姓はロロノア 名はリィナ   作:ぽんDAリング

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前回から二週間も間が空いてしまいました。言い訳はあとがきで…


14 ・蝶の羽ばたき

私は一人賑やかな人集りを抜け出して遺跡の物陰へと歩を進めている。

 

ロビンさんと共に広場へ戻った際には空島の住人が私たちを取り囲み、麦わら一味全員を崇め奉る摩訶不思議な光景を目の当たりにして数瞬、時が止まったのは言うまでもないだろう。

 

シャンディアたちが跪く姿を見たスカイピア住民たちが、『声の主』を私だと気付くのに時間はかからなかったようだ。

それからは人から人へ伝播し私の知らぬ間に『地母神』だと共通の認識になってしまっていたのだ。

 

宴が始まってからも息吐く暇も無い程人に囲まれ少々…いや、多大に疲弊してしまっていた。

 

それにまだやらなければならない事があるので人々の輪からこっそりと抜け出しているのだ。

 

人目につかない場所へと移動を済ませ、深く息を吐き思考を落ち着かせて能力を発動する。

 

「“隔絶(アイソレーション)”」

 

異世界、異次元とも言える断絶された世界で耳たぶの長い男は項垂れ座り込んでいた。

 

「…小娘か。ここはどこだ?全く周囲の声が聞こえん。」

 

未だ尚、不遜な態度を取るエネルだが、顔を上げないのでその表情は見えない。てっきり敵対した私たちへの憤怒や憎悪を撒き散らし対峙するのだと思っていたが、覇気で察するものは穏やかな気配だけだ。

 

「ここは私が造り出した世界。どう足掻こうと私が能力を解除しない限り元の世界には戻れません。」

 

「…ふっ、俺をどうする気だ?」

 

私は顔を伏せたままのエネルに話を続ける。

 

「別に…あなた次第ですよ。あなたが月、限りない大地(フェアリーヴァース)へ行きたいのであれば止めはしません。本来の世界へと戻し、誰にも知られない様にマクシムへと送ります。…しかし、空島や青海に関わるつもりが少しでもあるのなら全力で阻止しますが。」

 

「…もう貴様らにも空島にも関わるつもりはない。

俺は井の中の蛙で構わん。生まれ持った心網(マントラ)と手に入れたゴロゴロの実の能力を使い、今は亡き故郷ビルカに伝わる聖地限りない大地(フェアリーヴァース)へと到達する。それこそが本懐だ。

ただ憧れ、見上げるだけであった聖地に手が届くと、俺なら可能だと考え至った。最初こそ単純に彼の地へ到達することが目的だった。

だが、どこで道を違えたか純粋な願いは、力を振りかざす為の野望へと変わった。

故郷すら己で消し去り、私欲の為にスカイピアを強奪し、恐怖を以て神として君臨した。野望が潰えて気付く…何とも愚かしいのは俺自身だったと。まるで憑き物が落ちた気分だ。」

 

項垂れたままのエネルは内にある想いを吐露し、大きく息を吸い顔を上げ私へと向き直る。

 

「…まぁ、あなたがどうしようとあなたの勝手ですが、私には関係無いですし懺悔なら他所でやって下さい。」

 

「…ふん、変わらず生意気な小娘だ。」

 

口の端に笑みを浮かべたエネルは静かに立ち上がると空を見上げる。私も釣られ仰ぎ見ると、大きくて丸い月が雲一つ無い夜空に煌々と優しい光を輝かせていた。

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

能力を解除してエネルを墜落したマクシムまで移送し、巨大な豆蔓(ジャイアントジャック)の天辺から上昇してゆくマクシムを見送る。

 

エネルが月へと到達出来るのかは知らない。空島での原作には詳細が描かれていないので仕様のない事だ。

 

ふと、眼下を望む。キャンプファイヤーとその周りで宴を楽しむ人々が見渡せる。

ジュララや森の動物たちも入り乱れ、飲み、食べ、踊り、笑い、騒ぎ、楽しんでいる。

 

その光景を見て大きな安堵と少しの不安が押し寄せてくるのだ。

 

エネル側の者を除いて必要以上に犠牲が出ない様に配慮し原作とは違う過程を辿ったが、結果的には原作と同じように皆で宴を楽しんでいる。そう安心する気持ち。

 

その反面、思い描く結果の為に原作の過程をねじ曲げてしまった反動(・・)がすでに出ていることへの不安が募る。

不安に感じていることは、原作では起きえなかった事に対して。

 

昨日空島に昇ったばかりであるにも関わらず、すでに今日は原作には無い出来事が起きている。私が作り上げてしまった原作には登場しない『神』。これでもまだ小さな変化なのかもしれない。

 

この先どうなるのかは分からない。彼らと違い、原作知識の無い私には『どの様に変わったか』なんて今後は判別出来ないのだから。

 

これからの航海は原作とは逸脱した物語として進行して行くだろう。それが私にとっては良いものだと言える。しかし、残念ながら麦わら一味にとっても良いものだと言える確証はない…

 

でも、だけど、しかし、もし…過ぎた事は気にしても仕方がない。ああでもない、こうでもないとこれから先のことを思ったところで徐々に大きくなる揺らぎは待ってくれないだろう。

 

結局、思考を深めたところで行き詰まると分かっているのだ。楽観的に、されど慎重に今後の成り行きに任せるしか無い。

 

私は気分を入れ替えるために時間をかけて巨大な豆蔓(ジャイアントジャック)を歩いて下り、広場へと戻った頃には宴も終盤に差し掛かっていて、大半の人が眠りについた後だった。

 

それでも未だに酒盛りを続けている中に目的の人物を見付け歩み寄る。

 

「ワイパーさん。少し良いですか?」

 

「…えぇ、構いません。」

 

尚も私を取り囲もうと集まり出す人たちをワイパーさんが制して、少しだけ輪から離れた位置に腰を下ろす。

 

「ほら、あなたも座って下さい。」

 

「はい、失礼します。」

 

「…はぁ。その余所余所しい態度を止めて下さい。」

 

私は神では無い、とシャンディアたちに何度も苦言を呈しているにも関わらず聞き入れてくれないので、顔見知りであるワイパーさんには少し語尾を強める。

 

と、言ってもワイパーさんはわざとやっている様なので互いに顔を見合わせ笑ってしまう。

 

「エネルは聖地に旅立ちました。もう、こちらには関わらないと確言も取りましたが、念の為伝えておきます。」

 

「…そうか。何から何まで助かる。

それと、生き残った神兵はこっちで拘束はしているがホワイトベレーっつう神隊に引き渡す事は決まった。神官共は『雲流しの刑』が既に決定したらしい。エネルさえ居なけりゃ大人しくしとくだろう。」

 

そう言ってお酒を煽るワイパーさんの表情からは大きな安堵と燻る憤怒、多くの期待と少しの虚無感…その他にも色々な感情を読み取れた。

 

400年…それは人にとって永い時間だ。それ程の永い時を争ってきた彼らの戦いは第三者の手で終結したのだ。手放しで喜べるはずが無いのは誰にだって分かる。

 

しかし、私たちがそれに負い目を感じる必要は無い。彼らもそれに悔恨の念を負ってはいないだろう。ならば、謝罪を口にする事は憚られる。

 

「この地は、スカイピアはあなた方の住まう場所です。これまでの事、これからの事をじっくりと話し合って下さいね。きっと、良い国になります。」

 

「あぁ、ガン・フォールや酋長が、神隊の奴らに俺らが居るんだ。必ず良い国にするさ。」

 

ワイパーさんの決意を灯す力強い瞳に私は微笑み返した。ワイパーさんも笑い無言で小さく頷く。

互いに少しの間だけ黙し、それから私が口を開く。

 

「ジュララ…空の主の事ですが、カルガラたちは『ノラ』と呼んでいたようです。あなたたちはそう呼んであげて下さい。きっとあの子も喜びます。」

 

「…お前も呼んでやればいいじゃないか。」

 

「…いえ、あの子の思い出に踏み入るなんてとても。私は通りすがりの青海人ですからね。400年の空白は子孫であるあなたたちと鐘の音で埋めて下さい。」

 

少しの時間、ワイパーさんと静かに大鐘楼を眺める。夜の帳にあってもその輝きを失わない黄金の鐘はこれから先も、永くこの地を照らし続けるだろう事を信じて。

 

「…ままならねぇなぁ。」

 

「…ままなりませんねぇ。」

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

話を済ませてワイパーさんは輪に戻り、入れ違いでガン・フォールが私の下へ歩み寄る。

 

「リィナ殿、疲れておるな。」

 

「えぇ、それはもう。」

 

ガン・フォールは私が取り囲まれる様を見ていたのだろう。幾つかの言葉を交わして優しげに微笑み労いの言葉を貰う。

 

「お主たちを見ておると20年以上前に出会った青海の友人を思い出す。麦わらの小僧とお主の雰囲気がそれを彷彿させる。」

 

「…その友人ってゴール・D・ロジャーですよね?」

 

原作ではロビンさんの会話なのだが、こういった改変は仕方ないと諦めるしかないだろう。

 

それとロジャーと雰囲気が似ているのはルフィさんの筈だが、何故か私が含まれている事が疑問に感じる。

 

「なぜそれを…と、お主は心網(マントラ)を使えるんだったな。確かにロジャーと麦わらの小僧に似通ったモノを感じる。

だが、お主に感じたのはロジャーでは無く別の友人だ。其奴とはロジャーよりも先に知り合ったのだ。『漂流者』と名乗っていた。」

 

それを聞き私は耳を疑った。レイさんが50年程前に出会った『漂流者』という男。その男はガン・フォールとも出会っていたという。

 

「其奴は不思議な男だった。何でも別の世界から来たと言い、夢物語の様な話を沢山していたな。それに、吾輩にカボチャの栽培を指導してくれた。おかけでこの地を治めていた当時の部下たちにカボチャのスープを振る舞う事も出来た。」

 

「…その男はおそらく私の元上司です。名前からの情報でしかありませんが『漂流(ドリフト)』で間違い無いでしょう。」

 

先日シールと話をした時点で推測は確信へと変わっていた事だ。元上司が転生者だと判明してまず思い至ったのはレイさんが出会ったという『漂流者』=ドリフト中将という図式だった。

 

年齢を考えると計算が合わないが、神からの恩恵に不老長寿なんてものがあるのかもしれない。もしくは、悪魔の実の能力なのか定かではないので深く考えるのは止めた。

 

どんな意図があってレイさんとガン・フォールに接触したのか。憶測の域を出ないが、ロジャーよりも先に二人と出会っている事が重要なのかもしれないと考える。それでも、情報が少過ぎてこれ以上考察の仕様も無い。

 

「ふむ、麦わらの小僧とロジャー、お主と漂流者。浅からぬ縁がありそうだな。以前訪れた青海の者にロジャーは処刑されたと聞いたが、彼は健在なようでなによりだ。」

 

彼らを懐かしむガン・フォールの話を聞き、そろそろ休むと言うガン・フォールを見送ってからゾロの下へ向かう。辺りの酔い潰れた面々を他所に一人で黙々と手酌しているからだ。

 

「お注ぎしましょうか?」

 

「お?どこ行ってたんだ?」

 

突然姿を消した私を心配してくれたのかと思いきや、私が居ない事を尋ねる人集りで一騒動あったと文句を垂れる。

 

「…ちょっとね。隣に良い?」

 

「お、おう。」

 

少し困った様に答えたゾロの横に腰を下ろし腕に抱き付く。きっと顔を赤くして固まっているのだろうと小さく笑う。

 

ゾロはお酒を飲み、私は何も言わずにただ座っているだけだ。気まずさは特に感じていないのだが、何を話そうかと思案してしまう。

 

転生者だと明かしてしまってからそう時間も経っていないので、そういった話は間を置いた方が良いだろうと話題を探しているとゾロの手が頭に乗る。

 

「…なんつうか、お前が何者だろうが俺の妹っつうのは変わらねぇ。だからよ、もっと話せ。」

 

不器用に頭を撫でながらの言葉に私はうん、と短く返事をする。

 

「ナミの奴も心配してたぞ。昔の自分を見てるみたいだってな。一人で背負い込んで、思い悩んで、余裕そうな面の裏で泣いてるんじゃないかって。」

 

「…そっか。」

 

ナミさんのココヤシ村での話は以前聞いている。ナミさんには私が当時の自身の様に見えたのだろう。

 

思い返せばそれは間違いでは無いかもしれない。やはり、常に焦っていたし、どこかで悩んでもいた。上手く事が進むか不安でもあった。そういったものは表に出さない様にしていたが、それでも感じ取られてしまったようだ。

 

ちゃんと話すと言っておいて、結局は事後報告でしかない。仲間なんて言いつつただ利用した様に取られても仕方ないのだ。

 

終わってからの説明で事情を理解して貰えるなんて考えは独り善がりの甘えかもしれない。全てを説明したら懐疑の念を持たれるかもと恐れる事は自身への信頼を裏切る行為なのかもしれない。

それに、こうして一人で考え、行き着く答えが正解なのか判らない。

 

だから仲間を頼り、より良い答えを求めるべきだったのだろうと今更思う。

 

「…後回しにしてちゃ駄目だよね。今回の事もちゃんと話すよ。」

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

シャンディアやスカイピア住民の殆どの人たちが眠り、キャンプファイヤーも火が衰えて宴は自然とお開きとなる頃、一味の皆が起きている内に広場の端に集まって貰っている。

 

「…本当にごめんなさい。」

 

私はアラバスタでのロードとの経緯から先日のシールとの話。転生に伴う原作知識の事をうち明け、私が勝手に行動していた理由を話し、最後に謝罪の言葉を口に出し頭を下げた。

 

「リィナには傷付いて欲しくない奴らが居たんだろ?」

 

普段とは違った真面目な雰囲気のルフィさんが私を見詰め問い掛ける。それに私は目を逸らさず頷く。

 

「だったら良いじゃねぇか。俺は黄金郷が空に在ったって分かればそれで良いし!鐘も鳴らしたしな!!」

 

ルフィさんはニシシと普段通り朗らかに笑う。それを見て一味の皆も小さく笑みを浮かべている。

 

「けど、今度からはちゃんと話せよ?そしたら皆手伝ってくれるさ!…なぁ?」

 

皆を見渡すと先ほどと変わらず私に微笑みを向け一様に頷いてくれた。

 

もっと早くに気付いていればもう少し違う経過を辿れたのかもしれないと僅かに後悔してしまうが、それも仮定の話でしかないのだ。

 

「それで…あの、原作知識の話を聞かされた時は私、凄いショックだったんですけど。皆さん平気なんですか?」

 

「…はぁ。逆に聞くけど、あんたずっとそんなの気にして考えながら生きてくの?今この瞬間も原作なんじゃないか、なんて縛られてくの?バッカじゃないの!私はそんなのゴメンよ。」

 

ナミさんは大きく溜め息を漏らし、ズイッと詰め寄り人差し指で私のおでこを何度も突きながら言葉を投げ掛ける。

 

「あんたは何でもかんでも考え過ぎ!そんなんじゃコイツラ(・・・・)と航海なんて出来ないわよ?な~んにも考えてない本能で生きてる奴ばっかなんだから!

…いい?今までも、これからも自分の意思で行動して生きてくの!それを原作通りだとか言われても知らないわよ!!

あんたはリィナ。それ以上でもそれ以下でもないでしょ?自分の好きな様に生きてくしかないのよ。あんたは何の為に海賊になったの?」

 

原作など関係無いとシールに啖呵を切ったが、原作に一番囚われていたのは私だったとナミさんの言葉で気付き、思い知る。

 

…そうか。皆が狼狽えないのはそういう強さがあるからなんだ。

 

「…それは、私が私で在る為に、ゾロとガンジお爺ちゃんと家族で在る為に「堅っ苦しい!」…え?」

 

ナミさんに言葉を遮られ私は呆気に取られてしまう。いつの間にかニヤリとした不敵な笑みを浮かべた皆に取り囲まれている。

 

「海賊王に!俺はなる!!」

 

「俺ぁ、世界一の大剣豪に!」

 

「俺はオールブルーを!」

 

「私は世界中の海図を書くの!」

 

「俺は勇敢なる海の戦士に!」

 

「何でも治せる医者になるぞ!」

 

「…なら、私は『空白の100年』を知る事かしら。」

 

次はお前だぞ、と皆の視線が私に集まる。その視線は子供が夢を語る様にキラキラと輝いていてとても眩しい。

 

建前や見栄なんかでは無い純粋な夢。

他人を介しない自分だけの一途な願い。

 

それは私には持ち得なかった、足りないもの。

 

「理屈なんて要らねぇ。『本当』のお前がやりてぇ事は何だ?」

 

ゾロの言葉にふと、少し前の記憶が浮かぶ。三人で暮らした小さな村での半年ほどの短い期間の記憶と、海兵になったばかりの頃の記憶。

 

以前の記憶が無い私は本当に『私』なのだろうか?今の私を本当に『私』と呼べるのだろうか?

 

そんな不安を払拭してくれたのは家族だった。ガンジお爺ちゃんが、そしてゾロが私に与えてくれる家族としての無償の愛情で安心を得ていた。私の名を呼び、共に暮らしてくれる二人がいたことで己を保てたのだ。

 

しかし、海兵になってからは常に不安だった。ふとした瞬間に考えてしまうのだ。今の私は偽物なのではないか、いつの日にか突然記憶が戻り今の私は消えて無くなるのではないか、と。

 

そんな不安を忘れようと訓練に励み、能力の向上に気を向け、次第に『ロロノア・リィナ』としての在り方を固め始めた。周囲の人間に合わせ“海兵として求められている私”というものを演じ始めたのだ。

 

社交的で誰にでも笑顔で接する様にして、職務では一層思慮深く計算的に行動し、挑戦的に強気な姿勢で何事にも取り組んだ。合理的、理性的に損得勘定をして感情を抑えつけた。

 

そうして、上司の期待に応え、同僚の信頼を得て、海兵としての『ロロノア・リィナ』を造り上げた。

 

次第にそれは演技ではなく、それこそが私自身だと思い込んで生きてきた。

無意識にそうすることで自我を確立させた気になって心の安定を図ったのは自己防衛の為。

 

自身の根底に在る『不安』を覆い隠す為の演技を今でも無意識的に続けているのだと今さら気付かされる。

 

今問われているのは海兵としての『ロロノア・リィナ』ではなく、ゾロと暮らしていた頃の『ロロノア・リィナ』としてであると理解する。

 

そう考えるならば、今この胸に込み上げる感情は何だろう。

 

家族への、ゾロとガンジお爺ちゃんへの気持ちは変わらないと思う。麦わら一味へと向ける仲間としての感情も変わらないはずなのに、それ以上に自分自身の欲求が優先度を増して湧き上がっている。

 

「私は…」

 

アラバスタで死を覚悟した時の想いは、海軍を辞した時に決意した想いは何だった?

 

「…記憶を取り戻したい。」

 

勝手に言い訳をして、諦めた振りをして自分に言い聞かせて押し込めた想いは何だった?

 

「…本当の家族になりたい。」

 

他の誰かなんて含めない、自分だけの願い。単純に私が望むがままの願望。俗物的でも恥辱的な思いでも純粋な欲望。

 

「…ゾロと一緒に居たい!」

 

高鳴る鼓動と急激に上がる体温、乱れる呼吸に我を忘れて叫んでいた。いつの間にか流れる涙を拭う事もせず、嗚咽交じりでその後に続けた言葉は聞き取れなかっただろう。

きっと、とても恥ずかしいことも言ったはずなのでそれで良いと思う。

 

ゾロはそっと私の頭を胸に寄せ、撫でながら語り掛ける。

 

「なんか変わったなってくらいに思ってたが、無理してたんだな。気付いてやれなくてすまねぇ。

…家族が一緒に居る事に理由なんざ必要ねぇさ。俺の夢、一番近くで見させてやる。前みたいに俺の後ろを着いて来い。」

 

久しく感じるその温もりはあの日と同じ温かさで、やっと『本当』の自分を見付ける事が出来た気がした。

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

いつからか、ずっと気を張り続けていたのだろう。ゾロの腕の中で泣き疲れて眠ってしまったリィナを横にして7人は座している。

 

「ゾロにはべったりで甘えるくせに私たちには余裕そうな態度でさ…」

 

「言葉では強がっていても、どこか焦っていたり辛そうにもしていたわね…」

 

「「なんで気付かなかったの?」」

 

ナミとロビンに同時に問われて押し黙るゾロの顔色は悪い。

 

「…私は色んな組織を転々としたからなんとなく理解出来る。属する組織で与えられた役割を演じて、それで得られるモノなんて何も無いわ。この子は記憶が無い分、余計に拍車をかけて自分を見失っていたのかもしれないわね。剣士さんが唯一心の拠り所だったことは幸せだと思うわ。」

 

「記憶が無い辛さは分からないけど、強がり続ける辛さは分かってあげられる。本音を隠して強がって、自分が我慢すれば良いんだって諦めて…ほんとバカよ。

…ふふっ。そういえば最後の方で可愛い事言ってたじゃない。お嫁さんになりたいだってよ、お兄ちゃん?」

 

「う、うるせぇ!…妹だろうが何だろうが家族ってもんに変わりはねぇから良いんだよ。」

 

顔を赤らめているためいくら凄んでも調子が出ないゾロは顔を逸らして、大きく息を吐き気を静める。そんなゾロを悪戯に眺めつつナミは話を続ける。

 

「まぁ、取り敢えずこれからの事を考えましょ。

リィナが言ってた転生者達は敵では無いにしろ味方でもないわ。更に、そいつ等のリーダーは海軍中将だって話だし。原作知識で私たちの行動を知ってるんだったら、海軍が私たちを捕らえに出向いて来る可能性もあるわ。

だったら、出来るだけ出会わない様に先へ進みたいわね。このまま空島に滞在してても危険性が高まるだけだから早めに出発しましょう。詳しくはリィナが起きてからにするとして…」

 

「なぁ、俺は『ハキ』ってやつが知りてぇ!」

 

ルフィとゾロはモックタウンで、ナミとサンジ、ウソップはエネルを撃退する際に体感している覇気に興味を持ったらしく、口々に同意の言葉を発している。

 

「ハキってのは幾つか種類があるみたいに言ってたな。あと、あの素早く動くのを知りてぇな。ナミさんとウソップは見ただろ?双子の(ダイアル)切った時の。なんかステップ踏むみたいに踏み込んだと思ったら、一瞬で移動してて驚いた。」

 

サンジの説明で思い出したのかナミとウソップはあれか、と思わず声を上げる。

 

「…それって『六式』じゃないかしら?詳しくは知らないけれど、高速で移動したり、宙に浮いたり、砲弾すら受け止める世界政府公認の特殊な技法があったはず。海軍にも使い手が多いと聞いたことがあるわ。」

 

ロビンが補足説明すると皆が顔をしかめ一様に首を捻る。それを見て納得したのかロビンは声を出して笑ってしまう。

 

「ふふっ。リィナさんならそれを知らなくても簡単にやってしまいそうね。」

 

確かに、と皆が肯く仕草が可笑しくてそれぞれが見合わせて笑い声が増える。

 

「んっ…ぁ…」

 

自分の名と笑い声に反応したのか、のそりと上半身を起こし寝ぼけ眼のまま辺りを見回すリィナ。状況を把握したのか、ハッとした表情を浮かべ所在なさげにアワアワと狼狽えている。

 

「…あ、あの!皆様にはお恥ずかしいところを見せてしまい大変申し訳ありませんでしたっ!!」

 

挙動不審になりながらも深く頭を下げるリィナ。単に、恥ずかしさのあまり顔を見られたくない思いからの行動のようだ。

 

「何言ってんの。海賊の一味に加入したってことはそれは家族も同然なのよ?恥ずかしがることなんて無いじゃない。」

 

そう言ってナミはリィナに近付き優しく髪を撫でる。次いでロビンはリィナの肩に手を掛けて体を起こす。

 

「少し年は離れているけど、姉妹っていうのも悪くないかもしれないわね。妹はもっと姉を頼るものよ?」

 

ナミとロビンの言葉にリィナは瞳を潤ませる。

 

「…お姉、ちゃん?」

 

奇しくも、それぞれの立ち位置や身長差も作用しリィナは潤んだ瞳の上目遣いで二人に視線を送る姿勢になっている。

 

「あらやだっ!何この娘?!めちゃくちゃ可愛い!!もう一回呼んで!」

 

「リィナさん!私の事はお姉さまって呼んでくれないかしら!!」

 

今までの張り詰めたものが抜けたせいなのか、年齢よりも幼く感じさせるリィナの雰囲気に二人は思わず抱き付いてしまう。

 

それは母性本能による加護欲を刺激されての行動なのか。それとも、別の何かによる魔性の力に依るものなのか。

 

普段は暴走を食い止めるはずの側が暴走してしまっている状況を男性陣は少し引き気味に眺めることしか出来ない。

 

リィナは戸惑いつつも抱き付く二人の温もりを受け、あの日ゾロから感じたモノに似た何かを受け止めるのだった。

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

「お姉ちゃんの言う通り出来るだけ彼らに出会わずに進みたいと思います!」

 

その後の遣り取りで何故か私はナミさんをお姉ちゃん、ロビンさんを姉さんと呼ぶ約束を取り付けられた。…まぁ、それも嫌では無いと感じるあたり私も絆されているのだろう。

 

海兵としての演技、この場合仮面とでも言うべきか。心までを覆っていた仮面を取り外し、軽やかに感じる気持ちの中に不安は未だ残るが、とても充実していると分かる。

 

「原作では連日の宴の後に空島から出発してるみたいだから、前倒しして今日か明日にでも出発すれば良いと思う。ルフィさん、どうかな?」

 

「えぇ?!せっかく空島に来たんだからもっと楽しもうぜ!」

 

「せめて今すぐはやめてくれ。俺は(ダイアル)が欲しい。あれがあったら色々と便利そうだからな!」

 

ウソップさんは原作でも(ダイアル)を物々交換していたし仕方がないだろう。ルフィさんには遺跡探検とジュララの体内探検で黄金を持ち帰ってもらえば良いかと考える。

 

「じゃあ、夜が明けたら自由行動して、所用が済み次第出発しましょう。」

 

他にもナミさんはパガヤさんに頼んでいたウェイバーの試運転を、ロビンさんはまだ行っていない遺跡の調査。

サンジさんは空島でしか手に入らない食料を、チョッパーくんはガン・フォールやワイパーさんなどの怪我の診察などそれぞれにやりたい事があるらしいので各自自由行動にする。

 

私はゾロに修行の付き合いを頼まれたので二つ返事で了承した。それを見ていたサンジさんが落ち込んでいたが何だったのだろうと不思議に思う。

 

その後はまだ夜半だという事もあり各々床へ就いた。当然、女性陣はテントの中で横になるのだがいつもより狭いテントが心地良く感じるのは気のせいではないだろう。

 

微睡みに落ちる感覚の中、こんなにも安らかな気持ちで眠れるのはいつ振りだろうと思いながら、その思考は霧散してゆく。

 

照らす朝日の眩しさで目を覚ますと、同じ様に目を細め手で日光を遮るナミさんとロビンさんの姿が見える。

その光景にホントの姉妹みたいだな、と感じてしまいついつい頬が緩む。

 

「お姉ちゃん、姉さんおはよう!」

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

原作での麦わら海賊団は、端的に纏めるならばエネルによる空島消滅を阻止した恩人、救世主的な扱いだった。

 

では、原作とは逸脱した現状はどうなのだろう?

 

ガン・フォールやコニスさん、パガヤさんを除けばスカイピア住人たちは麦わら海賊団がエネルを討ち取った理由を良く理解出来ていない。

事前に説明を聞いていたシャンディアたちからの又聞きで知る程度だろう。

 

神の島(アッパーヤード)に集まったのも住居のある島雲が消失した為。ではなく、神様の振りをした私の呼びかけに応えただけである。

 

空に住まう者たちにとって大地とは神聖なものであり、その地に宿る神様ともなればより一層の神々しい尊さがあるのだろう。

 

違う過程を経たのならば、行き着く結果も変化してしまうのは摂理なのかもしれない。

 

遡ること数刻前。

 

(ダイアル)を手に入れようと住民に物々交換を持ち掛けたウソップさんだったが、交換ではなく献上品として沢山の(ダイアル)を持ち帰ってきたのだ。流石にタダでは悪いということで大量の輪ゴムを渡したそうだが。

 

ルフィさんとナミさん、私でジュララの体内にお邪魔して財宝を持ち出した際も、住人たちはどこからかき集めたのか大量の金銀財宝を奉納品としてメリー号へ置いていった。

曰く、空には財宝なんかよりも大地の方が貴重だということだ。

 

ゾロとの修行最中においても見物人が取り囲み、まともな打ち合いすらままならない状況で切り上げたのだ。

 

他にもサンジさんが頂いたという引き摺る程大量の食料を船まで運び込み、食料でキッチンが占領される程だったり…

 

神兵と戦闘をしていたシャンディアの負傷者を診ていたチョッパーくんだが、何故か住人たちが列を成し健康診断を受けていたり…

 

ロビンさんはシャンディアの酋長と原作と同じ様な会話をした後、上手く隠れながら遺跡調査が出来たようだ。

 

結局何が言いたいのかというと、空島の住人たちはとても信仰深いということ。現状では彼らにとっての麦わら海賊団は神様そのものであると認識されているようだ。

 

現在、雲の果て(クラウド・エンド)に向けて空島の下層である白海を進行中なのだが…左右に見送りの船が押し寄せているのだ。

 

海軍でも壮行会や出立式なんかでセレモニーを行う時がある。しかし、その比ではない。シャンディアの一部とスカイピア住人のほとんどが船を出し白海に花道を作り出している。

しかも、所々の船に楽団が居る様で、進めど進めど音楽は鳴り止まない。

 

ジャヤから付いて来ているジョーを筆頭に空島のサウサバードも隊列を組み見送りに来ている。白々海までは雲ウルフとジュララの鳴き声による大合唱も聞こえていた。

 

原作では逃げる様に空島を出た為、見送りはコニスさんとパガヤさんの二人と雲ギツネのスーだけでの見送りだったのだが、違う過程を経たことでここまで結果が変わるのだと改めて実感している。

 

雲の果て(クラウド・エンド)の門が見えてきた辺りで事前に伝えていた通り帆を畳む。船外に置いていた物は既に移動だ。

 

一味は各々別れの言葉を発して手を振る。それに答える様に見送りに来ている人々の歓声が一際大きく上がった。

 

「そんじゃあ、野郎共!青海へ帰るぞぉ!!!」

 

「「「「「「おおぉ!!」」」」」」

 

「ジョ~!!」

 

ジョーは私の肩に停まり一緒に返事をする。共に空島へ上ったのだから、勿論共に下る。短い間だったがジョーも麦わら海賊団の一員なのだ。

 

門を抜け、スポーンと雲の滑り台を飛び出して落下し始めるが、前もって知っていればアトラクションの様で楽しいものだ。

 

すぐに『タコバルーン』がメリー号を掴み、ゆったりゆっくりと上空7000mを低速で落下してゆく。

 

カラァ…ン カラァ…ン

 

カラァ…ン カラァ…ン

 

カラァ…ン カラァ…ン

 

カラァ…ン カラァ…ン

 

心地良い風と遠く響く鐘の音が私たちの旅路を祝福してくれている様に感じ、自然と目を閉じる。

 

「…また来ましょうね。」

 

「おう!次も突き上げる海流(ノックアップストリーム)でなっ!!」

 

「「「「それはイヤだ!」」」」

 

船上で共に笑い声を上げながら…

 

鳴り響く鐘を聴きながら…

 

麦わら海賊団(かぞく)と共に進む航海へ新たな希望を胸に抱く。

 

不安が消えることは無いだろう。それでも、皆が居てくれるならきっと大丈夫。

 

根拠など無くともそう思える程に心が満たされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…だから、脳裏の端に霞み掛かるナニカはきっと気のせいに違いない。

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

やっと今回で空島編が終わりです。物語はかなり強引に進めてしまったので違和感しか無いです。

忘れていたフォクシー編をプロットに組み込む際に、空島編の後半(前回、今回投稿分)のプロットを大幅に書き直した為、その後の展開も改訂。次いで書いていた本文も書いては消し書いては消し…

二週間も掛かってしまい申し訳ないです。

↑以上が見苦しい言い訳です。
↓以下は開き直りです。

そもそも趣味で書き始めたSSなので自分の好きな様に書いても良いはず。
なので、読んでくださる方の意向に沿わない内容だとしても仕方ないだろう、と。

だったら、ノートの端にでも書いて満足しとけって話ですが。

今後も私は妄想劇場を書き進めていきますので面白い、つまらないなど感想は多々あると思いますが、生温かく見守って下さい。

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