これからは毎週日曜日に1話ずつ投稿したいと思います。
翔とダイヤは今、城南大学に向かう車の中で体を揺らしていた。運転手は一条刑事である。
城南大学に向かう目的は、『沢渡 桜子』という女性に会う事だ。桜子は、城南大学の大学院生であり、考古学研究室で『リント文字』という古代文字の研究をしている。
リント文字というのは、クウガのベルトである『アークル』や、各専用武器に刻まれている古代文字のことである。
そもそもクウガは、超古代の『リント』と呼ばれる人々が、グロンギという先ほど翔が闘った怪物を倒すために生み出した戦士である。その古代人の遺跡である九郎ヶ岳遺跡を発掘した時に、クウガになるための装飾具『アークル』が発見され、同時に古代のクウガによって封印されていたグロンギが現代に復活したのだ。ちなみに、現代人はリントの末裔であり、グロンギは現代人のこともリントと呼んでいる。
雄介は、ひょんなことからそのアークルを手にしてしまい、現代のクウガとなったという訳だ。
そして桜子は雄介がクウガになったことを知っている数少ない一般人の一人で、リント文字を解読することで、クウガとして戦う彼をバックアップしている。
今日はその桜子から連絡があり、話をしに行くことになったのである。と、一条刑事は翔とダイヤに説明する。
「え? つまり五代さんって、クウガになれるだけの一般人ってことですか?」
「そういうことになるな」
「すごいですね。あんな……平気で人を殺すような怪物と戦えるなんて」
「君だって戦ったじゃないか。しかもその年だ。あいつは少し前まで世界中を旅していたらしいから肝は据わってるんだよ。その意味じゃあいつよりもすごいさ」
それは違う、と、翔は心の中でそれを否定する。翔があの化け物に臆せず立ち向かえたのは日常的に魔術という超常現象を目にしてきたからだ。
そんな翔の心情を知らずに一条刑事は続ける。
「あ、そうそう、あいつには面白いことがもう一つあってな」
調度よく信号で車が止まる。そして一条刑事は財布から一枚の名刺を取り出し翔に渡す。そこには雄介の名前と『2000の技を持つ男』という文字が書かれていた。
「五代さんの名刺ですか? 2000の技を持つ男?」
「ああ。あいつが言うには、技、というか、特技を2000個持っているらしいんだ。俺もいくつか見せてもらったことがある」
「本当に、すごい人ですね……」
翔は月並みな言葉しか出せなくなっている。
「ああ。だからあいつには、ずっと旅だけしていてほしかったんだけどな……あいつ、最初の変身の時にこういったんだ『こんなヤツらのために、これ以上誰かの涙は見たくない! 皆に笑顔でいてほしいんです! だから見ててください! 俺の! 変身!!』それで、俺はあいつを信じようと思ったんだ」
それっきり、車の中で会話が交わされることはなかった。
それからしばらくして、城南大学の考古学研究室に到着した。
桜子の研究室は2階なので、翔たちは階段を使う……はずなのだが、雄介はビルクライミングで学舎の壁を登り始めた。
「……五代さん、いつもあんな感じなんですか?」
「……まあ、な」
翔とダイヤ、一条刑事はおとなしく普通の入り口から入り、階段を上っていく。そして『考古学研究室』というプレートがある部屋の中に入った。
その中では雄介と、一人の女性が言い争っていた。女性の方が桜子だ。桜子はビルクライミングで窓から入ってきた雄介に文句を言っているようだが、本気で怒っているわけではない。雄介は、かなりの確率でこの方法で入ってくるのだ。
「もう……あ、こんにちは、一条さん。と、君達は?」
桜子は、雄介との会話を打ち切って一条刑事に挨拶をする、と同時に翔とダイヤの存在に気付く。
「初めまして。僕は――――」
翔は挨拶を返し、簡単に自己紹介をする。ところどころ一条刑事が補足してくれたおかげで、桜子は何とか翔の事情を理解する。
「へぇ~。つまり、君は魔法使いで、五代君と一緒にグロンギと戦ってるってこと?」
「そうですね。短い間になると思いますけど」
「あ、じゃあ。資料必要だよね。印刷してくるから待ってて」
そう言って桜子は部屋を出る。数分後に、髪の束を持って戻ってくる。
翔たちはそれぞれ席に着き、資料が手渡される。
「今回は新しく解読できた古代文字の事と、クウガの事についてなんだけど」
桜子は語り始める。
「まず、クウガについてなんだけど。私たちはずっと、これをクウガを表している文字だと思ってたよね」
資料には2本の角がある独特の文字が書かれている。雄介はこの文字をとても気に入っていて、自信のTシャツにプリントまでしている。
「でも」
2本の角のクウガマークの下に2つの写真の画像がある。一つはひび割れた、石に描かれたもので、発掘品であることが分かる。もう一つはどこかの施設の壁に描かれたもので、無気味にも真っ赤な赤色をしている。つまり、血で書かれたクウガマークだ。
そしてその2つは4本の角を持っている。
「この2つのマークが問題になったというわけですか」
「でも、これがなにか問題なんですか? どっちでも問題ないと思うんですけど」
翔の疑問に桜子は首を振る。
「最初私は、この4本角の方は第0号のマークだと思ってたの」
第0号というのは、超古代で先代のクウガによって九郎ヶ岳遺跡に封印されていたグロンギ達を現代に甦らせたグロンギの事であり、現在は、一切の行方が分かっていない存在である。
「リントの戦士、つまりクウガは、第0号を元に作られたって思ってたんだけど……資料をめくってみて」
桜子に言われるまま全員で資料をめくる。そこには翔が今まで目にしたことのない記号が書いてあった。これがリント文字だ。その下にはちゃんと日本語訳がある。
「『聖なる泉枯れ果てし時 凄まじき戦士雷の如く出で 太陽は闇に葬られん』? これってなんですか?」
「さっき、4本角のクウガマークが2つあったでしょ? そのうちの石板に書かれた方の前後に会った文章なの」
「不吉だな。太陽は闇に葬られん、か」
一条刑事は顎に手を添えている。雄介はなぜか何もしゃべらない。
「そう言えば、前にヤツらの一人が『今度のクウガは、ダグバと等しい存在になる』と言っていたな……」
一条刑事はポツリと漏らす。
「じゃあ、やっぱり、あれはそうだったのかな」
「「「え?」」」
雄介の言葉に、翔たちが疑問の声を上げる。
雄介は立ち上がって歩きながら、丸めた資料で肩をたたいている。
「あ、いや、前に42号を倒した時に、俺、見たんです。4本の角があるクウガを。その時俺、すごく怒ってたんですよ。だって、狙われた子達すごくおびえてたじゃないですか。それで、自殺……する子とかも出て、それを考えたら、一瞬、赤の金のクウガで倒そうって思っちゃったんですよ。近くに一条さんたちがいたのに」
未確認生命体第42号『ゴ・ジャラジ・ダ』は、緑川高校2年生男子を12日間で90人殺すというルールの元、殺人を行った。
これだけならば、他のグロンギと変わらないが、問題は殺害方法にあった。
彼の殺害方法は、胸のアクセサリを、標的の脳に刺し込み、内部で鈎針に膨張・変形させて脳を内部から傷つけて殺すというものだ。問題は、この体内に入れられた針が凶器に変化するまでのタイムラグが4日あるという事だ。つまり、針を刺されたら最後、標的は4日間、死の恐怖に脅えなければならないのである。
その恐怖に耐えられなかった生徒の中には、自殺という道を選ぶ者もいたのだ。
それだけではなく、4日目にターゲットの目に見える範囲に出現し、宣告通りに死ぬ絶望感を与え、恐怖に怯える姿を見て楽しみ、苦しんで死んだターゲットの葬式にまで現れ、その場にいる同級生に恐怖を与える、という狂気じみたことをしたのだ。
あの温厚な雄介が怒り狂うのも無理はない。
「で、倒した時の爆発の中で見えたんです。4本の角をもってる黒いクウガを」
「つまり、怒りに飲まれて闘うと、凄まじき戦士になり……」
「ダグバと等しい存在になって……」
「太陽は闇に葬られる……」
ただの推測がこの場に重くのしかかる。しかし、この男は違った。
「大丈夫! 原因もわかったし、俺絶対そうなりませんから!」
サムズアップをしながら笑いかける雄介。自分の事だというのにまったく気負った様子がない。
「まったく……」
一条は本日二度目のあきれ顔になった。
そのあとは重い議題がなかったために、割とあっさり話し合いは進み、お開きになった。
そこで問題になったのは翔たちの寝床だ。
翔は出来ればあまり多くの人に自分のことを話したくはなかったため、雄介が居候している喫茶店のポレポレは却下。警視庁の仮眠室を使うという案もあったが、いくら何でも子ども2人を何日も泊めておくのは、ほかの部署から不審に思われると却下。そこで、ここ数日は泊り込みで解読作業に当たっているという、桜子の研究室に落ち着くことにになった。
「じゃあ、翔君、また」
「はい。何かあったら、連絡してください」
翔のその日の夕飯はカップ麺だった。それを食べ、簡易シャワーを浴びるとすぐに眠気が襲ってくる。どうやら、このこい1日は翔の体力をかなり削っていたようだ。
「おやすみなさい」
「おやすみ、翔君」
翔は、渡された毛布にくるまり、ソファーに寝転ぶ。もちろんダイヤは一緒に毛布の中だ。
今にも落ちそうな意識の中、一条刑事が言った雄介の言葉が頭の中に響いていた。
(こんなヤツらのために、これ以上誰かの涙は見たくない! 皆に笑顔でいてほしいんです! だから見ててください! 俺の! 変身!! か。誰かのために戦うなんて、あんまり考えたことなかったな)
魔術世界の魔術師は、魔術回路が一本でも多い跡継ぎを誕生させようとする。魔術は根源に至るために学ぶ。誰かのために魔術を学んでいる人なんていないし、それが常識なのだ。
翔は強い後継ぎが欲しいとは考えていないが、第2魔法の研究には大いに興味がある。ここ2年はそればかり考えて来たと言っても過言ではない。
誰かのために戦う。とてもいいことだが、同時に、とても大変なことだ。
どんなに強くなっても救えない命はある。むしろ強くなればなるほど、救える範囲が広くなり、取りこぼす数も多くなる。
しかし、救える人は確かに存在する。もし、自分のようにあらがえない理不尽に襲われた人を少しでも救えるなら。
そこまで考えて、翔は自分の腕の中のダイヤに目を向ける。すでに寝息をたてているその頭を軽くなで、桜子に聞こえない大きさでささやいた。
「ダイヤ、もし僕がみんなを助けたいって言ったらついてきてくれるか?」
「もひろんでしゅよ、ましゅたー」
寝言でそう返すダイヤの頭をもう一度撫で、翔は目を瞑った。