境界線上の傾奇者   作:ホワイトバス

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過去に注いでも何も変わらない

未来に注いでもどうなるか分からない

だが、今に尽くすことは出来る

配点《尽力》


街角の遊撃手

 

 

 

 正純と別れてどのくらい経ったのか、解らない。数分か、十数分か、解らなくとも結構歩いたなという実感があり、それだけでもある程度時が経過したことを示してくれる。

 

 

「たくっ、もう少しいい場所なかったのかねえ。こんな場所に呼び出しやがって。年寄りを労ることを知らねぇのかよ」

 

 

 愚痴を溢しつつ歩くこと数分。向こうに新名古屋城と三河の町並みが見える道を横に、森の中を抜けて進んだ先に自然に出来た広場に出た。

 

 

「おーい! 酒井ぃ!」

 

 

 

「―――ダっちゃんと榊原か。なに、二人して俺を待っててくれたのかよ。いや~、ようやく俺のスゴさを理解したか。なんたって松平四天王筆頭だからな、筆頭だもんな」

 

「筆頭なら先について皆を待つくらいの偉大さ見せろよ。言っとくがお前が最後だぞ。左遷されたくせして遅刻なんていい度胸してんなあ、おい」

 

「まあまあ、二人とも落ち着いて。それにしても酒井君も久しぶりだね。元気にしてた?」

 

 

 三人の先客。そのうちの一人はずっしりとした体格の大男。片や、いかにも勤勉そうな眼鏡の男。さらに大男の後ろで微動だにせず、沈着している少女が一人。

 

 ダっちゃんと呼ばれたのは東国無双、本多・忠勝。

 眼鏡の男性は能筆家であった、榊原・康政。

 

 俗に知られる松平四天王のうちの三人がそこにいた。

 

 

「ちょっと老けたなあ、二人とも。シワも深くなって白髪も増えて、もうホント爺だよ。若い頃が懐かしいねえ」

 

「くくく、言っとくが俺はまだまだ現役だぜ。昔から体力はずば抜けてたしな。ここに来る前も槍の鍛練してきたからよぉ」

 

「あーあ、まーた始まった、ダっちゃんの体力自慢。そんなの暑苦しいから他所でやれって言ってるのに、いい加減学べよ」

 

「忠勝君と比べて私は運動は苦手だったから、体力はもうないよ。今は書斎に籠って筆を走らせるくらいだね」

 

 

 かつての友を十年ぶりに拝められ、会話に華が咲く。しかし何かが足りないと気づいた酒井。

 

 

「そういや、井伊は? まだ来てないのか?」

 

「それがな、井伊君は―――」

 

「その件は他言無用だ、忘れたのか榊原。まあ、今回集まったのは色々事情があってだな。お前が左遷されてから会うのはこれが十年ぶりだろ。昔よく飲んだ店で懐かしき友と一献するのも悪かーねぇと思ってな」

 

「忠勝君にしてはいいアイディアでね。僕も同感だ。店は予約しているから、さっそく行こうか」

 

 

 その前に。と酒井が二人を呼び止めた。

 

 

「後ろの可愛い子ちゃんは誰? もしかしてだけど……ダっちゃんのこれ?」

 

「馬鹿かテメェ。俺の娘の二代だよ。ほら、十年前に一回会わせたことあったろ」

 

「あー、はいはいあの娘ね。しっかしえらい綺麗になったなあ。女ってのはしばらく会わんうちにこんな別嬪に変わるもんなのかねえ」

 

 

 女は知らない間に蛹から蝶になると誰かが言ってたが、まさしくその通りだな。と酒井は思った。

 

 十年前に会った時の幼い子供とは大きく変わり果て、もう大人といえるほどの肉体へと成熟していた。四肢は華奢ながら程よい筋肉で引き締まっており、出るところは出て、引っ込むべき所は引っ込みいる艶冶。髪は絹の如く雲鬢となりて、花顔以外に言葉が似合わぬ凛とした顔つきへとなっていた。

 

 しかし最も変わったのは肉体ではなく、佇まいだ。無邪気さから気迫。そんなものが感じられた。

 

 慶次がよく使う言葉を借用して言えば一個の『いくさ人』がそこにいた。

 

 

「酒井殿と榊原殿であり申すか?」

 

「え、うん。そうだけど?」

 

「此度、かような席に招いてくださり有り難き幸せ。拙者、本多・忠勝が娘、本多・二代と申す。十年ぶりということ故、ここで挨拶をしめていただきまつる」

 

「……」

 

「酒井殿と榊原殿のことは三河教導院でもよく耳にし、父上からも二人のことは聞いてるで御座る。何でも―――」

 

 

 二代が話している間に親父三人衆は肩を並べ、彼女に聞こえないか細い声で議論し始めた。

 

 

「……ダっちゃんが子育てするとあんな風になるのかよ。おいおい、どういう教育してんだよ。あれどうみても別の時代の武士じゃねえかよ!」

 

「だよねぇ。僕もついさっき会ったときは度肝を抜かれたよ。まさか、彼女がああも変わり果てるなんて……」

 

「なんだよおめえら! 揃いも揃ってため息吐きやがって! 案外傷つくんだからな、おい!」

 

 

 

 

「拙者、父上から剣術・槍術を指南していただき、恐れ多くも教導院一として―――」

 

 

 

 

「そもそもダっちゃん教育向いてねぇんだわ! どうせ、子供は自分で育つとか自由にさせようとか何とか言って、肝心なところで手出ししてねぇんだろ!? ダっちゃん体育会系だもんな。もう原因判明したじゃんかよ!」

 

「し、仕方ねぇだろ! 俺はそういうことは苦手で……っていうか、子はおろか、女房もいねぇお前にだけは言われたくないわ!」

 

「それ言うんじゃねえよ! 平常心装ってるけど本心はめっちゃ傷ついてるんだからな!? 言葉を選べってんだ言葉をォ!」

 

「だったらさっさと結婚しろよなあ! どうせ、もうすぐ末世だからって結婚しなくてもいいよなとか思ってんだろ? だからできねぇんだよお前は!」

 

「よし決めた! 『結婚』は禁句にするから。俺の前で『結婚』という単語は絶対に言わないこと。わかったかあ!!」

 

「ただの負け惜しみだよね、それ……」

 

 

 

「あの……聞いてくれぬのは少し寂しいで御座るが……」

 

 

 

 無視される二代の顔は捨てられた子猫のようであった。

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 左舷二番艦 "多摩"。そこは、表層部に商店街を構え、観光客向けの艦として恩恵を受けて成り立っている。観光客向けだけあって食料はもちろん日用品や雑貨品も揃い、艦そのものが店として機能していた。

 

 

「うーん、明日の打ち上げ用の食料はこれぐらいでいいですかね」

 

「にしちゃ、ちと買いすぎじゃないのかね。まあ、うちに大食らいが二人もいるから、仕方ないというか―――」

 

「ミトも慶次君も食欲はスゴいですし―――主に肉で。ですが、肉は目一杯買いましたから大丈夫ですよ」

 

 

 それぞれの手には山盛りの食材が入った紙袋。どれもこれも告白の打ち上げ料理用に買ったものだ。

 

 

「ガ、ガっちゃんや、ゴっちゃんとかい、いてくれると、良かった、けど」

 

「今頃、あの二人は艦を跨いで忙しいですよね。最近は私も契約関係やら術式の説明やらで多忙でして……、特に術式は過激なのばっっっかり選ぶもんで大変なんですよ」

 

「そりゃ、アンタの神社だしカウンターやってるのもアンタだからだよ」

 

 

 直政が呆れながら言う。

 

 

「人が逃げたらズドン。馬鹿やってたらズドン。欲しいもの目当てにズドン。これで悪印象持つなって無理な話だよ」

 

「……ふふふ、背を向けたら負けということを知らない人にちょっと教育を施した(・ ・ ・ ・ ・ ・)だけですよ。慌てるこたぁありませんよ」

 

「……その顔がブラックなことに気づかないのかねぇ」

 

 

 神社の跡取りがこんなんじゃ、何時しか誰も来なくなるんじゃないだろうか。

 しかし唯一の神社だけあって客足が止まらないところを見るとそれはないなと考えを改めた。

 

 

「でもまあ、皆さん買い物をしてるところを見ると総長の告白が気になるんですよね。ハイディさん達も告白のほうへ行くって言ってましたし」

 

「やっぱり、何だかんだ言って皆さんトーリ君のことが放っとけないんですね」

 

 

 確かに。と直政は静かに肯定した。

 

 

「世の中はやれ大罪武装だの、やれ織田だのと騒いでるけど、よくやる気になったもんだあの馬鹿。末世より告白が気になるなんて……『通し道歌』じゃないけど、怖いさね。

 アサマチは喜美んとこと付き合い長いだろ。幼馴染みとしてどうお考えだ?」

 

「どう考えって……。まあ、色々思うことはありますけど、成功するのが一番ですよね。それに親の関係もあったので、なおさらっていうか……。ですが、何故それを?」

 

「ホライゾンのことさ」

 

 

 苦笑しつつ、直政は言った。

 

 

「小さい頃はよく憶えてないけどさ、あいつらの馬鹿加減はよく憶えてる。ホライゾンは変に気を遣って内面に悩みを溜め込み、トーリはその横で悩みを抱えることなく馬鹿をやる。そこに慶次やら、喜美やら、アサマチやら……、まあ、そんなこんなで馬鹿をやる。それだけが記憶に残っていてね」

 

「ええ、生まれが複雑な人でしたからね。それでも、明るく接していたのは空元気だったのか……それとも彼女自身の素だったのでしょうか。でも、それに気づいたのは―――彼女が死んでからですね」

 

 

 うん。と皆が頷く。昔のことはそんなに記憶にないのに、そのことを忘れることなかった。いや、忘れることが出来なかったと言うべきか。

 

 ホライゾンという、クラスの中心にいた女の子のことを。

 

 

「……そう考えると喜美も慶次も馬鹿な奴さね。明日が十年目だというのに告白とは、わざわざ傷口を抉るようで酷だ。思い出したくないことも一つや二つあるだろうに。それなのに遠くで見守るなんて、やっぱり馬鹿だね、あの二人」

 

 

 だからこそ敵わない、あの二人には。何年経っても。

 

 

 

「ホラ、イゾン、や、優しい人、だったの……」

 

 

 腰に下げられた吊柵状対物センサーの金柱部が『鈴』のように鳴った。

 

 

「し、知ってるかな? これ、あ、合図なの。私、目見えない、から、触れるとき、こ、これで合図する、の。そ、それにね? トーリ君、私を呼ぶとき、『おーい』とか、『あのさ!』とか、絶対言うの」

 

「ああ、あたしらも何気に使ってるけど、小等部の時に馬鹿がそれやってるって気づいたときは、細かいところで点数稼ぐもんだと思ったけど……」

 

 

ううん。と否定する。そして小さいながらも一生懸命なその声で。

 

 

「これ、考えたの、ホライゾンと、慶次君なの」

 

「へぇ……」

 

「こ、怖がって、くれずに、出来るか、って、試して、くれたの。トーリ君、と慶次君、ホ、ホライゾンと、一緒に。だ、だから、ホ、ライゾンが、居なくなっても、……忘れなかったの」

 

 

 そうかい。と直政は言う。必死で可愛らしい鈴の表情に何も言えなかったからだ。

 それはアデーレや浅間も同じであった。まさかそんな話があったのか、と。また、彼ららしいな、という思い。

 

 鈴が彼らを好くのも無理はない。それが結論だった。

 

 

 

 

 

『さぁーて、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!』

 

 

 さっきまでの曇天を吹き飛ばすような威勢のいい声が届いた。皆が見てみれば、商店街の一角で人混みとは違った野次馬が出来ている。

 

 

「……何かあったんでしょうか?」

 

「ちと、見てみるか」

 

 

 

 

 

「さあさ、張った張った! イカサマや八百長などはもっての他! 誰が一着かは神のみ知ることよ! さあさあ、今のところ倍率は鰻登り。もう賭ける者はいないか!」

 

「おい小僧! 俺ぁ二口賭けるぜぇ!」

 

「俺は五口だ!」

 

「毎度! さあ、もういないか? だったら締め切るぞ!」

 

 

 慶次だ。場の取り巻きを左右するように、采配を振るように、あれこれ指示をしていた。

 金のやり取りからすれば、賭け事のようだ。商人から職人といった面々より金を回収しつつ、札を渡していく。

件のやり取りを左右していた慶次に、浅間は尋ねた。

 

 

「……慶次君、なにやってるんですか?」

 

「んん? なんだ浅間か……っと、他の皆も。何って見ての通り賭博だ。この後、ナルゼ達 配達業の奴等がレースするから賭けをやっておる。今日は三河やK.P.A.Italia の客も来てるからいい潮時だ」

 

「確かに人は栄えてますけど……」

 

 

 だからと言って白昼堂々、賭博なんてしないでほしい。遅刻、欠席、退席の常習犯だけあって、それは警告にも近い願いだった。

 

 

「明日はトーリの告白だろう? 成功したなら祝い席を用意する。失敗しちまったら……まあ、そのとき考えっか」

 

「……アンタ、そういうところはマメだね。いつも異様だから、そういうのは興味ないと思ってたよ」

 

「友として当然だ」

 

 

 さも当たり前のように言った。

 

 

「一人の男が好きな女と共にいたいと思いを伝えに行く。興味ない理由がなかろう。恋もまた戦。一人のいくさ人として、奴の恋路を見送ってやりたい」

 

 

 惚れ惚れとするまでに、男らしい。それが四人の感想であった。

 その男らしさに四人は、必死に顔を隠す。手で遮るのもいいが、俯いたり、明後日の方を見たりととにかく隠す。見せたくない顔だと全員が自覚している故にだ。

 

 さぁて、と慶次は骨を鳴らしつつ立ち上がった。

 

 

「トーリと喜美は―――、やっぱりあそこ(・ ・ ・)か?」

 

「ええ、昼休みの後、トーリ君が後悔通りに行くって言ってましたから……やはり」

 

「歩く気なのか、奴は」

 

 

 確認からの確信。間違いなく、トーリはあの後悔通りを踏む。慶次はそう確信した。

 そうか。と一頷き、納得したような顔でまた一頷き。

 

 

「今夜は花火、明日は告白ってか」

 

 

 そして嬉しそうな顔で空を仰ぎ見、また一頷きをして。

 

 

「祭りは好きだから、今日も明日も、祭りになるといいなあ」

 

 




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