境界線上の傾奇者   作:ホワイトバス

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力ある者は必ずしも

上を目指さなければならないのだろうか

その場に留まることを知らないのか

配点《実力》


道中の迷い人

 

 

 正純は森の中にいる。日は照高く南に、時刻は午後を過ぎた辺り。草を掻き分けるように進み、足が絡まるところで一言。

 

 

「私って、方向音痴なのかな……」

 

 

 一年前辺りにも同じような体験をしたことがある。二回行って二回とも迷うとはもはや方向音痴 以外の何物でもない。そうだろうな。という自覚も芽生えていた。

 

 

「後悔通りに行きたいだけなのに……近道なんてしなければよかったな……」

 

 

 女店主の言葉に従ってちょっと調べようとしてこの様。横へ入って少し歩けばすぐ教導院に着いてトーリに小包を渡す予定だったのに、どうしてこうなったのやら。

 

 

「これじゃあ、自分から神隠しになりに行ってるみたいだな。……"公主隠し" は―――御免だがな」

 

 

 近年増え続ける怪異。数ある怪異の中でも謎に包まれたのが公主隠しだ。怪異を装った誘拐犯の犯行、はたまた、これも歴史再現の内だと噂する者もいたが、真相は分からず終い。

 術式を使えば見つけることの出来る神隠しとは違い、その人物が痕跡も残さず消滅してしまうのが特徴だ。

 

 母もまた、その公主隠しによって消えた犠牲者である。

 

 一年以上が経つ今でも、あのときの喪失感は忘れられず、後に染みてきた後悔は新しい記憶として胸に留まっている。一人になることを恐れ、そんな時間さえも作りたくないと怯えている。

 

 だからこそ、早く後悔通りへ行きたい。ここにいて神隠しに遭遇したらどうしようと疑心の意さえ生じてきた。

 

 けれど、現実は非情である。

 

 

「……通りはどこだあ。誰か助けてくれぇ……」

 

 

 心細さからか、いじけるように愚図り始める。

 それでも歩みを止めず。

 

 

「あ、あれは―――」

 

 

 小さいスペースを持つ小さな小屋。中にあるプレートには "御霊平庵" と書かれており、正純はこの小屋が鎮魂のために作られたものだと確信した。

 

その先、木々が重なるその先に大通りが一つ。教導院にも繋がる木のトンネルに沿う道。

 

 その名を "後悔通り" と言った。

 

 十年前、この通りで一人の少女が死した際に、そう名付けられた道だと聞く。だとすれば、その少女こそが『後悔』の正体なのであろう。

 

 そして、御霊平庵もその死と後悔のために鎮座しているのかと。

 合掌くらいするか。そう思った矢先、歌が聞こえる。通し道歌である。

 

 

「―――P-01sが歌っているのか?」

 

 

 今日は何かと彼女の歌を聴く。安らぎと癒し、その二つを兼ねた歌声が正純の不安を和らげるように森全体へ響き渡る。

 

 

「いい声だな……」

 

 

 朝は決まって、彼女を歌を聴いてから登校するのが学生の通となっている。正純もまた、一日に一回から二回は聴いて登校するのが毎日の日課でもあった。

 

 さて、そろそろ行くか―――、と。

 

 

 

 

 

「正純、こんなところで一体何をしてるんだ?」

 

 

 新たに響く声はよく知っている声。だが、正純には身をすくませる声でもある。話しかけれただけだと言うのに、その声には厳格さが滲み出ていた。

 

 

「父、さん?」

 

 

 暫定議員であり、自分の父でもある本多・正信その人であった。

 

 

「こんな時間に、ここで何をしている?」

 

「―――武蔵のことで、まだ解らないことがありましたので、実地を調査をと……」

 

「なるほど……。では、森の中にあった小屋、あれについて何か解ったことはあるか?」

 

「え……?」

 

 

 予想だにしなかった答えが返ってきた。いつもならば、そうか。とか、無言で立ち去るのが普通だったが、より真相を追求するような問い。突然のことに正純は即答出来なかった。

 

 

「―――あの休憩所に、何か?」

 

「……知らないか。勉強不足だな、何一つ理解がないとは」

 

「………はい」

 

 

 シュンと、叱られた子供のように項垂れるしかなかった。

 

 母の死から一年は経つが、父とは視線も合わせず、言葉も交わせずの一年。その間、子として愛されたことも、政治家として育まれたことも、ない。

 もはや自分のことなど、どうでもいい。そんな気がしてならなかった。

 

 

 

 

「しかし、御子息、何やら面白いものを持たれてますな」

 

 

「え? (……これのことかぁ――――ッ!?)」

 

 

 左脇に挟んだ小包。マルゴットがくれた生徒会宛のエロゲである。父の友人で、武蔵一の豪商である彼が、何故この爆弾紛いに興味を持つのか正純は理解できなかった。

 

 

「私の商売では、『そういうモノ』なども扱っているんですよ―――初回版とはまたレアなモノをお持ちで。もしよければですが、譲ってくださりませんかね」

 

「あ、あの、これは、友人のでして―――」

 

「ふむ、よくわからんが差し上げろ」

 

 

 

 無理だ、出来ない。―――それが率直な意見だ。

 

 これは私のものではない。本来なら、この武蔵艦から天空へ向かってスパーキングさせたいが、それはトーリを売ることと同類だ。

 

 例えエロゲでも、あいつに取っては一生ものの宝物なんだ、と。

 

 

「友人のものだというならば、この後に買って届ければいい。相手は気づかん」

 

「で、ですが、これは、実は友人のものでして……」

 

「正純」

 

 

 これが最後の通告だ。と言わんばかりな表情に声。正純はその身に凄みを感じた。

 

 渡してしまおうか。そのほうが楽だろう。トーリには悪いと思いつつ小包を―――

 

 

 

 

 

「おっしゃセージュン奇遇だなあ―――!」

 

 

 突如、父と正純を遮るように一つの影が飛び出してくる。やけに張りきった声。だが、どこか空元気にも感じる声である。

 声の方向を見れば、青白い幽霊顔のトーリではないか。

 

 

「お、お前、何でそこから……というより顔色悪いぞ!? 大丈夫か!?」

 

「あーあー、大丈夫大丈夫。運動したから汗かいただべ。ちょっと走ってただけっぺよ」

 

「落ち着け。なんかどこの方言かは知らんが、とにかく落ち着け!」

 

 

 少々、興奮かつ動揺しがちのトーリに心配するが、すぐに顔色を一変して目を輝かせた。視線の先は己の脇の小包、カモフラエロゲだ。あ、と正純は頼まれ事を思い出して。

 

 

「マルゴットから、お前に宅配物を頼まれてたんだ。ほら、その……とにかくほら」

 

「マジかよ! あんがとなセージュン。いやー、来んのおせーからどうしようと思ってたけど、届いてよかったー!! おおー、愛しの女王様ー! んちゅー(^3^)」

 

「具合悪かったんじゃないのか……」

 

 

 一心にカモフラエロゲにキスするトーリにどう対応すればいいか解らず、戸惑る。そしてやがてキスを終えたトーリは。

 

 

「よしセージュン。俺、明日コクりに行くから今夜教導院で前夜祭するんだけどよ。お前も来いよ。女王様届けてくれたお礼に特等席から見せてやっからよ」

 

「無理だ、大体校則違反だぞ! それに今夜は三河の花火を見に行く。悪いが、前夜祭は行けそうにない」

 

「ちぇ、しょーがねぇなあ。俺のコクる人、セージュンもよく知ってる人だから来て欲しかったんだけどな」

 

「はあ? 知ってるって……一体誰だ葵! それと私に迷惑掛かんないよな!? だよな、葵ィ!!」

 

 

 どーだろなあ~。そんな捨て台詞を残してトーリはくねくねしながら去っていった。

 

 

 

「も、申し訳ありません……。クラスメイトが邪魔してしまって……」

 

「いえ、別に構いませんよ。それに―――まさかここで後悔通りの主が来るとは……そういえば、もう十年ですな」

 

「後悔通りの、主……!?」

 

 

 正純の問いかけに商人は横目を向けてきた。

 その目線の先は、対面の歩道にポツンと寂しく鎮座している石碑。

 

 

「あそこに石碑があるでしょう。公にはなっておらぬのですが、昔ここで一人の女の子が事故で亡くなりましてな。その女の子の名は、……『ホライゾン・A』」

 

 

「ホライゾン……?」

 

「三十年くらい前でしょうか、元信公が三河の頭首になった際に、MATSUDAIRA(マツダイラ)からARIADUST(アリアダスト)へと、逆さ読みにした松平から頭文字を削ったのです。もはや松平の姓の加護は要らぬ……と、聖連への恭順を示すように」

 

 

「アリアダストって、教導院の名じゃ……!」

 

「ええ、その通りです。無論、聖連は元信公の意思を認め、姓を戻させましたが、その姓は幾つかのものに残りました。教導院も然り、その姓を用いる子というのは―――」

 

 

 今まで黙っていた父が、商人の言葉を奪うようにして、こう言った。

 

 

「聞いたことがないか? ―――松平 元信公には内縁の妻と子がいたと。その子が『ホライゾン・アリアダスト』だ。……憶えておけ、勉強不足にならんためにな」

 

 

 

 はい。とは言える状態ではなかった。

 とにかく理解しようと頭は精一杯だった。教導院の名の由来、松平公の公に出来ぬ話、そして何より、見たことのない父の説い。

 だが、話はまだ終わらない。

 

 

「そして十年前、武蔵の改修を決めた式典に出席する道中、元信公の乗る馬車とホライゾン嬢はここで衝突……。その後、松平家によって現場は回収され、武蔵には遺体も、遺品さえも来なかった。そういえば―――明日だったな、事故が起きた日は」

 

「はい。ですが、後悔通りの主にとっては後悔の連続、むしろリアルタイムなのでしょうな。何年経とうが、彼の頭の中は常に当時のまま。―――彼がホライゾン嬢を殺してしまったようなものですから」

 

 

「は…….! それは、一体どういうことですか!彼が、葵が殺した、って!」

 

 

 皆が言ってた秘密とは、このことを指してるのだろうか。

 女店主も酒井も皆して口を揃え、言っていたこの道の秘密というのは。

 

 

「後悔トーリ(通り) ……。『トーリ』と『通り』の二重の意味を持つ道。誰が名付けたかは知りませんが、皮肉なものですなぁ。―――彼もまた、ホライゾン嬢共々に事故に巻き込まれました……でも、三河から戻ってきたのは治療を終えた彼だけ。彼女は……戻ってくることはなく、来たのは、死んだという悲報だけでした」

 

 

「………」

 

 

 何も言えなかった。頷きの言葉も、悲しみの嗚咽もなく、何も口に出来なかった。

 

 大切な友人を失ったというのに、過去を忘れた訳ではあるまい。なのにトーリは何時ものようには笑い過ごしている。正純にはそれが理解出来なかった。

 

 

「彼は……、葵は、友人を亡くし、後悔を背負って尚、笑えるのでしょうか。人々は、何故彼を支持するのでしょうか。……私には、解りません」

 

 

 少なくとも、自分は笑えなかった。

 母を公主隠しで亡くした時は、一週間は人知れず泣き、一ヶ月は暗い表情で過ごした。それは今も同じだ。母を思い出すと目から溢れそうなことが多々ある。

 

 けれど、ホライゾンを目の前で亡くしたのに、彼は笑えている。十年という歳月が悲しみを薄めたのか、彼自身の性が忘れていったのか。

 

 

「それでも、彼が立ち直られたのは彼の姉と、慶次さんのおかけでしてな」

 

「慶次が……?」

 

 

 

「知りたいか? なら自分で調べるんだな、正純」

 

 

 父は言った。商人の言葉を妨げるように、そして言葉を奪ったように。

 

 

「ここで私から言ってもいいが、それでは何も得られない。自分で見つけるからこそ、価値はある。それ以上知りたいのなら、踏み込むんだな、彼の後悔の行き場に。―――おっと、会合の時間に遅れる、ここまでだな」

 

 

 あ。という間に教導院方面へ馬車を走らせる。

 置いていかれた。という思いが、何故か心に残った。ただ一つ、解るのは。

 

 

 

「……私はまだ何も分かってない、ということか……」

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 空に一隻の船。

 

 

 武蔵アリアダスト教導院の校章を付けた警護艦とすれ違うように西から東へ、一隻の艦船が過ぎ去っていく。

 

 舷に刻まれたアルカラ・デ・エナレス教導院の校章、即ちそれは、三征西班牙(トレス・エスパニア)に属する艦船であること。漆黒の長方形の艦が他艦を威圧し、その黒の輝きを放っていた。

 

 舳先近くには一組の男女。背が高く金髪の少年と、背が低く黒髪、両の義腕で持った少女が立っていた。

 

 

「あれは―――東国最強、本多・忠勝の娘、本多・二代ですね。三河教導院在籍、三河警護隊隊長だとか……」

 

「なるほど、彼女が……。本多公は御息女への襲名をお考えなのでしょうか?」

 

「どうでしょう。ですが、考えたところで無駄かと。それよりもっと前へどうぞ、宗茂様。八大竜王として大罪武装を任された身として、前へ出ることが他国への牽制にもなります」

 

「ええ、十分に承知してます。―――今の私は他国に見せびらかす兵器のような存在。もはや、八大竜王の名さえも他国の抑止力にしか役立てませんので」

 

 

 どこか自虐染みた台詞に、誾は感情的にはなれず、無言を貫く他なかった。

 どう返せばいいだろう。そんな気遣いに似た感情が脳内をグルグル回ってく内、返す言葉さえも見失ってしまった。

 

 愛する者が困ってるのに、この様。隣に立つ資格なんてない。とうとうそんな悲哀な思いさえも生じてきた、その時だ。

 

 

「しかし、彼女、見事な身体ですね……ぐぶっ!?」

 

 

 横より拳が一発入った。右のストレートである。

 

 

「ちょっ!? 何するんですか誾さん!」

 

「……いやなに。ちょっと教育(・・)が必要かと思いまして」

 

 

 悲しみは消えたようで、ゴスッゴスッとさらにもう数発。両の義腕でのスパーリングが宗茂の胴に入った。

 

 

「い、痛い! 痛いですって! 誾さんどうしたんですか!? ホントに痛いんですけど!?」

 

「………」

 

「す、すいません! 何か怒らせたなら謝りますからすいません! だから殴るの止めてくださいッ!」

 

「……Tes(テスタメント).」

 

 

 

 

 

「いつつ……。い、いきなりどうしたんですか?」

 

「いえ……何も」

 

 

 分かっている。彼はそんな男ではない。そのことは十分承知しているはずだ。彼はただ、武芸者として彼女(二代)を誉めただけである。不純な気持ちなど更々ないだろう。

 

 なのに、それだけのことで手を出してしまうなんて、自分はなんて嫉妬深く、短絡的な女なのだろうか。これが夫婦の片割れがすることなのか。誾は自分で自分を殴りたかった。

 

 そんな誾を見て宗茂はクスッと軽い一笑を浮かべて。

 

 

「嫉妬ですか? 誾さんも随分可愛いところがあるんですね」

 

「もう一度食らいます?」

「い、いいえ、冗談ですよ……」

 

 

 遠慮しときます。と困ったように微笑む宗茂は覗き見るようにして、また微笑んだ。

 

 

「ですが、そんなところを含めて私は好きですよ」

 

 

「……バカ」

 

 

 ポスッと宗茂に当たったパンチは軽く、誾の精一杯の照れ隠しであった。

 

 

 




立花夫妻……他人事ながらニヤニヤが止まりませんな。末永く続くことを願います。

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