻撃する気は無い様で実質は一対二である。

 

訓練の序盤からルフィさんは新技を披露し私は肝を冷やしたが、早速“剃”を活用した素早い動きと悪魔の実の能力を効果的に発揮した新技の組み合わせは相性も良い。

 

ゾロに至ってはメリー号の破損を気にしないで良い環境を利用し、遠中距離の斬撃を上手く使いながら私の懐へと潜り込む。三刀流の変則的に斬り込む連撃と多様性に富む剣技、二刀流の多種多彩な剣技。どれをとっても他を追随させない程光るものがある。

 

それでも二人の猛進撃は私には届かないのだが、それは『覇気』のおかげであると言えよう。

 

『覇気』を使わない状態ならば二人掛かりとは言え、均衡とまでは言えないくらいに押されていただろう。

 

「ルフィさんはゴムである事に慢心し過ぎ。」

 

私は木刀に『武装色の覇気』を纏わせ迫り来るルフィさんの拳を打ち払う。ルフィさんは覇気を纏った打撃で痛む拳を摩りながらバックステップで間合いを取る。

 

「サンジさんは撹乱とサポートに徹するのは良いですが、それだけだとあまり効果が無いです。」

 

“剃”“月歩”で私の視線と意識を乱しルフィさんとゾロの攻撃をサポートしてはいるが、私を攻撃する気が皆無なのと、『見聞色の覇気』で警戒していれば撹乱の意味は無い。

 

「ゾロは私に意識を集中し過ぎ。…ほら、こんな風に。」

 

ゾロへ正面から打ち込み、わざと鍔迫り合いにして身体の位置を入れ替えることで、私目掛けて飛び込んで来るルフィさんと衝突させる。

それによって折り重なり倒れ込む二人を見やり訓練の終了を告げた。

 

「『覇気使い』との戦闘は今後の課題だと理解してもらえれば良いので、今日は終わりにしましょう。」

 

「「「おぅ…」」」

 

私は“隔絶(アイソレーション)”を解除し座り込む三人に歩み寄りながら心の中で評価を確認する。

 

ルフィさん、サンジさんの“剃”は上々の仕上がりだ。並大抵の相手なら姿を見失った時点で勝負は決するはずだ。だが、格上、特に覇気使いには通用しないだろう。やはり後の先を取れるように『見聞色の覇気』が必要となる。

 

ゾロは相手の懐に入り込むまでに負傷することが多いそうなので、もう少し“鉄塊”の練度を上げた方が良いかもしれない。『武装色の覇気』が使えれば弱点も補えるのだけど…

 

やはり私だけでの麦わら一味強化は限度がある。基礎的な修行や『六式』ならば事足りるのだが、『覇気』を師事するとなれば私だけでは無理だ。

 

このまま航海を続けていればシャボンディ諸島へは辿り着く。その時にレイさんに師事してもらえるだろう。ただ、悠長に構えていられればの話だが…と、また一人で思考を深めている。

最早、これは癖になってしまっている様だ。

 

頭を左右に振り三人の様子を見ると、半目でジーッと私を見詰めていて居心地が悪い。

 

「…な、なんでしょう?」

 

「また何か企んでんじゃねぇか、と。」

 

「覇気ってのは反則だな、と。」

 

「なんでそんなに強ぇんだよ!?」

 

三者三様の言葉に私は苦笑いを浮かべる。

 

「まず弁解するけど、もう一人であれこれ考えて勝手に行動するつもりはないよ?

それに、覇気は早く修得出来た方が良いなぁと考えてただけ。結局、個人の素質だから何とも言い難いけど、師事して貰える人の心当たりはあるの。その人の判断を仰ぎたいと思ってるからそれまで待ってね。

あと、転生における恩恵が大きな有利性を持っているのは事実かな。だけど、追い抜かれたら抜き返すのは難しいんじゃないかと思う。だって、今が私の限界、若しくは上限に近いとするとこれ以上強くなれないってことでしょ?

スタートダッシュが上手くいって今は皆より強いのだろうけど、伸び代が小さいって考えると複雑かな。」

 

それぞれ思案する三人の表情は気色の良いものになっている。覇気の修得への期待も含め、これから更に力を付けていけるとポジティブに考えたのだろう。

 

その後、ナミさんから上陸準備の声がかかるまで自由時間になり、ゾロの昼寝に付き添い至福の時間を満喫した。

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

そこは特に何も無い草原だった。港も無ければ近辺に家やお店などの建物は無い。なぜか縦や横に長い不思議な動物たちはのんびり、ゆっくりとした動作でメリー号に寄り集まってくる。

空島限定であってほしかった『地母神(ヘカテー)』効果は私の期待を裏切り、絶賛継続中のようだ。

 

ルフィさん、ウソップさん、チョッパーくんはその不思議な形態の動物を追いどこかへ走って行った。それを見てナミさんはため息を漏らすが、気が済めば戻るだろうと苦笑して椅子へ腰を降ろす。

 

私は見張り台へと登り、辺りを見回して安全の確認をする。上陸した島自体はそんなに大きくはないようだが、反対岸は隆起した小高い丘の隙間から僅かに覗く位しか見えない。

 

幾つか覗く反対岸の一つからテントらしきものやステージのようなものが微かに見える。耳を澄ませば大砲のような音や歓声らしき騒音も聞こえてくる。

 

「お姉ちゃん!島の反対岸でお祭りみたいな事やってるみたい!!」

 

甲板で互いに顔を見合わせ肩を竦める四人。確かに、草原だけの無人島でお祭りが開催されていると聞いても信じられないだろう。気持ちは理解出来るがその反応は傷付くからやめてほしい。

 

「…ん?あれは…」

 

島の中央部になにやら土煙と人影を見つけ目を凝らすと、ぼんやりと麦わら帽子のシルエットを確認出来る。ウソップさんとチョッパーくんの姿も確認。それからもう一人と…馬?だろうか。民家みたいな建物の前に居るのならばこの島の住民なのだろう。

 

「それと、ルフィさんたちが住民の方と接触してますがどうしましょう?」

 

「人が居たなら話が聞きたいわ。一旦向こうに合流しましょう!」

 

と、いう訳で私たちはルフィさんたちと合流したのだが、キリンみたいに首や脚の長い白馬が人を乗せ楽しそうに草原を駆け回っていた。

 

先んじて話をしていたウソップさんが言うには、この島はロングリングロングランドといい、元々はリング状の島だが普段は海によって十の島に別れているそうだ。

そして、年に一度大潮の数時間だけ本来の姿を取り戻し、その間に島から島へと移動する遊牧民が住まう島らしい。

 

トンジットさんはその遊牧民の一人なのだが、十年前竹馬に登ったきり降りて来れずに村の移動に取り残され、馬のシェリーは行方不明のトンジットさんを十年間待ち続けていたという。

 

シェリーはトンジットさんに再び会えて余程嬉しいのだろう。私たちには目もくれず踊る様に軽やかに駆けている。

 

シェリーは家畜としてではなく、トンジットさんの家族として共に過ごす一員なのだろう。私の『地母神(ヘカテー)』効果は全く現れていない。

 

つまり、家畜やペットとして育てられた動物にはある程度の本能が残る為に効果があるという事だろうか…

オーム(ブリーダー)ホーリー(ペット)の関係には作用したので線引きをするならばこの辺りだろうと思い至る。

 

ということは、昔ガープさんに放り込まれたジャンルで猛獣に何度も襲い掛かられたのは何だったのだろう。もしかすると、あれはじゃれて飛び付いていただけなのかもしれない。だとしたら可哀想な事をしたなぁ。

…だって、恐怖の余り我を忘れて能力で切り刻んでしまったのだから。さらに、飛び散る肉片のグロさに恐怖(トラウマ)を覚えたのは言うまでもない。

 

 

閑話休題

 

 

まぁ、少しばかり昔を思い出し現実逃避するのも無理は無い。なぜならば、シェリーが駆け回る草原の奥に見えてはいけないものが目に入ったからだ。

 

こんな何も無い島にあの人が来る理由など無い。きっと木と見間違えたのだと言い聞かせる。

 

しかし現実は無情で、その人影は徐々にこちらへ近付いてくるのだ。先ほどの朧気な人影から少しづつ姿が明確に見えてくる。あんな特徴のあるシルエットを私が見間違えるなどあり得ない。

 

「…皆!私の後ろに集まって!!」

 

急に立ち上がり緊迫感を放つ私に、皆がその視線の先へ目を凝らす。その中でロビンさんだけが迫り来る脅威に気付き息を荒げている。

 

「っ!?…なぜ?……こんな場所に?!」

 

「分からない。…だけど、姉さんはあの人を知ってるのね。…立てる?私から離れないでね。」

 

動揺を隠せない私とロビンさんを目の当たりにして皆は戦闘態勢を整える。ルフィさんとゾロ、サンジさんが私の前に出る。

 

「リィナ、ロビン。あいつ誰だ?」

 

「お前らがそこまで動揺するってこたぁ相当な奴なんだろ?」

 

「レディをこんなに脅かすなんて許せねぇな。」

 

三人の気持ちは素直に嬉しいのだが、今この三人が相対するのは危険だ。まだ覇気を扱えない状態で挑めば命がいくつあっても足りない。

しかし、注意喚起しようにも急激に水気を失った口内は上手く言葉を紡げない。そんな私の代わりにロビンさんが簡潔に相手の素性を明かす。

 

「…海軍本部 大将『青雉』」

 

その言葉に一瞬で動揺が広がる。こちらへ歩を進めているのは海軍の最高戦力である大将だ。無理も無いだろう。

既に互いの間合いにも入る距離だ。今ならまだ能力で転移すれば逃げられる。

 

しかし、この島に来てからまだ数刻も経っていないので記録(ログ)は溜まっていない。メリー号に転移してもすぐには出航出来ない。

 

それならばメリー号ごと転移すれば追っては来れないだろう。その場合、何処へ転移すれば良い?

能力で次の島に行けないことも無いが、それでは私の能力で移動するだけのものになってしまう。それを『海賊』と呼べるのだろうか?

だが、ここで捕らえられれば航海そのものが終える。

 

逃げるならばどう逃げるか、どこへ逃げるか。今の状態では明確な対処が思い浮かばない。そんな纏まらない思考を遮る様に海軍大将…クザンさんが口を開いた。

 

 

「…そう構えなさんな。俺ぁ散歩がてら様子を見に来ただけだ。」

 

両手を軽く挙げ、私たちに“落ち着け”と動作で表してくる。その表情も雰囲気も以前、海軍本部にて会話を交わした時と同じ様だった。

 

「…本当、ですか?」

 

クザンさんを知る人ならば、この人なら有り得る、と感じてしまう程にその言葉の信憑性は高い。それでも恐る恐る問い掛けるくらいの脅威を持った人だ。

 

「なんだ?少し見ない間にしおらしくなったじゃないの、リィナ。…それに、イイ女になったなニコ・ロビン。」

 

前に立つ臨戦態勢の三人には目もくれず私とロビンさんを見やり不敵に笑みを浮かべる。

 

「アラバスタ事後、行方を眩ましたニコ・ロビン。そして海軍を辞職したロロノア・リィナ元大佐。その二人が同じ海賊団に加入したって話で上層部は大慌てだ。…あぁ、ちょっと失礼。歩き疲れた。」

 

そう言って横になるクザンさん。対して私たちは未だに安心出来る答えが無いため警戒を解けないでいる。

 

「本当ならサカズキさんが来る予定だったんだが、ドリフト中将が上手く言い包めてくれたんだ。感謝しとけよ?」

 

「なるほど。…皆さん、この人は本当に散歩のついでに様子を見に来ただけらしいです。なので一旦落ち着きませふっ?!」

 

クザンさんの言葉に安堵の息を吐き、皆に警戒を緩めるよう口を開いたのだが、頭頂部に衝撃を受け私の発する言葉は中断されてしまった。私に背を向けていたルフィさんがいつの間にか振り返り、私の脳天へと手刀を落としたのだ。

 

「喋り方が前みたいに戻ってんぞ。おまえが落ち着けよ。」

 

…確かにクザンさんが突然現れたものだから動揺のあまり余裕を持てずにいた。再び一人で考え『逃げる』ことしか考えていなかった。散々、勝手に考えて行動はしないと言っておきながらあっさりと反故にしようとは情けない。

 

「ごめんなさい。…ありがと、ルフィさん。」

 

おう、と笑顔を返すルフィさん。なんだかんだ言いつつもちゃんと船長なのだと改めて実感する。

 

大きく深呼吸をして皆を見渡してから眼前の海軍大将 クザンさんの紹介・説明に加え、先ほどの会話で出てきたサカズキさんの説明をする。その間、クザンさんは自前のアイマスクを装着し昼寝を始めたので放って置いた。

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

あれは私がまだ海兵で尉官だった頃、偉大なる航路(グランドライン)前半のとある島で総合賞金額(トータルバウンティー)四億超えの構成人数が500人にもなる大型海賊団の捕縛作戦があった。

 

実は艦隊編成の規模としてはそれ程大きなものではなかったのだが、『海軍本部 大将』が率いる艦隊ということもあり、規模の割には大掛かりな作戦であったと言える。

その時、私はドリフト中将の命に従い大将 赤犬の部隊編成に組まれ同行した。

 

開戦当初こそ敵味方入り乱れる混戦模様となった。しかし、戦場には佐官以下の者しか出ていない。尉官以下の実力の伴わない海兵は一人、また一人と倒れ伏してゆく状況だった。

 

私の役割は戦闘ではなく、能力を使用し、負傷した海兵の撤退を援護する事。そして討ち取った海賊の捕縛、連行だったのだが、開戦から幾分経っても待機命令が解除されない。

 

それは作戦としては異常だった。倒れゆく人たちを遠巻きにただ見るだけ。そんなものを作戦と言えるのだろうか。

 

私は衝動を抑えきれず戦場へと向かおうと駆けだしたが、直ぐさま名も知らぬ上官に羽交い締めにされ取り抑えられた。

 

「まだ待機命令中だっ!」

 

怒りを内包した震える大声に、私を抑える腕の震えに、上官すらもこの作戦の異常さに隠せない程の憤りを感じているのだと気付いた。

 

「間もなく君の出番になる。それまで、耐えてくれ!…すまない。」

 

上官の悲痛な訴えに、私は意味を理解出来ずにいた。そして一人、また一人と海兵が膝を折り、血を流してゆく。

 

今作戦は捕縛作戦だったはずだ。私はそう聞いていた。しかし、いざ開戦してみればそこは阿鼻叫喚の地獄へと変貌したのだ。

 

なぜ私はそれをただ眺めているだけなのだろう…これ夢ではないのだろうか。そんな思考が脳裏に過ぎる。

 

その数瞬後、世界政府の最高戦力が内の一人、サカズキさんの手によって戦場は更なる地獄絵図へと変わる。

 

敵である海賊団と味方であるはずの海兵を、見境なく襲うサカズキさんの悪魔の実の能力による広範囲攻撃“流星火山”が降り注いだのだ。

 

それが収束すると同時に上官からの救援命令が下された。その声で我に返ると燃え盛る戦場を駆け回り、人を見つけては生死を問わずがむしゃらに能力を駆使して回復を試みた。

 

後で気付いた事だが、その中に佐官クラスの強者は存在しなかった。サカズキさんの攻撃を察知して難を逃れたか、その攻撃を事前に知らされていたのだろう。

 

幸運なことに、敵である海賊も含めて辛うじて生存している者たちは多く、私の能力で回復出来た。

しかし、残念なことに既に事切れた人たちは私の能力であっても息を吹き返すことは叶わなかった。

 

救えるはずだった、死ぬ必要の無いはずだった海兵。

捕縛さえすれば、殺す必要まで無かったはずの海賊。

少なくはない人数が命を落とした。

その作戦で命を落とした者たちの殆どがたった一人の手に依るもの。

 

海賊如きに後れを取る弱者は不要だとして、あろう事か戦場で負傷した海兵を作戦中に粛清したのだ。

 

更に作戦終了後、私が能力で回復し捕縛したはずの海賊たちすらも、『絶対的正義』の名の下に全員その場でサカズキさん自ら手にかけた。

 

その結果、必要以上の被害を出し海賊団は壊滅、捕縛者はゼロ。海兵の殉職者は数十名にもなった。

 

あまりにも力に固執し、力を誇示する為だけの作戦だった。正義とは名ばかりの傲慢なこの件に関して私は大将 サカズキに直接抗議し、結果戦艦三隻を沈める戦闘を繰り広げた。

 

本来なら軍法会議無しで死罪に処する程の罪なのだが、作戦の真意を隠す為に表立って問題にはされなかった。真意については別の話なので省略する。

 

つまり何が言いたいのかというと、大将 サカズキは『絶対的正義』の為ならば自身が悪と判断した相手を敵味方関係無く、犠牲を問わずまとめて葬る程の『徹底的な正義』の行使者である。

 

今回、クザンさんではなくサカズキさんが訪れていたならば、有無を言わさず襲い掛かって来ていただろう。サカズキさんにとって海賊=悪なのだ。一片の容赦も無く、私たちと一緒に居たトンジットさん諸共消し炭にする気で仕掛けていたはずだ。

 

対して、クザンさんは『ダラけきった正義』をモットーとしてはいるが、立場や状況に応じて判断を下せる芯の通った人だ。ドリフトさんと共謀してサカズキさんを抑えてくれたのならば『散歩のついで』だという言葉は信用に足ると判断出来る。

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

「だから、今のクザンさんは私たちを捕らえに来たんじゃ無くて本当に様子見に来たんだと思う。

それに、ドリフトさん(転生者)が私たちの動きを把握しているなら、今逃げても意味が無いと思うの。

もし、敵対行動を起こしたらすぐに転移出来るようにしておくから。」

 

「…昔、私も彼に見逃して貰ったことがある。今回捕らえる気があるなら既にそうしているはずよ。それだけの力を持っているのだもの。だから、話をするくらいなら構わないと思うわ。」

 

ロビンさんがいつクザンさんと面識を持ったのかは分からない。しかし、オハラの事件を知るはずのクザンさんがロビンさんの逃亡を見逃したということは何か考えがあっての事だろう。

 

「リィナとロビンがこう言ってるんだから問題は無いでしょ。

それに、記録(ログ)が溜まってないからまだこの島を出発出来ないし、トンジットさんの件も解決してないんでしょ?

ルフィ、決めるのは船長のあんたよ。」

 

私とロビンさんの言葉を聞き、ナミさんは賛同という風に促しルフィさんに向き直ると、腕を組みウンウン唸りながら聞いていたウソップさんが当然の疑惑を口に出して訴えかける。

 

「なぁ、そのサカズキってヤバイ奴の代わりにアイツが来た。だから大丈夫ってのは早計じゃないのか?

なんであれ、アイツが海軍の大将だってのは変わり無ぇんだしよ。

それに、アイツを手引きしたドリフトってのはリィナの元上司で転生者チームのリーダーなんだろ…結局、敵か?それとも味方なのか?」

 

ウソップさんの言う事はもっともであるが、私には確信があった。ドリフトさんが、原作通りに物語を進めたいのであればここで麦わら一味を捕らえることはしない。そのためにクザンさんを寄越したのだと。

 

「おし!」

 

胡座をかいたルフィさんが両膝を叩き立ち上がってクザンさんの方へ進む。皆は船長の決断を気にしつつ一様に目線を送るだけだ。

 

「なぁ、ロビンとリィナを連れてく気はないんだよな?」

 

「…ん?あぁ、ねぇよ。」

 

横になったままアイマスクをずらし問い掛けに答えるクザンさんの声は気が抜けていて演技とは思えない。

 

「わかった。用があんならさっさと済ませてくれ。

それと、あのオッサンと馬を助けてやってくれよ。俺たちより海軍の方が良いだろ。」

 

ルフィさんはいつものようにニシシと笑い私たちに振り向く。釣られて私たちも息を吐き頬を緩めながらルフィさんの後ろへと集まる。

 

「…で、まぁなんだ?俺が来たのはアレだ。上が五月蝿くてな。

ロロノア・リィナとニコ・ロビン両名の確認と、船長 モンキー・D・ルフィの見極めってとこだ。」

 

「…もしかして、五老星直々ですか?」

 

海軍の大将が上と言えば、元帥 センゴクさん、総帥 コングさん、五老星くらいしか当てはまらない。

 

世界政府上層部に目を付けられたとなると少人数海賊団には辛いところがあるだろう。

 

「あの人たちはお前の心配ばっかりよ。それで『ALIVE ONLY』なんて手配書出しちまうんだから困ったもんだ。

まぁ、上っつうか上層部な。中将以上の役職から出る大半の懸念事項は、リィナとニコ・ロビンが組んで世界の転覆を企てないかって議題が多いな。ほぼ全員がお前の性格上それは無いと思っちゃいるが、絶対とは言えない。

あとは、船長が二人をどう扱うかってとこに注目か。新米(ルーキー)海賊団の懸賞額としては異例だがまだまだ軽視されている。

そんで、少数だがこれだけの曲者が集まってる脅威に気付いてんのは俺を含めて数人程度だ。

初頭の手配に至る経緯、やらかした所業の数々、成長速度。

いずれ船長があの男(・・・)の息子だと知れれば総戦力での抹殺指令が下るだろうよ。」

 

「…私もロビンさんも世界の転覆なんて考えて無いですよ。ルフィさんもそんな危険思想は持ってないですし。

そもそも、なぜそんな大層な議論が出てるんですか?」

 

ほぼクザンさんと私だけの会話になってしまっているので、他の皆は会話の端々に出る不明な言葉に首を捻っている。それらも含めて後で説明しなければならないだろう。

 

「…わかった。噛み砕いて説明していく。

懸賞額ってのは『強さ』で決まるもんじゃないのは知ってんだろ。政府に及ぼす『危険度』でも表される。だからこそ、ニコ・ロビンは八歳という幼さで懸賞額が付いた。

リィナ、お前は悪魔の実の能力で何でも(・・・・)出すことが出来る。人でも武器でも、それこそとある兵器(・・・・・)とかな。

ただし、お前一人ならって話で5億の懸賞額でとどまっている。周知の能力そのものだけじゃそれ程の脅威にはならねぇからな。」

 

ロビンさんが手配された経緯はある程度の階位にある海兵ならば知っていて当然だろう。あのオハラの生き残りであり歴史の本文(ポーネグリフ)の解読が出来るという事だけで危険視されているからだ。

 

一方、私は悪魔の実の能力の扱い方において危険視されているという。海軍に公示していた表向きの能力であっても危険度は高いと判断されている。

 

「だが、ニコ・ロビンが加われば話が変わってくる。なんせ歴史の本文(ポーネグリフ)の解読が出来るんだ。それだけで生きている事が罪だと言える。詳しくは言えねぇが、リィナの能力とニコ・ロビンの知識を悪用すれば世界が滅ぶと言っても過言じゃねぇ。

つまり二人が揃えば、政府にとって最上級の危険度ってことだ。お前らにその気が無くても危険度は変わらねぇ。二人一緒に懸賞額が付けば10億でも足りねぇくらいだ。」

 

私とロビンさんが手を組めば世界を滅ぼせるという見解なのは理解出来る。遠い昔に造られた古代兵器の事を言っているのだろう。だが、それを実行するかしないかの分別くらいは出来るのだから信用してほしいものだ。海賊相手に信用しろというのは可笑しな話だが…

 

「そんで、重要なのが船長だ。二人をどう扱うか、制御出来るか、そんな度量・器があるのか。それを見定めなきゃいけねぇ。

元々サカズキさんが来る予定だったっつったろ。リィナ以外を殲滅すりゃ脅威は消える。そっちの方が政府にとっては確実だし、下のモンとしても楽だし簡単だ。

じゃあ、なぜそうしなかった?それはリィナを完全に敵に回す方が脅威だからさ。

上層部の一部だけが知っているリィナの本当の悪魔の実の能力。一瞬で世界を消し去る程の力を持ってる奴の反感は買いたくない。それが最終的な政府の総意だと思ってもらってかまわない。」

 

例えば『家族』の命を奪われれば私は復讐心に駆られるだろう。それが海軍であろうと容赦はしないと断言出来る。あえて自らに矛先を向けられる様な軽率な行動は起こしたくないということだろう。

 

それと、確かに私は海賊になったというのに未だ海軍に対して敵対心は持っていない。さすがに中将・大将クラスが出向いてくれば先ほどの様に危機感は抱くが、率先して海軍相手に戦おうなどとは思わない。

彼らはそんな私の心情を変えたくないというのだ。今回のような僅かな干渉だけに留め、小さな恩を売りつつ互いに不利を被らない距離を保ちたいということなのだと推察出来る。

 

「だからな、モンキー・D・ルフィ。お前がこの二人を一味にすることがどれだけの事か理解しなきゃならないんだ。その上で、それだけの覚悟と器がお前にあるのか確認する為にわざわざ来たんだ。」

 

上半身を起こしルフィさんを見据えるクザンさんの雰囲気が少し険しく変化し、正面に捉えるルフィさんも険しい視線を返す。二人の放つ殺気にも似た気がピリッと肌を刺す感覚を受ける。

 

私とロビンさんの様子を見に来ただけで、捕らえる気は無いと言った。そう、『二人を』とは言ったがルフィさんに関しては見極めると言っただけである。

 

ルフィさんの言葉次第でクザンさんは動くかもしれない。思わず私は刀に手を掛け身構えるがルフィさんの右腕に制された。

 

「…よくわからねぇけど、お前らの都合なんて知るか。ロビンもリィナもウチの船員(クルー)だ。生きてることが罪だとか、能力が危険だとか勝手に決めんな。」

 

「今後、お前の決断一つで世界が消える。それは覚えとけよ?

お前が海軍にとって不利益になる船長なら一味丸ごと消さなきゃならねぇ。若しくはリィナ、ニコ・ロビン両名の捕縛。そのどちらかだ。

期待してるぜ、ガープさんの孫としてな。」

 

「じいちゃんは関係ねぇだろ。

ロビンもリィナも自分の夢の為に生きてんだ。俺は船長(キャプテン)として船員(仲間)を信じる。それだけだ。

お前らもリィナの事知ってんなら信じてやれよ。」

 

ルフィさんの言葉に、少しクザンさんの険しい空気が収まるように感じる。ルフィさんの器に何かを見出したのだろうか。

 

「ふっ、ガープさんにそっくりだわ。奔放というか、つかみ所が無いというか。嫌いじゃあない。

まぁ、今回は俺からの忠告って事で終いだ。これでクロコダイルの件、借りは返したぜ。」

 

意外な事にクロコダイルの事を借りだと感じていたらしい。皆も私と同じような表情を浮かべて安堵の息を漏らす。

 

その後、トンジットさんを呼びクザンさんに保護を頼もうとしたのだが、一人で来たから船は無いという。

昔から自転車に乗ってあっちこっちにフラフラと散歩に出掛けてはいたが、まさか今回もそうだとは思っておらず溜め息を吐く。

 

「つまり、三つ先の島へ移動出来れば良いんだろ?だったら、俺が道を作ってやるから移住の準備をしなさい。」

 

クザンさんの言葉に皆疑問を浮かべつつトンジットさんと移住の準備を開始する。ロビンさんはクザンさんを警戒してか私と共に手伝った。

 

クザンさんの能力は自然系(ロギア)『ヒエヒエの実』の氷結人間。ロビンさんも知っていたようで驚きはしなかったが、他の皆はそれがどれだけの脅威なのか実感したようだ。

 

本来、引き潮の時に道が出来る海岸へと移動し、三つ先の島までの海を能力“氷河時代(アイス・エイジ)”で凍らせて道を作ったのだ。

 

何度も感謝を述べるトンジットさんとシェリーを見送る。ルフィさんはなぜかクザンさんと打ち解けており、私としては複雑な心境にあった。

 

ともあれ、記録(ログ)についてはあと数刻で溜まると教えてもらっているのでそれまでは少し待たなければならない。

 

待つのは良いのだが、出来れば早くクザンさんにはお引き取り頂きたい。しかし、その素振りを見せないので私とロビンさんは微妙に萎縮したままなのだ。

 

その時、一際大きな大砲の音が数発鳴り響き皆が辺りを見回して構える。それと同時に私はある事を思い出しそれを告げた。

 

「そういえばメリー号から見えたんだけど、島の反対岸でお祭りみたいなことしてたよ。」

 

ルフィさんを筆頭にウソップさんとチョッパー君が興奮の声を上げ、他の皆も思い出したようだ。

 

「なんだ、気付いてたのか?ありゃ祭りじゃねぇけどな。そこに行くから付いて来い。」

 

そう言って歩き出すクザンさんの後を私たちは追いかける。元々そこに私たちを連れて行く用があった風に言っていたのが気になる。

 

「祭りじゃないなら何ですか?」

 

「あぁ、あれは祭りなんて生温いモンじゃねぇ。」

 

歩きながら振り返り、片側の口の端を吊り上げて不敵に笑うクザンさん。その視線はルフィさんを見据えている。

 

「エゲつない、海賊のゲームさ。」

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

12月に入り思った以上に仕事が忙しい事で書き溜める時間が思うように確保出来ず投稿が遅くなりました。

青雉こんなんで良いのかな?なんて不安に思いながら書いてたら益々不安になり、内容が安定して無い気がします。

まとまった時間が取れたら改訂するかもしれません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。