境界線上の傾奇者   作:ホワイトバス

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議会中の服案者達

 

 

 懐かしい夢を見ていた。今から十年前ほど前のことだった。

 

 

「なあ、話ってなんだよ?」

 

「ああ、実はな……俺、ちょいと家空けるわ。野暮用でな。しばらくは帰れん」

 

 

 懐かしい思い出。だが、ある意味 最後の思い出(・・・・・)でもあった。

 

 子供の頃の思い出はほとんど憶えていない。だが、これは忘れられない――いや、忘れてはいけない記憶。この思い出だけは、彼の記憶にしっかりと刻み込まれていた。

 

 そして――眼前に立つ渋味のあるこの男も……彼にとっては懐かしい人物だった。

 

 

「えぇ!? なんでだよ! わかった。またどっかに作ってきた女の人と……むぐぅ!?」

 

「しぃー!! アホ、大声でそんなこと言うな! 酒井のバカに聞かれたらネタにされんだろうが!」

 

 

 否定しない辺り、あながち間違ってないことは確かだった。

 

 とはいえ、男がいなくなることに哀しみと寂しさを憶えた。たった一人の肉親。というのもあるが、何より、家族が消えるのはもう体験したくないから――。

 

 

「……バカだな。仕事済ませたら、ちゃんと帰ってくるさ。それまで、葵ん家の姉弟や浅間神社の嬢ちゃんと仲良くしてろ。前田家の男はダチを大事にしてナンボよ」

 

 

 ポンポンと頭を叩く温かみと優しげのある手は、どこか名残惜しさを感じさせ、寂寥を一層 増させた。

 

 

「俺がいねぇ間は酒井に――いや、あいつに頭下げんのは嫌だしな……。ま、武蔵さんに頼りな。酒井より百倍頼りになるし、……母さんにも似てるし、悪い気はしねぇだろ? よし決まりだ」

 

「……いつ帰るの?」

 

「分からん。五年後か、十年後か……、はたまた数十年後か。とにかく、長期間なのは確かだ。だからよ――」

 

 

 差し出したのは一本の長物――。全体が布に巻かれ、その僅かな隙間から覗いた朱色(・・)が鮮やかな長物だった。

 

 そして男は言う。邪念のない力強い笑みのまま、男は言い放った。

 

 

「――『俺の代わりに、武蔵を守れ』。……これは餞別だ。俺にはもう必要ねぇ。これからはお前が持ち主だ。だからよ、武蔵を守るのも、お前の役目だ」

 

 

 無茶苦茶な。と子供ながらにその時は思ったものだ。だが、拒否は出来なかった。男の眼差しは、真剣そのものだったからだ。

 

 故に、頷く。大切な友達を、そして男が残すこの武蔵を守るために。

 

 

「そうか! なら結構結構! さっそく前祝いに飲むかぁ!」

 

「あ、この前 酒井おじさんに酒控えろって言われたんでしょ! やめときなって!」

 

「あんな奴に言われて止める俺じゃねぇ! よーし、早速片っ端から梯子酒すっか! ついでだ。近所の奴等も呼んでパァーと盛り上がろうぜ! なんせ、お前の…し……なん……よ―――……」

 

 

 

「―――親父?」

 

 

 

 そこで慶次は目が覚めた。ぼんやりと窓から朝日が差し込む中、重い瞼を開かせた。

 

 

「……夢か」

 

 

 夢にしては鮮明なものだった。それだけ思い入れが強いのか――は知らぬが、それでも慶次にとっては印象の強い夢であった。

 

 虚な目を瞬きして正常に。ようやく視界が晴れたところで、新たな人影が生まれた。

 

 

「……随分と遅いお目覚めのようですね。――以上」

 

 

「村山か……」

 

 

 慶次の自宅は左舷二番艦 "村山" 、商店街が見下ろせる見晴らしのいい小高い場所にあった。一見、プレハブみたいな小屋のような家ではあるが。

 

 間取りは単純。シャワー室とトイレ、後は一室のみ。しかし狭さを感じさせない作りになっているため、一人暮らしの慶次にとっては『住めば都』であった。

 

 

 だが、彼自身、起きるのは喜美に匹敵するほど遅いため、教導院の本鈴がなる前に度々、村山が起こしに来るのだ。何とも羨ま……ゲフンゲフン、だらしないったらありゃしない。

 

 

「普段から遅起きとは思っていましたが、今日は一段と熟寝のご様子で。何かいい夢でもご覧になられたのでしょうか? ――以上」

 

「ある意味だがな。……教導院は?」

 

 

「Jud. 昨夜の騒動の受け、一時は休校にもなり得ましたが、様々な方の協力のおかげで通常登校です。――以上」

 

「武蔵さんは?」

 

「武蔵様は品川と共に酒井様の保釈手続きをしに三河関所へ。もうまもなく釈放される頃かと。――以上」

 

「あー……そういや、三河に居たんだっけな。事情聴取されてる最中であろう。……さて、っと」

 

 

 布団をどかし、生まれたままの姿へと――。基本、在宅中は着流しのみで過ごすのが日課な彼なだけに、裸になるのは自然なこと。それを補佐する形で、村山は当然のように着替えを差し出す。

 

 いつも通りの朝。いつも通りの準備。………なのに

 

 

( 気分が……晴れねぇな )

 

 

 その原因はもちろん――口にはしなかったが、十分 理解していた。

 

 けど、今は抑え、済ませることを済ます。着替え、帯びて、靴を履く。毎朝の一連の流れだ。当然、それさえも村山が補佐する。

 

 最後に見送り。手を重ねて一礼し見送る様は……一種の主従関係のようだが、どこか肉親関係のようでもあった。

 

 

「いってらっしゃいませ。――以上」

 

 

 いってきまーす、と怠そうな返事の慶次は、重い足取りでいつもの場所へ向かうことにした。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 いつもの朝が来た

 

 いつもの時間が流れる

 

 けど、いつもの日は来ない

 

 配点《日常》

 

 

 ☆★☆

 

 

 

コソ、コソ……

 

 

「………」

 

 

コソコソ……

 

 

「………」

 

 

 

「なーにやってんだ、テメェ」

 

「――ひ、ひぁいッ!!」

 

 

 可愛いのどけた声が一つ。梅組の標識が掲げられているドアの前に不可解な少女が一人。顔を見れば、浅間であることに衝撃的だった。

 

 

「って、慶次君じゃないですか! な、なな何です一体!? 別に八時前だから誰もいないだろうし、一番に来て待つのも嫌だから一回 様子を見て――って、違います違います!」

 

 

 コソコソとドアの隙間から教室内を覗こうするのは巫女のやることじゃないし、動きがアレなせいか、半目を向けられ、浅間はたどたどしく焦った。

 

 しかしすぐさま視点を変え、彼の顔へ――。

 

 

「け、慶次君…傷は――」

 

「別に重傷じゃねぇし、打撲くらいかねェ。まっ、人一倍 体は丈夫だから、大したことねぇな」

 

「よかった……」

 

 

 彼が無事だったことに、自然に安堵の息が漏れる。

 

 昨晩、事後の二人を見て……一同は酷く嘆いた。手を出せず、ただ嘆いただけだった。

 ボロボロに汚れたトーリと、血を流しつつ彼を背おう慶次の二者を、迎えることも慰めることも出来なかったのだ。そのことに一同は自虐した。

 

 それはまるで。

 

 

( まるで、あの日(・・・)みたいですね…… )

 

 

 数奇なものだ。今日があの日の丁度 十年後。運命とは、必然な物なのかもしれない。

 

 二人が一番 親しかったであろう少女を失ったあの日。

ようやく会えたのに、これから失われるであろう今日。

 

 どちらにも嫌な顔をした二人と、無力だった自分がいたことは常に憶えている。

 けれど。

 

( 貴方に……救われましたね )

 

 

 

「おい、何してんだ。入んねぇのか?」

 

「は、はい!」

 

 

 思慮中の浅間を気にも止めず、教室へ。

 戸を開け、最初に飛び込んできたのはクラスの皆。そして――。

 

 

「あら浅間ったら! 朝早くから慶次と一緒だなんて、もしや朝帰り!? 巫女に男 寝取られるとはこれなんてエロゲ!? これが寝取られってやつぅ!?」

 

「わー! 何言ってるんですか喜美! 違いますからね! たまたま教室前で会っただけでそんな明るい家族計画はまだ実行してませんから……!」

 

 

 朝から喧しい喜美の後ろで、机に倒れ込むように突っ伏した――

 

 

「トーリ君……」

 

「……ちっ」

 

 

「僕らが来たときからああでね。どうも番屋で説教食らってたみたいだ。それで、皆でどうするかって話してたんだけど……とりあえず」

 

 

 ネシンバラは表示枠(サインフレーム)を展開し、力を失っていない眼差しでメンバーを一人ずつ見据え――最後に浅間と慶次へ。

 

 

「ようこそ……権限を失われた総長連合兼生徒会へ。まだ来てないのもいるけど、僕らは僕らでやれることをやろう。ホライゾンと武蔵、これからの方向性について考えようじゃあないか」

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「あの……誾さん? 私ついさっきまでベッドで寝てた怪我人なんですが……いつまでこうしてるんですかね?」

 

「宗茂様ならあと数時間は大丈夫でしょう。それに、私を心配させた罰です。直立だけで済むんですから、喜んだらどうですか?」

 

「いや、罰といってもただ立ってるだけじゃないですか……」

 

 

 そう、ただ立ってるだけだ。だがそれだけで三征西班牙(トレス・エスパニア)の士気には大きく影響する。

 

 三河崩壊の一件から数時間経ったものの、その威勢は衰えずということを見せつけるように、宗茂はその場に切り立っていた。立つしかなかった。立つことで、八大竜王は健在であるいうことを証明しなければいけないのだ。

 

 

( ……うち(三征西班牙)はそんなに疲弊しましたかね……… )

 

 

 自分達の右側には撮影機器を回すK.P.A.Italia 。正面には極東で唯一の武装部隊である三河警護隊。そして部隊を率いる長髪の女武士こそが――。

 

 

( 本多・二代――。そういえば、こうして正式に顔を合わせるのは初めてでしたね…… )

 

 

 一目見るだけで分かる。さすがは本多・忠勝の娘だ。

 自分の妻と同等の匂い(・・・・・)を漂わせる彼女は今、どういった立場にいるのか……とついつい考えてしまう。

 

 

「難しそうな顔をしてますね。ダメです宗茂様。西国無双がそのような顔をしては……」

 

「皆の士気に関わる……ええ、分かってますよ。ですが、『彼女は私を憎んでいる』のではないかと思ってしまってですね……。恨まれる要素は十分ですから」

 

「……どうでしょうか」

 

 

三征西班牙(トレス・エスパニア)総長連合 第三特務、前へ」

 

 

 そうこうしてる内に、派遣団団長に役職を呼ばれた。

 故に頷き、前へ出た。その手には蜻蛉切を握り締めて。

 

 一方、二代は誾より僅かに遅れ、歩き出した。二人の距離は最初 十数メートル。歩いたことで五メートルほどの間隔になったところで。

 

 

「――父は」

 

 

 声が来た。二代の声だ。

 

 

「如何様に御座ったか?」

 

「――Tes. 忠勝公より、多くのことを教えていただきました」

 

「左様で御座るか」

 

 

 して一礼。その時、風が来た。

 

 突風のようで、押し通すような一風。風下に立っているような感覚にさせられるこの風は。

 

 

( 移動系の術式!? )

 

 

 

 使ったのは移動時のあらゆる抵抗を祓う移動術式 "翔翼"。二代が好む出雲系カザマツリの術式だった。

 

 こうすることで極東には力と武器を手にする余地があることを示そうとした。三河は、極東はまだ死んでいないと見せつけるが如く。

 

 速かった。初動を認識させる暇もなく、最初の一歩でトップスピードに差し掛かったのだ。

 

 狙いは父の愛槍にして遺品、蜻蛉切。それを手にするわけだが……

 

 風が来た。二代とは違い、清々しさを感じる清風のような、そんな一風。

 

 

「……立花、宗茂!?」

 

 

 術式が砕かれた。風は風によって、無力化されたことを二代は実感させられた。思い知らされたのだ。だが、その顔に悔しさや無念さは感じられない。むしろ、これでよかったのだと、そんな顔だ。

 

 

「――第三特務、槍を」

 

「……Tes.」

 

 

 宗茂は平然とした態度でそう告げた。

 

 (名前)ではなく、第三特務(役職)で呼んだことから、彼はこの式典を中断する気はないようだ。だから、誾は蜻蛉切を差し出した。

 

 

「――先代 本多・忠勝様よりお預かりした神格武装・蜻蛉切を、御息女である本多・二代殿にお返しいたす」

 

 

 蜻蛉は新たな世代へと受け継がれられた――。

 宗茂が仲介しての譲渡には、そんな情景が広がっていた。

 

 

「――忝ない。拙者、父以上の『いくさ人』になることをこの蜻蛉切に誓い申す!」

 

( いくさ人、ですか…… )

 

 

 聞いたことがある。極東の者は武に優れた者を『いくさ人』と称すると。

 

 そして彼女は誓った。本多・忠勝を越え、いくさ人を目指すと。その志しは立派なものだが、宗茂には気に掛かったことがある。

 

 

( 武蔵にも、このような……いくさ人がいるのでしょうか? )

 

 

 その問いに自答することも、答えてくれる者もいない。

 

 だが、宗茂は後に知ることになる。極東には、武蔵にはいくさ人がいることを。

 

 生粋のいくさ人ともいえるその男と一戦交えるまで、あと数時間後のことだった……。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「で、どうしようか?」

 

 シーンとした静寂から開かれた会議は、ハイディの一声から始まった。

 

 司会役を自ら買って出たハイディはいつものハイテンションで表示枠を展開し、クラスの皆に促す。

 

 

「この武蔵は三河の代わりへ、住民は松平の領地へ。今回の件で極東の立場はほとんど無意味なものになっちゃうの。ホライゾンも引責自害という形で自害させられる。武蔵に良いことなんて何も無いんだよね」

 

「それに加え、僕らの権限も無しっと。唯一奪われていないのは本多君だけだけど、暫定議員達が手元に置こうと画策しているだろうね。揉め事をさけることだけを考えてるみたい」

 

「まあ、仕方ないと言うか……当然というか……」

 

 

 彼らにも彼らなりのやるべき事があるということだ。危険のない "無抵抗" という選択を選んだ彼らを非難する訳にもいかず、一同は違った路線を探ることにする。

 

 そこでハイディは問いただした。これからの武蔵の動向を聞くために。

 

 

「それじゃ、武蔵の委譲とかホライゾンの自害止めたいなーって人、手ー挙げてー!」

 

「………」

 

「あれ?」

 

 

 誰も挙手しなかった。その代わり来たのが、意見だった。

 

 

「フフフ。無駄ね、無駄無駄。こんな質問しても無駄なの。だってそうでしょ? 最もベストな答えは『巻き込まないでくれ』よね。ホライゾンはどうでもいいから、武蔵の委譲だけは勘弁してくれ。これがお偉いさんの意見じゃなくて?」

 

「まあ、そうなんだけどー……一応、形式的にね?」

 

 

 けど、事実だったことに反論しなかった。

 もし自分が暫定議員だったら、リスクが高い方法よりもリスクのない安全な方法を選ぶだろう。誰だってそーする。ハイディもそーする。

 

 

「でも、今朝方、ホライゾンの嫡子相続が確認されたの。これはホライゾンが元信公の息女であるということが決定され、元信公がいない今、三河当主としての権限は全てホライゾンのものとなる。けど……ホライゾンが自害した場合――」

 

 ――武蔵は聖連のものになっちゃうの。解る?

 

 

 その言葉に皆は言葉を失った。

 だが、全員が失った訳じゃない。一つ長いため息が聞こえたと思いきや、また声が来た。

 

 

「で、どうする? この件から降りるか?」

 

 

 慶次だ。彼は椅子を揺らしつつ、皆に聞こえるほどのハリのいい声で問う。

 

 その問いに皆の反応は様々ではあったが、戸惑い、困っている様子が多々見受けられた。皆悩んでいるのだ。武蔵のこれからを左右するという重圧に、自分の意思を決定付けられていないのだと、慶次は瞬時に把握した。

 

 ではどうするか。そこで彼はこの場に最適な男に聞く。前列でひたすら表示枠を弄る商人に。

 

 

「シロジロ、お前の出番だぜ。ここは一つ、お前の口からご高説願いたいねェ」

 

「――ほう、私か。今仕事中なんだが……よかろう。皆、聞け!

 

 

 金について語ろうじゃあないか!」

 

 

「「「「 テメェなんてお呼びじゃねぇんだよ!! 」」」」

 

 

 

 暗い雰囲気を物色するほどのツッコミに、シロジロはふんと鼻に掛かる一笑を浮かべた。

 

 

「非協力な連中だな。だが私は協力的だぞ。何分、朝から色々と立て込んでてな(・・・・・・)。片付けなければならないことが山積みだというのに、お前たちに協力してやってるんだからな。感謝するがいい、顧客共!」

 

 

 協力的なのか態度かアレ……という誰かの呟きも、シロジロの覇気に掻き消された。彼の熱弁と振る舞いは、紛れもなく商魂が籠った一商人だったからだ。

 

 

「まずは私達の現状を整理しなければならない。…まとめるとこうだな。

聖連はホライゾンの自害と武蔵の委譲をクリアし、極東を完全に支配下に置くつもりだろう。さらには、生徒会の権限は奪われ、身動きが出来ない。じり貧というやつだ」

 

 

 はっきりとした言い方に、一段階 空気が重くなった。

 

 

「なら聖連に立ち向かおう……そんな短絡な考えは身を滅ぼすだけだ。はっきり言えば、聖連に歯向かって生じるのはデメリットばかりだ。私自身、ハイリスクノーリターンな商いは嫌いでな。商談する時はまず相手の足元を見てだな………」

 

「早く要点を言いなさいよ守銭奴。こっちは寝るの我慢して聞いてやってるんだからそれに報いなさい」

 

「高飛車だな葵姉。だが、要点だけだと馬鹿共が理解しがたいだろうと思ってな。私なりの優しさだ。感謝するがいい!」

 

 

 それでだ、と一つ前置きし、シロジロは言った。

 

 

「方法は簡単だ。――本多・正純をこちらに引き込む。そうすることで私達の権限を取り戻し、聖連に対する要を手に入れることになる。そして、各国の極東居留地を保護しつつ、寄港地から補給をうけられるようにするのだ!」

 

 思いもしない内容に場は騒然とした。

 そんなことが可能なのか、そんなことして大丈夫なのか、そんな疑心的な視線で空間は埋め尽くされた。

 

 

「ほぉ、疑うとは心外だな。確かに私は商人だ。利益や損得を第一に考え、他人に媚びへつらうような真似もする。だが、最優先にするのは人命だということを忘れるな。私も商人である前に、一人の人間だからな。ホライゾンを助けたいという思いは、貴様らと同じなのだ」

 

「シロくん……」

 

 

 いつもとは違ったシロジロに、皆は困惑しつつも感心した。ただの守銭奴ではなく、義理堅い商人。そんな彼の本性が垣間見えたような気がした。

 

 

「こんなものか。よし、貴様ら、講演料を払え! 分かりやすく教えてやったんだからなあ!」

 

「「「「 やっぱテメェ最低だな! 」」」」

 

 

 前言撤退。やはりドグサレスカタン野郎だった。

 

 

「本多・正純を引き込む。これが重要だが……あの馬鹿がああではどうすることも出来ん」

 

 

 皆の視線がトーリへと集中するが……彼は動こうとしなかった。

 相変わらず寝そべったままで、その姿勢を崩そうとはしなかった。

 

 ホライゾンが危篤だというのに、まだ変わろうと(・・・・・・・)しなかった――。

 

「たくっ…世話焼かせんなよこの馬鹿。俺が一発脳天にぶちこんでやらぁ」

 

「あ、ちょっ――!」

 

 

 

「はーいおはよー! 皆いるー? ふけた子とかいはいよねー?」

 

「オリオトライ先生……?」

 

 

 沈んだ空気をクラッシュするほどに元気がいいオリオトライだった。紙の束を教卓に置き、一同を見て出席簿を一瞥した。

 

 

「えーと、一応連絡もらってる子以外は全員いるわね」

 

「先生、目の下に軽くくま出来てんぞ。ついでに寝癖。こりゃあ、昨日からほとんだ寝ていないようだな。だから授業は中止ってことで」

 

「あらあら、心配してくれるの? 有り難いわぁ。でもね? 私も教師っていう肩書き背負ってるから形だけでも授業しないとね」

 

 

 さて、と一つ息を吐き、オリオトライは力強い姿勢で皆に伝えた。

 

 

「皆で考えてるところ悪いけど、今日の授業は作文して貰うわ。制限時間一時間半。枚数は無制限。多ければ多いほど、加点してあげる」

 

『ええー……』

 

 

 作文という課題に、自然と嘆声が漏れる。

 ヒヒヒと悪びれた一笑を浮かべ、やや柔らかくなった笑みのままで、

 

 

「お題は "私がして欲しいこと"――。皆、武蔵とか極東のこととかしか考えてないようだから、これで一旦頭を冷やしなさい。そしてよーく考えてみて。『今、自分が叶えたいこと』、それを書き出すの」

 

 

 ――ね、簡単でしょ?

 その一言に全員が、何だか背中を押されたような気がした。

 

 




二ヶ月ぶりの投稿……! 本当に申し訳ないです……。


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