「すまん。助かった」
「いえいえ」
2分ほど走り続けた翔は、連太郎と延珠を地面に降ろしていた。
「俺は里見 蓮太郎。こっちは俺のイニシエーターの」
「藍原 延珠じゃ!」
「僕は夜月 翔です。ところで2人はなぜここに?」
翔はまともに話すことが出来そうだと判断した2人に、この世界の事についてそれとなく探りを入れる。
「は? そりゃあ……あ、ケース!!!」
「ケース? 僕が放り投げたケースですか?」
「ああ!! 俺たちはあれを回収に来たんだ!! くそっ! 今行っても、もう遅いだろうな……」
「でしょうね。ごめんなさい」
翔は素直に謝る。それを見た連太郎は慌てて手を振り、
「いやいや。気にしないでくれ。あいつに会って命が助かっただけでも幸運だった。でも、まあ、せっかくの儲けを不意にしちまったからな……木更さんになんて言われるか……うわ! おい、乗るな延珠!!」
「妾をほったらかしにするな!!」
その光景に少し頬を緩ませる翔。危険はないと判断し、転身を解いた。
赤い装甲が消え、いきなり普通の服になり、延珠と穴時くらいの女の子が会わられたことに驚きの表情を作る蓮太郎。延珠はあまり気にした様子はない。
「で、お前はいったい何者なんだ? 本当に機械化兵士じゃないのか?」
「だから違いますって」
「まあ、いいか。とりあえず俺たちは帰るけど、お前はどうする?」
蓮太郎は腰に手を当てて問うてくる。
「あ、じゃあ、僕もついて行っていいですか?」
「というわけで連れてきた」
「捨ててきなさい」
「それは厳しいですよ、天童さん。天童さん捨てられたら僕達困っちゃいますよ」
「さらりと会話に混ざるのはやめなさい」
翔とダイヤは、その日はもう遅いという事で蓮太郎の家に宿泊し、次の日に、彼の所属する天童民間警備会社の事務所に向かった。そこの社長であり、2人しかいない天童民間警備会社の社員の内の一人(もう一人は蓮太郎)の天童 木更は、自信の机に座りながら顔をヒクつかせていた。
「いやいや、木更さん。さすがに捨てて来いっていうのは……」
「里見くん」
蓮太郎が意見しようとしたところに木更が声をかぶせる。とてつもなく冷たい声だ。蓮太郎がおびえる中、翔は、『あ、これすごく怒ってるな』と完全に人事だ。
「ここの経営が苦しいことは知ってるわよね?」
「あ、ああ、そりゃまあ」
「そんな状態なのに子供2人の面倒みろっての!? そんなお金ここにはないわよ!!」
「グッ!!!」
木更の言葉に連太郎が息を詰まらせる。
「それになによ、魔法使いとか、異世界とか。訳分からないじゃない!!」
「それは……確かに俺もそう思うが」
木更と蓮太郎は翔に視線を向ける。二人の視線を浴びて話題の中心となった翔は、それでも動じずにゆったりとした様子でいる。翔はここに来るまでに、蓮太郎に自分の事情をあらから話してしまっていたのだ。
「いや、そんなこと言われましても。事実ですから」
「だったら火とか出せるの?」
「そんな機能はないんで無理ですね。ビームなら出せますけど」
微妙は空気になってしまったところで連太郎が、
「木更さん。ケースに関しては本当に悪かったと思ってる。でも、あの蛭子 影胤に会って無傷で帰ってこれたんだ。それはこいつのお蔭だし、それに免じて、ここに少しの間でいいから置いてやってくれないか?」
「はぁ……分かったわよ。私だってそこまで鬼じゃないからね。放り出すようなまねはしないわよ。それに、まだ依頼は終わってないしね」
「どういうことだ?」
「さっき聖天子様から直々に連絡があったのよ。蛭子 影胤の場所を特定したってね。里見君にも参加してほしいそうよ」
「聖天子様から直々にか!?」
「ええ、情報はそれだけじゃないわ、影胤が持ち去ったケースの中身はステージⅤを呼び寄せる触媒らしいわ」
「ステージⅤ!?」
「へぇ」
木更の言葉に蓮太郎は驚愕し、翔も眉を寄せる。翔は自分が教えてもらったことを思い出していた。
ガストレア。
それは翔が闘ったクモの化け物の事だ。
その正体は、突如現れた未知のウイルスに感染した動物である。これに感染したものは遺伝子を書き換えられ、非常に強い再生能力と赤い目を持つ。
更にガストレアは、その再生能力によりレベル分けされていて、ステージⅠからステージⅣまでで、数字が大きくなるほど強くなる。
もちろん、ガストレアに対抗する手段は存在する。『バラニウム』と呼ばれるガストレアの再生力を阻害できる特殊な金属だ。この金属の出す磁場には、ガストレアを衰弱させる効果があり、それを利用した、モノリスという巨大バラニウムの柱で囲まれた『エリア』という安全圏が、今の人類の主な活動範囲となっている。
そして、ガストレアに対抗するために民間警備会社、通称民警が作られた。民警は主に、ガストレアの駆除を依頼という形で引き受けるため、会社と同じようなもので、大手と呼ばれるところからこの天童民間警備会社のように小規模のところもある。
そして、ガストレアの中にはごく稀にその枠を飛び出す個体が存在する。それがステージⅤだ。
ステージⅤは、10年前に起きた人類とガストレアとの戦争『ガストレア大戦』において、その圧倒的な戦闘力をもってして世界を滅ぼした存在だ。とてつもない巨体、通常兵器をほぼ無力化させる硬度の皮膚、分子レベルの再生能力などを持つ。また、通常のガストレアと違ってモノリスの磁場の影響を受けないなど、一線を画す存在なのだ。
そんなものを呼び寄せられた暁には、連太郎たちが住むこの東京エリアは壊滅することは間違いない。
「つまり、さっきの仮面の男を倒せば、すべて丸く収まるってことでいいですか?」
「そうね。それが可能なら」
「じゃあ、倒しましょうか」
「「は?」」
あまりにあっさりとした物言いに、連太郎たちは素っ頓狂な声を上げる。
「やることは分かってるし、時間もないんでしょ? だったらやることは決まってると思いますけど?」
「それはそうかもしれないけど……そんなに簡単なことじゃないのよ? もうすぐ政府主導で影胤の追撃作戦も始まるし。蓮太郎君はそれに参加するけど」
「はぁ!? なんでだよ!!」
「聖天子様かが参加してほしいって言ってるのよ。それがなくても、参加しない理由はないけどね」
「勝てればいいですよね」
静かな声で翔は告げる。
「聞きましたよ、機械化兵士計画の事。とてつもないですね、影胤の能力は」
機械化兵士計画とは、ガストレア大戦中に立案された、身体の一部を機械化し、超人的な攻撃力や防御力を持つ兵士を造り出す計画だ。
影胤はその機械化兵士の一人で、内臓をはじめとする身体の大半を機械化することで、斥力フィールド(影胤はイマジナリィ・ギミックと呼ぶ)による防御能力を得た。性能は拳銃の弾丸をいとも簡単に跳ね返すほどだ。しかも、斥力フィールドは攻撃にも応用できるという優れもの。
このように人外の力を手に入れることが出来る機械化兵士計画だったが、機械化手術の成功率の低さ、機械のメンテナンスなどに莫大なコストがかかる点から、数年前に凍結された。
一度その力を目の当たりにしている連太郎と木更は何も言えなくなる。
「元々、この事態に陥ったのは僕のせいでもありますからね。あの時、僕がケースを守っていればよかったんです」
「いや、それは何も知らなかったから……」
「確かにそうですけど、知らなかったからいい、なんてレベルじゃないですよ、これは。目に目を、歯には歯を、人外には人外を。自分のやったことの責任ぐらい自分でとりたいです。それに、影胤を倒せば多少報酬が出ますよね? ただでお世話になるのは申し訳ないですよ」
翔は木更をまっすぐ見る。自分の覚悟を伝えようとしているのだ。
「里見君。この子の実力は?」
「え?」
「保護者として、無謀な突撃は認められないわ。この子の実力はどうなの?」
「……実力は申し分ないと思う。ステージⅢのガストレアを一人で倒せるくらいだ」
「そう」
木更は連太郎の言葉に短く答え、目を閉じる。そして瞼が持ち上げられたときには木更の顔は戦士の顔になっていた。
「社長として命じるわ。影胤・小陽菜ペアを撃破してステージⅤ召喚を止めなさい!」
「「はい(おう)!!」」
そう宣言した。
「ところで木更さん。俺が闘うのは無謀じゃないのか?」
「何言ってるのよ。里見君はうちの社員でしょ。だったらキリキリ働きなさい」
「……そうですか」
蓮太郎に対しては厳しい木更だった。
政府主導となるため、作戦参加者にはもれなく、作戦ポイント周辺までヘリでの送迎がプレゼントされる。助かると言えば助かるのだが、翔は移動開始の時間まで暇になってしまった。それまでの時間、翔はアーマーの再チェックに入り、蓮太郎はいくところがると事務所を出た。さらには木更もどこかに行ってしまったため、今事務所には、アーマーをガチャガチャしている翔と、連太郎に置いてけぼりにされてむくれている延珠しかいない。
延珠は暇になったのかテレビをつけ出した。しばらくチャンネルを変えていると、子供向けの番組を発見する。
翔はアーマーをいじくりながら、テレビに食いついている延珠を見た。
見た目は小学生、しかし大の大人よりも凄まじい力を持っているのだ。
イニシエーター。この少女はこの世界ではそう呼ばれる存在だ。妊婦がガストレアウイルスに接触することにより生まれ、ウイルスにより超人的な治癒力や運動能力を持つほか、保菌したウイルスの動物因子によりそれぞれ特殊な能力を持つ。例えば延珠ならば『モデル・ラビット』で、強靭な脚力を有する。
このイニシエーターはプロモーターという民警社員と必ずペアを組んで戦う。連衆の場合連太郎がそれに当たるというわけだ。
ちなみにイニシエーターは、ガストレアウイルスの影響によりすべてが女の子になり、さらに、ガストレアが割られたのは10年前なので、全員が10歳以下である。
それについては翔は納得していた。『それ』というのは、小さい女の子が闘うという事だ。そうでもしなければこの世界は滅んでいた。
問題は別にある。
ガストレアウイルスに感染している女の子たちには、もう一つの呼び名がある。
『呪われた子供たち』だ。
前述のようにイニシエーターは、常人とはかけ離れた能力を持つが、それを使うとガストレアウイルスの体内浸食率が上昇する。つまり、ガストレア化する危険があるのだ。
ガストレア大戦において、多くの人々に恐怖を植え付けたガストレアになる危険がある存在。それだけでも、差別、迫害される十分すぎる理由になった。呪われた子供たちは生まれた時に『目』がガストレアの様に赤いかどうかで判別でき、赤かった場合は親に捨てられるケースが多く、その多くがモノリスの外の外周区でホームレス同然の生活を送っている。
それについても翔は仕方ないと思っていた。
誰も自分の隣に、時限爆弾を置いておきたいとは思わないだろう。
しかし、それではあまりにも報われない。
この世界を守っているのは、紛れもなく呪われた子供たちだ。ガストレアを怖がる気持ちもわかる。呪われた子供たちの中には盗み犯す者もいて、それば世間の目を『呪われた子供たちは危険で、人間ではない』という方向に向けている。だが、そもそも呪われた子供たちが盗みを働いたりするのは、大人たちが呪われた子供たちを見捨てたからだ。
(何とかしないとな)
大人たちが呪われた子供たちを迫害して笑顔になるなら、呪われた子供たちは自分が笑顔にしてみせる。
そしていつかは、大人と呪われた子供たちが一緒に笑える世界に。
それは翔がこの世界にいる間には実現しないだろう。それでも、そのための第一歩を踏み出すくらいのことはしたい。
なぜなら、
(僕は魔法使いだから)
腕のアーマーの調整を終えて、握ったり開いたりする。
と、いつの間にか、延珠が興味深そうに翔のアーマーを覗き込んでいた。
「どうしたの、延珠ちゃん?」
「おぬしは、さっきはこれで『びーむ』を出していたのか?」
「うん、そうだよ」
「妾にもう一度見せてくれんか?」
目をキラキラさせながらお願いする延珠。もちろん翔は断らない。
「よーし、いいぞ」
翔は壁に手を向ける。
「おい、翔、延珠、そろそろ行くぞ」
蓮太郎が事務所に入ってくるのと、リパルサーレイが壁に穴をあけるのはほとんど同時だった。
「……報酬で直します」
「そうしてくれ」
「もしもの時は蓮太郎さんに……」
「いや、俺も金は―――」
「罪をなすりつけます」
「最悪だ!!!」
そんなこんなで、出発することになった。
アイテム
アークリアクター・カレイドアーマー
翔が使用する魔法礼装。イメージモデルはもちろんアイアンマン。主人公は『アーマー』や『リアクター』と呼ぶが、これは翔が使用している礼装の一部である。
まず、リアクターが平行世界からの魔力を供給し、アーマーやそのほかの機能はこれをエネルギーとして稼働している。その制御、管理を行っているのは人工精霊の『ダイヤ』であり、さらに、超分析を支えている記憶領域という4つの部分から成り立っている。
おまけ機能として、王の財宝のような収納機能があり、ここに呼びパーツや分析によって作られた特殊アーマー(クウガアーマーなど)が収納されている。
デバイスモードではアイアンマンのアークリアクターの様な形状、人型モードでは、ダイヤが人型になる。