ヘリの中の翔たちはその他の民警ペアから異様なほど注目されていた。はっきりとじろじろ見られているわけではないが、明らかに全員が翔たちを観察していた。
それもそのはずで、民警は通常プロモーターとイニシエーターの2人一組で行動する。しかし翔たちは、翔、蓮太郎、延珠の3人だ。しかも男が2人。イニシエーターがすべて女の子なことを考えると、プロモーターが2人いることになる。
普通ならこの状況は居心地が悪いものなのだが、翔は自然体で、蓮太郎は周りには興味がなく、延珠は連太郎にじゃれている。つまり誰も3人とも気にしてないのだ。
翔は、あることに気づいた。
「蓮太郎さん。あの人誰だかわかりますか?」
翔は小声である方向にいる人物を指さす。その先には巨大な剣を背負った目つきの悪い男が腕を組んで座っている。唯一その男だけが、翔たちには関心がないようだ。
「ん? ああ、伊熊 将監。前に一度会ったことがある。IP序列1584位。多分この中じゃ一番の実力者だ」
IP序列とは、イニシエーター・プロモーター序列の略で、全世界のイニシエーターとプロモーターのペアを、戦力と戦果で序列付けしたものだ。民警が世界で20万ペア以上いることを考えると、1584位というのは驚異的な数値である。
「へぇ、そうですか……」
翔はそのことを聞きながら目を細める。何か得体の知れないものを感じ取ったからだ。実力で負けているとは思っていない。うまく言葉にできない予感が働いたのだ。
翔が目線を下に移すと、将監のイニシエーターがいる。将監が巨体だからかひどく小柄に見えるその子は、翔と目が合うと軽く頭を下げた。
翔はそれには特に反応することはなく、ヘリの中で会話が起こることはなかった。
それからすぐにヘリは目的地に到着するのだった。
ヘリから降りた各民警ペアたちは、散り散りになって目的地である影胤の潜伏地に向かっていった。
もちろんそれは翔たちも同じなのだが、ここはモノリスの影響を受けない場所、つまり、ガストレアのテリトリーだ。
一体一体なら対処できないこともないが、下手に戦うとそれを嗅ぎ付けた他のガストレアが現れる可能性がある。ボス(影胤)に会う前に余計な体力も、余計な銃弾も使っていられない。
そう言う理由から、ゆっくり静かに進むことにしたのだ。蓮太郎を先頭にして、その指示で止まったり木に隠れくれたりしている。
「あとどのくらいですかね」
「あと3キロちょいだ」
「遠い……」
「我慢しろ」
翔は早くも飽きていた。自分だけ飛んで行こうかとも考えている。
そんなことを考えていると、突然轟音が響き渡り、木に止まっていた鳥が一斉飛び立った。
翔たちは反射的に音のしたほうに目を向けた。そこからは黒い煙が上がっている。
「バカ野郎が!」
「どっかのペアが爆発物を使ったみたいですね」
爆発物なんて大きな音の出るものを使えば、周囲のガストレアを集めることになる。そんなこともわからないバカは、この作戦には参加していないはずである。しかし、現実に使われてしまっている。ペアの実力次第では死が決まってしまう可能性がある。
「助けに行きますか?」
「ああ。早く、行こ、う……」
「……どうしました?」
ドンドン顔が引きつっていく蓮太郎を見て翔は眉を寄せる。
「後ろ! ステージⅣだ!! 延珠!」
「うむ!」
「は?」
蓮太郎は延珠に担いでもらい、凄まじいスピードで走り去っていく。翔はすぐさま後ろを向いた。そこには、翔が倒したクモとは比べ物にならないほど巨大な4足歩行で首が長いガストレアがいた。
「いや、恐竜じゃないんだからッ!!」
ガストレアは長い首を翔に叩きつける。途中にあった木々は簡単にへし折れる威力だ。スピードも凄まじく、物理保護を張る暇がなかった。
砲弾のようなに打ち出された翔は、何度も木を折りやっと停止する。
ガストレアはそれを見て次なる標的を探そうと首を違う方向へ向けた。しかし、翔はそこまで簡単に殺せない。暗闇の向こうで一瞬光りが瞬く。次の瞬間、リパルサーレイがガストレアに命中する。
しかし、
「効いてないか」
ステージ4のガストレアの皮膚はリパルサーレイを弾いたため、有効なダメージを与えることが出来なかった。
翔が死んでないことを知ったガストレアは、巨体を揺らし翔に迫る。象の数倍の大きさがあるというのに、人が全力で走るよりもその速度は速い。翔との距離などないようなものだ。しかも、時間稼ぎのためにガストレアとの間に作っておいた物理保護障壁も構わず破壊してくる。
翔は木々が密集している狭い空間を縫うように飛び、ガストレアの突進を回避する。
翔の中には逃げるという選択肢もあったが、それよりも試してみたいことがあった。
「ダイヤ、クウガアーマーを出してくれ」
「イエス、マスター」
胸のリアクター部からクウガの生体装甲に酷似したデザインのパースが飛び出し、翔の体の各部に装着されていく。
翔はクウガアーマーの性能実験をこのガストレアで行おうというのだ。
このアーマーは前の世界でゴ・ガドル・バを倒した時しか使用しておらず、通常の状態との感覚の違いなどには慣れていない。実戦での実験は危険だが、最もいいデータが取れるのもまた、実戦の時だ。
「タイタンフォームモード」
さっきの出来事をそのまま再現したように、ガストレアが突撃してくる。
それを、
「物理保護、最大!!」
両腕から発生させた2枚の物理保護障壁で受け止めた。
何度もぶつかってくるガストレアにもびくともしない。瞬時に張ったとしてはとてつもない強度だ。
クウガアーマーの追加能力の一つ、クウガの形態変化をモデルにした自動能力調整だ。クウガは、戦況に合わせて自身の色を変化させて、その時その時で戦いやすくした。この機能はそれを模倣したもので、瞬時に体への魔力の割り振りを変化させ、それぞれに特化した力を得るとこができるようになっている。
タイタンフォームモードでは物理保護などの保護障壁が強化・巨大化される。
ガストレアはそれを破ろうと必死になっている。首のしなりをくわえた一撃、翔はその『溜め』の時間を見逃さなかった。
「ドラゴンフォームモード」
ガストレアの首が地面を陥没させる。しかしそこに、翔の姿はない。
ドラゴンフォームモードでは、物理保護と各種遠距離武器の威力、飛行能力が下がる代わりに、脚力が3倍近くにまで跳ね上がる。その脚力を利用してガストレアの胴体の下を通り抜け、胴の部分に跨る。
右手には、枝が握られている。
翔はそれに魔力を流し込む。するとクウガアーマーの能力の一つである『モーフィングパワー』により、木の棒が黒い刀に変化する。クウガの場合、各形態に合った武器しか作れないが、翔にその制限はない。また、作り出せる武器のかなり多彩だ。
翔は剣を振りかぶり、ガストレアの体に突き刺―――
キンッ
「折れたぁ!?」
堅い皮膚により剣の方が耐えられなかった。剣には魔力を流し込んでいるため、疑似バラニウムになっているが、刺さらなければ意味がない。
剣で刺したことで、傷こそつかなかったものの、ガストレアは暴れ始めた。
翔は急いでガストレアの背中から飛ぶ。折れた剣を投げ捨て、着地した先にあった倒された木の幹を両手でつかむ。
モーフィングパワーによって、幹が丸々大きなハンマーになる。
「どっせええええええええい!」
それを振り回し、まずは胴体を押しつぶす。さらに回転をくわえて、動けなくなったガストレアの長い首の真ん中辺りを、だるま落としのように打ち出した。
「ふぅ……」
再生する気配がないことを確認した翔は息を吐く。ハンマーを地面に落とすと、それは元の幹に戻った。モーフィングパワーで作り出した武器は、手から離れると元に戻るのだ。
「いい感じだな」
翔は自信の体を眺める。クウガアーマーの使い勝手の良さを確認したのだ。
このようにさまざまな能力を与えてくれる追加装甲だが、1つだけ欠点がある。それは、追加装甲を装備している間は、その装甲の制御にリソースを割かれる為にダイヤの分析能力が使えなくなるという事だ。
このあたりの使い分けは今後の課題にしよう、と翔は新たな課題を作り―――迫りくる剣を回避した。
翔の身の丈以上の剣。先ほどのガストレアほどではないにしろ、人に当たれば確実にその命が奪われる一撃だ。その凶刃の主を見る。
「えっと、伊熊 将監さんでしたっけ?」
丸太のような腕で剣を担ぐ将監が、仁王立ちしていた。
「ハッ、一撃で殺すつもりだったんだがな。さすがに、ステージⅣを倒すだけあってただ者じゃねえな」
将監は翔の言葉には耳を貸さず、バンダナで隠れた口をゆがめる。
翔も、将監の一言に聞き流せない単語を見つける。
「殺す、とは、どういう意味ですか」
「ハァ? 言葉通りの意味だろうが。あの仮面野郎は俺の獲物だ。ほかの民警ペアなんざ邪魔なんだよ」
つまり邪魔だから殺している、そういうわけだ。
熱血主人公なら『ふざけるな!!』とでも言って戦いになるのかもしれないが、翔はあいにく許せないとは思っても、ここで将監に挑みかかるほど馬鹿ではない。
クウガの世界のグロンギにならともかく、曲がりなりにも将監は人間であり、倒すべき敵ではない。そして、翔は将監の剣に血が付着しているのも見つけていた。既に他の民警に手をかけているのだ。
明確な動機がなく、ただ邪魔だからという理由で人を殺す相手に説得は不可能。しかし、戦うわけにもいかない。戦ったとすれば、将監は嬉々として襲い掛かってくるだろう。そうすれば、決着がつくまで戦うことになるのは目に見えていた。
つまりこの場での最善の行動は、
「さてと、ちんたらしてる時間はねえからな、さっさとッ」
将監は足元に撃たれたリパルサーレイに怯む。
「てめえ、不意打ちか!!」
将監が怒号と共に翔を睨―――もうとして、そこにはすでに翔がいないことに気が付いた。
最善の行動は、戦闘が始まる前に逃げてしまう事だ。
「いくら何でも血の気が多すぎるんだよな」
ダイヤの索敵圏内(約500メートル)から将監の反応が完全に消えたことを確認した翔は、クウガアーマーを解除してゆっくりと歩いていた。
民警はチンピラ上がりだったり好戦的であったりする場合が多い、とあらかじめ連太郎に聞いていた翔だったが、あそこまでとは予想外だったのだ。
おまけに連太郎とははぐれてしまった。ここでは携帯もつながらない。
探し回るのは非効率だと判断した翔は、2人を信じて単独で目的地に向かうことにした。
しばらく進むと、石造りの小さなドーム状の建物が見えてくる。その中からは火の光が溢れている。
「……ダイヤ」
「中には生体反応が一つです」
「将監じゃないよな」
「流石にあそこから抜かれることはないでしょう」
「だよな。ちょうどいいし、少し休んでいくか。中の人がいい人でありますように」
ついさっき殺し合いになりかけたのに恐ろしい度胸である。
「お邪魔しま……す?」
翔は中にいる少女には銃を向けられた。しかし、翔が首をかしげたのは銃を向けられたからではなく、その顔に見覚えがあったからだ。
「あ、君ってもしかして伊熊 将監のイニシエーター?」
「はい、そうです」
翔は理解した。
「お邪魔しました」
「待ってください」
すぐにこの場を離れようとした翔は、呼び止められる。
「どうかしたの?」
翔はいつ銃が撃たれてもいいように身構える。
「休んでいこうとしたのではないんですか?」
「いやぁ、だって君がいたし」
翔は、将監のイニシエーターがいたことから、ここが将監の拠点だと思ったのだ。
「将監さんと何かありましたか?」
「なんでそう思ったの?」
少女は手に持つ銃を下す。
「将監さんは脳筋で、ことあるごとにケンカを売りますから」
辛辣な言葉に翔は苦笑いする。ケンカを売られるどころか命を狙われた翔としては、あまり笑えない。
「大丈夫ですよ。私、今は将監さんとはぐれています。ここに将監さんが帰ってくることはありませんよ」
翔は心拍数などを計測して、少女が嘘をついていないことを確認する。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
今度は2人で建物の中に入るのだった。
アイテム
クウガアーマー
翔がアマダムを分析して作り上げた追加装甲。モデルはクウガのマイティイフォーム。追加能力は3つ。1つ目はクウガのフォームチェンジを利用した能力値の即時変更。2つ目はモーフィングパワーでの武器の生成。3つ目はライジングフォームの再現として、少しの間だけ魔力の供給リミッターを解除する機能。ちなみにライジングフォームを使うと、その後一定時間、魔力の供給量が低下する。